アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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深淵の最果て。そして差し込む一条の光。


Lesson302 「やめたくないよ」 4

 

 

 

 良太郎に伝えず私で何とかしてみると意気込んでみたものの、実際どうしたものだろうかと思案する。

 

 アイドルとしての経歴で言えば、私なんてニコに毛が生えたようなものだし、人生経験という点でも偉そうにできるようなものでもない。よって何か彼女へのアドバイスのような言葉はまるで思い浮かばない。

 

 ならばいっそのことアドバイスなどといった直接的な解決手段ではなく、プレゼントのような今の気を紛らわすような何かならばどうだろうか。性急な解決を目指すのではなく、彼女自身の傷は彼女自身で癒してもらうという……。

 

(……本当にそれでいいのかしら……)

 

 

 

「あっ! 千鶴さん!」

 

「……奈緒?」

 

 劇場の廊下の向こうからバタバタと走ってくる奈緒の姿が見えた。それを見て「また琴葉に見付かると怒られますわよ」と口にしようとして、彼女の泣きそうな表情にギョッとなって言葉が出なくなってしまった。

 

「ど、どうしたんですの?」

 

「わ、私、このままじゃあかんと思ったんです……! このままじゃ未来と静香もあかんことになってしまうって、そう思ったんです……! で、でも……!」

 

 震えている奈緒の声に、まるで心臓が冷たい手で掴まれたかのような感覚に襲われた。

 

「落ち着きなさい、奈緒」

 

 しかしここで私も一緒になって取り乱すわけにはいかない。だからこの「落ち着きなさい」という言葉は自分にも向けての言葉だった。

 

「何があったのか、ゆっくりと最初から話してくださいな」

 

「……わ、分かりました」

 

 奈緒が「こっちに来てください」と小走りに廊下を進むので、私もルール違反と分かりつつも小走りのスピードで彼女の背中を追う。

 

「千鶴さんは、最近未来の様子がおかしいことには気づいとりましたよね?」

 

「……えぇ、気になっていましたわ」

 

 企画のために静香が不在のまま開催することが決定した十二月の定期公演。そこでの全体曲のセンターに未来は自ら立候補した。きっと静香がいないことで、それをバネにより一層頑張ろうとしているのだろうと私はそう思っているし、実際大きく間違ってもいないと思う。

 

 ただ自ら立候補したセンターとしてのプレッシャーを感じているとしても、普段のレッスンやリハーサルでのミスの多さが目立った。元々ミスの多い子ではあったものの、それが『元気が良すぎて空回りしている』様子だったならば、私もここまで気にならなかった。

 

 ……厳しい言葉を使うならば、今の春日未来にセンターが務まるような勢いと力強さは感じられなかった。

 

「私、先月の終わりの音楽祭ライブで未来と一緒にステージに立ったんです。その後、ステージを下りた未来……静かに泣いとったんです」

 

「泣いて……」

 

「そんだけやったら、私も気にせんかったんです。未来って基本的に泣き虫ですし、ライブ終わって感極まることなんて誰にでもあることですし。でもそんときは気付かんかったんですけど……こう、魂が抜けとるみたいな表情しとったんです……心ここにあらず、みたいな……」

 

 奈緒と共に階段を昇っていく。どうやら屋上に向かっているようだ。

 

「だから、未来絶対無理しとるって、このまま心ん中モヤモヤしたまんまやとアカンって、そう思ったんです。だからプロデューサーにお願いして、収録終わりの静香をプロデューサーに捕まえてきてもらって、私もボーっとしとった未来を捕まえてきて、ちゃんと二人で会って話をさせようと思ったんです……そしたら……!」

 

 屋上への扉が見えてきた。その側にはプロデューサーもいて、その開いたままの扉の向こう側には夜空の屋上が見えていて……。

 

 次の瞬間、その扉から静香が飛び出して来た。

 

「「「静香っ!?」」」

 

 私と奈緒とプロデューサーの声が重なるが、静香は足を止めることなく私たちの横をすり抜けていってしまった。

 

 その眼には、確かに光る涙を見た。

 

「私、静香追います!」

 

 咄嗟に踵を返した奈緒が数段飛ばしに階段を駆け下りていった。あっという間に見えなくなってしまった静香だが、きっと奈緒ならばすぐに追いつくだろう。

 

 ……静香が泣きながら飛び出していった。ならば、今屋上にいるはずの未来は?

 

「っ、未来!」

 

 残りの数段を駆け上がって屋上に飛び出す。

 

 澄んだ空気の冬の屋上。ビル明かりのせいで星はそれほど見えず、けれどそのビルの明かりそのものがまるで星空のように輝く夜の中で……。

 

 

 

「……しずかちゃん……!」

 

 

 

 ……未来は一人、屋上に腰を落として涙を流していた。

 

「未来っ!」

 

 慌てて未来の元に駆け寄って膝を突き、その震える肩に手を置く。

 

「大丈夫ですの!? 未来、しっかりしなさい!」

 

「……ごめんなさい……しずかちゃん……ごめんなさい……」

 

 まるで私のことなんて見えていないように、ボロボロと涙を流す未来。

 

「……プロデューサー」

 

 そのままの姿勢で背後にいるプロデューサーに呼びかける。その声は、自分でも驚くぐらい冷たいものだった。

 

「貴方、全て知っていますわよね?」

 

 全部話せ。そんな意思を込めて問いかけた。

 

「……これは静香のプライベートなことにも関わってくることだから、あまり言いたくはなかったんだが……そうも言ってられなくなってしまったな」

 

 プロデューサーはため息を吐きかけてグッとそれを飲み込んだ。

 

「まずは簡潔に、一番重要なところだけ話そう」

 

 そう前置きしたプロデューサーが口にした言葉は……。

 

 

 

「静香は来年、アイドルを辞めるつもりなんだ」

 

 

 

 ……あまりにも、あまりにも非情すぎる現実だった。

 

 

 

 

 

 

 私は昔からアイドルが好きだった。テレビの中のアイドルの真似をして、片時もマイクを離すことがなかった。

 

 アイドルになりたい。アイドルになって、大きなステージで歌いたい。それが小さな頃から変わらない私の夢。

 

 だから765プロがアイドルの劇場を作って、そこに出演する新人アイドルを募集するという話を聞いたときは胸が躍った。きっと神様が私に『夢を叶えなさい』と言ってくれたんだと本気で思った。

 

 ……でも、それは間違っていた。

 

 

 

 ――分かった。それほど言うなら仕方がない。

 

 ――ただし、それは高校受験までだ。それでキッパリと諦めなさい。

 

 ――中学生の間はそうやって()()()楽しんでおくといい。

 

 

 

 中学三年生になって受験勉強を始めるまで。しっかりと学業と両立させること。それが私が父と交わした約束。アイドルになるために許された条件。

 

 神様は、私に『夢を見せただけ』だった。それは、やがて目が覚めてしまうことが最初から分かっている悲しい夢。

 

 私は、そんな夢でも見たかった。満員の観客席、輝くステージの上でアイドルになった私。そんなひと時の夢を、私は見たかったんだ。

 

 

 

 何が何でも、そんな夢を、叶えたかった。

 

 

 

 

 

 

「……わ、私、静香ちゃんのこと、なんにも、知らなくて……! だから、来年一緒にって、そんなこと言っちゃって……! でも、静香ちゃん……!」

 

 

 

 ――私、未来が羨ましいわ

 

 ――だって未来は、きっと誰にも負けないトップアイドルになるもの。

 

 ――普通の大人になる私は、そんな未来をテレビで見るの。

 

 ――そして『あぁ、なんで私はここにいるんだろう』って。

 

 ――だからね、今ひと時の夢でもいいから。

 

 

 

 ――未来(あなた)貴女(みらい)のステージに、私も立ちたいの。

 

 

 

「……そんなわけないもん! 私、静香ちゃんが、そんなこと思うなんて、思わない……! 私の知ってる静香ちゃんは誰よりも、誰よりもアイドルが大好きなんだもん……! だから絶対『やめたくない』って思ってるに決まってるもん……!」

 

 ワンワンと子どものように泣きじゃくる未来を正面からギュッと抱き締める。

 

「……こればかりは静香と親御さんの話だから、俺はこれ以上の干渉は出来なかった。このまま静香がアイドルとして活躍していけば、きっと認めてもらえるようになると、そう信じるしかなかったんだ」

 

 背後のプロデューサーは「……問題を先延ばしにした俺の責任だ」と口にしたが、きっとそうじゃない。誰かの責任なんて話じゃない。

 

 静香をどう諭すかとか、静香の親御さんにどう説得するかとか、泣きじゃくる未来をどう宥めるかとか、そういう話じゃない。

 

 最上静香の()()()()()()、そんな『奇跡』が必要なんだ。

 

(……私じゃダメだ……!)

 

 静香だけじゃなく、未来も、そして同じようにアイドルを辞めたくないと涙を流したニコも、もう私一人の力どころか、劇場にいる人間の力を借りてもまだ足りない。

 

 

 

 もっともっと、彼女たちの運命を変える()()じゃないとダメなんだ。

 

 

 

(……良太郎……!)

 

 脳裏に浮かぶのは、一人の男性の姿。年下の癖に生意気で、いつも無表情で、それでも感情は人一倍色鮮やかで、そして「彼ならばもしかしたら」と思わせてくれる不思議な、私の大事な幼馴染(おとうと)

 

 彼ならばきっと。きっと彼ならば。

 

 でも。

 

(こんなこと……良太郎にだって……!)

 

 良太郎はきっと背負う。静香のことも、未来のことも、ニコのことも、すべて背負う。

 

 全て背負って、自分がなんとかしないといけないという使命感で動いて、そして一人でボロボロになる。

 

 良太郎一人に背負わせるには、余りにも重すぎた。

 

(せめて……せめて良太郎と一緒に背負ってくれる、誰かがいてくれたら……)

 

 それはきっと私では力不足で、そして良太郎もそれを良しとしない。私では良太郎を止めることが出来ない。周藤良太郎とはそういう人間だから。

 

 だからせめて、周藤良太郎と将来を誓い合い、お互いの全てを曝け出して、良太郎の心を支えてくれる……例えるならば、そう。

 

 

 

 『周藤良太郎のお嫁さん』のような、そんな存在がいたならば……!

 

 

 

 

 

 

「おっ、千鶴お帰り。……なんだ暗いな? 何かあったのか? ……ってそうだ聞いてくれ! ついにウチに来たんだよ! ほら! 商店街で噂になってた! あれあれ! アレだよアレ! ()()()()()()()()()!」

 

 ……え?

 

「も、もう、まだお嫁さんじゃないですってば~! ……って、貴女が二階堂千鶴ね。アタシを知らないとは思わないけど、今日はアイドルとしてじゃなくてプライベートとしてだからしっかりと挨拶させてもらうわね」

 

 ……は?

 

「アタシは朝比奈りん。りょーくん……周藤良太郎の……こ、婚約者よ。今日来たのはこのお店が周藤家御用達だったから未来の嫁として挨拶に来たっていうのと……貴女、りょーくんの幼馴染なのよね? ちょっとだけりょーくんの昔の話を聞かせて貰いに来たの」

 

 ………………。

 

 

 

 嫁きましたわっ!?

 

 

 




・静香の約束
高校受験と同時にアイドルを辞める。
しっかりと時間が流れるこの世界では、決して避けることのできない問題。

・運命を変える
彼にそんな力はない。
それでも『そう思われている』ことを彼は知っている。
だからこそ。

・「貴女、りょーくんの幼馴染なのよね?」
実はこの子、あのときからずっと探し回ってたんですよ……。

・嫁きましたわっ!?
カンダタの糸(荒縄)



 原作知ってる人ならばご存じでしょうが、ようやく静香の抱えていた闇が登場しました。劇場版の誰かさんと違って、この子は本当に時間がありませんでした。

 というわけでニコと静香、ついでに未来の闇が出揃った今回の深淵の底です。ぶっちゃけ書いてる作者も辛かった。

 ですがそれもここまで。問題解決までまだ時間がかかるので、もうしばらく真面目なお話は続きますが、それでもご安心を。

 朝比奈りんは、皆さんが考えている以上に強い女性です。



『どうでもいい小話』

 沖縄公演お疲れ様でした! ななみんめっちゃ可愛かったですね!

 ところで二日目の業務連絡、気のせいですかね、新規SSR三人のシルエットのうち、二人が担当アイドルっぽい気がしますね……。
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