アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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また遅刻ンゴ……。

幸先よろしくないですが、第二章スタートです。


第二章『CHANGE!!!!』
Lesson38 変わるもの、変わらぬもの


 

 

 

 曇天の空から雨が降り注ぐとある都市の一角。煌びやかに栄えた大都会の片隅の暗闇。

 

「………………」

 

 そこに俺は傘も差さずに立っていた。周りを取り囲むのは、三人の屈強な男達。全員黒いスーツとサングラスを付け、その素性は一切分からない。しかし俺に向けられている敵意だけはひしひしと感じ取ることが出来る。

 

 初めに動いたのは、俺の背後に位置する男だった。大きく振りかぶられた拳が俺の不意を狙う。しかし地面に出来た水溜まりを踏む音により俺はそれを察知する。チラリと背後を見つつその場で大きく身を屈めて拳を避ける。男の拳が俺の頭があった位置を勢いよく空振りするのと同時に、俺の足が男の足を払う。

 

 身を屈めた俺に対し好機と見た別の男が鉄パイプを俺に向かって振り降ろしてくる。鉄パイプはリーチがあるため後ろに下がっても直撃してしまう。ならば横に避けるべきか。否、俺は迫る凶器に対して逆に接近する選択を取った。鉄パイプは硬く、ガードしようものならば腕がやられてしまう。ならばその攻撃の出だしを抑えてしまえばいい。左手を伸ばして鉄パイプを握る腕を止め、がら空きになったボディーに対して掌底(しょうてい)を叩きこむ。男はそのまま後ろに吹き飛ばされ、ゴミ捨て場におかれたポリバケツにぶつかった。

 

 あと一人と思い立ち上がると最初に倒れた男に右足を掴まれた。身動きが取れない状況で三人目の男がこちらに向かって殴りかかってくる。突き出された拳は真正面から俺を狙っているが、軌道が単調すぎた。その右腕を取り、そのまま背負い投げる。受身は取ったようだが、かはっという肺の空気が抜ける声が聞こえた。右足を掴んでいた男は背負い投げる時に振り上げた足でついでにノックアウトしていたので、これで終了である。

 

 振り続ける雨の中、倒れこむ三人の男とただ一人立っている俺。

 

 そんな俺に、それは投げ込まれた。一体誰が投げたのかも分からないが、俺はそれを右手で受け取る。

 

 それは一本のペットボトルだった。既に封が切ってあるそれの中身を呷り、ぷはっと一息ついてペットボトルを前に掲げる。

 

 

 

『今を闘う男のスポーツ飲料、ポカエリアス』

 

 

 

「はいカットー!」

 

 

 

 

 

 

 第二章になって作風が変わったと思った? 残念! CM撮影でした!

 

「さっすが良太郎君! 一発オッケーだよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 周りのスタッフが撤収作業をする中、タオルで濡れた体を拭いていると監督からお褒めの言葉をいただいた。

 

「いやー、こんなアクションをスタント無しでやってくれるのは良太郎君ぐらいなもんだよ」

 

 先ほどの撮影は監督の言葉通り、スタント無しでの撮影だった。いや、俺以外の三人はスタントの人なのでスタント無しの撮影というには語弊があるのだが。

 

 高町家での体力作りはこうしたCMやドラマでのアクションシーンでも有効活用されている。例えば俺のデビュー作である『覆面ライダー(ドラゴン)』では覆面ライダー天馬(ペガサス)に変身する前の状態での戦闘シーンは全てスタントを用いずに行い、投げ出された赤ん坊を助けるためにビルの二階から飛び出すシーンの撮影では本当に投げ出された赤ん坊の人形をビルから飛び出し空中で抱きかかえた。当然下にはマットを敷いていたが。

 

「これぐらいのアクションシーンなら多分765プロの菊地真ちゃんも出来ると思いますよ」

 

「お、ホントに? 765プロは最近人気急上昇中だし、それはいいことを聞いたね」

 

 今度は二人の共演でよろしくねー、という監督の言葉に会釈をして応じてから俺は着替えを行う為に設けられたテントへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 765プロ感謝祭ライブから早一週間が経とうとしていた。

 

 あの台風の中行われたライブは多くの人の記憶に765プロダクションの名を刻み、そして世間からの注目度も激増することとなった。人々の口コミによるものもあるが、善澤さんが書いたライブ成功の記事もそれに大きく貢献しているだろう。ちなみにライブの時に話していた周藤良太郎一押しの記述は無かったが、まぁあってもなくても変わらなかっただろう。

 

 細かい話はどうでもよくて、要するに765プロ所属の子達はようやく人気アイドルとして認知され始めた、ということだ。

 

『それでね! 今日も沢山の人に道で声かけられちゃったの! 765プロの星井美希ちゃんですかって!』

 

「おー、凄いじゃん。美希ちゃんもすっかりアイドルらしくなっちゃったね」

 

 次の仕事へ向かう車の中。かかって来た電話は美希ちゃんからのものだった。彼女はメールだけでなく最近ではこうして電話でも近況報告や何気ない世間話を持ちかけてくる。頻度的には減少しているのが彼女も忙しくなっている証拠である。

 

「じゃあ美希ちゃんも俺みたいに変装用の小道具を使わないとね」

 

『あ! じゃあミキもりょーたろーさんみたいな伊達眼鏡つけてみようかな』

 

「あー、いいかもね。美希ちゃんの金髪だったら赤い縁の眼鏡は似合いそうだ」

 

 頭の中の美希ちゃんに赤い眼鏡を掛けさせながらそう答える。変装用の眼鏡をかけさせるだけのはずなのにも関わらず頭の中の美希ちゃんは何故か白い水着のようなチアガール姿で頭にはサンバイザーを付けていた。そして何故かその脇には似たような格好をしたあずささんと黒髪の女の子の姿……誰だこれ。果たして俺は一体何の電波を受信したんだか。

 

 

 

 個人的に765プロで大きく変わったのは美希ちゃんだと思う。それは内面的な意味と外見的な意味の両方でだ。

 

 何となくではあるのだが、少し落ち着いたような気がする。以前は良くも悪くもキャピキャピした現役女子中学生といった雰囲気だったのだが、今ではすっかりアイドルとしての貫録が出始めているような気がするのだ。別に言動や行動が直接変わった訳ではないので俺の勘違いや見方が変わっただけという考えもあるが。

 

 そして次に変わったのが髪型である。とは言っても別にあの金髪をバッサリと切って茶髪に染め直したというそんな大きな変化がある訳ではない。というかアイドルがそこまで大きく髪型を変えたらダメなような気がしないでもない。では何が変わったのかと言うと、今まで外に撥ねるようにかかっていたパーマが少し内側に巻き込むようなパーマになったのだ。前述の雰囲気の変化はきっとこの髪型の変化も関係しているだろう。

 

 変えた理由に関しては特に深い理由がある訳でもなく「何となくイメチェン」と彼女は語っていた。美希ちゃんはあの感謝祭ライブで何かしら思うことがきっとあったのだろう。そして内面に変化があったことで外見も無意識的に影響を受けてしまったのではないかと考えている。

 

 まぁどっちでも可愛いから無問題なんだけどね!

 

 

 

『でも、ホワイトボードがいっぱいになるぐらいお仕事が入るようになったのは嬉しいけど、時間が取られ過ぎるのも不満なの』

 

「あぁ、やっぱり自由な時間がまだ欲しいよね」

 

『うー、キラキラの向こう側もすっごく見たいけど、ぶらぶらと歩きながら服も見たいし、何よりりょーたろーさんのライブだって見に行きたいの』

 

 まぁ、彼女だってまだまだ女子中学生だ。アイドルとしての仕事以外にやりたいことはたくさんあることだろう。俺もアイドルになったのは今の美希ちゃんと同じ中学二年の頃。友達と遊びにだって行きたかったしゲームだってしたかった。

 

『りょーたろーさんは、そういうのないの? アイドル以外にやりたいことってないの?』

 

「んー? そりゃあ当然あるよ。俺だってまだまだ華の高校生だ」

 

 出来るのならば遊びにだって行きたいし、積んであるゲームだって崩したい。

 

 でも。

 

「今の俺は、アイドルをしている時が一番『楽しい』って感じるからね」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 これからファッション雑誌の撮影があるという美希ちゃんとの通話を終了し、携帯電話を閉じる。

 

「……アイドルをしている時が一番楽しい、ね。結構なことじゃないか」

 

 でもな、と運転席から声を掛けられた。

 

「お前のアイドルとしての活動は『仕事』でもあるということを忘れるんじゃないぞ。自分の好きなことを仕事としてやれるってのは、それはそれで素晴らしいことだ。でもお前のそれは既に個人の趣味や楽しみだけで納まる問題じゃない」

 

 お前を望む人たちに対する義務が発生しているのだ、と。

 

 静まり返り、カチカチとウインカーの音だけが響く車内。

 

「……兄貴……」

 

 それを破ったのは、俺の少し震えるような声だった。

 

 

 

「……いつの間に退院してたんだ?」

 

「一体いつの話してんだよ!?」

 

 

 

 俺の疑問に対し、兄貴が驚愕の声を上げながらこちらを向いた。ちょ、余所見運転ダメ絶対。

 

「感謝祭ライブの当日に送り迎えしてやってるんだからそれより前にはちゃんと退院してたわ!」

 

「え、だってあれだけ入院に話使ったのに退院の描写一切なかったじゃないか」

 

「喧しい! 『あ、普通に出してたけどそういやこいつ入院してたんだった……まぁいいか、退院してたってことにしよう』って言われた俺の悲しみがお前に分かるのか!?」

 

 運転しながらもギャーギャーとここにいない誰かに対する文句(メメタァ)を叫ぶ兄貴。全く、計画性の無さは今に始まった話じゃないってのに。

 

「そんなことより」

 

「そんなことより!?」

 

 ほらほら、ギャグパートは終わりだって。

 

「俺には義務があるって話だっけ? 残念だけど俺には関係ない話だよ」

 

 未だに不服そうに睨んでくる兄貴の視線を受け流し、助手席の窓枠に肘を突く。

 

 

 

「アイドルを続けようと心に決めたその日から、俺の気持ちは何一つとして変わってないからな」

 

 

 

 きっとこれは、変わりゆくアイドルと変わらぬアイドルのプロローグ的な何か。

 

 

 




・戦闘シーン
やはり不慣れ。こんな技量ではきっと恭也の戦闘シーンとか絶対無理ぽ。

・ポカエリアス
有名なスポーツドリンク二つの名前を混ぜてみたら、すっごい何かしらをやらかしてしまいそうな名前になった。

・投げ出された赤ん坊を助けるためにビルの二階から飛び出すシーン
ちょうど先日『Monsterz』を見てきたので、PVにもなってたシーンをイメージしてみた。
感想としては藤原さんの眼力がすごかったです。

・一体何の電波を受信したんだか
出所は作者の手元にあるローソンのクリアファイル。
どうして貴音は一人だけこんなにエロいんですかねぇ……。

・美希の髪型の変化
実は今までの美希の髪型はアニマス版ではなくゲーム版だったのだよ!
 Ω ΩΩ < ナ、ナンダッテー!?
本当は茶髪版覚醒美希にでもしようと思ってたのですが、アニマスから大きく離れすぎるために不採用となりました。

・「……何時の間に退院してたんだ?」
作者の本音。きっと皆さんの中にも何人か思った人がいるはず。
気付いた時はリアルで「やべ」って言っちゃいました。

・「俺の気持ちは何一つとして変わってないからな」
もちろん向上心はある。
しかし、変わらぬ思いは果たして美徳か停滞か。



 というわけで始まりました第二章です。ただアニメ二期の部分に入ったというだけで特に大きく変わる点はありません。

 これからもどうかよろしくお願いします。

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