――……十六時となりました!
――只今より開場となりまーす!
――係員を追い越さないようにそのままゆっくりと前にお進みくださーい!
「ようやく、だな」
「あぁ……ようやくだ」
マジックミラーになった窓越しに会場入りするファンたちの波を見下ろしながら、冬馬と頷き合う。
「まさか番外編を除いて二ヶ月ぶりの登場になるとは思わなかったぜ……」
「これが主人公の姿か……?」
出番ある……嬉しい……うれしい……。
「話を戻そう」
「その切り替えの早さだけは本当に尊敬するぜ」
午後四時を回り、ついに八事務所合同ライブが開場となった。ゆとりをもって入場できるように開演二時間前に開場したのだが、なんか入口付近では既にかなりの混雑になっているようである。
「俺、この景色を見るのが好きなんだよ」
「俺もだよ」
普通だったらこんなに混雑していては不満の一つもあるだろう。しかし窓の下を行き交う人々は、みんな一様に笑顔を浮かべている。この混雑そのものも楽しんでいる、そんな風にも見えた。
ちなみに今回のライブは事務所のファンクラブなどを介さない完全な抽選で行われたため、ここに集った人たちは己の豪運のみで狭き門を潜り抜けた猛者たちばかりである。そしてメッセージでのやり取りやSNSのリアクションを確認する限り、俺の知り合いはかなりの数がその狭き門を潜り抜けることが出来たらしい。一応言っておくけど俺は身内贔屓的なことはしてないからね、俺は。これもきっと天の思し召しです。
「俺たちのライブを観るために、ここまで足を運んできてくれた人たちだ……ホント、何度見てもありがたい気持ちで胸がいっぱいになるな」
「あぁ……ん、あの子デカい」
「お前それライブ中もやってるんじゃないだろうな」
「やってないと思うのか?」
「開き直りやがったコイツ……」
冬だから厚着している人は多いけど……だからこそ分かる膨らみに風情を感じるのだよ。
「ったく、なんでこんな本番直前だっつーのに緊張感がねぇんだよお前は」
「お前だって緊張してないじゃん」
「してるに決まってんだろ! お前と一緒にすんじゃねぇよ! なぁ!?」
無表情だから伝わらないだけなのだが冬馬は取り合ってくれず、そんな自分の考えを周りにも肯定してもらおうと冬馬は振り返った。
「そうだよリョーさん」
「緊張してるっていうのは」
「今のぼくたちみたいなことを言うんだよ」
「お前らはお前らで緊張しすぎだろ!?」
「残念だったな冬馬、お前も
「ミトメタクナイ!」
それはさておき、確かに隼人とみのりさんとりあむちゃんの三人はちょっと緊張しすぎな気がする。震えるを通り越して振動しているけど、バイブレーション機能でも搭載してる?
「ほら三人ともちょっと肩の力抜いて」
「そんな状態で万全のパフォーマンスが出来ると思ってんのか?」
「思わないけどさぁ……!」
「緊張するなって方が無理なんだよ……」
「吐きそう……」
声の震えは取れたけど未だに顔色が悪い三人。りあむちゃんに至っては口元を抑えていてる。
「そんなりあむちゃんにプレゼント。これを見ていつでも俺のことを思い出して欲しい」
「えっ……」
「エチケット袋」
「良太郎君の顔を思い出しながら戻せと!?」
「苦しんでいるときこそ君の力になりたいんだ!」
「いくらぼくでも推しの顔を思い浮かべながら嘔吐したくないよぉ! でもありがとうございまぁす!」
このビニール袋がりあむちゃんの助けになると信じている。
「ったく、初めてのライブってわけでもねぇだろお前ら」
「ライブの経験はあってもこんな大舞台の経験はないんですよ……」
「アリーナもドームも変わらなくない?」
「一万超えりゃ全部同じだろ」
「それはリョーさんと冬馬さんの認識がガバガバすぎるんすよぉ!」
ちょっと隼人が何に憤ってるのか分からないですね。
「美琴なんてドームどころかライブ自体初参加で平然としてるぜ?」
「流石だよな緋田先輩」
「例外っていうのは例えに持ち出しちゃいけないから例外というのであって……」
ちなみにその美琴は志保ちゃんと共に最後の確認を行っているらしい。お前マジで本番直前にぶっ倒れるとかそういうのだけは勘弁してくれよ?
「でも俺たちですらまだマシな方だと思うんだよ……」
「マジで? このりあむちゃんの惨状以上があるの?」
「まだ吐瀉前だから惨状ではないよぉ!」
「オメェはオメェでいつまでもゲロの話してんじゃねぇよ!」
冬馬に怒鳴られてびえぇぇぇん! と鳴く(誤字ではない)りあむちゃんを尻目に、苦笑するみのりさんが指差す方へと視線を向ける。
「「………………」」
(えっと……身内に不幸があったとかじゃないですよね……?)
(違う……はず)
思わずそんな感想を抱いてしまうほど、紬ちゃんとありすちゃんの空気が重い。プレッシャーが物理的な重量を伴って彼女たちの背中に伸し掛かっているのが目に見えて分かった。
「紬ちゃん、大丈夫?」
「ありすちゃん、お水飲みますかぁ?」
それぞれ歌織さんとまゆちゃんが心配そうに声をかけているが、それらに反応出来ないほど追い込まれているようである。
「………………」
冬馬が無言のまま肘で突いてくる。まぁ声はかけてあげるべきだよな。
「紬ちゃん、ありすちゃん、落ち着いて」
椅子に座る二人の顔を覗き込むようにして膝をつく。二人とも顔面蒼白でただ見ているだけでこちらに胸が苦しくなってくる。
「不安に思っていること、全部口に出して欲しい。今君たちの周りには今日のステージに
「……怖いんです、失敗してしまうかもしれないとか、そういうことじゃなくて……純粋に、ただ純粋に、こんな大きなステージに立つことが」
「私もです……見に来てくれることは嬉しいです。でも……」
「純粋な人の多さか……」
確かにそれだけでも十分なプレッシャーだ。
ならば少しだけ見方を変えてみよう。
「今日ここに集まってくれるお客さんはみんな、二人のことを応援しに来てくれる人。君たちのステージを観届けに来てくれた人。……それってつまり、一緒にステージに立つみんなだけじゃなくて
「「………………」」
「例えば事務所の仲間の前だったら緊張しないでしょ? それがどれだけ人数が増えようとも、きっとそれだけで知らない人の前に立つよりはずっとマシだと思うんだ」
だから想像してみて欲しい。
「ここに集まっているのは全員自分の事務所の人間だと。事務所での発表会って考えればいいんだよ」
「……流石にそれは無理がありませんか?」
「ウチの事務所、何人いると思っているんですか」
おっ、ちょっと表情が和らいだな。もう一押し。
「そこは事務所の人間に分身してもらって」
「「分身!?」」
「一万人を超える未来ちゃんとかフレデリカちゃんとか、賑やかで楽しそうじゃない?」
「「絶対に煩い!」」
「一万人を超える未来……アリね。私は平等に愛でる自信があるわ」
「静香ちゃん!?」
「フレちゃんが一万人もいたら美嘉ちゃんの胃も一万個必要だね」
「一人につき一個私の胃が壊される計算なの!?」
何故か周りも賑やかになったが、とりあえず二人の緊張はほぐれたらしい。
「うん、二人ともお腹から声が出るようになったね」
「これでちょっと元気が出ちゃった自分が悔しい……」
「これ、佐久間流周藤良太郎学で習ったような気がする……」
ジト目の紬ちゃんに対して何故か目を輝かせているありすちゃん。ユニット毎の教育方針に口出しする気はないが、ありすちゃんのこれは本当に大丈夫なのかと少しだけ心配になる。後方腕組み満足気頷き顔まゆちゃんや? 君は一体彼女に何を教えたんだい?
後のケアはそれぞれのユニットメンバーにお願いすることにしよう。きっと大丈夫だと思う。
「……なんだかんだ言って、そのやり方で上手くいくんだよなぁ」
正直納得がいかないところもあるが、根っこの部分でこいつは『アイドルの王様』であることには変わりなかった。
「冬馬君は真似しようとか思わないでよ?」
「思うわけねーだろ」
「アレは良太郎君だからこそ出来るやり方だからね」
「だから思わねーって」
翔太と北斗に何故か釘を刺されるが、寧ろお願いされたとしても真似なんざするか。
「さて、それじゃあ俺は今から一時間ほど席を外すから。何か用があったら後で頼む」
「は?」
突然、良太郎の奴がそんなことを言い出した。
……何故だ、猛烈に嫌な予感がする。
「安心しろその嫌な予感は気のせいだ」
「そう思われる自覚があるってことじゃねぇか!」
「大丈夫だって、今回はマジで兄貴の許可も取ってる『企画』だから」
「『企画』?」
いやマジで何するつもりだよコイツ。
「リハーサルが忙しくて大人しくしてたけど……本来俺は
「だからマジで何するつもりだよ」
「ほら俺って『眼鏡をかければ気付かれない』っていう不思議な認識阻害があるじゃん」
「……アイドルとしては正直羨ましい特性だよな」
「やっぱり『ファンの生の声』を大事にしたいんだよね俺は」
「……は?」
「名付けて『周藤良太郎を探せ』!」
そう言い残し、眼鏡をかけた良太郎は去っていった。
「……『周藤良太郎を探せ』ってお前……!」
アイツまさか……!
「観客席に行きやがったなぁ!?」
開演まで二時間切ってんだぞぉ!?
・二ヶ月ぶりの登場
久しぶりに主人公書いたぞ……。
・「ミトメタクナイ!」
冬馬型ハロ。
・『周藤良太郎を探せ』
難易度エクステンド。
容疑者は「だって最近の俺ずっと大人しかったから、たまにはこういうことをしてみんなに俺がどんなキャラだったかを思い出して欲しかった」などと黒髭のようなことを供述している模様。
本番直前だって言うのに何でこんなに暴れてるんすかねぇこの主人公!?