アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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不穏な空気(序章)


Lesson295 アイドルになるということ

 

 

 

「静香、ちょっといいか?」

 

「はい? どうかしかしましたか、プロデューサー」

 

「ちょっと一緒に事務所の方へ来てほしいんだ」

 

「……事務所、というと……」

 

「あぁ、()()()()()()()()()()だ。社長が呼んでてな」

 

「……社長が……ですか?」

 

 

 

 

 

 

「え? 今ニコちゃん、なんて言ったの?」

 

 今日も放課後に二階堂精肉店でアルバイト中のニコちゃんの様子を見に来たのだが、そこでニコちゃんの言葉を思わず聞き返してしまった。

 

「……別に私、聞き返されるようなこと言ったつもりないんだけど」

 

「途中で聞き逃しちゃって。一応『十一月の定期公演は見送るわ。衣装の資金を貯めないといけないし、トレーニングや合わせの練習もあるから、ちょっと難しいのよ』ってところまでは聞こえたんだけど」

 

「その後は『アンタには関係ないけど』しか言ってないわよ!」

 

 いやいや重要だよそれ。そっかー俺には関係なかったかー。

 

「衣装の資金ねぇ。なるほど、スクールアイドルとして活動していくにはそういうのも必要になってくるわけだ」

 

「正式に学校から部活動として認められているスクールアイドルなら部費として資金援助があるけど、私たちはまだ認可されてないからそういうのは全部自分で調達しなきゃいけないのよ」

 

「あしながおじさんからの資金援助いる?」

 

「財布しまえ」

 

 しかし話には聞いていたことだったが、実際にそうやって資金繰りを苦労している子を見てしまうと、もうちょっとこう何かしらの援助体制を整えてもいいのではないかと少し考えてしまう。

 

(麗華と少し相談してみるか……)

 

 元々スクールアイドル全体の発展を考えており、素で『こんなこともあろうかと』をやっちゃうタイプの麗華ならば既に色々と考えていそうだが、俺も気になる案件ではあるため必要であれば力を貸すことにしよう。

 

 ただよくよく考えてみればアイツって『アイドル』と『プロデューサー』と『経営者』と『指導者』の四足の草鞋を履いているんだよな。蜘蛛かな?

 

「……何? 珍しく考え事でもしてんの?」

 

「うん。結局ダイパリメイクは何がいけなかったのかなって」

 

「プレイヤーのモラルじゃない?」

 

「ぐうの音も出ない……」

 

 この話題は広げすぎると炎上案件(りあむちゃん)になるので止めておこう。

 

「でもまぁ、考えようによってはユニットメンバーと一緒に『アルバイトをして資金を集める』っていうのも青春してるって感じでいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……そ、そうね、そういう考えもありよね」

 

「どうしたのニコちゃん、いきなり身長が縮んだりして」

 

「誰が豆粒ドチビかー!?」

 

 荒ぶり始めたニコちゃんを伊織ちゃんの声で「落ち着いて(にい)さん!」と宥める。

 

「さて、ニコちゃんとのおしゃべりも楽しいけどそろそろ行くよ」

 

「結局三十分も店先に居座ったわねアンタ……」

 

「ちゃんとコロッケ買ったんだから、それぐらいの世間話は許してほしいかな」

 

 それに二階堂のおじさんも「ゆっくりしていきな!」とまるで肉屋とは思えないようなことを言ってくれたわけだし、これはゆっくりせざるを得ないだろう。

 

「それじゃあニコちゃん、アルバイト頑張って。気が変わったらいつでもデビューステージに招待してくれていいからね」

 

「私の意志はシーラカンスぐらい変わらないわよ」

 

 約四億年経っても変わらないとは、なんという鋼の意志。これはきっとレース序盤に前が詰まったときに持久力を回復してくれるに違いない。

 

 ニコちゃんの一切心の籠っていない「またどうぞー」という適当な挨拶にヒラヒラと手を振って返しつつ、俺は二階堂精肉店を後にした。

 

(……うーむ)

 

 歩きながら、先ほど荒ぶる前のニコちゃんの反応を思い返す。なんとなーく悪い予感がしたので適当に話を流したが、もしその予感が当たっていたとしたら本格的に色々と考えなければいけない。

 

 しかしニコちゃん本人に直接聞いてたとしてもはぐらかされてしまうだろうから、ここは一つ()()()()()()()()()()()()()()に話を聞いてみよう。

 

 

 

「というわけでこんにちはお嬢さん」

 

「……え」

 

 

 

 ()()()()()()()()()ニコちゃんの様子を窺っていた紫髪の少女に声をかける。まさか自分が声をかけられるとは想像していなかったようで、キョトンとした表情をしていた。

 

「物陰から見守るぐらい気になるなら、直接話に行けばいいのに」

 

「あ、その……えっと、う、ウチは別に、その……」

 

「もしかして君がニコちゃんのユニットメンバー?」

 

「……ウチは違います」

 

 ふむ、()()()()()か。となるとアタリかな。

 

「可愛らしいお嬢さん、もしよかったらちょっと俺にナンパされてみない?」

 

「な、ナンパ!?」

 

「そう、ナンパ。『ニコちゃんを応援している者同士』、少しお茶でもしながら話をしない?」

 

「………………」

 

 ナンパという言葉に顔を赤くしつつ困惑した様子を見せた少女だが、少し考えてから小さくコクリと頷いてくれた。どうやら『ニコちゃんを応援している者同士』という言葉が正解だったようだ。良かったー『お互いが知ってるニコちゃんの情報を交換しようぜ』とか言わなくてー。

 

「それじゃあ早速……あっ、ちょっとだけ待ってもらっていい?」

 

「え? あ、はい」

 

「嫁さんに女の子をナンパしたって報告しておくから」

 

「嫁さんに女の子をナンパしたって報告!?」

 

 

 

 

 

 

「……で? 朝比奈はなんと?」

 

「『もーしょうがないなーリョーくんはー♡』(原文ママ)ってメッセージが返って来た」

 

「それは……怖いな」

 

「そうか?」

 

 折角だから最近顔を出せていなかった翠屋に少女を連れてきたのだが、店員として働いていた恭也に事情を聞かれたので全て正直に話すと何故か頬を引き攣らせていた。嫁さんからの愛に溢れたメッセージにホッコリしていたんだけど、どうやら俺のリアクションは間違っているらしい。はて?

 

「さてと」

 

 とりあえず俺はコーヒーを頼み、少女も紅茶を頼んだところで話を進めることにしよう。

 

「俺はリョウタロウ。気軽にリョーさんとでも呼んでくれ。ニコちゃんとはアイドルのライブで知り合ったアイドルオタク仲間でね、彼女にあの店でのアルバイトを進めた張本人でもあるんだ」

 

「え、えっと、ウチはノゾミです。矢澤さんとは同級生です」

 

「ふむふむ……えっ」

 

 ニコちゃんと同じ制服着てるから音ノ木坂の子だとは思っていたけど、同い年? この大乳で?

 

「? どうしたんですか、急に目頭を押さえて……」

 

「ちょっとね、理不尽な胸囲の格差社会を憂いてるんだよ……」

 

「脅威の格差社会……?」

 

 転生特典貰ってる俺が言えた義理はないけど、神様はいつだって理不尽である。

 

(……あれ? 今、眼鏡外してちらっと見えた素顔、何処かで見たことあるような……?)

 

 気を取り直して。

 

「それでノゾミちゃんは、どうしてあんなところでニコちゃんの様子を窺ってたの? 友だちなら直接声をかけに行ったらいいのに」

 

「……それは……えっと……」

 

 何やら言葉を選んでいる様子のノゾミちゃん。

 

「……ウチと矢澤さんは、その……友だち、というわけでは……」

 

「え? 違うの?」

 

 予想外の発言に素で驚いてしまった。

 

「クラスも別で、たまたま校内で『スクールアイドル募集』のチラシを配っているところを見ただけで、話したこともそんなにないんです」

 

「それはそれは……」

 

 しかし、それなら何故アルバイト中のニコちゃんを物陰から覗くような真似を?

 

「あっ、もしかして君もスクールアイドルになりたかったけど、言い出せなかったとか?」

 

「……そう、なのかもしれません」

 

「……ふむ」

 

 なんだろう、ちょっと事情がある感じなのかな?

 

「ただ、その、それ以上にちょっと心配で……」

 

「心配?」

 

「……リョウタロウさんは、矢澤さんがアルバイトしている理由はご存知ですか?」

 

「ニコちゃんからは『スクールアイドルの衣装の資金』を稼ぐためって聞いたけど」

 

 もしかして違うのだろうかと尋ねてみると、ノゾミちゃんは首を横に振った。

 

「それであってます。あってるんですけど……」

 

 何かを言いづらそうにしているノゾミちゃん。ニコちゃんが口にしなかった何か別の理由があるっていうことなのだろうか。

 

 ノゾミちゃんはチラチラと手元のカップと俺の間で視線を行き来させていた。

 

「別に言いづらいことなら俺は無理に聞かないよ。ニコちゃんが黙ってるっていうことは俺に言いたくないってことだろうし、ノゾミちゃんの口から聞いちゃうと怒られるかもしれないしね」

 

「……リョウタロウさんは、矢澤さんのことを本気で応援していますか?」

 

「勿論」

 

 即答してからそれが俺を試すような発言だったことに気付いた。自分でも後から気付く即答っぷりにノゾミちゃんも驚いていた。

 

「実はお兄さん、これでも一部の界隈では『アイドルオタクのリョーさん』として有名でね。世界中のアイドルの味方と言っても過言ではないよ」

 

「せ、世界中のアイドルの味方ですか……それはまた、スケールが大きいですね」

 

「あっ、ゴメン、海の向こうの『女帝』だけは例外ね。アイツは無し。寧ろ敵」

 

「えぇ!? じょ、『女帝』って、あの玲――」

 

「その名前を口にするんじゃない! 魂を抜かれるぞ!」

 

「どういうことですか!?」

 

 閑話休題(アイツのわだいなんてなかった)

 

「ニコちゃんがどれだけアイドルが好きかを知ってる。そのニコちゃんが自分でアイドルの道へと進もうと決めたとき、本当に嬉しかったんだ。だから俺は、ニコちゃんがアイドルになると決めたのであれば全力で応援するよ」

 

「……私から聞いたってことは言わないでください。それと、これを聞いてすぐ矢澤さんに対して何かをするっていうことも少し待ってあげてください」

 

「……分かった」

 

 俺の言葉を聞いて目を伏せていたノゾミちゃんは、意を決した様子で彼女は顔を上げた。

 

「……その、矢澤さん――」

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()の費用も払ってるみたいなんです。

 

 

 

 ……なぬ?

 

 

 




・衣装の資金
九人分の衣装をアレだけ作って、お金どれだけかかったんだろう……。

・『アイドル』と『プロデューサー』と『経営者』と『指導者』
麗華は兄貴に次ぐ天然チートキャラ。

・ダイパリメイク
ジラーチと一緒に旅できたのは楽しかった。

・「誰が豆粒ドチビかー!?」
・伊織ちゃんの声
男の子なら一度は手のひらをパンッ!って合わせたことあるでしょ?

・シーラカンス
沼津の水族館で冷凍のやつ見たけど、薄暗さと肌寒さが相まって不気味だった。

・鋼の意志
条件もうちょっと緩和して?

・ノゾミちゃん
彼女は一体誰ナンダー?

・胸囲の格差社会
ちょっと記憶になかったからわざわざツイッターで一年の頃の彼女のバストがどんな感じだったのか聞いちゃったよ。教えてくれた人ありがとう。

・ユニットメンバーの分の費用
おや? 闇が深くなってきたな……?



 ほぼラブライブでスタートした今回のお話。申し訳ないことに年内のアイ転はずっとこんな感じだから覚悟してほしい()

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