アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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久しぶりに純粋なコメディー回。


Lesson363 りょーくん、風邪引いたってよ。

 

 

 

 異変というものは、いつだって急に起きるものだ。

 

 

 

「……けほっ」

 

 

 

 それに気が付いたのは、合宿から戻って来た翌日の朝。異変は、目が覚めた瞬間に覚えた喉の違和感だった。アイドル故に喉へのケアは常日頃から怠ったことがなく、自室では年中加湿器を稼働させているのだが……どうやらコンセントが抜けてしまっていたらしく、加湿器さんも夏休みに入っていたらしい。

 

 とはいえ季節柄エアコンを入れて就寝しているため、部屋が乾燥するということもないだろうが……ここでも何故かエアコンの設定温度が23度になっていたという不幸が発生した。道理で起きた瞬間に肌寒さを感じたわけだよ。

 

 最近ではりんも俺の部屋で寝ることが多かったのだが、今日に限って仕事の関係で不在。自室内の異常に気付く人間はいなかった。

 

 一度「そうかもしれない」と自覚してしまうと、なんだか気怠いような気がしてしまう。自分で自分の額に手を当てて熱を測るが、正直よく分からない。

 

「……念のため、風邪薬飲んでおくか」

 

 寝巻のジャージのまま自室を出て、風邪薬を保管している戸棚があるリビングへ向かう。

 

「おはよー」

 

「あ、リョウ君おはよ~。ね~ね~、今日の朝ご飯なんだけど、目玉焼きと卵焼きどっちが……」

 

 カシャーン。

 

「え、何事」

 

 キッチンに立っていた母さんが突然フライ返しを手落とした。見ると常にニコニコ笑顔がトレードマークのリトルマミーが驚愕の表情で青褪めている。

 

 

 

「リョウ君どうしたの!?」

 

 

 

 いや母上様こそどうしたのと聞きたいんだけど。

 

「風邪!? 風邪引いちゃったのぉ!?」

 

「え、分かるの?」

 

「お母さんだから分かるよぉ!」

 

 マジか。お母さんってすげぇ。

 

「待ってて今体温計持ってくるからねぇ!」

 

「いやそれぐらい自分で……」

 

「動いちゃダメだよぉ!?」

 

「そこまで?」

 

 もしかして自分で気が付かなかっただけで実はものすごく死にそうな顔色をしているのではないかと不安になるが、戸棚のガラスにはいつもと変わらぬ鉄面皮が……いや、心なしか少しだけ赤いような気もした。……風邪薬ある戸棚これじゃん。ついでに体温計もここである。

 

「うわ~ん!? 体温計が見つからないよぉ~!?」

 

 涙目になりながら体温計を探す母さんを尻目に、戸棚から体温計を取り出して熱を測る。

 

「……三十六度八分」

 

 うーん微妙。熱と言えば熱だけど、人によっては平熱の分類。

 

「母さん、三十六度八分だから大したことないよ」

 

「油断したらダメだよぉ!? 病は気からなんだよぉ!?」

 

 だったら余計に大事にしない方がいいと思うんだけど、そこまで自信満々に言い切られると俺の認識の方が間違っているような気がしてくる。

 

 一人でドンドン勝手にヒートアップしていく母さんを宥めつつ、風邪薬を飲むためにも何か食べないといけないので食パンをトースターに放り込む。

 

 こういうときこそ大事を取って休養するべきなのだろうが、残念ながら本日の仕事は先日合宿に参加するために日程を調整させてもらったものばかりだったため、流石にここから更に日程をズラすのは心苦しい。

 

「うっ……私のせいだ……私がしっかりとしなかったせいで、こんな……!」

 

「そこまで深刻になられても」

 

 まるで赤羽根さんが奈落に落ちたときの春香ちゃんみたいに落ち込む我が家のリトルマミーの過保護さに困惑を禁じ得ない。

 

「まぁ今日の予定は番組収録は二つだけだから、大丈夫だって」

 

「うぅ……ほんとぉ?」

 

「ホントホント」

 

「……分かったぁ……でも無理はしちゃダメだよぉ?」

 

 ……なんだろう、母親相手のやり取りのはずなのに、何故だか妹キャラを相手しているような気分になってくる。いや俺の周りの妹キャラっていうとなのはちゃんと美由希ちゃんと凛ちゃんだから、その三人の方がもうちょっとしっかりしているような気もするけど。

 

 さて、とはいえ仕事は仕事。いくら普段から好き勝手やることが多いとはいえ、それは普段の仕事をしっかりとしているからこそ押し通せるものなのだ。

 

 『周藤良太郎』に求められるものは、常に理解している。

 

 さぁ、今日も完璧に()()()みせよう。

 

「おっ、パンが焼けた」

 

「ダメだよぉ!? 今からおかゆ作るからぁ!」

 

「引き始めの今ぐらいは固形物をちゃんと食べさせてくれない?」

 

 

 

「おはようございます! 本日の撮影ですが、水着イベントですよ! 水着イベント! 周藤さんに喜んでもらえるようにと思って頑張りました! 他の女性アイドルと一緒に()()()()()()()()()ください!」

 

「……アッハイ」

 

 

 

「お疲れ様です! 本日の収録なんですけど、この暑い夏にピッタリな企画用意してます! なんと北極の極寒体験です! ()()()()()()()()()ください!」

 

「……アッハイ」

 

 

 

 身構えているときには死神は来ないものだって、今は警察学校に通っているはずの後輩の降谷も言ってた気がするんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「……は? 風邪? 良太郎がっすか?」

 

「あぁ。昨日撮影から帰ってきてから調子悪そうでな。今朝発熱した」

 

 朝、打ち合わせをするために事務所へ出てきた途端に社長からなかなか驚くべきことを告げられた。

 

「うわ、りょーたろーくんでも風邪って引くんだ……」

 

「しかもしっかりと夏風邪を引く辺り、流石だわ……」

 

「二人とも、一応相手は病人なんだから言葉を慎みなさい」

 

「いや、俺も全く同じ感想だったから気にしなくていいと思うぞ」

 

 率直な感想を呟いた俺と翔太を咎めた北斗だったが、実の兄である社長本人も俺たちに同意してしまった。

 

「というか、そもそもアイツが風邪を引いたところを見たの初めてなような気もするんだよ」

 

「……え、マジですか?」

 

 二十年以上一緒に暮らしていて、そもそも文字通り良太郎が生まれたときから知っている社長のその証言は思わず疑ってしまうほどの驚きだった。

 

「一時期スレてた時期もあったけど、自分自身に卑屈になってるだけで手洗いうがいはしっかりするし好き嫌いもしない健康優良児だったからな。家族全員がインフルで寝込んでも一人だけ無事だったなんてこともあるぐらいだぞ」

 

「……やっぱりバカは……」

 

「コラ冬馬」

 

 素直な感想を呟いたら怒られた。言わなかっただけで翔太や社長だって思ってることだろうし、なんだったら北斗だってチラリと頭を過ったことだろうに。

 

「とはいえ、最近はアイツも合同ライブのこともあって色々と忙しかったから、その疲れも出たんだろうな」

 

「……合宿の日程作るために、結構無茶したとも言ってましたしね」

 

 良太郎が多忙なのは火を見るよりも明らかだ。色々なところをフラフラしているような印象も強いが、その実誰よりも忙しく色々なところを飛び回っている。

 

 IE後に急増した様々な仕事を選抜しつつもしっかりとこなし、かといって以前からの小さな仕事への配慮も忘れない。最近は時間を見付けては東豪寺たちと合同ライブの打ち合わせや、関係各所への根回しも欠かしていない。

 

「……いやなんでこれだけやってるのに『ちょっと遊びにきたよー』みたいなことが出来るんだよ」

 

「良太郎君のフットワークの軽さはちょっと異常だよね……」

 

「僕は瞬間移動してるんだと思ってる」

 

「俺は自由に動かせる身体が色んなところにあって、その都度意識を切り替えてるって言われても驚かないぞ」

 

 肉親からの評価が一番酷い気がする。

 

「話を本題に戻すぞ。今日は三人に急遽別の仕事もお願いしたいんだ」

 

「良太郎の穴埋めっすね」

 

「そうだ」

 

 全ての仕事というわけではなく、良太郎が欠席することでイベントの進行そのものが滞ってしまうところに絞って俺たち三人の内の誰かが代役を務めることになった。

 

「こっちのイベントは……まぁ、俺の現場から近いから何とか」

 

「こっちは僕と北斗君の時間が空いてるね」

 

「……あとはこっちの仕事だけど」

 

「……やっぱりコレは都合がつかないか……」

 

 アレコレと割り振る中、一つだけどうしても俺たちだけではカバー出来ない仕事が出来てしまった。

 

「恵美ちゃんやまゆちゃんに頼むってのは?」

 

「……言っちゃ悪いが、ギリギリ『役者不足』ってやつだな」

 

 翔太の提案に首を振る。役不足ではなく、所たちでは少々アイドルとしてのランクが足りていないという意味での役者不足。正しくは力不足。

 

「これこそ俺たちが行くべき仕事だったんだろうが」

 

「あ、分かった。確か()()()って最近日本によく来てるっていう話を聞くから、ワンチャンお願いしてみるってのは?」

 

 翔太がニヤリと悪戯な笑みで提案したそれに「何を馬鹿なことを」という前に、翔太のスマホにメッセージが届く音が。

 

「……りょーたろーくんから『マジでやめろ』ってメッセージが」

 

「何アイツ俺たちの会話聞いてんの?」

 

 話には聞いてたけど、アイツどれだけあの女帝様のこと嫌ってるんだよ。

 

「でも、その方針は間違ってないんじゃないか? ほら、いるじゃないか。良太郎君の一大事とあらばすぐに動いてくれそうな『周藤良太郎』と肩を並べるトップアイドルが」

 

「……他事務所だぞ?」

 

 などと言いつつ、俺自身も北斗の提案に「それもありだな」と納得する。

 

「「「………………」」」

 

「……元々良太郎が寝込んでいるという報告はするつもりだったからな」

 

 俺たち三人にじっと見つめられて何を言わんとしているのかを正しく認識したらしい社長が、小さく「仕方ない」とため息を吐いてからスマホを取り出した。

 

「え、まだ報告してなかったの?」

 

「良太郎君のことだから真っ先にしているのだとばかり」

 

「彼女、しばらく仕事で忙しくて良太郎自身あまり会えてなくてね。心配かけさせたくないって言って連絡したがらなかったんだよ」

 

「そんなことしたら逆にバレたとき大変じゃねぇか」

 

「俺もそう思う」

 

 そう言いつつ社長は容赦なくメッセージではなく電話をかけた。

 

「……あ、おはようりんちゃん。突然なんだけどさ、良太郎が風邪引いてね」

 

 

 

『りょーくんが風邪!?』

 

 

 




・荒ぶるリトルマミー
普段風邪を引かない良太郎だからこそ、母も大慌て。
なおそうでもない兄貴だったとしても結局大慌てする模様。

・身構えているときには死神は来ないものだって
・警察学校に通っているはずの後輩の降谷
鳴らない言葉を(ry

・役者不足
誤用だって分かってるからツッコまないでね……(震え声



 最近真面目にストーリーを進めてたから、たまには不真面目な話をば。

 ……こんなことしてるから話数が増えるんだぞって話は無しの方向で!
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