それは、あり得るかもしれない可能性の話。
俺の婚約者、桜守歌織は意外と子どもっぽい。
年上の女性を捕まえて子どもっぽいと表現するのは失礼かもしれないが、それでもそう感じてしまうのだから仕方がない。
「………………」
「……すぅ……すぅ……」
朝、目が覚めると俺は乳の中にいた。正確には『一緒のベッドで寝ていた歌織が俺の頭を胸に抱いていた』という状況だ。力を込められているわけではなかったので息苦しくはない。エアコンが効いている快適な室内のため暑いということもない。フニフニと柔らかい感触に包まれているため悪い気分ではない。
どうやら歌織は昔から抱き枕を抱いて寝ていたらしいのだが、同棲を始めたことを期に抱き枕を実家に置いてきた。曰く「私ももう大人ですから、こういう子どもっぽいものは卒業します」とのこと。抱き枕は別に子どもっぽいわけでもないだろうし、そもそもその発言そのものが子どもっぽいとも思ったが、彼女がそうと決めた以上俺は頑張ってと応援するしかなかった。
「……ただし、結果はこれである、と」
眠りながら無意識に抱き枕を探した結果、彼女はすぐ隣で眠る俺を抱き枕として認識したらしい。
最初こそ毎朝心臓に悪かったが、流石に数ヶ月ずっと続けていれば慣れてしまった。今では興奮よりも安心感が先に来る。俺も今の状況を割と楽しんでいるので、俺は今もこのことを歌織に伝えていない。
加えて歌織は朝に弱い。それはもう弱い。顔が濡れたアンパンマンだってもうちょっと抵抗するぞっていうぐらい弱い。例え歌織の方が早く起きなければいけない予定であっても、同じベッドで寝ている関係で目覚ましの音は俺も二人とも聞こえているため、俺の方が先に起きることになる。寧ろ俺が歌織を起こさなければ、彼女は間違いなく時間通りに目を覚まさない。その段階で俺は歌織の胸の中から脱出しているので、結果として彼女は俺を抱きしめて寝ているということに気付かない。
そうして今日も歌織は何も知らず、幸せそうな表情で俺を抱き枕にしながら眠っているのだった。
「よっと……歌織、朝だぞ」
歌織の胸の中は名残惜しいものの、そろそろ朝の支度をしなければいけない。先に身体を起こしてから、歌織の身体を揺すって起床を促す。
「……やぁ……」
可愛らしく拒否られた。これもいつものことである。
とりあえずもう一度だけ身体を揺すり、それでも起きる気配がないことを確認してから俺は歌織を起こすことを諦める。
勿論見捨てるわけではない。一緒のベッドで眠るようになって気が付いたのだが、歌織は抱き枕を失うと段々眠りが浅くなっていくらしい。なのでまずは俺が先に起きて朝食の準備などを済ませておき、そこから改めて歌織を起こすのだ。
歌織としては、毎朝俺に朝食を用意されることが申し訳ないらしいのだが、朝弱いのはしょうがない。人間には誰しも得手不得手がある。良家出身で育ちのよいお嬢様であり、美人でスタイル抜群のお姉さんでもあり、次期歌姫候補とも称される抜群の歌唱力で世間を魅了するトップアイドルでもあるのだから、これぐらいの弱点なんて可愛いものである。
なお朝起きたばかりの歌織の状態に関してはコメントを差し控える。千鶴やこのみさんが容赦なく『朝の歌織ちゃんは亡者』と称そうとも、俺は歌織が大好きだから……うん。
「……んぅ……」
小さな寝言とともに、身体を起こそうとした俺の服の裾を握る歌織。本当に小さい子供のようなしぐさがイチイチ可愛いが、これぐらいの可愛さで行動不能になっているようでは歌織との同棲なんて不可能である。
「……やぁ……」
え、なに今の寝言可愛い。……じゃなくて。
寝ている歌織を見ていたらいくら時間があっても足りないので、後頭部が禿げるのではないかと錯覚するぐらい強く後ろ髪を引かれつつも、俺は断腸の思いでベッドから降りるのだった。
私の婚約者、周藤良太郎は意外と子どもっぽい。
日本が世界に誇るトップアイドルを捕まえて子どもっぽいと表現するのは失礼かもしれないが、それでもそう感じてしまうのだから仕方がない。
「………………」
「……すぅ……すぅ……」
夜中、ふと目を覚ますと良太郎君が私の胸の中にいた。正確には『一緒のベッドで寝ていた良太郎君の頭を私が胸に抱いていた』という状況だ。力強く抱きしめているわけではないので苦しくはないと思うし、エアコンが効いているので暑くもない。しかしよくこんな状況でスヤスヤと寝れるものだと少し感心してしまう。
どうやら私が無意識のうちに良太郎君を抱き枕代わりにしてしまっていたらしい。同棲を始めたことを期に抱き枕を実家に置いてきたのだが、どうやら完全な卒業はできなかったらしい。やはり長年の習慣は簡単に抜けないようで、ふいに目が覚めてしまったときに私はそれに気付いた。
「最初は迷惑かな……って思ったんだけどなぁ」
流石に苦しいだろうと良太郎君を解放しようと腕の力を抜いたのだが、逆に良太郎君が私の腰に腕を回して放してくれなかったのだ。
そのままグリグリと私の胸に頭を擦り付けてくるので「もしかして起きてる……?」と声をかけるが無反応。私を揶揄っているのかとも思ったが、耳元で「もしかして玲音さんの夢でも見てるんですか?」と尋ねてみるがこれも無反応。いつもの良太郎君ならば「冗談でも言っていいことといけないことがあるって幼稚園の先生に教わらなかったか!?」って叫びながら猛抗議をしてくるだろうから、どうやら本当に寝ているらしい。
……そう、つまり『良太郎君が無意識に私の胸に甘えている』ということなのだ。その事実に気が付いた瞬間、まるで心臓が鷲掴みにされたかのようにギューッとトキメキで締め付けられてしまった。
普段から朝が弱いというのに、これに初めて気が付いた日はその後全く眠ることが出来なくなり、良太郎君に多大な迷惑をかけてしまったほどである。
その後もたまに目を覚ますと、良太郎君は決まって今のような状況になっていた。私が無意識に抱き枕を求めて抱きしめた結果なのだろうが、良太郎君は毎日のように私の胸に甘えていた。
子どもっぽくて可愛い……と思うこの感情を、きっと母性と呼ぶのだろうということはすぐに分かった。普段はカッコよくて落ち着いていて、たまに悪戯っぽくて意地悪な良太郎君が、こうして子どものように甘えてくる姿が堪らなく堪らなかった。
「……良太郎君」
返事はなく、リアクションもない。けれど良太郎君を抱きしめる力を少しだけ強くすると、それに応えるように良太郎君が私を抱きしめる力も少しだけ強くなった。苦しいかなと思いつつも更にギューッと力を込めると、やっぱりギューッと同じぐらいの力が込められた。
……正直なことを話すと、こうして良太郎君を抱きしめていると私の心の奥から『優越感』という名の黒い感情が溢れ出してくる。寝ている『周藤良太郎』を抱きしめることが出来るのはきっと世界に私一人で、『周藤良太郎』個人の愛を受けることが出来るのもきっと世界に私一人なのだ。
それは
しかし例えそれを直接咎められたとしても、私は今胸にしている幸福を手放したくないのだ。
「……かおり……」
「良太郎君……?」
「……もうあさだぞ……」
「……いやまだ夜だけど」
思わず素で突っ込みの言葉を口にしてしまい、そしてワンテンポ置いて笑いが込み上げてきた。声を上げて笑いたくなる衝動を、良太郎君の頭を強く抱きしめることで緩和する。もしかして良太郎君が起きてしまうかもしれないが、そうでもしないと耐えられない。
「ふふっ……良太郎君ってば、夢の中でも私を起こしてくれてるの……?」
多分ドラマならば「愛してる」みたいな寝言を口にする場面だった。しかし絶妙なタイミングでの的外れな寝言に、失礼ながら「良太郎君だなぁ」って思ってしまった。
「……それじゃあ、私も良太郎君に甘えちゃおうかな」
良太郎君が私の胸に甘えてくれるというのであれば、私は良太郎君の『朝起こしてくれる』という好意に甘えよう。
朝起こされるなんて子どもっぽいかもしれないが、良太郎君に甘えてもらえるのであれば私は子どもっぽいままでもいい。
子どもっぽい私と、子どもっぽい良太郎君。
私と彼が共に歩く人生はまだまだ始まったばかりだけど、私たちはきっとこのままでいい。そう思っている。
朝食も後は温めるだけの状態にしておき、俺は再び歌織を起こすために寝室へと戻って来た。
相変わらず強めに揺すってもすぐには目を覚まさず、それを数分続けることでようやく彼女は目を開けた。
「………………」
「おはよう、歌織」
返事はない。そのまま静かに再び目を瞑る歌織だが、少しだけ唇が突き出されていた。つまりそういうおねだりである。
勿論断る理由もないので、俺はゆっくり歌織に顔を近づける。
子共っぽい歌織と。
子どもっぽい良太郎君の。
そんな二人の一日は、こうして始まる。
・桜守歌織は意外と子どもっぽい。
・周藤良太郎は意外と子どもっぽい。
意外と……?
・良太郎抱き枕化
このやろう(怨嗟)
・『朝の歌織ちゃんは亡者』
二次創作で盛られる設定。
・「もしかして玲音さんの夢でも見てるんですか?」
現在判明している良太郎の明確な弱点。
理由はそろそろ本編で明かされるかなぁ。
というわけで二週連続恋仲○○は歌織さんでした。この間ミリシタの方でセカンドヘア歌織さん引いたからお迎え記念で書き始めたんですが、結婚式の場面書いている最中に別シチュを思いついてしまったがためにそちらをぴよちゃん編に書き換えた……というのが前回突然ぴよちゃん編になった理由でした。
というわけで一ヶ月以上番外編を続けてきましたが、次回からはついに本編再開です。
長いこと悩み続けてようやく方針が決まりました。どういうお話なのかという簡単な説明は、下の次章予告で何となく感じ取ってください(丸投げ)
それでは今度こそ、本編でお会いしましょう!
いずれはこうなる運命だった。
この戦いは避けられぬ運命だった。
「お前が俺に勝てるとでも?」
「私がアンタに敵わないとでも?」
周藤良太郎と東豪寺麗華。
誰もが認める日本のトップアイドルは対峙する。
「「勝つのは――!」」
「白組だっ!」
「赤組よっ!」
その名も『アイドル紅白超合戦』!
数多の事務所の垣根を超え、日本で最大のアイドルイベントが幕を開ける!
白黒ハッキリ……いや!
『赤白ハッキリ!』
『つけるわよ!』
これは男性アイドルと女性アイドル、その似て非なる彼ら彼女たちが織り成す新たなる可能性の盛大なお祭りであり……。
……そして、そこに至るまでの『理由』の物語。
アイドルの世界に転生したようです。
第八章『Reason!!』
coming soon…