どうかお大事にしてください。
『ジュピターの三人、ありがとうございました!』
歌い終えたジュピターがステージから降り、観覧客の黄色い声援に応えて手を振り返しながらトークセット内に設けられた自分達の席に戻る。俺が釘を刺したからなのか元々の実力なのかは置いておいて、一切のミス無く完璧にパフォーマンスを行った三人は流石期待のルーキーと言ったところか。
さて、ジュピターの番が終わり、次がいよいよ俺の番である。
『それでは本日のオオトリは周藤良太郎さん。歌ってくださる曲は『頑張る君に捧ぐ歌』です。良太郎さん、最新曲ではなく9thシングルであるこちらを歌われるのは、何か理由があるのですか?』
司会者がそう言いながらこちらに話題を振ってくる。自分に寄せてきているカメラをチラリと横目で確認しつつ、手にしたマイクを口元に寄せる。
「今回この曲を選んだのは、ちょっと個人的な理由です。最近頑張ってる知り合いと、あとついでに今年受験生の自分に向けた応援ということで、この曲を選ばせてもらいました。テレビの前の俺と同じ受験生、ちゃんとこの番組見終わったら勉強するんだぞ。もう年末なんだから」
ピッと寄って来ていたカメラに向かって「お兄さんとの約束だ」と人差し指を立てる。
『なるほど、受験生に向けての応援歌ですか』
「もちろん、頑張っている人たち全員に向けての応援歌ですから」
この『頑張る君に捧ぐ歌』は元々夏の大会に向けて頑張っていた我が校の各部の生徒達を見ていて思いついた曲だ。夏の甲子園をイメージして作ったため若干今の時期にそぐわない爽やかさが溢れる曲だが、それでもこの曲を今日歌おうと決めた。
もちろん、『今日』頑張っている彼女達のためにだ。
ディレクターからは最新曲もしくは『Re:birthday』を歌って欲しいと言われたのだが、結構なゴリ押しでこの曲を歌わせてもらうことに成功した。ホント感謝感謝。ディレクターさんの娘さんが俺のファンだって言ってくれてたし、今度お礼に誕生日祝いでもさせてもらおう。
『それでは良太郎さん、準備の方をよろしくお願いします』
「はい」
司会者に促され、他の共演者の拍手を背中に受けつつステージへと向かう。しかし今の自分に準備なんていらない。いつでも全力を出せる。
その場で軽くターンをし、それを合図にイントロが流れ出す。観覧客が歓声を上げて『舞台』が完成する。
自分が歌詞を考え、作曲の先生がその骨組みに肉付けをしてくれた曲。三三七拍子をイメージした頑張る人を応援するための曲。
「勉強! 仕事! 遊び! 恋愛! 現在進行形で頑張ってる君と今テレビの前で頑張ってる君のために! 明日に向かって全力で頑張る君のために!」
これは『アイドル』周藤良太郎としてではなく。
ただの『ファン』周藤良太郎として。
届くことはないと分かっていても、この曲を彼女達のために歌おう。
「活力剤に、周藤良太郎はいかがですか?」
午後六時三十分。本来予定していた時間よりも三十分遅れて765プロダクション感謝祭ライブは開演した。
竜宮小町を除く九人全員で歌う『THE iDOLM@STER』から始まったライブ。舞台裏では衣装の一部が見当たらない、衣装が濡れる、ファスナーが壊れるなど大小様々なトラブルが発生していたが、舞台上では今のところ何のトラブルも発生せずに進行することが出来ていた。
しかし、観客のテンションは徐々に、しかし確実に下がり始めていた。原因はもちろん、竜宮小町が未だに姿を現わしていないからだろう。
今回の感謝祭ライブの観客の大半は竜宮小町を目当てに訪れたファンが多い。それにもかかわらず、竜宮小町がいないことに対して、少しずつ不満を覚えるファンが増え始めているのだ。現に振られるサイリウムの数も徐々に減り始めている。
「大変ですプロデューサー!」
そんなとき、また新たなトラブルが発生することとなる。
「美希の『Day of the Future』の後に、また美希の『マリオネットの心』が来てるんですよ!」
「いくら美希でも、こんなダンサブルな曲を二曲続けては無理だぞ!」
真と響が指差す進行表を見ると、確かにその二曲が連続した構成になっていた。この二曲は踊りがアップテンポで、歌いながら踊るには相当な体力が必要となる。良太郎君とのレッスンで歌いながら動く練習をしたらしいが、彼女達にとっては所詮付け焼刃。
「……くそっ」
アイドル達の前だと言うのに、思わずそんな言葉を口にしてしまった。しかし悪態を吐いたところで、曲の入れ替えが出来るわけではないのだ。
「二曲とも、美希しかボーカル練習してない曲なんです」
つまり誰か代わりにという代替案も使えない、ということだ。
……仕方ない。
「竜宮小町までの繋ぎを考えると厳しいが、ここは曲を飛ばして――」
「え? 飛ばすの?」
しかしその俺の決断を遮ったのは、あまりにも軽い美希の声だった。
「み、美希!?」
振り返えると、そこにはきょとんとした表情の美希が立っていた。まるで自分が二曲続けて歌うことに対して何の疑いも持っていなかったかのようだった。
「ほ、本気で言ってるのか!?」
「む、無茶苦茶きついぞ!?」
「うん、大変なのは分かってるよ」
俺と響の言葉に対して何の躊躇いも無く頷く美希。
「でも、これぐらいで音を上げてたら良太郎さんには追いつけないの。だから――」
「――なんだよ、それ!」
バンッ、という大きな音。
「ま、真?」
それは、真が机に自身の掌を叩きつけた音だった。
「なんだよそれ! 人が心配してるってのに、美希はいつもいつも二言目には『良太郎さん』『良太郎さん』って! 美希はお客さんのために歌ってるんじゃないのかよ!?」
「……ミキは」
真の言葉を受け、美希はそれまでの表情を変え、真剣な面持ちで応える。
「ミキは、自分のために歌ってるの」
「……っ!?」
その言葉に対して真が美希に飛びかかろうとし、俺と響がそれを押さえようとし、しかしそれより先に続けて美希の口から発せられた言葉によって真は動きを止めた。
「ミキが自分のために全力で歌えば、お客さんも満足してくれるって信じてるから」
「……え」
「今日来てくれてるお客さんのほとんどは竜宮小町の三人が目当てなんでしょ? こういう言い方は悪いかもしれないけど、そんな人たちに対して『あなた達のために歌います!』って言っても、多分それはお門違いだと思うの」
でもね、と美希は目を瞑り、胸に手を当てる。
「きっとミキが全力で歌って踊れば、お客さんは『こっちを向いてくれる』と思うの。『お客さんのために』じゃなくて、『自分のために』の延長線上でお客さんが笑顔になってくれるはずだから」
思い出すのは、以前放送された良太郎君のドキュメンタリー番組。
――俺に取ってアイドルとは、ファンの笑顔で光り輝く存在。
――誰かが笑顔になってくれている証明、ですかね。
それは、自身が頑張れば結果が後から付いてくるという良太郎君の言葉。
ファンのために輝くのではなく。
自身が頑張ってきた結果として輝く。
「だから、良太郎さんに頑張れって言ってもらった『星井美希』のため。そのためだったら、例えダンサブルな曲が二曲続いてもへっちゃらなの!」
ニコッと、それはもう素敵な笑みで美希は笑った。
「……もちろん、美希君だけではなく、良太郎君は765プロのアイドル全員を応援してくれているよ」
「しゃ、社長?」
社長がいつの間にか控室にやって来ていた。現在休憩時間中のため、観客席からこちらに来ていたようだ。
「君達は、今回のライブのために送られてきていた沢山の花輪を見て来たかね?」
「は、はい」
「ほとんど竜宮小町宛でしたけど……」
「あ、でも『765プロアイドル全員へ』っていう花輪も沢山ありましたよね!」
やよいが言う通り、ほとんど竜宮小町宛の花輪の中にアイドル全員に向けての花輪は確かにあった。
それはなんと個人からによるものだったのだ。
「誰なんでしょうね? 『匿名希望のR』さんって」
……ん? 『R』さん?
「えっと、社長、もしかして……!」
今の会話の流れからして、その答えは一つしか考えられない。
本人には黙っていてくれと頼まれていたのだがね、と前置きしてから社長はそれを言葉にした。
「今回送られてきた花輪の四割を占める『765プロアイドル全員へ』の花輪は、全て周藤良太郎君が個人的に送って来てくれたものなのだよ」
『!?』
本来、花輪は団体で一括りとして一つ送ってくる。しかし、良太郎君は個人で、それほど大量の花輪を贈ってくれたということだ。
しかも、『アイドル』としてではなく『ただのファン』として。
「君達は既にこれだけ熱烈なファンを持っているのだ。自信を持ちたまえ」
――君達は、周藤良太郎に応援されているのだよ。
「……真君、響、サポートお願いしていい?」
「……あぁ、もちろんだ!」
「自分達に任せるさー!」
美希はもちろんのこと。真の目にも、響の目にも。
迷いなんか一切無かった。
「結局間に合って無い件について」
「しょうがないだろ、機材トラブルを挟んでるんだから。それでも一時間押しで済んでよかったじゃないか」
「間に合って無い件について」
「この野郎……!」
番組の収録を一時間押しで終えた俺は、再び兄貴の車に乗って765プロ感謝祭ライブの会場へと向かっていた。
厚い雲に覆われて太陽は見えないが既に日暮れ。日中激しかった雨もスッカリ小雨となっている。
「そういえば高木社長に聞いたぞ。個人的に花輪を贈ったそうじゃないか、それも大量に」
チラリと横目にこちらを見る兄貴はニヤッと笑っていた。む、高木社長、秘密にしておいてくれって言ったのに……あ、そういえば765プロのみんなには秘密って言ったけどその他の人に関しては何も言ってなかった。
「まぁ、ね。今回俺はただのファンなわけだし。出来ることなら精一杯応援してあげたかったわけだよ」
もちろん他のファンレターに周藤良太郎名義の物を紛れ込ましても面白かったかもしれないが。
今回は彼女達の門出になるのだ。それはもう盛大にお祝いしてあげたかったのだ。
「そんな大量の発注何処に頼んだんだよ」
「本当は凛ちゃんの渋谷生花店に頼もうかとも思ったんだけど、流石に量が多すぎて断られちゃったから知り合いの生花店を紹介してもらった」
普通の花輪だったら何とかなったみたいなのだが、流石に町のお花屋さんには無理があったようだ。
「ちなみに、いくらぐらいかかったんだ?」
「……今回の番組収録はボランティアということになりました」
「おまっ!?」
「だ、大丈夫。兄貴の分には手ぇ付けてないから」
「当たり前だ! ったく、本当に最近金掛け過ぎなんじゃないか?」
「しばらく楽屋に設置された茶菓子で腹を満たそうかと……」
当分マジで厳しい。本格的に翠屋でのアルバイトを考えなければならないかもしれない。
「言ってくれりゃあ、連名にして俺も半分出してやったのに」
「……いいよ別に。俺が出したかったから出しただけだし」
快調に走る車は、もうすぐ会場に到着しようとしていた。
「みんなー! 盛り上がってるー!?」
舞台上から、マイクを使い観客席に向かって問いかける。しかし、帰って来た返答は薄い。
「んー、みんな竜宮小町が出てこないから退屈になってるって感じだねー?」
その言葉は軽く口にすることが出来たものの、やはり少しだけ心がチクリとする。
「あのね、実は台風の影響で竜宮小町の三人はここに来るのが遅れちゃってるんだ」
今まで黙っていたことをここで告げる。
――え、マジかよ?
――竜宮小町は、今日は来れないの?
そんな言葉が観客席から聞こえて来た。
「ブッブー! でもちゃーんと来るから心配ないの!」
そう、彼女達は必ず来る。
「それまでは、ミキ達で同じくらい……ううん、それ以上に盛り上げるから――」
だから、それまでは。
「――星井美希を召し上がれ、なの!」
・『頑張る君に捧ぐ歌』
オリジナル楽曲。作者のネーミングセンスの無さが異常。当然の如く歌詞なんて考えてない。
・夏の大会に向けて頑張っていた我が校の各部の生徒達
と、今後何かしらの運動系のキャラを出すことができる準備だけしておく。
・「周藤良太郎はいかがですか?」
以前運動会にて使用した良太郎の一言。なんとなく気に入ったので決めセリフ的なものとして今後も使用していく予定。
・ファスナーが壊れる
雪歩のスカートのファスナーが壊れる……(ゴクリ)
・『Day of the Future』と『マリオネットの心』
とってもだんさぶるなきょく。
・「――なんだよ、それ!」
大変でちょっとだけイライラしちゃったまこまこりん。普段の彼女はとってもいい子なんです。
・『匿名希望のR』さんからの花輪
今回のサプライズ的なもの。費用に関しては特に設定しているわけではないのだが、大体一つ一万円からぐらいのはず。
・「――星井美希を召し上がれ、なの!」
良太郎の決めセリフ的な何かに対して思いついた美希の決めセリフ的な何か。
けっしてprprが許可されたわけではないので席をお立ちにならないようお願いします。
こいつ主人公のくせして応援しかしてねぇ!?
だ、第一章は765のみんなの成長の物語なのでしょうがないですよね?(震え声)
なお原作での春香さんのいい話はなかったことになりますた()
ごめんね春香さん! 第二章ではちゃんと活躍するよ! のワの
次回、第一章最終話。