アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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嬉しい言葉と、優しい瞳と、曇り空。


Lesson257 お母さんとは呼ばないで! 4

 

 

 

「あっ、もう退院なんだ」

 

 五人でシャリシャリとリンゴを食べながら、目的が静香ちゃんのお見舞いのため話題は当然入院状況についてのものに。そこで俺たちは彼女が午後には退院することを知った。

 

「それじゃあもう治ってたんですね」

 

 ほっと安堵の息を吐く星梨花ちゃんに、静香ちゃんは「ありがとうございます」と頭を下げた。

 

「元々、入院するほどじゃなかったんです」

 

「油断は禁物です。ちゃんと養生するにこしたことはありませんわ」

 

「そうそう。いくら自分の調子がよく感じても、お医者さんやプロデューサーの判断にはしっかりと従っておくこと」

 

 基本中の基本。まだまだ自分で判断するには経験値が足りてないんだから。

 

「俺の知り合いにも『無理しすぎちゃダメだよ』っていうアドバイスを聞かずに無理しすぎたせいで、本番直前に倒れちゃった子がいるんだから」

 

「えっ、それは……だ、大丈夫だったんですか?」

 

 心配そうな表情を浮かべる桜守さん。

 

「最後の全員でのステージまでには回復したけど、その前の出番はその子も代役に出てもらうことになっちゃったんだよ」

 

 これぐらいのことならばしっかりと分かっているであろう千鶴と星梨花ちゃんも含めて、みんなはこうなるまで無理しちゃダメだよと注意する。

 

(……本当に、リョーさんって何者なんだろう……)

 

 

 

 

 

 

「私それいつまで言われ続けるんですか!?」

 

「んごっ!?」

 

「い、いきなりどーしたんデスか、美波さん?」

 

「も、もしかしてぼく今なにかした!?」

 

「はっ!? ご、ごめんね三人とも……何か突然『自業自得なんだけどもうそろそろ勘弁してくれてもいいんじゃないかな』っていう複雑な心境になって……」

 

「#何事

 #電波発言」

 

「そういう訳が分からないことは、りあむさんの専売特許じゃ……」

 

「どーいうこと!? あかりちゃんの中でぼくはどーいう認識なの!?」

 

「ご、ゴメンね驚かせちゃって! レッスンに戻ろっか!?」

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、このエピソードは教訓として便利すぎて……」

 

「? どうしたんですか?」

 

「いつもの電波だから気にしないでください」

 

「「電波!?」」

 

「あぁ、またですの」

 

「千鶴さん!?」

 

「リョーさん、昔からたまにそういうことありますよね」

 

「星梨花ちゃんまで!?」

 

 一番俺との関わりが少ない二人が千鶴と星梨花ちゃんの反応に驚愕していた。千鶴はともかく、星梨花ちゃんは少しだけ申し訳なさが先に立ってしまうが……まぁ、時間の問題だったということで諦めよう、うん。

 

「ともあれ、大したことにならなかったのは本当に良かったよ」

 

「あ……ありがとうございます、リョーさん。千鶴さんと星梨花さんと歌織さんも」

 

 静香ちゃんは改めてペコリと頭を下げた。

 

「劇場にも出来るだけ早く顔を出します。私のせいでみんなに迷惑をかけてしまって……」

 

 そう言って表情が曇る静香ちゃん。

 

「特に未来には、いきなり私の代わりにステージに立つなんて無茶なことをさせてしまって……ごめんなさいって、ちゃんと謝らないと……」

 

「そんな、迷惑だなんて……」

 

「静香ちゃん、そんな暗い顔をしないで……」

 

 俯く静香ちゃんを見て、まるで自分のことのように悲しそうな顔をする星梨花ちゃんと桜守さん。

 

「……確かに、貴女は本番直前に倒れてステージに立てなくなってしまった。それは間違いなく貴女の失敗ですわ」

 

 そんな静香ちゃんに対して、千鶴はハッキリと事実を告げる。

 

「けれどその失敗は……貴女が人一倍の努力をしたからこそ起こってしまったことですわ。ならば堂々と胸を張りなさい。反省はしても後悔だけはしてはいけません」

 

「そうそう。後悔と違って、反省っていうのは前を向きながらでも出来るから」

 

 後悔っていうのは『その過去をなかったことにしたい』というマイナスの願望だ。いい意味でも悪い意味でも今回の事はなかったことにしてはいけないから、後悔だけはしてはいけない。

 

「練習を頑張りすぎちゃったっていうだけで、頑張ったこと自体は間違いじゃない。自分のしてきたことを信じることも必要なことだよ」

 

 本番直前で不安になることはあるだろうけど、だからこそ自分がしてきた努力を信じることも大事なんだ。

 

「そうじゃないと、最後の確認だって言って無理なオーバーワークする羽目になっちゃうからね」

 

(……芸能関係のお仕事なのかな……?)

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

「え、美波さんまたですか!?」

 

「今度はりあむさんの邪念でも受信しましたか?」

 

「べ、別に汗で首筋がエロいことになってるとか考えてないよ!?」

 

「いや、その……ぎゃ、逆にこういうのも悪くないかなって、ちょっと、ゾクッとしちゃったというか……」

 

「美波さん!?」

 

「美波ちゃんがご乱心だぁぁぁ!?」

 

「#救急車

 #119

 #病院が来い」

 

「え、ちが、いや全く違うわけじゃないんだけどそうじゃなくてね!?」

 

 

 

 

 

 

「なんかゴメン」

 

「え、いきなりどうしたんですか?」

 

「それは一体何に対しての謝罪なんですか……?」

 

「ついに自分の人生を悔い改める気になりましたの?」

 

「リョーさん、反省を出来ることはとてもいいことです!」

 

 急に胸に押し寄せてきた申し訳なさの正体と星梨花ちゃんが大分毒されてしまっていることについては一先ず置いておこう。

 

「確かに未来ちゃんは静香ちゃんの代わりにステージに立った。それはハプニング故の偶然で、彼女にとっては突然の試練になってしまったかもしれない」

 

 ゲーム的に言うならば「ボス戦直前に告知無しセーブ無しは無理ゲー」といったところか。うんうん、110番道路のジュプトルはキツいよね。

 

「それでも未来ちゃんはやり遂げた。やり遂げた人間に対して謝罪っていうのは、ちょっと違うと思わない?」

 

「……わたしもリョーさんと同じ考え」

 

 星梨花ちゃんは静香ちゃんの手を優しく握りながらニコリと微笑んだ。

 

「わたしだったら、『ごめんなさい』よりも『ありがとう』の方が嬉しいな」

 

「星梨花さん……そう、ですよね」

 

 静香ちゃんの先ほどまでの暗い表情は、幾分か和らいでいた。これはもう、あとは実際に未来ちゃんと対面してそれを伝えて『でへへ~どういたしまして~』と彼女が笑うことで全て解決だろう。うん、短い付き合いだけどそういう反応をするという自信があった。

 

「……午後に退院するというのであれば、長居しても迷惑になりますわね」

 

「そうですね」

 

「そろそろお暇させていただきますね」

 

「お騒がせしてゴメンね、静香ちゃん」

 

「いえ……騒がしかったのは事実ですが」

 

 この子も言うようになりつつあるな。

 

「でも、嬉しかったです。ありがとうございます」

 

 星梨花ちゃんの言葉をしっかりと守った静香ちゃんは、今日一番の笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

「話が途中でしたわね」

 

 それぞれ家からのお迎えが来ている星梨花ちゃんと歌織さん(名前呼称許諾済み)と別れ、俺は千鶴を途中の駅まで送迎することになった。

 

 その道中、助手席の千鶴がそう切り出した。

 

「……まぁ、聞かれるだろうとは思ってたよ」

 

 チラリと横目で千鶴を見るが、彼女は顔を窓の外に向けていたためその表情を窺うことは出来なかった。

 

「……俺がそいつと会ったのは夢の中でだった」

 

「夢とは、随分とロマンチックですわね」

 

「いや、そんなにいいもんじゃなかった。寧ろ悪夢に近いよ」

 

「……随分と酷い言い草ですわね」

 

「なにせ手足が生えたリンゴが『食ーべるんご食べるんご』と歌いながら近づいてきて……」

 

「誰が呪いの話の続きをしろと言いましたの!?」

 

 隣から「さっさとお祓いに行きなさい!」というお叱りと共にグーパンチが飛んできた。

 

 あれ、違った? この後、頭に双葉みたいなアホ毛が生えた女の子が出てくるんだけど。

 

「貴方のコ・イ・ビ・トの話ですわ!」

 

「あぁ、そっちか」

 

 そういえば病室に入る直前までそんな話してたっけ。

 

「噂は間違ってないよ。殆ど婚約者に近い恋人が出来たっていうだけの話」

 

「っ……婚約者、ですの。随分と気の早い話ですわね」

 

 確かに俺は二十一歳で、世間一般で言えばまだまだ若造だ。この年齢で身を固めるのは十分早いと言われてもおかしくない。

 

 それでも。

 

「アイツは()()()()()の全てを受け入れてくれるって啖呵を切ってくれた。……男としては情けないけど、それに堕とされちまったんだよ」

 

「……そうですのね」

 

 再び千鶴を見ると、今度はちゃんとこちらを向いていたのでその表情が確認できた。

 

 

 

 ……そんなに優しい目ぇしておいて、お母さんはヤメロって無理な話なんだよ。

 

 

 

(……あれから()()……良かったですわね、良太郎)

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございますわ」

 

「名前、聞かなくて良かったのか?」

 

「それはもう少し先の楽しみとして取っておきます。他のみんなと一緒に、その名前を聞いて驚かせていただきますわ」

 

 駅のロータリーで車を降りた千鶴はそう言ってドアを閉めた。

 

 しかし何かを思い出したらしく、コンコンと助手席の窓と叩いてきたので窓を開ける。

 

「でも、ちゃんと公表した暁にはウチに連れて来なさいな」

 

「……なんで?」

 

「それは勿論、貴方の姉として……姉として! その方にしっかりと挨拶をさせていただきたいからですわ!」

 

 強調するなぁ、姉。

 

「まぁ母親に挨拶するのは当然だからな。分かったよ、おかーさん」

 

「だから――!」

 

 

 

 ――お母さんと呼ぶんじゃありませんわっ!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ちーっす! センセー! ……あれ?」

 

「ちょっ、声が大きい……! 先生の迷惑になるだろ……!」

 

「おや、一二三(ひふみ)君、独歩(どっぽ)君。どうかしましたか?」

 

「いや、いつもお世話になってるお礼にウチの店でご飯でも……って思ったんすけど、何かありました? なんか読みながら、こー、眉間に皺が」

 

「何か患者さんのことかもしれないだろ……! 詮索するなって……!」

 

「いえ、私の患者……というわけではないのですがね。少々難しい方がいましてね」

 

「難しい? 病気ってことっすか?」

 

「一二三……! いい加減にしろよ……!?」

 

「病気……いえ、彼のコレは、きっと――」

 

 

 

 ――『運命』なんでしょうね。

 

 

 




・美波失敗談再び
だって使い勝手が良すぎるから……。

・美波@ユニ募のレッスン中
ついに本編では初登場となるあかり・あきら・りあむの三人ユニット『#ユニット名募集中』。外伝では別の名前にしてましたけど、やっぱりこれがしっくり来ますね。
多分美波は先輩として後輩の面倒を見てる途中でした。

・「ぎゃ、逆にこういうのも悪くないかなって」
美波@迷走中

・110番道路のジュプトル
こちとらヌマクローやぞ!?(四倍弱点)

・一二三
・独歩
共にヒプマイの登場キャラで『麻天狼』のメンバー。
もうちょっとセリフがある出番があったときに詳しく説明をば……。
気になる人はググってね☆(個人的には独歩ちん好き)



 というわけで静香お見舞い編兼千鶴編の序章でした。うん、序章。

 彼女の場合はヒロイン的な意味よりも良太郎の過去を知るキーパーソン的な立ち位置の方が強いので、その辺りの話はもうちょっと先になります。

 ……最後の会話? はて?(すっとぼけ)

 ではまた次回!

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