私にとってのアイドルのきっかけは『周藤良太郎』であり、『佐久間まゆ』だった。
「……はい、それでは今日のまとめをしますよぉ」
「は、はい! お願いします!」
私たち『スウィート・ソアー』が合同ライブで歌う楽曲についての説明を、あの『周藤良太郎』が直々にしてくれるという重大イベントの後、私は346プロの事務所の一室でまゆさんからの大切なお話を聞いていた。
「以上のことから、良太郎さんのファッションの推移から今後一ヶ月の気候の変化を予想することが出来るわけですねぇ!」
「す、すごい……!」
大切なお話というのは、勿論出張版『佐久間流周藤良太郎学』の講義である。これは私にとって
「……いやいやいやツッコミどころが多すぎるんだけど!?」
ホワイトボードの書かれたことをノートに板書していると、私の隣で講義を受けていた奈緒さんが突然ウガーッと声を荒げた。
「あら奈緒ちゃん、何かご質問ですかぁ?」
「質問とかじゃなくてね!? 良太郎さんのファッションの推移で気候の変化が分かるんじゃなくて、気候の変化に合わせて良太郎さんが服装を変えてるんじゃないの!? 因果関係が逆転してんじゃねぇかな!?」
「?」
「なんでそんな『ちょっと何言ってるのか分かりません』みたいな感じで首を傾げることが出来るんだ!? あたし何もおかしなこと言ってないだろ!?」
「奈緒五月蠅い。板書してるんだからちょっと静かにしてて」
「加蓮お前そんなキャラじゃ絶対にねぇだろ!?」
真剣にノートを取っていたもう一人の受講者である加蓮さんからも咎められてしまい、奈緒さんは「あ、あたしか……!? あたしの方がおかしいのか……!?」と頭を抱えてしまった。
「大丈夫ですよ、奈緒さん」
「あ、ありす……」
「橘です」
流石に少し不憫に思えてしまったので、せめて私だけでも優しい言葉をかけてあげよう。
「分からないことがあるっていうことは恥ずかしいことじゃありません。私もまだまだ知らないことばかりです」
「え? あ、あの……え?」
「だから私たちと一緒にこれから学んでいきましょう。『佐久間流周藤良太郎学』は奥が深いんですから」
「違う! そうじゃない!」
何が違うというのだろうか。
「全く……我が『Project:Krone』の一員だというのであればもう少し落ち着きたまえ、神谷奈緒」
「しれっと交ざってる
大声を出してついに力尽きてしまったらしい奈緒さんは机に突っ伏してしまった。
「あ、美城常務、そこ間違ってますよ」
「む……すまない橘ありす、感謝する」
「橘だけで結構です」
「う~ん充実感が凄い~! 会議室に二人きりで何やってるんだろうって思って覗き込んだら、まさかこんな有意義な時間が過ごせるとは思わなかったよ~!」
「加蓮と一緒になって部屋に入ったのが運の尽きだった……」
講義も終わって楽しそうに笑う加蓮さんとは対照的に奈緒さんは疲弊しきった様子だった。……やはり九十分の講義というのはそれなりに疲れる。
ちなみに美城常務は講義が終わり次第退室してしまった。多忙だというのにも関わらずしっかりと『佐久間流周藤良太郎学』を受講するとは、流石である。
「うふふっ、それじゃあ最後まで聞いてくれた良い子には、お姉さんからプレゼントがありますよぉ」
「えっ」
そう言いながらまゆさんがトートバッグから取り出したのは、可愛らしくラッピングされたクッキーの袋だった。
「今日の打ち合わせ終わりに一緒に食べようと思って焼いてきたものなんです。加蓮ちゃんと奈緒ちゃんも一緒に食べましょ?」
「わっ! ありがとうございます!」
「まゆさんの手作りクッキー……!」
なんと……普通ならば私たちが受講料を支払うべきだというのに、こんな特典までついてくるなんて……!
「………………」
「奈緒ちゃんもどうぞぉ。それともクッキーはお好きじゃなかったかしらぁ?」
「い、いや、甘いものは好きだよ……ただ、まゆさんのことだから『受講特典の周藤良太郎ブロマイドですよぉ』って言いだすんじゃないかと思って」
「奈緒ちゃんはそっちの方が良かったですかぁ?」
まゆさんは「当然そちらも完備してますよぉ」と微笑みながら良太郎さんのブロマイドを何枚か取り出した。
「いえ結構です……」
「「………………」」
「うふふっ、勿論お二人にはあげますよぉ」
「「ありがとうございます!」」
そんなやり取りを挟みつつ、私たちはまゆさんの手作りクッキーでしばしのティータイムを楽しむ。
「本当にまゆさんって『お嫁さんにしたいアイドル』ランキング上位って感じだよねー」
「あら、ありがとうございます加蓮ちゃん」
「……でもそれが良太郎さん以外の男性に向けられることはないんだろうなー」
「勿論ですよ奈緒ちゃん! 私の存在そのものが! 良太郎さんに捧げられるためのものなんですから!」
まゆさんはそう言って胸を張った。奈緒さんは若干引いている様子で……私も客観的に考えると、それは一種の思想とも呼べるものだということは理解している。
けれど……それこそが、私の
「……私、ずっとまゆさんに言いたいことがあったんです」
「なんですかぁ?」
八事務所合同ライブが開催されることになり、光栄にも合同ライブに参加させてもらえることになり……そして『憧れのアイドル』と共演することになり、既にそれなりの時間が経っていた。
本当はもっと早く言っておくべきだったかもしれない。それを言うタイミングは今じゃないのかもしれない。
けれど胸に秘めているわけでもないその憧れを、私は口にした。
「私、まゆさんの笑顔を見てアイドルになったんです」
「……ほぇ?」
――ねーねー! 昨日の『ウタのパレード!』見た!?
――見た見た! りょうたろう君すっごいカッコ良かった!
きっかけは、そんなクラスメイトたちの会話だった。
アニメや漫画のキャラクターから実在のアイドルへと興味が移り変わる年齢になり、クラスの女子生徒は頻繁にとあるトップアイドルの話題で盛り上がっていた。
(そんなに凄い人なのかな……)
その頃の私はまだアイドルに興味がなく、しかし何度も聞く『すどうりょうたろう』という名前のアイドルに興味が湧いた。当時の私は両親にタブレットを買ってもらったばかりで、色々なものを調べることにハマっていたのだ。
そうして調べていくうちに『周藤良太郎』が現在の日本で一番人気のトップアイドルであることを知り、その歌とダンスに魅了された。
そして『周藤良太郎』のことをもっと知りたいと検索をかけて――。
『はぁい! それでは第二回「佐久間流周藤良太郎学」のお時間ですよぉ!』
――その動画に辿り着いた。
『以上のことから、いかに良太郎さんがアイドル業界に影響を与えたかが分かりますねぇ』
『本当に素晴らしい方なんですよぉ!』
『この動画が、皆さまの良太郎さんへの理解の一助になれば幸いでぇす』
事細かに語られる『周藤良太郎』の魅力。初めは何を言っているのか分からなかったが、何度も見返している内に少しずつ内容を噛み砕けるようになり、『周藤良太郎』というアイドルの凄さを知り……。
『まゆもぉ、ほんっとうに良太郎さんのことが大好きでぇす!』
……そんな彼を熱く語る少女の笑顔が、とても輝いて見えた。
『『Dreaming night 踊りましょう』』
『『Baby,baby ここにおいで』』
『『最高の瞬間へとエスコート』』
『『準備はAll right?』』
白色のペンライトを振りながら、私はあのとき偶然聞くことになったありすちゃんの『きっかけ』のお話に思いを馳せる。
まゆさんや私が良太郎さんに憧れてアイドルになったように、ありすちゃんは『周藤良太郎』への興味から『佐久間まゆ』を知り、そして彼女の笑顔に憧れてアイドルになった。
ありすちゃんが『佐久間流周藤良太郎学』に並々ならぬ熱意を見せていたのは……要するに『推し』が『推し』のことを『推しの推し』として語ってくれることがとても嬉しかったのだろう。良太郎さんへの熱量では劣るつもりはないが、こちらに関して言えば流石に白旗を振らざるを得ない。
きっとそれは『周藤良太郎』から続くアイドルの系譜が、しっかりと次世代から次々世代へと受け継がれていく証拠なのだと……まゆさんは少しだけ涙ぐみながらも笑っていた。
『『ずっと夢見てたんだ』』
『『巡り逢えたねShall we dance!』』
最初の頃に見せていた緊張した面持ちは、既に無くなっていた。
憧れの
きっと今、とても幸せなのだろう。
『『Always 結んでゆく Link!』』
『『キラめくGood time!』』
『『超えてSweet time!』』
『『届けParty time!』』
ただ一つだけ気になったのは。
『ありすちゃんも、加蓮ちゃんも、奈緒ちゃんも』
『
少しだけ寂しそうに笑った、まゆさんの言葉だった。
・出張版『佐久間流周藤良太郎学』
第X回『周藤良太郎のファッションから考える気候変動』
・ツッコミ役奈緒緊急登板
流石にまゆとありすだけの空間だとボケが投げっぱなしジャーマンになるので……。
・追加ボケ加蓮&美城常務
ただしボケまで増し増しな模様。
・「私、まゆさんの笑顔を見てアイドルになったんです」
今週のアイ転設定。
・『笑顔をしっかりと届けてくださいね』
佐久間まゆは『気付いて』いる。
ありすちゃんはりょーいん患者であると同時に佐久間まゆに対する熱烈なファンでもあったのだよ! というスウィート・ソアー回。なんかこの二人の姉妹感が好きなんすよ……。
次回は彼らがあの曲を歌います。