それは、あり得るかもしれない可能性の話。
「――病める時も、健やかなる時も、変わらぬ愛を誓いますか?」
「「はい、誓います」」
それは神前での愛の誓い。これから夫婦となる男女が、ともに変わらぬ愛を誓う。
「それでは、誓いのキスを」
神父に促され、男女は向き直った。
……彼らはこの日をずっと待ち望んでいた。いや、待ち望んでいたのは二人だけではなく、彼と彼女を知る全ての人間もそれは同じだった。
二人の出会いは、なんてことのないものだった。
ごく普通に出会い、ごく普通の仕事仲間として共に働き……そして気が付けば、そこに愛が芽生えていた。
しかしそこから今日に至るまでに少しばかり時間がかかってしまった。主に新郎側の都合に理由があり、新婦もそれに理解があったために待った。待ち続けた。内心では(自分の年齢的な意味で)少々焦りもあったが、それでも新婦は新郎を待ち続けた。
そしてついに迎えたこの日、二人はようやく夫婦になるのだ。
新郎がゆっくりと新婦のヴェールを持ち上げ、そしてその唇に……。
――おめでとうございます。
――
信頼する仕事仲間であり、大事な友人でもある二人へ、俺は参列者席から拍手を送るのだった。
「……っかぁ~! 五臓六腑に染み渡るぴよ~!」
「ほらほら、良太郎君も飲んでるぴよか~?」
「飲んでますよ、小鳥さん」
個人的にはその語尾がとても気になるところなのだが、それはそれで可愛らしいのでヨシとする。
「……はぁ~……」
そしてテンション高く缶ビールをカパカパ飲んでいた小鳥さんは、突然重い溜息を吐いたかと思うと突然机に突っ伏した。すわ急性アルコール中毒かと焦ったが、どうやら違うようだ。
「……プロデューサーさん、結婚しちゃいましたね……」
「……えぇ、しちゃいましたね」
正確なことを言えば入籍したのは今日ではなく一ヶ月ほど前だったが、今日、赤羽根さんとあずささんが結婚式を挙げた。赤羽根さんが海外研修中に少しずつ『アイドルとプロデューサー』という関係以上の絆を深めていき、婚約の話を聞いたのは半年ほど前のことだった。
彼らの両親、高木社長に次いで、三番目に俺へ結婚の報告が来たことに少々疑問というか「本当にそれでいいの?」感があったものの、勿論俺は素直に二人を祝福した。あのあずささんの大乳を……! という思いも無かったと言えば噓になるが、それでも大事な友人でもある二人の門出を祝わないほど狭量な人間のつもりはなかった。
そしてひとしきり二人に祝福の言葉を投げかけ、次に脳裏に浮かんだのは……。
「ん~! 年下の男の子が手作りしてくれたおつまみ美味し~!」
今こうして目の前で飲んだくれている765プロ事務員のお姉さんのことだった。
「もう俺も『男の子』なんて年じゃないですけどね」
「それはつまり私も『女の子』ではないと言いたいぴよ!?」
喉元まで出かかった「そりゃそうでしょ」という言葉を辛うじて飲み込む。なにこの可愛い人と思ったことは幾度とあれど、向き合わなければいけない社会的な現実というものは存在するのだ。
グチグチと愚痴を漏らしながらお酒を飲み続ける小鳥さん。俺はそんな彼女に付き合ってお酒を飲みつつ、おつまみとお酒の追加を供給して、暇さえあれば空いたお皿や洗い物を流し台へと持っていくお世話係に徹していた。
「……私が女の子だったら、振り向いて貰えたのかなぁ……」
ふいに聞こえてしまったその呟きと、その呟きの後に聞こえたような気がした二人の男性の名前に、俺は思わず手を止める。
……俺の誤解や勘違いじゃなければ、小鳥さんはこれで
一度目は、俺の兄である周藤幸太郎。
二度目は、765プロのプロデューサーである赤羽根健治。
彼らは小鳥さんと親しくなり、そして良好な関係を築いていき……しかしそれぞれ別の女性と結婚した。
彼らのことを薄情だと罵るつもりはないし、小鳥さんもその類のことを口にしたことはない。そうしたところで意味なんてないことを、俺も小鳥さんも理解していた。
「……ねぇ、良太郎君」
「なんですか、小鳥さん」
「良太郎君は、今恋人いる?」
「残念ながらフリーですよ」
「それじゃあ、行き遅れちゃったお姉さんのこと、貰ってくれないぴよか~?」
それは酔った人間としての戯言としてはテンプレすぎる発言だった。
「小鳥さん、それ男女問わずセクハラになりますよ」
「いいじゃないですか~私と良太郎君の仲なんですから~」
一応俺もテンプレ通りの忠告をすると、再び返ってきた言葉もテンプレ通りだった。
独り身を寂しがってお酒を飲み、異性に対して恋人の有無を確認してからその相手に立候補する。お酒の場ならばきっと日本どころか世界中で見られるであろうそんなやり取りに対する、俺からの返答は。
「いいですよ」
きっと、これはテンプレではないだろう。
「……知らない天井だ」
嘘。言って見ただけ。知っているどころか見飽きることすら通り越した自室の天井だった。
「……頭痛い」
横になったまま額を抑える。この感じは間違いなく、深酒をした翌日特有の感覚。要するに二日酔いだ。
ガンガンという頭痛の奥から湧き出してくる若干の気持ち悪さに顔を顰めつつ、昨日の出来事を少しずつ思い出してく。
えっと昨日は……プロデューサーさんとあずささんの結婚式だったんだ。それで披露宴と二次会が終わった後で、確か……そうだ、良太郎君がタクシーに乗せてくれて、その流れで無理やり部屋に上げて、無理やり晩酌に付き合わせて……。
(……なかなかとんでもないことしちゃったなぁ……)
昨夜の自分の行動を思い出して冷や汗を流す。年下の男性を捕まえて私は一体何をしているのだろうか。
幸い今日の私は休みだ。とりあえず喉が渇いたので、一回起きて台所で水を飲んでくるとしよう。
そうして身体を起こした私は……
(……え、えっと……えっと……そうだ最近裸で寝ることがマイブームで)
そんなセレブみたいなマイブームは存在しない。無理やり脳を動かしてもバグるだけなので、冷静に、冷静になって一体何が起きているのかを把握しようと試みる。
(……まさか)
まさか、まさかである。昨日の思い出せる状況から現状まで、なんの違和感もなく繋がる出来事があるとするならば、それは
いやいやそんなわけがないと頭を振るが、二日酔いの頭でそれはなかなかの自殺行為だったので再び布団に倒れこむ。このままもう一度眠れば全てなかったことになるのではないかと一瞬考えたが、私の心が全力で『それは勿体ない!』『勇気を出して確かめろ!』と意識を手放すことを拒否していた。
「………………」
ゴクリと唾を飲み込んでから、私は身体を起こした。一糸纏わぬ格好のままでは
「あ、おはようございます、小鳥さん」
私の予想は、台所に立っていた良太郎君の存在によってあっさりと肯定されてしまった。
「……おはよう、ございます」
「丁度今起こしに行こうとしてたんですけど……どうしたんですか、そんなところでへたり込んで。気分良くないですか?」
「……良太郎君」
「? はい」
「自首します」
「土下座!?」
ゴツンと音を立てて私は自分の額をフローリングに叩きつける。
やってしまった。ヤッてしまった。本当にやらかしてしまった。ずっと気付かないフリをしていた
「……小鳥さん、頭を上げてください」
「はい……」
頭上から聞こえてくる良太郎君の優しい声。恐る恐る頭を上げると、そこには私の目の前で正座をする良太郎君の姿が。推しが自分のエプロンを付けているという状況がとてもクるものがあるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
どう落とし前を付けるべきかと涙目になりつつ、良太郎君の口から放たれる最後通牒を心して聞く。
「結婚してください」
「………………ぴよ?」
え、もしかして私、まだ夢見てる? この期に及んで自分に都合のいい妄想をしてる?
「現実ですよ」
「で、でも、でも、あの周藤良太郎が私に求婚だなんて、そんなの夢以外の何物でも……」
「……こっちこそ、憧れのお姉さんからお誘いを受けて、まるで夢のような話だったんですからね」
「………………」
良太郎君の言葉を処理しきれずに再び脳内がフリーズする。
「……俺なんかが兄貴や赤羽根さんの代わりになるとは思えません。それでも俺は俺として、貴方だけの俺になりたいんです」
あ、そのセリフかっこいい……じゃなくて。
「……ほ、本当に私で、いいんですか……?」
「貴女がいいんです」
ずっと私が妄想し続けた言葉しか言わない良太郎君に、やっぱり現実味が湧かない。まるで私の妄想を綴ったノートを見ながら言っているようなセリフに……ん?
「……あの、良太郎君」
「はい?」
「……
「………………」
今日初めて、良太郎君が目を逸らした。
「……死にます」
うえーん! こんな夢みたいな展開なら、最後まで夢見心地でいさせてよー! なんでこんなオチを用意するのよー! 神様のバカー!
「早まるな俺の小鳥!」
嘘! バカじゃない! 神様ありがとう! ぴよ!
・バネPとあずささん
きっとこういう未来もあったんじゃないかなって。
・ぴよ
???「変な語尾ザウルス!」
・朝チュン
実はアイ転では恋仲でも珍しいシチュ。
年上相手だと大人しくりょーくんと小鳥さんの恋仲○○でした。
実は別の人の恋仲○○の予定だったのですが、納得がいかなかったので結婚式のシーン以外の全てを削除した後に書き直しました。締め切り約2時間前の出来事でした。
その結果、小鳥さんの恋仲○○に。もともと予定していた恋仲○○は次回!
本編再開までまた伸びちゃったけど本当にすみません!