アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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進展しない二話目。


Lesson35 Are you ready? 2

 

 

 

「開場しましたー! お客さん、いっぱいですよー!」

 

 ガチャリと扉を開けて首を覗かせた小鳥さんの言葉を聞き、アイドル全員に喜びと緊張が走ったのが感じ取れた。

 

「うわ、もう開場しちゃったよ……」

 

「お、お客さんいっぱいだって!」

 

「うぅ、緊張してきました……!」

 

「大丈夫だよ、ゆきぴょん! まだあわてるような時間じゃないよ!」

 

「そ、そうだね真美ちゃん、ま、まだあわわわ……!?」

 

「すっごい慌ててるよ!?」

 

「落ち着いて雪歩!?」

 

 ……目がグルグルになって真と真美に支えられている雪歩は若干心配だが、それ以外のみんなはまだ落ち着いていた。というか雪歩の慌てっぷりを見て逆に冷静になったと言うべきか。

 

(………………)

 

 チラリと腕時計を覗く。既に開場し、開演まで後一時間。

 

「プロデューサー! 伊織達、まだなんですか?」

 

「ねぇ、でこちゃん達、出られないの?」

 

 顔を上げると、心配そうな表情でこちらを見るアイドル達。

 

 やはり、言わざるを得ないか……。

 

「……竜宮小町は、本番までに間に合いそうにないんだ」

 

『えぇ!?』

 

 先ほど律子からかかってきた電話。パンクしたレンタカーの代わりに別のレンタカーを借りてこちらに向かっているそうなのだが、今度は事故による渋滞に巻き込まれてしまったらしいのだ。その結果、本番までに竜宮小町が到着することはほぼ絶望的になった。

 

「ねぇねぇ、どうするの? 竜宮小町がいなかったら、拙いんでしょ?」

 

 いつもの自信満々な表情を曇らせ、響がそう尋ねてくる。

 

 今回のライブ、765プロ感謝祭ライブと銘打っているものの、実際のメインは竜宮小町。今日来る観客の多くは竜宮小町のファンであることは間違いないのだ。

 

「お客さん、がっかりしちゃいますよね……」

 

「ねぇ、にーちゃん、まさかライブ中止にするんじゃ……」

 

 悲しげな表情の少女達。竜宮小町がいないことで悲しむファンもいる、それは否定できないし否定しない。

 

 けれど、ライブが中止になることで悲しむのはこの子(アイドル)達だって一緒なんだ。

 

「……中止にはしない。律子達が来るまで、俺達で何とかしよう!」

 

 ポツリ、ポツリと。

 

 会場の外でも、雨が降り出していた。

 

 

 

 

 

 

 ――物販の方はこちらからお並びくださーい!

 

 ――ファンレターの受け付けはこちらになっておりまーす!

 

 

 

「うわぁ……!!」

 

「盛り上がってるねー」

 

「大盛況?」

 

 愛ちゃんが感嘆の声を上げ、絵理がいつもの調子の疑問符口調で首を傾げる。

 

 765プロの皆さんからチケットをいただき、僕達876プロ所属の三人は揃って感謝祭ライブへとやってきた。本当は律子姉ちゃんから貰ったチケットで個人的に来るつもりだったのだが、愛ちゃんに誘われたので絵理ちゃんと共に来ることになったのだ。おかげで今日も女の子の格好なのだが……まぁ、今さらということで諦めよう。

 

 開演一時間前に開場となり先頭集団から十分ほど遅れて入場する。関係各所から送られてきた花輪が飾られた会場は既に多くのファンでごった返していた。

 

「涼さん!! 絵理さん!! 物販ですよ物販!!」

 

「分かったから愛ちゃん落ち着いて」

 

 ぶんぶんと全力で手を振る愛ちゃんに苦笑しつつ、僕と絵理ちゃんも物販コーナーへと足を向ける。物販コーナーではライブのパンフレットや竜宮小町のグッズ、サイリウムなどを取り扱っていた。

 

 そこでとあることに気付いた愛ちゃんが眉根を寄せる。

 

「……竜宮小町のグッズばかりですね……」

 

 春香さんのキーホルダーが欲しかったのに……と漏らす愛ちゃん。その言葉の通り、物販コーナーで取り扱っているグッズの大半が竜宮小町の三人のもので、他の皆さんのグッズは数えるほどしかなかった。

 

「しょうがないよ。竜宮小町の皆さんと比べちゃったら、無名扱いされてもおかしくないもん」

 

「春香さん達が無名だったら、あたし達はどうなっちゃうんでしょう……?」

 

「……アイドルですらない?」

 

「一応大運動会にアイドル部門で出場したのにですか!!?」

 

「まぁ、こうして騒いでいても一切気付かれないし、あながち間違ってもいなさそうだね……」

 

 普通アイドルがこれだけ騒いでいたらあっという間にバレて取り囲まれそうなものだが、周りの人たちが騒ぐようなことは一切ない。というか、ここにいる人達は竜宮小町にしか目がいってなさそうな感じだが。

 

(もしここにいるのが、良太郎さんみたいなトップアイドルだったら……)

 

 ……いや、あの人はそもそもプライベートで見つかるようなヘマはしないし、例え騒いでいたところで気付かれることもないだろうから無意味な考察だ。

 

 とりあえず三人ともサイリウム(竜宮小町セットと通常セットの両方)を、愛ちゃんは竜宮小町全員分のキーホルダーも一緒に購入して物販コーナーから離れる。

 

「おや、876のみんなじゃないか」

 

 唐突にそう声を掛けられた。まさか僕達がアイドルだと分かる人がいた!? と驚愕しつつ振り返る。

 

「あ、高木社長」

 

「こんにちはー!!」

 

 そこにいたのは、765プロの高木社長だった。どうやら飾られた花輪を見に来ていたようだ。

 

「高木社長、本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 ホッとしたようなガッカリしたような、そんな複雑な気持ちになったがまずはチケットを送ってくださったことに対してお礼を述べる。僕が頭を下げると、両脇の愛ちゃんと絵理ちゃんも一緒に頭を下げた。

 

「何、今日は是非楽しんでいってくれたまえ」

 

「「「はい!」」」

 

 するとその時、チャイムの音と共にアナウンスの声が流れて来た。聞いたことのあるその声は、765プロの事務員である小鳥さんのものだった。

 

 

 

『ご来場の皆様にお知らせいたします。本来予定しておりました開演時間を三十分遅らせ、十八時三十分からの開演とさせていただきます』

 

 

 

「……え?」

 

「何かあったんですか?」

 

「……いや、きっと些細なトラブルだろう。君達は、気にせずに楽しんでいってくれたまえ」

 

 そう言い残し、一緒にいた眼鏡の男性に一言かけてから高木社長は早足になってバックヤードへと向かってしまった。

 

「……どうしたんですかね?」

 

「台風の影響?」

 

「ドームライブで台風の影響が出るとも思えないんだけど……」

 

 予想を立てたところでどうしようもないのだが、それでも考えられずにはいられないのは人の(さが)か。

 

「まぁ、高木社長の言う通り、僕達が気にしてもしょうがないよ」

 

「そ、そうですね」

 

「楽しむこと優先?」

 

 春香さん達765プロの皆さんならきっと大丈夫だ。特に根拠があるわけではないのだが、何となくそう感じた。

 

「でも、開演時間が延びて時間が出来た?」

 

「あ!! それじゃあ何か食べませんか!!? 大声で応援できるようにエネルギーをチャージしませんと!!」

 

「愛ちゃんは普段からエネルギーが有り余ってるような気もするけど……」

 

「むしろエネルギー過多?」

 

 しかし確かに小腹は空いていたので、軽食を買うことが出来る売店に向かうことにするのだった。

 

 

 

 ――これすげぇな、おい。

 

 ――ホントにな。どんだけコアなファンなんだか……。

 

 

 

「……?」

 

「涼さーん!! こっちですよー!!」

 

「あ、うん。今行くよ」

 

 不意に聞こえてきたそんなやり取りは、すぐに僕の記憶の中から薄れていった。

 

 

 

 

 

 

「呼ばれた気がした」

 

「誰も呼んでねーよ」

 

 ガタッと立ち上がった途端、冬馬にツッコミを入れられてしまった。

 

 番組収録の合間の休憩時間。ジュピターの楽屋にお邪魔して一緒に休憩中……と思いきや。

 

「あ、良太郎君、そこ間違ってるよ」

 

「え、マジで?」

 

「ハッ、天下の周藤良太郎様が形無しだな?」

 

「そう言う冬馬も間違ってるよ」

 

「げ」

 

 なんと勉強中である。と言うのも、冬馬は俺と同じく高校三年生で受験生。既に夏が過ぎてしまったこの時期は僅かな時間があれば少しでも勉強するのが吉。なので現役大学生で意外にも成績優秀な北斗さんを教師役に据えての勉強タイム、ということだ。

 

「うー……なんで僕まで……」

 

 なお、中学二年で受験とは一切関係のない翔太も道づれで勉強中である。

 

「翔太、早いうちからしっかりと勉強しておけば今の冬馬みたいな目に遭わなくて済むぞ」

 

「ちょ、なんで俺だけなんだよ!? 良太郎だって同じ状況だろ!?」

 

「良太郎君の場合、基礎はしっかりと出来てて後は応用問題に慣れるだけ。基礎すら穴がある冬馬とは違うんだよ」

 

「………………」

 

「うわ、こいつ表情変わらねーくせに内心で『ドヤァ』って言ってるのが丸分かりな目ぇしてやがる」

 

 全く、女の子成分が一切ない勉強シーンとかマジ誰得だよ。

 

 というわけでカットカット。

 

 

 

「よし、これぐらいにしておこうか」

 

 撮影の休憩時間も残り僅かとなったので勉強を終了し、お茶を飲みつつ本当に休憩する。

 

「休憩時間なんだからちゃんと休憩しようよー……」

 

 巻き添えで勉強をすることになっていた翔太が机の上に突っ伏しながら愚痴を溢す。

 

「どうせここにいる全員今日の収録ぐらい楽勝なんだから別にいいだろ」

 

「いやまぁそうだけど……」

 

「収録と言えば良太郎君、本当に今日は色々と本気みたいだね」

 

 そういえば、と北斗さん。

 

「そうそう、どうしたのりょーたろーくん」

 

「おめーの雰囲気に他の共演者全員びびっちゃってるじゃねーか」

 

「いくら何でもそれは言いすぎでしょ」

 

「いや割とマジなんだが……」

 

 そんな漫画じゃないんだから、雰囲気で人がびびるとかあるわけないじゃないか。いくら覇王って呼ばれてるからってそんな色の覇気は出せませんよ。

 

「まぁ、本気なのはマジだよ。さっきも言ったように早く終わらせたいのは本当だからな」

 

 さっさと終わらせて765プロの感謝祭ライブに行きたいのですよ。

 

 楽しみにしているのも本音。しかし、それ以上に彼女達が『昇る』瞬間に立ち会いたいというのがそれ以上の本音である。

 

 すると何故か憮然とした表情の冬馬。

 

「……なんだよそれ。アイドルの仕事より大切なのかよ」

 

 ……んー?

 

「おやおや、冬馬くーん。拗ねてるんですかー? 俺が他のことに気を取られて拗ねてるんですかー?」

 

「○ね」

 

 おっとそれはアイドルが使っちゃいけない言葉ですよ。

 

 さて、トークメインだった前半戦と違い後半戦は歌メインだ。

 

 張り切っていきましょうかね。

 

 

 




・まだあわてるような時間じゃない
「俺を倒すつもりなら死ぬほど練習してこい」

・876三人娘
久々に登場。一人染色体XYが混じってますが通常三人娘で括ります。

・「物販見に行きましょう物販!!」
愛ちゃん、それは春香さんの芸風です。
ちなみにお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、愛ちゃんのセリフは他のキャラと違い感嘆符を二つ付けています。

・男だらけの勉強会
マジ誰得。俺も何故こんなシーンを書いたのか……。

・そんな色の覇気
「最近漫画読んでいなかったから映画で何故ルフィが睨んだだけで海軍がバタバタ倒れたのか分からなかった」とは作者姉の談。



 進展がない二話目でしたが、次回辺りから第一章最終話っぽくなると思いたい(願望)

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