アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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その感情の名前は。


Lesson259 ワタシのミライ 2

 

 

 

 最近、静香ちゃんとちゃんとお話が出来ていない。具体的には私が初めてステージに立った日の前からずっと。

 

 静香ちゃんが体調不良で入院してしまったときはしょうがないと思う。お見舞いに行こうかと思ったのだが、すぐに退院すると聞いてから学校で話せると思っていた。でも静香ちゃんの用事や私の補習などで全然放課後に会うことが出来なかった。

 

 だからリョーさんから提案された『夜、寝る前に電話する』という案を本当に名案だと思ったので、その日の晩に早速実践するつもりだったのだが……。

 

「まさか、静香ちゃんのウチは夜九時以降のスマホの使用が禁止されていたとは……」

 

 今時のジョシチューガクセーに対してなんたる仕打ちと私が憤るのは間違っているとは思うのだが、それでも静香ちゃんと電話できなかったことへの不満は募る。

 

「明日は私、事務所には行かないしなぁ……」

 

 聞いた話では、明日ようやく静香ちゃんが事務所に出てくるらしい。事務所でならば、ライブのときの映像を見つつゆっくりと話を出来ると思ったのに……。

 

「でも諦めない!」

 

 明日がダメでも明後日がある! 明後日がダメならばその次の日がある! 私は諦めないゾー!

 

「せめて文化祭までには……ん?」

 

 スマホがメッセージの受信を告げる。もしかして静香ちゃん!? かと思ってスマホに飛びつくが、そこに表示されていたのは全く違う友人の名前だった。

 

 えっと、何々……。

 

 

 

「明後日? 放課後? 委員会?」

 

 

 

 なんのこと?

 

 

 

 

 

 

「まず初めに語るべきは最初の入りの場面でしょう! 『わぁ~、ひとたくさんだねー』という第一声と『マイクってもう入ってるんですか!?』という二言目は、確かにアイドルとして本番のセリフとして演出的には間違っているのかもしれません! けれどたったそれだけの言葉では『春日未来』が一体どんなアイドルなのかを正しく理解をしたはずです! ちょっとだけ天然が入った元気っ子! 翼ちゃんの隣に並んでも引けを取らないその明るいキャラクターを一瞬で理解してもらったんです! こんな簡潔で有用な手段を意図せずに行ってしまう未来ちゃんはある意味でアイドルとしての才能があるのではないかとありさは考えます! そしてそこから始まる翼ちゃんとの『GO MY WAY!!』! そのパフォーマンスに関しては残念ながら完成度が低いと言わざるを得ないでしょう! 歌もダンスもミスが見受けられましたが、それは今回に関しては仕方がないので触れないでおきます! しかし今回のステージで特筆すべきパフォーマンスのクオリティーなんかでは断じてありません! それはアイドル性! 未来ちゃんのアイドル性について語らせていただきたい! 曲の間奏中に翼ちゃんに手を引かれてステージの前方に出来た未来ちゃんは、表情が変わりました! それまで楽しそうに歌っていた笑顔が、キュッと! こうキュッと眉が吊り上がって真剣な表情に変わったのです! ちくわ大明神! そして次の瞬間、風が吹いたんです! えぇ、間違いなく吹きました! 風です! 空調の変化などといったそんな無粋なものではなく、未来ちゃんの歌で風が吹いたんです! 客席にいたリョーさんがハッキリと証言してくれたので間違いありません! ことアイドルに関してはこのありさが一目を置くリョーさんが太鼓判を押したのです! その風はきっと! 彼女が本当に意味でアイドルとなり巻き起こしたもの! それまで翼ちゃんがメインだった会場の空気を全て自分の空気に書き換えてしまったのです! まさに! まさにアイドル! しかもこれは全て! 全て静香ちゃんのため! あぁなんと! なんと素晴らしいアイドル友情物語! 倒れてしまった友のために、初めてマイクを握りステージへと飛び出していった少女は、友のために歌ったのです! ありさは涙が止まりません! けれどこの涙を拭く暇があるのならば私はその友情をもう一度この目に焼き付けたい! しかし涙が滲んで画面が見えないというジレンマ! ありさに目が三つあったならば二つの目で涙を流し残りの一つで画面を見ようと思いましたが多分三つとも号泣してしまって何も見えませんね! というわけで静香ちゃん、ライブの映像を流しますが心の準備はよろしいですか!?」

 

「アッ、ハイ」

 

 事務所で亜利沙さんに先日のライブの映像を見せてもらおうと思って話しかけた結果がコレである。途中から軽く聞き流していたので話してくれた内容の半分も理解できていないが、とりあえず未来は頑張っていたということだけは伝わって来た。

 

 ……未来、頑張ったのね。

 

(それも、私のために)

 

 心の中がジンワリと熱くなり、思わず頬が緩む。

 

「あっ、静香ちゃんだー! やっほー!」

 

「翼」

 

 亜利沙さんが映像の準備をしてくれているのを待っていると、控室に翼が入って来た。

 

「体治ったんだ!」

 

「えぇ、もうすっかり。……珍しいわね、貴女がこんなに早く来るなんて」

 

 いつもの翼ならばレッスンの時間のギリギリまで外でフラフラしているはずなのに。

 

「この前のライブの映像を見せてくれるっていうから~」

 

「そうだったの。ちょうど良かったわね、今亜利沙さんが準備をしてくれているわ」

 

「……映画でも見るの?」

 

「え?」

 

 翼は一体何を言っているのかとチラリと亜利沙さんを見ると、なんか壁に白い布を張ってプロジェクターの角度を調整していた。そして次はスピーカーの位置を動かして……え、音響まで弄るつもりなんですか?

 

「……もうちょっと時間がかかりそうね」

 

「そうだねー」

 

 翼は「お隣しつれー」と言いつつ私の横のパイプ椅子に座った。

 

「……えっと、翼もごめ……ありがとう。私がいなくなっちゃった分、カバーしてもらって」

 

 咄嗟に謝罪の言葉が口をついて出そうになったが、星梨花さんの言葉を思い出してなんとか飲み込むことが出来、代わりに感謝の言葉を翼に告げた。

 

「えへっ、全然ヨユーだったよ!」

 

 頬杖をつきニューっと猫のように目を細める翼は「それに」と言葉を続けた。

 

 

 

「未来とわたし、けっこー相性いいみたいだし!」

 

 

 

 ………………。

 

「……そう、なのね」

 

「うん! 未来のフリってめちゃめちゃでさー! だからわたしも自由に出来てやりやすいんだー!」

 

 それをやりやすいと言っていいのか……という私のツッコミの言葉は、何故か口から出てこなかった。

 

「あっ! そうだ! プロデューサーさんが来月のイベントで改めてわたしと静香ちゃん二人のステージを作ってくれるんだって! ね? ね? 何歌う? ……あれ? 静香ちゃん? おーい、もしもーし?」

 

 

 

「最上さん」

 

 

 

「っ、はい!?」

 

「……聞いているのですか?」

 

「つ、紬さん……」

 

 名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、ちょうど控室に入って来たばかりの白石紬さんが鋭い目つきで……それでいて心配そうな表情をしていた。

 

「す、すみません、ぼーっとしていました」

 

「私が話しかける前に、散々伊吹さんからも話しかけられていたようですが?」

 

「翼もごめんなさい……」

 

「んーん、気にしてないよー」

 

 紬さんに促されて翼にも謝罪すると、彼女はフルフルと首を横に振った。

 

「まだ調子が悪いのであれば、無理に出てこない方がいいのではないですか。また大事なときに倒れてしまったら、再び色々な人に迷惑をかけてしまうことになりますよ」

 

「っ……」

 

「うっひゃ~……紬さんきびしー……」

 

 紬さんの目つきに怯えた翼が私の影に隠れる。

 

「私が特別厳しいというわけではありません。皆さんが甘いのです、プロならば体調管理も仕事のうちのはずですよ」

 

 紬さんはピシャリとそう言い切った。

 

 ……確かに、紬さんの言う通りだ。

 

「ごめん翼、やっぱり今日はもう帰るわ。まだ調子が悪いみたいだから」

 

「え~? また話したいことがいっぱいあったのに~」

 

 荷物をまとめて立ち上がると、翼は「入口まで送ってあげる~」と引っ付いてきた。正直歩きづらくてうっとうしいが、振り払うのも面倒なのでそのままにすることにした。

 

「それじゃあ、お先に失礼します」

 

「……お疲れ様です」

 

 

 

「……よし! 準備出来ましたよ! ……アレ? 静香ちゃんはどこへ? 翼ちゃんの声も聞こえたような気がしたのですが……あっ、紬ちゃん、今ここに二人がいませんでしたか?」

 

「……い、言い方キツかったかな……い、いやでもこういうことはキチンと言っとかんとアカンし、他の人に迷惑かけたら最上さん自身が気を病んじゃいそうだし……でも、うちだってまだ人のこと言えるような立場じゃないのに偉そうなこと言って……あああぁぁぁ……」

 

「……よく分かりませんが、とりあえず苦悩している姿も大変可愛らしいので一枚撮っておきましょうか」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 久しぶりに事務所へと顔を出した翌日、私は再び放課後の委員会に参加しながらため息を吐いた。

 

(委員会、早く終わらないかしら……)

 

 文化祭の準備がそんなに早く終わるとは思えないが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 

 結局、未だに未来とは顔を合わせることが出来ていない。軽いメッセージのやり取りはあっても、お互いに意図的にライブのときの話はしていなかった。きっと私も彼女も、直接会って話をしたいという気持ちは同じなのだ。

 

(……でも)

 

 亜利沙さんに褒められる未来。翼に認められる未来。……私の代わりにステージに立って、無事にライブを成功させた未来。そんな彼女のことを考えると、心の奥で何かがくすぶるような感覚を覚える。

 

 この胸のモヤモヤは一体……。

 

「えーっと、次にお昼のステージ企画だけど、まずは紹介したい人がいるので全員注目!」

 

「っ」

 

 いけない、またボーッとしてしまっていた。

 

 黒板の前に立っていた文化祭実行委員長の言葉に、私は顔を上げる。

 

「……え」

 

「よ、呼ばれて来たんですけど、私何かやっちゃいました?」

 

 そこには、何故か未来がいて――。

 

 

 

「芸能事務所765プロからアイドルデビューした、二年A組の春日未来さんだ!」

 

 

 

 ――そんな委員長の言葉に、教室中が湧き上がった。

 

「えぇ!? 765プロって竜宮小町とか星井美希の!?」

 

「うっそ、マジで!?」

 

「スクールアイドルじゃなくて、事務所アイドル!?」

 

「もうテレビ出てるの!?」

 

「いつデビューしたの!?」

 

 盛り上がる生徒たちに混乱しているのは私だけじゃなく、大々的に紹介された未来自身も何が起こっているのかよく分かっていない様子だった。

 

「春日さんには、生徒を代表して文化祭のステージをお願いしたい! どうかな!?」

 

「えっ、ステージですか!? 立っていいんですか!?」

 

 委員長の言葉に、パッと顔を明るくする未来。

 

「あぁ、勿論! 頼んだよ――」

 

 

 

 ――我が学校のアイドル!

 

 

 

「………………」

 

 胸の奥のくすぶりは。

 

 いつの間にか。

 

 

 

 『痛み』に代わっていた。

 

 

 




・静香ちゃんのウチは夜九時以降のスマホの使用が禁止
作者の偏見。でもあの父親ならそれっぽくない?

・亜利沙の長セリフ
読み飛ばした人、正直に手を挙げなさい。

・ちくわ大明神
「誰だ今の」

・白石紬
番外編47以来の再登場! 原作ではここは志保が登場したシーンですが、彼女ならば代役が務まるのではないのかと思い登板していただきました。
……つまり、今後志保が登場するはずだったシーンでは……?

・「……い、言い方キツかったかな……」
本当に心配してるのに言葉選びが下手な紬ちゃんUC

・『痛み』
逆流性食道炎ではないです。



 何故か原作よりもシリアス感が増してる理由は『志保がいなかったから』となっております。だからと言って紬ちゃんは悪くありませんので念のため。

 良太郎ー! さっさと出てきてシリアスブレイクしてくれー!

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