アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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久しぶりの良太郎視点無し回。


Lesson52 それは基本のさしすせそ

 

 

 

 それは、週末の打ち合わせの席でのことだった。

 

 わたし達魔王エンジェルの打ち合わせのメンバーは基本的にマネージャーを入れた四人で行われる。そのマネージャーも所用で出かけているので、今この場にはわたし達三人しかいない。マネージャーがいない状況で打ち合わせをして意味があるのかと思われるかもしれないが、元々魔王エンジェルはリーダーの麗華がプロデューサーの役割を兼任していたので特に問題ない。寧ろアイドル業に専念したいからと言って雇ったマネージャー以上に仕事をしてしまうのでマネージャーが「私の仕事を取らないでください!」と涙するぐらいである。アイドルとしての活動を楽しんでいるが、麗華は律子と同じようにプロデューサー業も向いていると思う。

 

「アタシにはヒロインとしての基本が足りていない気がする」

 

 本社のレストルーム内での打ち合わせの最中、唐突にりんが深刻そうな表情でそんなことを言い出したのだ。麗華が困惑した様子でこちらを見てくるが、わたしにもその発言の意図が掴めないので静かに首を横に振る。

 

 どうやらこれはりんに話を聞かないと展開が進まないタイプのようだ。それに麗華も気付いたらしく、ため息を吐きながら最近視力が悪くなってきたからと言って私生活でかけ始めるようになった眼鏡を外した。

 

「いきなり何を言い出すのよ、アンタは」

 

「うん、聞いてくれる? 麗華、ともみ」

 

 どうせ聞かないと話が進まないくせに、とは心の中で思っても言わない。

 

「映画とかドラマとかのヒロインってさ、基本的に主人公の傍にいて何かしらのイベントに遭遇するでしょ? アタシにはそういう展開が足りてないような気がするんだよね」

 

 いやそもそも主人公は誰なのよ、という麗華の言葉を無視してりんは話を進める。

 

 多分、というか十中八九りんの言う主人公はリョウのことだろう。相変らず麗華は気付いていないようだけど。

 

「おはようって朝何気なく挨拶するっていう基本すら今のアタシにはこなせていない分、もう少しそれ以外の基本はちゃんとこなしておきたいのよ」

 

「かなり寒そうね、外は」

 

「聞いてよ!」

 

 あっという間に興味を失った麗華はコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた。

 

 でも確かにわたし達は事務所所属アイドルで、リョウはフリーアイドル。別に学校が同じという訳でもないため、仕事の現場で一緒にならない限りは基本的に顔を合わせることがない。その点に関してはりんの言いたいことが分かった。

 

「詳しい話は置いておいて、つまりりんはその主人公との触れ合いというかイベントというか、そういうのが足りないって思ってる、ということでいいの?」

 

 しかしそれならば自分から行動を起こせばいいのに、と思わないでもない。そう伝えると、りんは眉根を下げてため息を吐いた。

 

「結構自分でも行動してるつもりなんだけどねー。やっぱりお互いに忙しくて自由に身動き取りづらい関係だからさー」

 

「高校生なんだから、しょうがない」

 

 ただでさえアイドルとして忙しいというのに、大学受験が間近に迫ってきている高校生なのだから忙しくないはずがない。

 

「さっきからやけに具体的な話になってるけど、何? ともみは何か知ってるの?」

 

「知らないよ」

 

 真剣に悩むりんの姿を見て麗華がこっそりとわたしにそんなことを聞いてきたのでそう答えておく。麗華が自分で気付くか、りんが自分で言いださない限り私も教えるつもりはない。基本的にアイドルの恋愛はタブー扱いだが、まだ一方的に好いているだけの状態のはずなので放置しておいても問題無い、というか現に四年間何の問題も無かった。……四年も好意を持っていたのに何の進展も無い辺り、今後の進展もそう期待できなさそうだし。

 

 というか、これだけ普通に応対しているのにりんはわたしが気付いていることに気付いていないのだろうか?

 

「スタイルには自信があるから、その点ではヒロインとして十分合格ラインだと思うんだけどなぁ……」

 

 そう言いつつムニッと自身の胸を手のひらで持ち上げるりん。こういうことをするとまた麗華が怒る……と思いきや麗華からのリアクションが無い。ようやくスルーすることが出来るようになったのかと思いきや、麗華は目を瞑って耳を手で塞いでいた。多分、スタイルという単語が出て辺りでもうどうなるのか予測していたのだろう。なんか間違った方向への無駄な成長だった。

 

「せめて同じ番組で共演とか、そういうのがあればいいんだけど最近は全然ないし……。はぁ、一緒に料理したり、一緒に洗濯物したり、そういうメインヒロインっぽいことがしたい……」

 

 それが本当にメインヒロインっぽいことなのかどうかは分からないが、要するにりんはリョウと一緒に何かしたい、ということが今回のまとめということでいいのだろう。

 

 そこでふと今まで適当に点けていたテレビに目が映った。打ち合わせの前までは適当に情報番組を見ていたが、いつの間にかその情報番組が終わり次の番組が始まっていた。

 

「そのメインヒロインっぽいことっていうのは……ああいうことってことでいいの?」

 

 そう言いながらテレビ画面を指す。そこに映っていたのは、765プロダクションのアイドルと、そして――。

 

 

 

『高槻やよいの『お料理さしすせそ』! 今日のゲストは竜宮小町の水瀬伊織ちゃん! そしてスペシャルゲストの周藤良太郎さんです!』

 

『チャーハン作るよ!』

 

『作るもの勝手に決めるな!』

 

 

 

「て、天はアタシを見放したぁぁぁ!?」

 

 ――エプロン姿でフライパンを振り回すリョウの姿に、りんは頭を抱えて叫ぶのだった。

 

「どうしてチャーハンなんだろ……」

 

「何でもいいけど、そろそろ打ち合わせ始めるわよ?」

 

 

 

 

 

 

 961プロのジュピターに雑誌の表紙を横取りされて以来表立った妨害行為は未だなく、ある程度の緊張感を保ちつつも普通に各々の仕事をこなしている今日この頃。

 

 その話をプロデューサーから聞いたのは番組収録のわずか一週間前、事務所で行われた軽い打ち合わせの時のことだった。

 

「人気ですね、やよいちゃんのお料理さしすせそ」

 

 お茶を用意する小鳥の言葉に、やよいは照れ臭そうに笑う。

 

 『高槻やよいのお料理さしすせそ』はタイトル通りの料理番組だ。やよいが毎日買い物をして家族のために料理を作っているという話を聞いたテレビ局のスタッフが持ちかけてきた番組で、日曜日にやっている『生っすか!?サンデー』よりも先に作られた765プロ初の冠タイトルである。やよいの名前が入っていて彼女がメインであることには変わりないが、毎回765プロのアイドルがゲストとして登場しているため765プロの番組と言っても過言ではない。

 

 さらに今回は記念すべき十回目の放送のスペシャルゲストとして私がゲストに呼ばれるらしい。全く、765プロでも一番の人気者は大変ね!

 

「ぬか喜びさせたみたいで悪いが、スペシャルゲストは伊織じゃないぞ?」

 

 え?

 

「念のため、と思ったがやっぱり勘違いしてたみたいだな。確かに伊織もゲスト出演するが、それとはまた別にスペシャルゲストを呼ぶ、ということだ」

 

「ノリノリだった私がバカみたいじゃない!」

 

 いや、本当に結構恥ずかしい。ちょっと考えてみれば今までの765プロのアイドルが全員普通のゲストとして登場しているにも関わらず、私だけスペシャルゲスト枠というのは確かに変なのだが。

 

「はぁ、それで? 私が通常ゲストだとして、それじゃあスペシャルゲストってのは誰なのよ? それ相応のタレントを連れてこないとこの伊織ちゃんは納得してあげないわよ」

 

「秘密……と言いたいところだけど、周藤良太郎君だよ」

 

「ふーん……え?」

 

「へぇ、良太郎君がゲストで出てくれるんですか?」

 

 思わず変な声が出てしまった私や口を開けたままポカンとしているやよいを他所に、小鳥は淹れたお茶(私の前には100%オレンジジュース)を置きながらそこまで驚いた様子が無い。

 

「ほ、本当に良太郎さんがスペシャルゲストなんですか!?」

 

 我に返ったやよいがプロデューサーに詰め寄る。正直、ここで周藤良太郎の名前が出てくるとは思わなかった。何せ765プロのアイドルが周藤良太郎と一緒に仕事するのは、私たち竜宮小町以外では美希や真が一緒に参加した結婚雑誌の撮影以来になるのだ。周藤良太郎が受験を控えていて仕事量を減らしているという話も聞くが、それ以上に周藤良太郎と一緒に仕事をするということはそれだけ敷居が高いということなのだ。

 

「まさか周藤良太郎だとは思わなかったわ……」

 

 流石の私もこれには文句を付けようがない。

 

「見知らぬ人でもないし、緊張はしないだろ」

 

「寧ろ見知った周藤良太郎だからこそ緊張するんじゃないかしら……?」

 

 私は何度か仕事をしたことがある関係でそこまでだが、やよいは本当にこれが初めての周藤良太郎との仕事になるはずだ。

 

 周藤良太郎と初めて番組で一緒になったとき、私もあずさも亜美も全員周藤良太郎が発する雰囲気に思わず呑まれてしまったことを覚えている。普段の周藤良太郎と違い、カメラや観客を前にしたときの良太郎は流石の私も思わず圧倒されてしまった。

 

 ……ただ、何だろうか。

 

「面倒くさいことにならないといいんだけど……」

 

「もう、伊織ちゃんってば……」

 

「やよいちゃんの言う通りよ、伊織ちゃん。良太郎君と一緒に仕事ができることなんて滅多にないんだから」

 

 やよいと小鳥がやんわりと咎めてくるが、どうにも嫌な予感しかしないのだ。こう、何だろか、961プロの妨害とはまた別の面倒事の予感と言うか、なんというか……。

 

 ま、まぁ大丈夫よね?

 

「ゆっくりと打ち合わせしてるところ悪いけど、伊織は今から仕事だから準備しなさーい!」

 

 ひょっこりと衝立の向こうから顔を出した律子に「はーい」と返事を返す。

 

「よし、それじゃあ収録は来週だから、しっかりな!」

 

 そのプロデューサーの言葉でその打ち合わせは終わったのだが。

 

 

 

「楽観的に考えてるところ悪いけど、あいつと番組共演って時点で面倒くさいってことは確実だからね」

 

 仕事に行く途中に真剣な表情の律子から告げられたその言葉に思わず頬が引き攣るのだった。

 

 

 




・魔王エンジェルのマネージャー
相変らずの名無し。もうそろそろちゃんとしたキャラ付けをしてあげてもいいかもしれない。

・ヒロインとしての基本
色々とあるが「主人公に一番身近な存在である」というのが第一だと思われる。
……あれ? 良太郎が毎日挨拶を交わしているのは……あ(察し)

・麗華は目を瞑って耳を手で塞いでいた。
(∩ ゚д゚)アーアーキコエナーイ

・高槻やよいの『お料理さしすせそ』
アニメだとそんなに深く触れられなかった765プロの冠番組。生っすかより先のはず。

・『チャーハン作るよ!』
※AA略



 だいぶ原作とは違うオリジナル話をやっているが、一応アニメ通りの時間軸。

 あと今回縛りプレイしてみた結果執筆に時間がかかった。

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