アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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若干の晴れ間(前フリ)


Lesson297 アイドルになるということ 3

 

 

 

 四人での話し合いを終え、私たちは打ち上げに戻った。といっても私は今回の定期公演に参加していないのだが、そのまま未来と翼に連れ込まれた形だった。

 

 私の手を引く二人はユニットの中止が言い渡された直後とは思えないぐらい普段通りで、翼は私を連れてきた後はそのままジュリアさんの方へと行ってしまったし、未来も何事もなかったかのように話しかけてきた。

 

 ……私にこんなことを言う資格はないのかもしれないけれど、そんな二人の変わらない態度が、少しありがたかった。

 

 

 

「……こんなところにいたのね、未来」

 

「あっ、静香ちゃん」

 

 打ち上げ終了後、いつの間にか姿が見えなくなっていた未来を探していると、彼女は撤収前のステージの上で横になっていた。

 

「そんなところで寝転んでると、服が汚れちゃうわよ?」

 

「大丈夫! ちゃんと下にジャージ敷いてるから!」

 

 そのジャージが汚れるという発想はないのかしら……?

 

 体を起こした未来が、少しお尻を移動させて自分の横をポンポンと叩いた。何を言われたわけではないけれど、私はその意図を読んで未来の隣に腰を下ろす。二人並んでステージから客席を見るような形になった。

 

 ジャージの上に二人で座ろうとすると自然と体は近くなる。それでもぶつからないように少しだけ距離を置こうとしたのだが、未来の方から体を寄せてきて肩と肩が触れ合った。

 

「ねぇ、静香ちゃん! 今日のステージのセットも綺麗でしょ?」

 

「え? え、えぇ、そうね」

 

「私も飾り付け手伝ったんだよ。星空のイメージなんだって~」

 

 未来は楽しそうに笑いながら「アレとアレ、私が付けたんだよ~」とステージ横の飾りつけを指差す。ゆらゆらと体を揺らしながら飾り付けのときのエピソードを語る未来の横顔がとても眩しくて、私は少しだけ体を彼女から離してしまった。

 

「……ねぇ、未来。あのね、私……」

 

「静香ちゃん」

 

 まるで私が何を言おうとしたのか分かっているように、笑顔の未来が私の言葉を遮った。

 

「武道館、おめでとう」

 

「っ……」

 

 やっぱり、未来は私が何を言おうとしていたのか分かっていた。それを悟られてしまうほど露骨だった私の態度と、そしてそれを未来に気遣わせてしまった事実に、痛かった心臓がさらにギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。

 

「静香ちゃん、前に言ってたもんね」

 

 

 

 ――私ね、アイドルになりたいの。

 

 ――みんなに愛されるような、誰からも認められるような、そんなアイドルになりたいの。

 

 ――それで、いつか武道館いっぱいのファンの前で歌うの。

 

 

 

「私、ちゃんと覚えてるよ」

 

 それは確か、いつの日かのレッスンの帰りに彼女へ語った自分の夢。未来は、そんな私の言葉を覚えていてくれたのか。

 

「夢が叶うかもしれないんだよね。やっぱり静香ちゃんは凄いなぁ」

 

「……でも、そのせいで私は約束を破ろうとしてる。未来はそれでもいいの?」

 

「大丈夫! ユニットは()()()()()()()よ! また()()やろう!」

 

「………………」

 

 その言葉に、私の心臓はさらに締め付けられた。咄嗟に口から出てしまいそうになった『私に来年なんてない』という言葉を必死に飲み込む。

 

 きっとその言葉は、私と未来の全てを終わらせてしまう言葉だから。

 

「それに……私、静香ちゃんの夢が叶う方が嬉しいんだ! だって私は……アイドル『最上静香』のファンだから!」

 

 そう言って笑いながら立ち上がった未来が、私に向かって手を差し伸べる。一瞬、躊躇してしまいそうになったが、私はその手を取って立ち上がった。

 

「……あっ! 二階席にリョーさんがいる!?」

 

「嘘っ!?」

 

「嘘!」

 

「……未来~!?」

 

「アハハッ! 静香ちゃん騙された~!」

 

「嘘ならもうちょっと嘘っぽいものにしなさいよ!」

 

 あの人のことだから本当にいてもおかしくないなぁって思っちゃったじゃない!

 

 ヘラヘラと笑う未来に少しだけムッとしてしまったが、それが彼女なりの気遣いだと分かっていた。

 

「……私、絶対に武道館へ行く。選抜に勝ち残って、武道館で歌う。だからその間、私の分まで劇場をよろしく」

 

「うん、任せて! 私だってもうアイドルなんだから!」

 

 握ったままの手に、ギュッと力を込める。

 

 ……未来との約束を破ってしまったが、また一つ新しい約束を交わす。

 

 絶対に、勝ち残ってみせる。

 

 

 

 ――()()だ。

 

 

 

 

 

 

「こんばんはニコちゃん、今日のおススメは何?」

 

「肉」

 

「つまり逆に精肉店でそれ以外がおススメになることがあると……?」

 

 先ほどまで主婦のお姉様方の接客中に浮かべていたニコちゃんの営業スマイルを見たかったのだが、俺の姿を認識した途端にスーッと表情が消え失せていく様子は逆に見ものだった。演技力はそこらのアイドルよりも上だと思う。

 

「今日は真面目に夕飯の買い物に来たんだよ。合い挽きミンチ八百グラムくださいな」

 

「……アンタが普通に買い物してくなんて珍しいわね」

 

「先日産まれた子どもを連れて義姉が帰って来たばかりだから、色々とゴタゴタしててね」

 

 名前とか性別とかその辺りのことは今は置いておく(もうちょっとじらす)として、ついに早苗ねーちゃんが子どもを連れて我が家へと帰って来たのだ。これにより周藤家は七人の大所帯となった。

 

 兄貴と結婚した早苗ねーちゃんがやって来て、余りの生活力の無さに志希が居候となり、最近だとりんもウチにいる時間の方が長くなっている。元々俺と兄貴と母さんの三人家族だったのだが、随分と賑やかになったものである。

 

 ……アレ? 元々三人? 何かを忘れているような気がするが……まぁすぐに思い出せないってことは大したことじゃないんだろう、うん。本編を読み返しても周藤家は最初から三人しかいなかったからな!

 

「それにしばらくはニコちゃんの様子を見に来ることが出来そうにないからね。最後に顔を見ておきたくて」

 

「……え?」

 

 俺の注文を店の奥に通して袋の用意などをしていたニコちゃんが、呆気に取られた表情で顔を上げた。

 

「俺も業界人だからさ、年末年始に向けて色々と忙しくなるんだよ」

 

 この時期は元々忙しかったのだが、今年はIEでの一件を経て忙しさに拍車がかかってしまった。来週辺りからテレビやラジオやネットで『周藤良太郎』の名前が途切れることはないだろう。『人気者は引っ張りだこで辛いぜ』という冗談が冗談になっていなかった。

 

「……ふーん。まぁ別に? 私も色々と忙しくなるし? アンタの顔を見なくて済むならありがたい話だし?」

 

「ニコちゃん、デレるならもうちょっと表情を作ってくれない?」

 

「あ゛?」

 

 スクールアイドルや接客業以前に女の子がしちゃいけない表情を作れとは言っていない。

 

「だからこれだけはニコちゃんに聞いておきたかったんだ」

 

「なによ。何度も言ってるけど、デビューステージの日程も曲も衣装も、何も教えることなんて……」

 

 

 

「ニコちゃんは、()()()()()()()()()で、後悔しない?」

 

 

 

「………………」

 

 俺の質問にニコちゃんは表情を強張らせた。きっと彼女の脳内では今頃(まさかコイツ知ってる……!?)(いやまさか……!)(ただの偶然に決まってる……!)なんて言葉が浮かんでいることだろう。

 

 

 

 ――衣装代やその他諸々の経費は全てニコちゃんが払う。

 

 

 

 ……それがニコちゃんと未だに姿も名前も知らない彼女のユニットメンバーとの間に交わされた約束(けいやく)だと、俺は先日ノゾミちゃんから教わった。

 

 ノゾミちゃんがそれを知ってしまったのは偶然だったらしい。たまたまニコちゃんが校内で勧誘活動をしているところに遭遇し、二人の女子生徒に対してその条件を()()()()()()()()()()()場面を目撃してしまった、と言っていた。

 

 具体的な金額までは分からないが、スクールアイドルとしての活動にかかる費用は決して安くはない。それはアルバイトぐらいしかまともな資金源が存在しない女子高生にとってはきっと死活問題とも言えるだろう。逆に言えば、その問題さえ解決すればスクールアイドルへのハードルはグッと下がるということだ。

 

 ……それを言い出したのがユニットメンバーからだったならば、流石に俺も口出ししていただろう。けれど言い出したのはニコちゃん本人だ。彼女自身が、その選択を選んでしまった。

 

 『どうしてそこまで』だとか『焦っていたのだろうか』だとか、色々と思うことはある。しかし俺は、ニコちゃんの事情も相手の事情も知らない。もしかしたらユニットメンバーはニコちゃん以上に資金苦なのかもしれない。そうすることでニコちゃんの本気を推し量って「貴女の本気、見せてもらったよ」みたいな(はざま)黒男(くろお)先生みたいなことを言って本当はニコちゃんにお金を払うつもりなのかもしれない。

 

 だから今ここで俺が出来ることは、ニコちゃん自身の気持ちを聞くことだけなのだ。

 

「……後悔するかしないかなんて、そんなの分かるわけないじゃない」

 

 十秒以上沈黙していたニコちゃんの口から発せられたのは、そんな言葉だった。

 

(……まぁ、そうだよな)

 

 ニコちゃんはまだまだ十六歳の高校生、アイドルどころか候補生ですらないんだ。少しだけ酷な言葉だったかもしれない。

 

 それでも、俺はニコちゃんから本気を感じ取ったからこそ、彼女に期待したいんだ。

 

「それじゃあせめて、失敗するときのアドバイスを……」

 

「普通そこは失敗しないアドバイスじゃないの!?」

 

「いやだってどれだけ準備しても失敗するときはするもんだし……」

 

 それに失敗だって、まだ上を望むことが出来ると考えると悪いもんじゃない。

 

「失敗も後悔も、全部ステージの上でするんだ」

 

「ステージの上で……?」

 

「そう。例え振り付けや衣装が未完成でも、練習不足でも、観客がいなくても、まずはステージに立つんだ」

 

 中途半端な状況でステージに立つことは、プロとしては許されないことだろう。でも今のニコちゃんに求められることは『完璧』じゃなくて『経験』だ。

 

 

 

「恥をかこうが笑われようが……()()()()()()()()()()()は、そんなもんじゃないぞ」

 

 

 

 あの日、まだ幸運エンジェルだった頃の麗華たちの涙を俺は一生忘れない。それと同時に、同じ涙を()()()()()()()()()()()()という罪も俺は一生背負い続ける。

 

「ここがアイドルになるための覚悟の一歩だ、ニコちゃん。君に踏み出せるか?」

 

「……舐めるんじゃないわよ」

 

 俺への問いかけに対するニコちゃんの回答は、笑みだった。まだ緊張に引き攣りながらも、それでもしっかりと犬歯を見せる好戦的な笑み。

 

「私は、アイドルになるのよ!」

 

「……いい啖呵だ」

 

 

 

 願わくば。

 

 何事もなくとまでは言わないが。

 

 それでもニコちゃんにとって実りのある初ステージになりますように……。

 

 

 




・また来年
それは静香を苦しめる呪いの言葉。

・「合い挽きミンチ八百グラムくださいな」
世界的なトップアイドルが商店街でお使いをする図。
セレブなはずなのに相変わらず小市民思考な周藤家。

・兄貴と早苗ねーちゃんの子ども
別に考えてないわけじゃないんだよ?(ホントダヨ)

・三人家族
なにかを忘れているような……(祭壇から目を逸らす)

・衣装代やその他諸々の経費は全てニコちゃんが払う
原作には存在しない闇設定を捏造していく。
詳細を語られてないはずだから問題なし!

・間黒男先生
月の欠片を集めて夢を飾って眠りそう。



 おっ、静香もニコちゃんも上昇思考やな()これは勝ったな()
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