アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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王 者 の 風 格


番外編73 あなたはだぁれ? 後編

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 前回までのあらすじ。

 

 三人目の恋人が登場。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、凛ちゃんはそんなに昔からの付き合いだったんですね」

 

「うん。良太郎の家は昔っからウチの店を贔屓にしてくれてたから。……そんなことより、手が止まってる」

 

「あぁ、うん、ごめんごめん」

 

 凛ちゃんから促され、彼女の頭を撫でることを再開する。オレの膝に覆い被されるように体を預けている凛ちゃんは、クールな第一印象とは裏腹にまるで猫のような愛らしさがあった。

 

「本当に、いつもこんなことやってたの?」

 

「……ううん。実は嘘」

 

「嘘!?」

 

 凛ちゃんが「いつもやってることだから」と言ったから、こうして言われるがままに頭を撫でていたというのに、あっさりと前言を撤回されてしまった。

 

「だっていつもはこんな風に甘えられないから」

 

「……そうだったんだね」

 

 きっと、オレに恋人が三人もいるせいで凛ちゃんには寂しい思いをさせてしまっていたに違いない。

 

「ごめんね、こんなときに余計な我儘言っちゃって」

 

「いや、いいですよ。これからももっと、好きなときに甘えてきてください」

 

 今度はちゃんと自分の意志で凛ちゃんの頭を撫でる。これまでの寂しい思いを拭うように、これからも寂しい思いをさせないようにと心を込めて、可愛い恋人の頭を優しく撫でる。

 

(えっ、凛ちゃん凄いな……この状況であえて()()()()()()とは……! それにいつもの良太郎じゃないからこそ、普段とは違い素直な行動が出来ている……! なんという冷静で的確な判断……ではないな。俺がいること完全に失念してるし、良太郎の記憶が戻ったときのこと何にも考えてないだろコレ)

 

 凛ちゃんの視界に入らないところで兄さんが微笑ましいものを見る目でオレたちのことを見ていた。兄さん、仕事戻らなくていいの?

 

「ねぇ、その敬語は取れないの?」

 

「普段の自分の口調が分からないので、一応誰に対しても無難な言葉を使ってるつもりなのですが……」

 

「いつも私に対しては敬語なんて使ってなかったから、いいよ、普通で」

 

「……こんな、感じでいいのかな?」

 

「うん、そう。それで私の呼び方は『凛』だったよ」

 

「……分かったよ、凛」

 

「よく出来ました」

 

 身体を起こした凛が、手を伸ばしてオレの頭を撫でる。先ほどまでオレが凛にしていたことを、今度は凛がオレにする形になった。

 

「……ねぇ、良太郎、お願いがあるの」

 

「何? 今のオレに出来ることなら、何でもするよ」

 

「……気軽にそんなこと言っちゃダメだよ」

 

「恋人である君のことを忘れちゃったんだから、それぐらいのことでもしないと気が済まないんだ」

 

 凛もそうだが、まゆちゃんや美希ちゃんも、オレのことをとても好いてくれていることは嫌でも分かる。にも拘わらず、オレは彼女たちのことをすっかりと忘れてしまったのだ。例えその原因が事故だったとしても、オレはそれが許せなかった。

 

「……やっぱり、良太郎は『()()()()()』なんだね」

 

「え? もしかして記憶を無くす前のオレってそんな感じじゃなかった……?」

 

「ううん、真面目だよ。いつだって真面目だった」

 

 クスクスと笑う凛。ううむ、気になる……。

 

「それで、凛はオレに何をしてほしいの?」

 

 もしかしてまゆちゃんや美希ちゃんみたいにほっぺにキスだろうか。

 

 

 

「……『好き』って言ってほしいんだ」

 

 

 

「……え? そんなことでいいの?」

 

「うん。そんなことがいいの」

 

 まさか、記憶を無くす前のオレは恋人に好きだとも言っていなかったとでもいうのだろうか……本当に以前のオレは何をやっていたんだ。

 

「凛がそう言うならいくらでも言うよ」

 

「……うん、言って」

 

 凛は姿勢を正してベッドの縁に腰を下ろした。長い髪を耳にかけて少しだけソワソワしている様子が可愛らしくて、思わず微笑みそうになったけどそもそも表情が動かないことを思い出す。我ながら不便な、という不思議な体である。

 

「……凛、オレは凛のことが――」

 

 

 

「あら、楽しそうなことしてるじゃない」

 

 

 

「チッ」

 

「ここで舌打ち出来る根性は嫌いじゃないわよ」

 

 突然聞こえてきた女性の声。どうやら兄さんがドアを開けていたらしく、入口に一人の女性が立っていた。

 

 そのウェーブがかった紫色の長い髪のその女性は、とてもいい笑顔を浮かべていて、しかし一目で『あっ、怒ってるな』ということが分かる雰囲気を滲み出していた。

 

「……別に、これぐらいいいじゃないですか」

 

「そうね、後ろ手に隠してるスマホがなかったらもうちょっとだけ許してあげたかもしれないわね」

 

「持ってるだけですよ」

 

「しっかりと画面に『録音中』って出てんのよ」

 

 病室に入ってくるなり、いきなり凛と険悪な雰囲気になった女性。

 

「………………」

 

 本当は「二人とも落ち着いて」と言うつもりだった。新しく入ってきた女性が何者なのか、どうして不機嫌なのか、どうして凛と仲が良くなさそうなのか、オレには分からないことだらけだった。だから一旦落ち着いて情報を整理する時間が欲しかった。

 

 でも、彼女の姿を見た途端。

 

 オレは、言葉を無くしてしまった。

 

 分からない。記憶がないから分からない。覚えていないから分からない。それでも、彼女の姿から目が離せなかった。とても魅力的で女性的な体つき、意志の強そうな鋭い眼差し、自分という存在に対する自身で満ち溢れていることが分かる彼女は、きっと()()()()()()()()()だと、記憶ではない心の何処かで理解するには十分だった。

 

「……あーあ、やっぱり()()には適わないか」

 

「適いたかったの?」

 

「別に。一回ぐらいそういう気分を味わってみたかっただけ」

 

 ベッドから立ち上がった凛は、まるで悪戯がバレたかのように軽く肩を竦めた。

 

 そして「ねぇ良太郎、聞いて」と何かを耳打ちしようと顔を寄せてきて――。

 

 

 

 ――チュッ。

 

 

 

「っ」

 

「嘘ついてゴメンね、お兄ちゃん」

 

 オレの頬にキスをすると、凛ちゃんはそのまま何事も無かったかのように「お大事に」と言い残して病室を去っていった。

 

 

 

「「………………」」

 

 いつの間にか兄さんもいなくなっており、病室にはオレと紫髪の女性だけが残された。

 

「……そんな……」

 

 しかし今はとても重要なことを知ってしまい、オレは一人打ちひしがれていた。

 

 

 

「……まさか妹を恋人にしてしまっていたなんて……!?」

 

「りょーくん、そこを中途半端に信じちゃうの!?」

 

 

 

 オレは一体なんて罪深いことを……と頭を抱えていたのだが、紫髪の女性が「違う違う!」と慌てた様子でそれを否定した。よかった……。

 

「そ、それで、その……」

 

 凛が本当はオレにとっての誰だったのかは一先ず置いておいて、今目の前にいる女性へと意識を向ける。

 

 当たり前のようにオレの病室に入ってきて、そして凛も兄さんも何も言わなかったところから察するに、彼女も間違いなくオレの関係者だということだろう。

 

 

 

「結婚してください」

 

 

 

「……え?」

 

「……えっ!?」

 

 女性が驚き目を丸くしているが、オレがオレ自身に驚愕していた。

 

 オレは「貴女は誰ですか?」と尋ねようと口を開いたのだが、何故か求婚していたのだ。

 

「……ぷっ、あははははっ!」

 

 自分自身の言動の意味が分からずに混乱していると、呆気に取られていた女性がいきなりお腹を抱えて笑い出した。確かに突然求婚なんてされようものなら笑うしかないだろう。対するオレは正直色々な意味で泣きたい。

 

「あー笑ったぁ……そっかそっか、()()()()()()()とか()()()()()とか、そういうことを一切考えなくてよくなった場合、りょーくんはアタシに対してそーゆー感情を持ってくれてるってことなんだね」

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 彼女は何かを察しているようだったが、オレにはオレのことがさっぱり分からなかった。

 

「……ねぇ、りょーくん。りょーくんは、アタシのこと、分かる?」

 

「……分かりません」

 

 勿論分からない。記憶を無くしてしまっているオレは、当然彼女の姿に見覚えがない。例え名乗られたとしても聞き覚えはないだろう。きっと何度も会っているはずなのに、彼女とした会話も、何もかもを思い出すことができない。

 

 でも。

 

「もっと一緒にいたいって、思うんです」

 

「……アタシもだよ。アタシもずっとりょーくんと一緒にいたい」

 

 そっと近づいてきた彼女は、優しくオレの頭を抱えるように自身の胸元に引き寄せた。ビックリするぐらい大きくて柔らかい胸元に顔を埋めることになり……しかし、ドキドキするよりも驚くぐらい安らいでいる自分がいた。

 

「大丈夫、もし思い出せなかったとしても、もう一度やり直せばいいだけなんだから」

 

「……いいのかな」

 

「いいんだよ。だって――」

 

 

 

 ――アタシはりょーくんの……。

 

 

 

 

 

 

 なんか寝て起きたら記憶が戻ってた。

 

 

 

「オチまで雑だなぁ!?」

 

 いやぁビックリだよとリンゴを食べる俺に対して兄貴が叫ぶ。実際に一晩で戻ってしまったんだから仕方がない。誰も悪くないし、当然俺も悪くない。

 

「って、やっぱり昨日のことは覚えてるんだな」

 

「そりゃ忘れるわけないよ」

 

 そこで忘れてしまったら記憶喪失の再発みたいなものである。

 

「……それじゃあ三人ほど、何か言わないといけない相手がいるんじゃないか?」

 

「何のことやら」

 

 一応これでも人並みに良心というものが存在している。普段のテンションと変わらなかった美希ちゃんや少しだけハッスルしていたまゆちゃんはともかく、凛ちゃんは下手に突いたら大爆発する可能性があるのでもうちょっと様子を見たいのだ。

 

「……ただまぁ、嫁の顔はみたいかな」

 

「……そうだな」

 

 久しぶりに……というには時間が短すぎるが、愛する人に愛の言葉を囁きたい気分だった。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていると病室のドアをノックする音。またお見舞いかな?

 

 

 

「りょ、良太郎さん! 貴方の恋人の美波ですよ!」

 

 

 

 ドアから勢いよく入ってきたおめめグルグルの美波ちゃん。これは掛かってしまっているようですね。冷静さを取り戻せるといいのですが。

 

「「………………」」

 

 兄貴と目を合わせる。……コレ、俺が言わなきゃダメ? マジで?

 

「……あのね、美波ちゃん――」

 

 

 

 

 

 

 オチ? もう言わなくても分かるでしょ?

 

 はい、どっとはらい。

 

 

 




・めっちゃしたたかな凛ちゃん
番外編補正も相まって感情が大爆発してます。
恋愛クソ雑魚な凛ちゃんなんていなかった。

・正妻登場
実は兄貴が電話で召喚しました。
果たして愉悦のためか、場を収めるためか……。

・なんか寝て起きたら記憶が戻ってた。
アイ転は基本的にいつだって雑()

・「貴方の恋人の美波ですよ!」
真のオチ。……なんかこんな風に終わるの、以前にもあったような……?(忘却)



 たまにはギャグ一辺倒なお話を書きたかったので、本編では絶対に出来ないような記憶喪失なお話でした。こんなに大人しい良太郎を書くのはこれが最初で最後なんだろうなぁ。

 次回は恋仲○○です。本編再開をお待ちいただいている方には本当に申し訳ないのですが、本編の次章がそれだけ難産だということをご理解いただきたいです。

 本当にもうちょっとだけお待ちください。

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