「……はぁ……」
「どうした、ため息なんて吐いて」
「っ、お疲れ様です」
「お疲れ。劇場のプロデュースも大変そうだな。悩み事か?」
「あ、いえ、悩み事というか……実はシアターの新人組にちょうどいいライブの仕事が来ているんですが」
「へぇ。新人組というと……永吉昴や春日未来あたりか?」
「ですがその日程が……夏フェスと同じ日なんです」
「あらら、それは……」
「当然俺はフェスの方へ着いていくから付き添えませんし……何より、新人たちにもフェスのステージを見せてあげたかったんです」
「確かに他の事務所のアイドルと一緒のステージっていうのもいい経験だし」
「はい。定期ライブとは違う一味違う先輩アイドルたちの姿は、きっと彼女たちにはいい刺激になると思うんです」
「そうだな。……とはいえ、まずはオーディションだ。百合子や星梨花たちが全力を出せるように、しっかりとプロデュースするんだぞ」
「はい、勿論です。任せてください――」
――赤羽根先輩!
「……それはそれとして、先輩は今からお帰りですか?」
「あぁ。今日はこれから小鳥さんと一緒に食事の予定なんだ」
「はぁ……765プロを支えてきた敏腕プロデューサーは、お嫁さんも美人とか、ホント羨ましい……」
「えー!?」
静香ちゃんたちが合宿を始めて二日目の夜。自宅ではないから夜九時以降のスマホ使用が解禁された静香ちゃんから電話がかかってきて合宿の様子を聞いたのだが、その内容に私は思わず大声を出してしまった。
「春香さんたちのサインだけじゃなくて、周藤良太郎さんや天ヶ瀬冬馬さんのサインもあったの!? いいなー! 私も見たかったー!」
『貴女が反応するのはやっぱりそこなのね……』
「だって見たいじゃん! そんなの!」
『周藤良太郎さんと如月千早さんとフィアッセ・クリステラさんの三人の夢のようなプレミアムサイン持ってるでしょ』
「それとこれとは話が別だよぉ!」
ラミネート加工して私の部屋に鎮座している国宝級のサインが貴重であることは間違いないが、それでも見たいものは見たいのだ。
しかしそれで一つ納得したこともあった。
「今日、劇場でいきなり亜利沙さんが白目を剥いて叫びながら倒れたのは、それが理由だったんだね」
『あぁ、やっぱり送ったのね、ツバサさん……』
それはもう漫画のように「むっはぁぁぁ!?」と奇声を上げてビッターンと勢いよく真後ろに倒れた。普段から彼女の奇行には慣れたつもりだった劇場の面々もこれには流石に驚いた。その理由が結局いつものことだったため、すぐに解散してしまったが。
「でもそれは分かったけど、夕方にいきなり膝から崩れ落ちたのは結局なんだったんだろ」
スマホ見てたらいきなり『エモオオオォォォッ!?』と叫びながらズシャァァァッとその場で蹲っていた。
『えっと、それは……よく分かんない』
「静香ちゃんも分からない?」
『原因は分かるけど理由は分からない』
「?」
亜利沙さんの奇行は置いておいて、やっぱり向こうの合宿は楽しそうだった。
「はぁ~……私も行きたかったなー、合宿」
『未来は未来で今は大事な時期でしょ』
「そうなんだけどー」
折角の夏休みなんだし、静香ちゃんや翼たちと一緒にお泊りしたかったー……。
「でもこれから、私たちも全国ツアーとか行くようになったら、そういう機会あるよね!」
この間のフェアリーの皆さんのツアーには付いていけなかったけど、私たちがアイドルとして売れていけばきっと全国ツアーだっていけるよね!
えっとー、北海道に行ったら美味しい海鮮を食べてー、沖縄に行ったら美味しい海鮮を食べてー……あれ、おんなじ?
『……そうね』
「静香ちゃんもそう思うよね!」
『えぇ……一緒に色んなでライブ、出来たらいいわね』
「出来るよ! きっと!」
『……うん。……そろそろミーティングがあるから、切るわね』
「うん! 明日からも頑張ってね、静香ちゃん!」
『貴女も頑張って、未来』
「………………」
通話を終了したスマホをしばらく見つめた後、縁側に腰を掛けたまま夜空を見上げる。
「……未来なら全国ツアーも夢じゃないわ」
そう、貴女なら、きっと。
そんな会話を静香ちゃんとした翌日、私はプロデューサーたちとの打ち合わせのために劇場の楽屋を訪れた。楽屋に集まったのは私以外は昴と、エミリー・スチュアートちゃんと
「CDの手渡しイベント……ですか?」
「あぁ、そうだ」
全員が揃ったところでプロデューサーさんは、そう言って次の仕事の話を切り出した。
「どんなイベントか、未来は分かるか?」
どんなイベントかと言われても……。
「……CDを、手渡す?」
「そう、その通りだ」
「おぉ、分かったのか未来」
「流石です、未来さん!」
「凄いですね~、未来ちゃん」
あれ、もしかして馬鹿にされてる?
「リリースイベント、所謂リリイベってやつだ。メンバーはここにいる四人。デビューCDをしっかりファンにアピールしていこう!」
「「「「はい!」」」」
プロデューサーの言葉に、全員揃って返事をする。うん、私はまずはここから! デビューイベントで頑張って、そこでようやく静香ちゃんたちと同じ土俵に立てるんだから!
「というわけで、今日の仕事はコレだ」
そう言うと、プロデューサーは一本のマジックペンを取り出した。
「はい、アイドルがマジックペンを使ってすることとはなんだ? はい昴君早かった!」
「えっ!? ば、バント!」
「やれるもんならやってみなさい。正解はサインだ」
「……バントの?」
「野球から離れなさい!」
というわけで、今日の私たちの仕事は『イベントで手渡しするCDにサインをすること』だった。
「み・ら・い・か・す・が……っと!」
キュキュッとCDケースにサインをする。
「えへへ、いい感じー!」
こうやって沢山サインを書いてると『あぁ私、今すっごいアイドルっぽいことしている』という気分になってくる。つい先日、エミリーちゃんと一緒にサインを書く練習をしていたのだが、それが役に立つときがすぐにやってくるとは思わなかった。
「練習しててよかったね、エミリーちゃん……って、えっ!?」
机の正面で同じようにサインをしていたエミリーちゃんが、涙目になって震えていた。
「うぐぐぐ……」
「エミリーちゃんどうしたの!? お腹痛い!? なにか変なもの食べた!?」
「そんな未来じゃあるまいし」
「未来ちゃん、夏場は食べ物が痛みやすいですから気を付けましょうね~」
やっぱり馬鹿にされてない!?
「いえ、お腹が痛いのではなく……私、初めての署名は『絶対に筆で!』と決めていたのですが……容器に墨で書くのが難しくて……」
「「「あー……」」」
三人でエミリーちゃんの手元を覗き込むと、そこにはベタリとサインが墨で書かれているというよりも乗っているだけの有様のCDケースがあった。……まぁ、よくよく考えればプラスチックのCDケースに墨でサインは無理だよね……。
「こんなことでは立派な大和撫子にはなれません……!」
そう言って涙を拭ったエミリーちゃんは「一筆奏上!」と意気込んで再び筆を手に取った。
「エミリーちゃん、エミリーちゃん」
そんなエミリーちゃんに美也さんが待ったをかけると、自分の鞄の中から綺麗な和紙を取り出した。
「こうやって、和紙を定規で切って……はい、どうぞ~。小さくした和紙にサインを書いて、それをケースに入れたら大丈夫ですよ~」
「はぁ!? す、すごいでしゅ美也さん! これが日本の知恵袋でしょうか!?」
確かに、和紙を使う辺りとても和風な感じだった。
「……なーなーエミリー、ずっと気になってたんだけど」
そんな二人のやり取りをじっと見ていた昴がマジックペンを振りながら口を開いた。
「はい、なんでしょうか? 昴さん」
「エミリーがたまに言ってる『やまとなでしこ』って誰? 偉い人?」
「え、昴知らないの?」
「む。そーいう未来は知ってるの?」
勿論だよ!
「えっと、玉の輿を狙う客室乗務員と貧乏な魚屋さんがー……」
「何の話してるの?」
あれ?
「大和撫子というのは日本の女性の美しさを表す言葉です。私の憧れであり、目標なんです!」
へ~、そーいう意味だったんだ。エミリーちゃん、日本のもの大好きなのも、そーいう理由もあるのかな。
「昴さんは大和撫子を目指してはいないのですか?」
「オ、オレ? いや……なんか凄そうだし、オレには無理じゃないかな」
「むむっ! では昴さんの目標は一体なんなのでしょうか! 私、気になります!」
「え、えぇ、目標……?」
何かのスイッチが入ってしまったらしいエミリーちゃんが昴に詰め寄る。
そんなエミリーちゃんに、昴は「え~……?」と困った様子でポリポリと首筋を掻いた。
「……オレ、アイドルは親に勧められて始めてみただけだから、そんなこといきなり言われても分かんないよ。……未来はある? 目標とか」
「私はあるよ!」
静香ちゃんのステージに憧れて、この事務所に来て色んなアイドルのステージを見て、こんなアイドルになりたいっていう目標は沢山ある。
静香ちゃんみたいにカッコよくなりたいし、翼みたいに凄くなりたいし、星梨花さんみたいに可愛くなりたいし、あとはー……。
「周藤良太郎さんや如月千早さんやフィアッセ・クリステラさんみたいに凄いことをするアイドル!」
「なにそれすげぇ。全宇宙を支配しようとしたフリーザ様が謙虚に見える」
「私の目標も、ずばり歴史的アイドルですよー!」
「え、美也もそっち側なの!? っていうか決まってないのまさかオレだけ!?」
ゆるふわと「えいえいおー!」と拳を突き上げる美也さんの姿に、昴は「他のみんなはどうなんだ~!? オレだけ決まってないのはヤバくないか~!?」と頭を抱えていた。
「………………」
……アレ?
(私の目標って……)
――これで、よかったのかな。
・赤羽根先輩
久々登場バネP!何処で書いたか忘れたけど、第六章開始時点で既に海の向こうから帰ってきております。
そしてピヨちゃんの旦那。
・「むっはぁぁぁ!?」
・『エモオオオォォォッ!?』
王大人「松田亜利沙の死亡確認!」
当然こうなる。
・エミリー・スチュアート
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
大和撫子を目指す金髪美少女な13歳。
カタカナ縛りなので色々と大変そう……。
あとなんかアニメPVで色々と増量しt(ry
・宮尾美也
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
シアター組のゆるふわ枠なほんわかさんな17歳。
あずさ・藍子と組み合わせると多分時間の進み方が三分の一ぐらいになる。
・「一筆奏上!」
次の劇場版で千明がオリキャスで出演するってマ?
・やまとなでしこ
・玉の輿を狙う客室乗務員と貧乏な魚屋さん
多分ウサミンあたりは「主題歌の『Everything』が懐かしいですね~」とか言ってくれる。
・「私、気になります!」
何年えるたそは蔵の中に閉じこもったままなのだろうか……。
・フリーザ様
最近ずっと株が上がりっぱなしの帝王様。
久しぶりのバネP! 実は帰ってきておりましたっていう報告でした。
そして今回から未来の手渡し会編です。……名称これであってるのかな。
いつも通りふんわりと進んでいきます。