「……千鶴さん」
本番直前、出演メンバーがいつものように円陣を組むために舞台裏に集まる中、不安そうな表情で奈緒が声をかけてきた。
「未来の姿が見えんのですけど……ほ、本当に大丈夫なんですかね……?」
そう言いつつキョロキョロと周りを見渡す奈緒。私も同じように周りを見渡すが、そこにいるべき未来の姿がまだ見えない。
あの日、静香と未来のやり取りを直接目撃してしまった奈緒は、その日からずっと二人のことを気にかけていた。奈緒は元々良太郎とも知り合いだと聞いているので、今回の件を良太郎に任せたことを伝えるとホッとした表情を見せたが、それでもやっぱり気になってしまうようだ。
何せ良太郎が進めた
「先ほど翼が探しに行きましたから、大丈夫ですわ」
「そ、そうですか……」
そんな話をしていると、その翼が未来と共に姿を現した。
「遅れてごめんなさ~い!」
「ごめんなさい!」
「ほっ……スンマセン、千鶴さん、どうにも私、心配しすぎて……」
いつも通りの元気の良い笑顔の未来にホッとする奈緒だったが、それは私も同じだった。
「気持ちはよく分かりますわ。でも、今は未来の心配よりもこれからのステージ。集中しきれずにミスをして、未来たちの足を引っ張るようなことをしてしまっては本末転倒ですわ」
「……そうですね」
自分の顔を軽く叩きながら「集中集中」と呟く奈緒の姿を横目に、私もふぅと静かに大きく息を吐く。
(静香と未来は……そしてニコも、きっと大丈夫ですわ)
さぁ、開演だ。
「……始まった」
メイク室でメイク直しをしてもらいながら、鏡の側に立てかけたスマホに視線を向ける。映っているのは、今日決勝のステージが行われる『ゴールデンエイジ』。地上波の放送だけでなくこちらでの配信も行われているため、こうしてスマホでも確認することが出来た。
とはいえ生憎ゆっくり見ている時間なんてなく、このメイクが終わり次第問答無用で視聴終了だ。事前に聞いている出演順から考えると、静香ちゃんのステージまで粘ることはほぼ不可能だろう。
「あっ、これって『ゴールデンエイジ』ですよね。良太郎君も見てたんですね」
今回臨時でメイクをお願いすることになったシャマルさんが、メイクの手を止めることなく話しかけてきた。
「へー、シャマルさんも見てたんですね」
「はい、はやてちゃんたちと一緒に見てました。だから分かりますよ~良太郎君が今回気になっているアイドルが誰なのか!」
そう言って自信満々に「この子ですよね!」とシャマルさんが指さしたのは、今回の出演アイドルの中で一番大乳な子だった。……うん、はやてちゃんと俺は
「あれ? 違うんですか!?」
「手が止まるほど驚愕しなくても」
メイクの時間が延びれば静香ちゃんのステージを見れるかもしれないけど、そんな土曜日の朝に星のカービィを見てから登校する小学生みたいなことをしたくないので手早いお仕事をお願いしますシャマルさん。
「うーん、誰なんでしょう……?」
「俺の口から明かさなくても、この番組が終わる頃には分かりますよ」
「え?」
どんなパフォーマンスをするかとか、どんな容姿をしているかとか、そういう具体的な話を何もしなかったとしても。
「きっと『あぁこの子だ』って、すぐに分かります。それぐらい凄い子ですから」
「……ふふっ、周藤良太郎がそれほど自信満々に言うなんて、本当に凄い子なんですね」
「えぇ、凄い子です」
……パフォーマンスの技量的な話をしてしまうと、申し訳ないが正直この中で一番だと断言してあげることは出来ない。勿論静香ちゃんのそれが低いとは言うわけではないが、彼女以上のパフォーマンスをするアイドルがいないわけではない。
それでも、今回のライブで一番の注目を集めるのは間違いなく彼女だ。
「……シャマルさん」
「なんですか?」
「『周藤良太郎』が一人のアイドルを依怙贔屓したら、幻滅しますか?」
「……良太郎君が、依怙贔屓ですか?」
「はい」
それを聞いたのは、本当にただの気まぐれだった。
既に俺の覚悟は決まっていて、世間から酷評されることになろうともこの考えを今更改めることはしない。俺は俺としてこの世界で生きるために、我儘になると決めた。
しかし、それでも。
心の何処かでは『そんなことないですよ』と、言ってほしい自分がいた。
「……そうですね、それが本当に依怙贔屓なのだとしたら、少しだけビックリしちゃうかもしれません」
シャマルさんは多分、俺に気を使って言葉を選んでくれた。
「でも私は、その方が逆に良太郎君らしいなって思います」
「俺らしい、ですか?」
「はい。トップアイドル『周藤良太郎』じゃなくて、いつもウチに遊びに来てくれる周藤良太郎君。『周藤良太郎』なら違うんだろうなって思うことでも、良太郎君ならそうなんだろうなって。少なくとも私はそう思います、きっとはやてちゃんたちも同じだと思いますよ」
……俺らしい、か。
「はい! メイク終わりです!」
「お~……」
これだけ雑談をして途中で手を止めたりもしたにも関わらず、そんじょそこらのメイクさんよりも手早く仕事が終わるのだから、流石である。
「こちらとしてシャマルさんがフリーのままでありがたいんですけど、はやてちゃんの事務所の専属にならないんですか?」
「……えっと、まぁ色々と」
そう言って苦笑するシャマルさんの右手は、人差し指と親指で丸を作っていた。……うん、まぁ、310プロも一応新参事務所だからね、現実的なところを見ないとね、八神家の収入に関わってくるところだからね。
「……さてと」
名残惜しいけど、俺はライブの視聴ページを閉じた。
次に彼女たちの姿を見るのは……きっと、今晩のネットニュースかな。
『みなさーん! こんばんわー!』
オープニングの曲を歌い終え、私はマイクを使って客席へと声をかける。
『本日のセンター、春日未来です! まずは一曲目『Welcome!!』を聞いてくれてありがとー!』
客席に向かって大きく手を振ると、ファンのみんなが大きな歓声で返事をくれた。何度ステージに立っても、この歓声がとても気持ちいい。
『さていきなりですが! 私、ここで言いたいことがあります!』
そんな歓声も、そんな私の突然の言葉にどよめきに変わる。いきなりそんなこと言われてビックリするかもしれないけど、悪いことじゃないから安心して聞いてね!
他のみんながステージ脇に下がっていく中、ただ一人残ってくれた翼が私の横にやってきた。
『えっと、実は今日のライブ、本当は私と翼と……そして静香ちゃんの三人のユニット曲を披露する予定でした。だけど、みんなも知ってるだろうけど、静香ちゃんは今武道館で歌っています』
チラリと時計を見る。あんまりこういうことは得意じゃないけど、今日のために必死に練習した。
『武道館に立つことは静香ちゃんの夢でした。だから静香ちゃん、どっちのステージを選ぶのかすっごい悩んでました。私が「一緒のステージがいい」って泣いちゃったから、余計に困らせちゃったりもしました』
自分で暴露しつつ、なかなか恥ずかしいエピソードだと思わず照れ笑いをしてしまった。
――ほぐわぁ! その笑顔てぇてぇ!
なんかステージ脇から亜利沙さんの声が聞こえたような気がした。
『……私、アイドルになって色んなことを知りました』
静香ちゃんと出会い、アイドルになって、たった十四年しか経っていない私の人生は一変した。
『ステージで歌って踊るのは楽しいだけじゃないってこと』
ただ歌うだけじゃダメで、踊るだけでもダメで、それを届けたい誰かのためにアイドルはステージに立つ。
『大きな夢は頑張って手を伸ばさないと届かないぐらい遠くにあるってこと』
どれだけ努力しても届かないかもしれないぐらい遠い夢は、それでも手を伸ばすことに意味があった。……違う、どれだけ遠くても、手を伸ばすことから夢は始まる。
『……でも、私の夢は、きっと今ここだから』
私には、静香ちゃんや翼のような、なりたいアイドルの姿が無かった。目標がなく、歌うことが楽しくて、見に来てくれるファンのみんなのために、歌い続ければ見つかると思っていた。
『今このステージに立っている私が、
静香ちゃんと出会ったそのときから、ずっと願っていたこのステージが、私の夢そのものだったんだ。
『だから歌います! 翼!』
『おっけー!』
呼びかけると、翼はニカッと笑って親指を立てた。
『わたし待ちくたびれちゃった~。……そっちも準備いいよね?』
――えぇ、勿論。
それは、私と翼の耳の中にだけ聞こえてきた声。
今一番遠くにいて、今一番会いたくて、今一番大好きな……。
……私の大切な女の子。
『行くよっ! 静香ちゃん! 翼!』
『えぇ、行きましょう!』
『盛り上がってくよー!』
「なっ……なっ、なんっ、どーなんっとんねんコレ?」
それは観客席に聞こえないギリギリの声量で発せられた奈緒の叫びだった。驚愕に目を見開き、行き場のない感情で手がワナワナと動いている。
チラリと周りを見渡すと、他の子たちも同じような反応をしていた。
「ちちち千鶴さん! こ、コレ!?」
「えぇ、上手くいきましたわ」
「なんで
ステージの後ろの大型モニターに映し出されたのは、紛れもなく静香の姿だった。
「それに、その周り! 静香が映っとる画面を取り囲むように映っとるアレ!」
そう、それこそが良太郎が提案した奇策。そして『周藤良太郎』だからこそ実現することが出来た圧倒的な力技。
――
・土曜日の朝に星のカービィ
世代によってここがデビチルだったりグレンラガンだったりする。
・静香がモニターに映っとる
ここまでは原作通り。
・全国同時中継での参加型サプライズイベント
ここから先が良太郎の奇策。
詳細は次話になりますが、これが良太郎の思い付いた全ての解決策です。この時点で気付く人は気付いてるでしょうが、そうです、ウマ娘のあれです。