アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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三話目にしてようやく特訓開始!


Lesson273 灼熱の特訓! の巻 3

 

 

 

「ワン! ツー! スリー! フォー!」

 

 

 

(くっ……!)

 

 星梨花さんの声に合わせて、必死に手足を動かす。

 

 夏休み中の合宿は基本的に自主練となっている。一足先に振り付けをマスターしている星梨花さんと百合子さんがそれぞれのユニットの中心となってレッスンが進められていた。

 

(……まだ、だ……!)

 

 最初の見せてもらった星梨花さんの振り付け。星梨花さんは「私もまだ完璧じゃないですよ」と謙遜していたが、私の目には完璧に見えた。そして私は未だそのレベルに至る気配すら感じない。やっぱり、二年というキャリアの違いは小さいように見えてとても大きかった。

 

「はぁ……はぁ……! っ、きゃっ……!?」

 

「紬さん!?」

 

 ズルリと足を滑らせ、紬さんが尻もちをついた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「はっ、はっ……大丈夫です。……私の心配をするぐらいなら、ご自身の心配をしてください」

 

「っ……何が言いたいんですか」

 

 差し伸ばした手を取る素振りすらせずに立ち上がった紬さんの言葉に、思わずカチンときて喧嘩腰の姿勢になってしまう。

 

「はいはいはーい! ここでチームのムードメーカー! みんなのアイドル茜ちゃんの緊急参戦だぁぁぁ! ネクストニューチャレンジャー茜ちゃぁぁぁん!」

 

 そんな私と紬さんの間に茜さんが割って入ってきた。

 

「えーっと、茜ちゃん的にはね~? チーム全体の体力アップが今の課題かなって思うん――」

 

「ヘーップシッ!」

 

「――だけど~……」

 

 茜さんの言葉は、麗花さんのとてもアイドルとは思えないほど豪快なクシャミによって遮られてしまった。

 

「ずずっ……あ、ごめんね続けて続けて」

 

 麗花さんは気まずそうにニヘリと笑いながらヒラヒラと手を振った。

 

「静香ちゃんも紬ちゃんも、私たちに比べると動きが全体的に小さいけど大丈夫かなって話だったっけ?」

 

「「ぐっ……!?」」

 

「おーっとぉ麗花ちゃん!? 安全運転の茜ちゃんを尻目にアクセル全開でインド人を右に!?」

 

 言葉だけならば悪意があるように聞こえるが、麗花さんに限ってそんなものは存在しないだろう。しかしそれはそれで純粋な感想ゆえに私と紬さんの心に深く突き刺さった。

 

 先日のフェアリーのツアーライブに参加した麗花さんは当然のようにダンスが高レベルだ。私たちのユニット五人の中で最も大きくしなやかな動きは、とてもダイナミックでステージ映えするだろう。茜さんも小柄ながらスピードとキレで見劣りはしない。星梨花さんは言わずもがな。

 

 結果、三人の動きに合わせることが出来ない私と紬さんの動きが浮いてしまっていた。

 

(……どうしよう……)

 

 単純な話、頑張ればいいだけのことだ。けれどオーディションまで()()()()()。こんなところで立ち止まるぐらいなら、いっそ……。

 

「あの、麗花さん」

 

「んー?」

 

「その、みんなに合わせて、もう少し動きをコンパクトにできませんか?」

 

「っ!? あ、貴女は何を言っているのですか!?」

 

 私のその提案に異を唱えたのは、麗花さんではなく紬さんだった。

 

「そんなことをして、イベントのステージに通用すると思っているのですか!?」

 

「それは……だって、仕方ないじゃないですか。まずはユニット全体のバランスを整えないと見栄えが……」

 

「つまり私が劣っていると!? 足手まといだと!? 馬鹿にしているのですか!?」

 

「そ、そうじゃなくて……!」

 

 顔を真っ赤にして目に涙を浮かべる紬さんに正面から肩を掴まれる。掴むその手に強く力が込められているが、肩以上に罪悪感で心が痛い。

 

 けれど、今はそんなことを言っている場合じゃないんだ。

 

 頑張って追いつくなんて悠長なことをしている()()()()()んだ。

 

「あ、あの、二人とも、ケンカは……!」

 

 咄嗟に言い返そうとしてしまったが、そんな泣きそうな星梨花さんの声にハッと我に返った。紬さんも同じだったようで、パッと肩から手が放された。

 

「……その、ごめんなさい。熱くなりすぎました……」

 

「……うちもごめんなさい……」

 

 二人揃ってバツが悪そうにお互いに謝る。

 

「んー確かに暑いよねー、宿のおばさんに麦茶貰ってこよーっと」

 

「麗花ちゃんここにスポドリあるんですけどー!?」

 

 私たちのせいで流れてしまった気まずい空気をものともしていない麗花さんが、すたこらさっさとレッスン場を後にしてしまった。見方によってはこの空気に耐えられなくなったようにも見えるが、麗花さんに限ってそれはないだろう。

 

「えっと……私たちも休憩しましょう、ね?」

 

「「……はい」」

 

「そ、それじゃあここは一つ気分転換に茜ちゃんのキュートな小話を一つ!」

 

「「結構です」」

 

「……ふ、二人が仲良くて何よりぃ……」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「あーもー練習疲れたー! 静香ちゃん聞いてよー!」

 

 その日の晩。大浴場の湯船に浸かっていると、バシャバシャと翼がこちらに近付いてきた。

 

「……ちょっとぐらい隠そうとしなさいよ……」

 

「えー? だってタオルをお湯に浸けちゃいけないって紗代子ちゃんが」

 

「そうだけど、そうじゃないのよ……!」

 

 別に私は自分のスタイルに不満を持っているわけではない。というかまだ中学生なのだから、イチイチそんなことを気にしてもどうにもならないことぐらい分かっている。

 

「んー! やっぱり大きなお風呂気持ちいい~!」

 

 ……それでも、同い年の翼が()()()()()のを見ていると、こう、なんか色々な強い感情が湧き上がってくるのだ……!

 

「って話が逸れた! 聞いてよ静香ちゃん! 紗代子ちゃん酷いんだよ!」

 

「見えてたから大体知ってるわよ。アレは貴女が悪い」

 

 レッスン中にお腹が痛くなったなんていう見え透いた嘘を吐いて抜け出そうとするなんて、翼ぐらいなものである。

 

 そしてそんな翼に対して紗代子さんの反応が……。

 

 

 

『えっ!? お腹が痛い!? 分かった、すぐに病院に行こう! 変な病気だったら大変だから! 大丈夫、休んだ分は元気になってから三倍練習すれば取り戻せるよ! ……え、治った!? 本当!? 良かった、それじゃあ練習頑張れるね、翼ちゃん!』

 

 

 

 ……なんというか、これをわざとじゃなくて素で言っているのだから、翼の天敵みたいな性格である。流石劇場一熱いアイドル……。

 

「はぁ~……別に紗代子ちゃんイヤじゃないんだけど~、ちょーっと私にはキツすぎるっていうか、性格的には静香ちゃんの方が合ってると思うんだけどな~」

 

 ちょっとだけ想像してみたが……確かに、そうかもしれない。逆に翼だったら、星梨花さんと麗花さんと茜さんにも見劣りしないパフォーマンスを披露することが出来ただろう。

 

(……ホント、なんでこのユニットなのかしら)

 

 今のユニットが嫌なわけじゃない。けれど、不満がないと言えば嘘になる。

 

「……とりあえず」

 

 昼間のこと、後でもう一度紬さんに謝りにいこう。

 

 

 

 

 

 

「……えっと……」

 

 宿の人に貰ったフルーツ牛乳の瓶を二つ手にして紬さんを探していると、こちらに背を向けて縁側に座り込む銀色の毛虫のような何かを発見した。というか紬さんの後ろ姿だった。

 

 その後ろ姿がなんだか可愛くて思わず笑ってしまいそうになったが、グッと堪えて声をかける。

 

「紬さん」

 

「っ!」

 

 ビクリと身体を震わせる様がまた可愛くて、ちょっとだけ唇を噛んで堪える。

 

「……最上さん」

 

「お隣、いいですか?」

 

「………………」

 

 無言でコクリと頷いてくれたので隣に座らせてもらい、フルーツ牛乳の瓶を差し出すと小さな声で「……ありがとうございます」と言って受け取ってくれた。

 

「……その、昼間は、すみませんでした」

 

「……こちらこそ、すみませんでした」

 

「……凄いですよね、星梨花さんも麗花さんも茜さんも」

 

「……えぇ、本当に……」

 

 ポツリ、ポツリと。一言二言の言葉の応酬ではあるが、少しずつ紬さんと会話を重ねる。

 

「私、プロデューサーさんからスカウトされて、765プロにやってきた……っていう話は、しましたっけ?」

 

「はい。凄いですよね、スカウトなんて」

 

 何でも地元の金沢で実家の呉服屋の手伝いをしていたところ、仕事で訪れたプロデューサーさんにスカウトされたらしい。

 

「そのときはイマイチ信じられなくて、揶揄われたんじゃないかって、社交辞令を本気にしちゃったんじゃないかって」

 

 そんな不安を抱えつつも、勇気を出して一歩を踏み出して上京した紬さん。私はその勇気を素直に凄いと思う。

 

「東京に来ても不安で……でも、たまたま道案内をしてくれた人たちが、私の背中を押してくれたんです」

 

 

 

 ――君をアイドルとして見初めないなんて、それこそ本物のバカだから。

 

 ――いつか、ステージの上で会おうね。

 

 

 

「………………」

 

「紬さん?」

 

「あ、いえ……あのときの妹さん、何処かで見たような……?」

 

 何かを思い出そうと首を捻っていた紬さんだったが、やがて諦めた様子で首を横に振った。

 

「あのときの二人がどうして見ず知らずの私の背中を押してくれたのかは、分かりません。……それでもアイドルとしての私の背中を、プロデューサーの次に押してくれた人がいるから。……私は、頑張りたいんです」

 

「……そうなんですね」

 

 しっかりとアイドルとしての背中を押してくれる人がいたという事実が、少しだけ羨ましかった。勿論今では私もプロデューサーや未来たちが背中を押してくれているけど……。

 

(……()()()()()は、絶対にそんなことしてくれないから)

 

 そんな自分の環境を憂いていても、なにも変わらない。

 

「頑張りたいのは、私も同じです。……明日から、もっともっと頑張りましょう、紬さん」

 

「はい、勿論です」

 

 お互いに示し合わせたわけじゃないが、小さくフルーツ牛乳の瓶をカチンと合わせる。

 

 

 

 少しだけ、私がこのユニットに組み込まれた理由が分かったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……明日? 寄るの?」

 

「う、うん……どうかな?」

 

「うん! いいと思うよ!」

 

「えー……めんどー……」

 

 

 




・静香vs紬
志保がいない代わりに紬とバトる静香。なんかぶつかりそうな二人。

・「インド人を右に!?」
ゲーメスト『くお~! ぶつかる~! ここでアクセル全開』

・静香&翼in大浴場
また黄色の胸の大きさで青色が曇ってるよ……。

・劇場一熱いアイドル
誰が呼んだか『765のしゅーぞー枠』



 漫画では星梨花の体力の無さがキッカケで静香と志保がバトりましたが、アイ転の星梨花はその辺りを克服済みなので、結果として静香と紬が大変な目にあっております。

 さて、次回登場するアイドルは誰でしょう?



『どうでもいい小話』

 そういえばデレ愛知公演、日曜日現地が当たりました。

 皆さん、久しぶりの現地でお会いしましょう。

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