事件の始まりはいつだって唐突である。
「……良太郎君、ここにもいないわね」
確認したいことがあったので良太郎君を探しているのだが、見つからない。良太郎君は本番が始まってから最終調整などは一切しないタイプなので、ケータリングの場所かモニターのある控室のどちらかにいるはずなのだ。しかしケータリングの場所にも、二つある控室のどちらにも彼の姿が見えなかった。
「んー? 留美さんどうしたのー?」
志保さんと一緒にモニターでハイジョのステージを見ていた恵美さんが私に気付いて声をかけてきた。
「恵美さん、志保さん、良太郎君が何処にいるか知ってますか?」
「え? リョータローさん?」
「そういえば、さっきから姿が見えませんね」
「確かに。私たちさっきからここにいるけど、一回も顔見てないね」
二人の証言によると、少なくともトライエースがステージに立っているときから良太郎君はここには来ていないらしい。
「他にもモニターはあるからそこで見てる可能性もあるけど……」
「そうね……」
しかし少々困った。スタッフと違って良太郎君は無線を携帯していないため連絡を取る手段がない。
「す、すみません! 報告です!」
「どうしましたか?」
良太郎君なら何処に行きそうかと考えていると、スタッフが慌てた様子で控室に駆け込んできた。確か衣装管理を担当していたスタッフだったかしら。
「……は? 良太郎君と麗華さんの衣装がいきなり裂けた? 目の前で? 何もないのに?」
それはなんとも……。
「不吉ね、志保さん、恵美さん」
「留美さんやけに冷静ですけどそれは最早心霊現象ですよね!?」
「それ以前に深刻なトラブルですよね!?」
いやそれは確かにそうなんだけど、
「というか、衣装室にはお鶴さんが常駐しているはずでは?」
先ほどテスタロッサさんの衣装を直してもらったときは彼女の出番が近かったために出張ってきてもらったが、基本的に衣装室にはお鶴さんが待機してくれているはずだ。
……は? トライエースのステージの熱に当てられて、ステージが見えるところでペンライトを振ってる?
「連れ戻しなさい!」
思わず声を荒げてしまった。慌ててお鶴さんを連れ戻しに行ったスタッフさんには悪いことをしてしまった……後でちゃんと謝罪をしておこう。
「それにしても、良太郎さんの行方が分からないこの状況で良太郎さんの衣装がいきなり破れるなんて……なんだか不吉ですね」
「あー、いきなり靴紐が切れるとか、使ってるマグカップが割れるとか、そういうアレ?」
「はい、そういうアレです」
志保さんは「何事もなければいいんですけど……」と心配そうにしているが、流石に偶然だろう。現に良太郎君の衣装だけではなく麗華さんの衣装も一緒に破れているのだから。
「いや、それは逆なんじゃないですか?」
「え?」
「良太郎さんだけじゃなくて
「「………………」」
志保さんの指摘に、思わず恵美さんと共に黙ってしまった。
い、いや、いくらなんでもそれは……。
「どうしたんですかぁ? 留美さんが声を荒げるなんて、珍しいですねぇ?」
「まゆさん」
まゆさんが控室に顔を出した。傍らに橘さんもいるので、どうやらステージの準備に入る途中で私の声が聞こえたらしい。
「そうだ! まゆだったらリョータローさんが何処にいるか分かるんじゃない!?」
「っ、そうでした! 良太郎さんのことならば何でも分かるまゆさんなら!」
「まゆさんお願いっ!」
「状況が全然飲み込めないんですけど、とりあえずすっごく信頼されているということだけは分かりましたぁ」
いつも何故か良太郎君が何をしているのかマネージャーかと思うほどに把握しているまゆさんならば、今現在彼が何処にいるのか知っているに違いない。私たちの期待は一気に高まった。
「ねーねーまゆ、今良太郎さんが何処にいるのか分かる?」
「え? 良太郎さんですかぁ? えっとぉ……」
恵美さんからの問いかけに首を傾げたまゆさんだったが、人差し指を頬に当てて少し考えて……。
「……あれ?」
……まゆさんの表情が凍り付いた。
「………………」
「ま、まゆさん? どうしたんですか?」
突然黙り込んでしまったまゆさんに、隣の橘さんが心配そうに声をかける。
「……ません……」
「え?」
「わ、わかりません……りょうたろうさんがどこにいるか……」
「「「えぇ!?」」」
顔を真っ青にして震えるまゆさんに驚愕する。
「嘘でしょ!? まゆってばどうしたの!?」
「まゆさん、何があったんですか……!?」
「しっかりして! まゆさん!」
「……えっと、皆さん『普段のまゆさんならば良太郎さんの居場所を知っていて当然』っていう反応なんですね……」
一人だけ状況について来れていない橘さんが困惑しているけど私たちも困惑している。
「お、おかしいです……こ、こんな……ふだんならば、どこにいるのか、すこしでもかんじとれるはずなのに……」
「ショックの余りまゆの台詞が全部ひらがなになってる!」
「まゆさん! お気を確かに!」
「か、感じ取れるんですか……流石まゆさん……」
状況を整理しよう。まず『良太郎君の所在が不明』、そして『突然良太郎君と麗華さんの衣装が破れる』、さらに『まゆさんですら良太郎君の所在が把握できない』、以上の三点が現在の状況である。
……もしかして、何かマズいことになっているのでは……!?
というのが大体五分前の出来事。迅速に社長へと報告をしたのが大体三分前の出来事。
そして現在。
(((『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』を探せぇぇぇ!)))
手の空いているスタッフ総出で行方不明の二人の捜索活動の真っ最中である。
タイムリミットは現在ステージに立っているリップスとその次のドラスタの出番が終わるまで。それまでに二人が見つからなかった場合、このライブそのものを中断せざるを得ない状況になってしまう。
そんなことには絶対させるわけにはいかないので、全員血眼になって二人の所在を探す。
(いたか!?)
(空き部屋も調べましたがいません!)
(ライブ会場を出た可能性は!?)
(警備員に確認しましたが、その可能性は無さそうです!)
「あれ? 和久井さん、どうかしたんですか?」
「なんだかスタッフさんたちが慌ただしいような……」
最上さんと春日さんがスタッフたちの様子がおかしいことに気付いてしまったようだ。
「……実は、良太郎さんが行方知れずなんです」
「えー!? た、大変じゃないですか!?」
「いえ、そこまで大したことではありませんよ、割といつものことなので」
驚く春日さんに対して「大丈夫です」と安心させる。最上さんは「いつものことなんですね……」と苦笑している。ある意味、良太郎君の普段の行いのおかげだろう。
……良太郎君が行方知れずということは、アイドルたちにも素直に教えている。しかし『見つからなかった場合、ライブ中断となる』ということは、無駄に不安を煽る羽目になるので知らせていない。
「お二人も、もし良太郎君を見かけたら近くのスタッフに知らせてください。何処かに隠れてる可能性もありますので」
「分かりました!」
「隠れてるって……一体何したんですか良太郎さん」
どうやら最上さんは『良太郎君が何かをしてしまったため隠れている』という解釈で受け取ったらしいが、事情を説明しなければいけなくなるため否定しない。これも普段からそういう行動ばかりする良太郎君の自業自得だろう。
「ここはどうだ!?」
「未来、流石の良太郎さんもゴミ箱の中には隠れていないと思うわよ」
「そこは既に捜索済みです」
「可能性があると思われてるんだ……」
このように少しずつアイドルたちにも簡単に事情を説明しながら捜査網を広げているのだが、何故か一向に見つかる気配がない。
(なんかこう、巨乳のアイドルが胸を揺らせば出てくるんじゃないか!?)
(
おかげで大分スタッフたちも迷走を始めている。
(誰に頼む!? やはり最近『周藤良太郎の嫁』という認識が高まりつつある朝比奈りんさんか!?)
(いや俺は星井美希さんを推すね!)
(大きさで言ったら夢見りあむさんも負けてないぜ!)
ダメだ、迷走というか混乱している。
……いや待て、りんさんに所在を尋ねるというのはアリではないか? まゆさんの感知能力のようなものはないだろうが、それでも彼女ならば良太郎君の事情を知っていてもおかしくはない。
「知らないけど、別に慌てなくてもいいんじゃないかな」
「えっ」
それは予想以上にあっけらかんとした返答だった。
「……えっと、ここだけの話、良太郎君と麗華さんが見つからなかった場合、ライブが中断する危険性がありまして……」
「だから慌てる必要も心配する必要もないって言ってるの」
パイプ椅子に座り、俗に言う『タピオカチャレンジ』状態のペットボトルに刺したストローで水を吸い上げるりんさんは進行表から目線を外そうともしなかった。
「りょーくんがライブを台無しにするようなことするはずないもの。無駄に慌てて変なミスしないようにしなさいよー」
「で、ですが……」
タイムリミットは目前に迫っている。既にドラスタのチューリップは最後のサビに入っている。
このままでは……!
「留美さん、これなんの騒ぎですか?」
「……もしかして、私たち探されてた……?」
「っ!?」
背後から聞こえてきた声に振り返り、その姿を確認した私は咄嗟に無線に向かって叫んだ。普段の呼び方ではなく、昔からの呼び方で。
「先輩! 良太郎君と麗華さん、見つかりました!」
「やっぱり騒ぎになっちゃってたのね……」
「りょーくんと麗華おかえりー。何かあったの?」
「いや……まぁ……うん……色々とね」
・「わ、わかりません……りょうたろうさんがどこにいるか……」
アイデンティティ崩壊の危機。
・『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』を探せ
なんでこいつはライブ前もライブ中も探されてるんですかねぇ。
・(巨乳のアイドルが胸を揺らせば出てくるんじゃないか!?)
スタッフからの熱い信頼。
この中に一人、『嘘つき』がいる。