「………………」
「静香。……しーずーかー」
「えっ」
顔を上げると、テーブルの向かいに座る奈緒さんが私の顔を覗き込んでいた。
「なんやボーっとして。箸止まっとるやん」
「すみません、ちょっと考え事というか……」
「まぁ、唖然とする気持ちは分かる。……今日も美奈子は絶好調やもんなぁ」
「いえ、そっちではなく」
確かに美味しそうな湯気を漂わせている十人前のチャーハンと餃子の山には唖然としてしまいそうになるが、今私が考えているのは全く別の事だった。
「おかわりはもうちょっと待っててねー!」
「結構です!」
「あっ、そちらのお客様にもおかわりサービスしますねー!」
「結構です」
美奈子さんからの追加の料理をブロックし、その標的が奈緒さんの背後の男性客へと向いたことに安堵しつつ、コホンと咳払い。
「……先日のオーディションのことなんです」
今日のレッスンを終えた私と未来は、奈緒さんのお誘いを受けて美奈子さんの実家である佐竹飯店へと夕ご飯を食べにやって来た。そこで私は、奈緒さんに先日からずっと考えていることをアイドルの先輩である奈緒さんに尋ねることにした。
「奈緒さんは先日行われた『フェアリー』のバックダンサーのオーディションのことはご存知ですよね?」
「あぁ、エレナと海美と歩と麗華が選ばれたんやったっけ。残念やったな、静香」
「はい……でも、悔しいと思う暇もないぐらい、皆さんとても凄かったんです」
同じシアター組とは思えないほどの実力者揃い。実際に私も見ていて、きっと選ばれるのはこの人たちだろうと思った。
……それでも、一つだけ疑問が残ってしまった。
「どうして、翼はダメだったんでしょうか……」
あのとき、オーディションに参加したアイドルの中で一番のパフォーマンスを
しかし、何故か翼は選ばれなかった。
――ミキたちのバックダンサーは似合わないって思うな。
美希さんはキッパリとそう言い切り、響さんと貴音さんはそれを否定しなかった。つまり、765プロが誇るトップアイドル三人が『翼はバックダンサーとしてそぐわない』と判断したのだ。
「何がダメだったのか、それが本当に分からなくて……」
「静香ちゃん、食べないの?」
「未来は静かに食べてて」
先ほどから黙々とチャーハンの山を切り崩している未来にコップの水を渡す。貴女にはこの大量のチャーハンと餃子を消費するという大事な役目があるのだから、是非そちらに専念してほしい。
「せやなぁ……私はその翼のダンスを見てないから断言は出来んけど、これでもバックダンサーやっとった身として、大事なことは分かるで」
「大事なこと?」
「そ。バックダンサーに一番必要なことや」
卵スープにレンゲを入れながら「なんやと思う?」と尋ねてくる奈緒さん。
「……えっと……」
「バックダンサーっていうぐらいなんだから、ダンスの技術じゃないんですか?」
代わりに答えた未来だが、私もそれと同じ考えだった。
「……あ、でもそういえば……」
――だからこそダンスの技術だけで選ばれるとは言えないぞ。
オーディションの話を持って来たとき、プロデューサーはそんなことを言っていた。
「想像してみぃ? もしも私らが大きな舞台でライブをすることになったとするやん?」
「は、はい」
奈緒さんにそう言われ、想像する。
大きなステージ、大勢の観客、そしてステージの中央に立つ私の姿。今はまだその光景を望むことは叶わないけれど、それでも想像の中の私は彼ら彼女らの視線を一身に浴びていて――!
「そのときのバックダンサーが『周藤良太郎』やったら?」
――その視線は一瞬で消え去った。
「ちょっと奈緒さんんんん!?」
「どや? かなりゾッとするやろ?」
「なんでいきなり『洒落にならない怖い話』が始まったんですか!?」
ライブ中に観客からの視線が消え失せるなんて、想像するだけでも恐ろしかった。どれだけ必死に歌って踊っても、観客の意識が全てバックダンサーに持っていかれてしまうなんて……。
「……あっ、もしかして、コレが理由ですか……!?」
「まぁコレは極端すぎる話やけどな」
ダンサーという言葉に気を取られていたが、バックダンサーとは文字通り背後で踊ることでステージに華を添えるのが本来の役目だ。それがメインのアイドル以上に目立ってしまうなんてナンセンスだった。
「目立ちすぎるな、なんてことは言わん。でもライブっちゅーのはチーム戦、個人の技量と同じぐらい団結力も必要や」
「私たちも昔はそこで苦労したもんね」
「あんときはホンマに大変やったなー……」
本当に追加の料理を持ってきてしまった美奈子さんが会話に参加すると、奈緒さんの目が遠くなった。これは昔のことを思い出しているのか、それとも減った分以上に量が増えてしまった料理を見たくないのか、どちらなのだろうか。
……それにしても。
(団結力……か)
確かに翼は協調性に欠けるしワガママな面もある。人の話は聞かないし、自分の興味が無ければ練習にだってまともに参加してくれない。そういった部分がダンスにも出ていて、それを美希さんたちは感じ取ったということなのだろう。
でも、トップ目指すアイドルとしてなら……本当にそれが正解なのだろうか。
「まぁ、万が一なにかの奇跡が起きて良太郎さんがバックダンサーをすることになったとしても、そうはならんやろーけどな」
「良太郎君、自分の存在感の隠し方上手だもんね」
「えー? 『周藤良太郎』に気付かないなんてことあるわけないじゃないですかー。ねぇ、静香ちゃん?」
「そうね、流石に『周藤良太郎』に気付かないなんてこと、ありえないと思います」
(……だってさ、良太郎君)
(まぁ、そう思ってもらえるのは嬉しいけどね)
(いくら変装しとるからって、後ろの席で飯食っとるとは思わんわなぁ……)
久しぶりにガッツリ食べたいなーという欲求のままに佐竹飯店で夕飯を食べていたら、背後の席に奈緒ちゃんが静香ちゃんと未来ちゃんを伴ってきたというミラクルが発生したのが、大体三日前の話である。
お店のお手伝いをしていた美奈子ちゃんは言わずもがな。奈緒ちゃんも俺に気付いていたが、静香ちゃんと未来ちゃんは気付いておらず、そのまま彼女たちのお悩み相談を盗み聞きしてしまった。まぁ悩みというか、疑問というか、若きアイドルの必修課題みたいなものだ。是非とも自分で答えを見つけ出してほしい。
さて、そんな静香ちゃんの疑問の種となった翼ちゃんだが……。
「はい、ジュリアーノ、あーん!」
「ヤメロ。ついでにジュリアーノもヤメロ」
……なんか知り合いの街中ロック不良娘とイチャイチャしているところを目撃した。
「へぇ、デートかよ」
「なっ!? アンタは……!?」
「あーリョーさんだ! 久しぶりー!」
「久しぶり、翼ちゃん。ジュリアも。しかしいかんぞ二人とも、現役アイドルが不純異性交友とは」
「誰が異性だ!?」
「不純じゃなくて純粋です!」
遠目で見てたけど、街中を歩きながら翼ちゃんがジュリアにアイスを食べさせようとしている様子が完全にカップルのそれだから、二人の見た目も相まって誤解してる人は多いと思う。
「それでアンタは……えっと……」
「おいおい、この『遊び人のリョーさん』を忘れたとは言わせないぞジュリア」
「あぁ……そういう設定なのな……」
これだけで事情を察してくれる子たちが多くて助かる。
「それで? もう一回聞くけどデート?」
「ちげぇよ!」
「そうです!」
ジュリアが否定して翼ちゃんが肯定する。うん、つまりデートだな!
「そういうアンタは珍しいもん担いでんじゃねぇか」
「あー!? それってギターケースですよね! ジュリアーノのとおんなじ!」
ジュリアと翼ちゃんが指摘するように、俺の肩にはギターケースがかかっていた。先日も冬馬と一緒に音合わせをしたが、今回は新曲のための打ち合わせに必要だったのだ。
「まぁちょっと仕事で必要になってね。いつもギターケース担いでるジュリアに比べれば珍しいかもしれないけど」
「いつもは担いでねぇよ」
「寧ろギター持ってないお前の姿を見たことないんだけど」
「………………」
どうやら自分でも反論が見つからずにジュリアは閉口してしまった。
「今日はジュリアーノがわたしの行きたいところ何処でも付き合ってくれるんですよ~! リョーさんも、時間が合ったら一緒にどーですか!?」
「だから何処でもとは言ってねぇよ!」
やっぱりデートじゃないか。
さて、ここは「二人のデートのお邪魔をするわけにはいかない」と断る場面なのだろう。女の子と女の子の間に入ると一部界隈では呪殺されるから正直遠慮しておきたいのだが、なんかジュリアが視線で『助けてくれ』と言っている気がした。
(助けてくれ)
口でも言ってた。しょうがないなぁ……。
「それじゃあ、少しだけね」
「やったー! それじゃあリョーさん! またクレープお願いします!」
「おっとそういう役目か」
「っていうかお前、さっきまでアイス食べてただろ……」
「デザートは別腹!」
「アイスは主食だった……?」
ルンルンと鼻歌を口ずさむ翼ちゃんに、ジュリアと共に手を引かれて歩く。ギターケースを肩にした二人を引きずる美少女は随分と目立つことだろう。俺には
はぁ……と重いため息を吐いたジュリアと、翼ちゃんに聞こえないように小声で話す。
(……わりぃ良太郎さん、助かった……)
(別にいいけど……正直翼ちゃんと仲良いとは意外だったぜ)
勝手ながらジュリアは翼ちゃんみたいなタイプが苦手だと思ってた。
(仲良いわけじゃなくて……ちょっと、翼と向き合ってみようと思ってな)
ここにもお悩み少女がいたようだ。静香ちゃんの方は正確には悩みではなかったが、どうやらまたしても話題の中心は翼ちゃんらしい。
(……ふむ)
・「未来は静かに食べてて」
未来ちゃんは大食いキャラ&大乳好きキャラ固定です。
・「へぇ、デートかよ」
調べてみたんだけど、もしかしてこれも原作では言ってないシリーズ……?
ネタが少なけりゃあとがきも少ない。当然である。まぁアイル編は基本的に真面目な話だから。
だが安心してください、アイル編が終わればある意味で『第六章の本番』が始まる予定です(ハードルを上げる)