「大変だ!」
「うわビックリした」
「どうしたの……?」
「なんですか急に」
事務所の一室で課題に挑んでいると、お手洗いで席を外していたハルナが何故か息を切らしながら部屋に飛び込んできた。驚いて思わずビクリと身体が飛び跳ねてしまった。
何事かと問いかけるナツキとジュンに、ハルナはわざとらしく顎の下の汗を拭う仕草をしてから「驚かずに聞いてくれ……!」と丁寧な前振りをしてからそれを口にした。
「今! この事務所には! 花嫁さんがいる!」
「……ナツキ、春名さんは何を言ってるんだと思います?」
「分からない……ハヤト」
「全然。シキは?」
「ヘイsiri! 『今この事務所に花嫁さんがいる』ってどういう意味っすか?」
『すみません、よく分かりません』
「五人満場一致でハルナの言動が意味不明という結論になりました」
「siriまで頭数に入ってんの!?」
なんだろう、読解力を求める現代文の設問かな?
「いやマジで花嫁さんがいたんだって!」
力説するハルナの様子から、どうやら本当のことらしい。
「……咲にブライダル系の仕事が来たから……衣装合わせしてる……とか……?」
「あっ、ナツキっち鋭い!」
「現実的に考えるとそうでしょうね」
男性アイドルしか所属していないこの事務所に花嫁がいると考えるならば、女性らしい咲がそういう格好をしているというのが一番可能性が高いだろう。
「つまり咲ちゃんは三人存在した……!?」
「『花嫁さんが三人いた』っていう情報を先に出してくれない?」
じゃあ違うじゃん!
「っていうか、ここであーだーこーだ話すより実際に見に行った方が早くない?」
「ハヤトっちの言う通りっす! ハルナっち、何処で見たっすか!?」
「おう! こっちだぜ!」
「ちょっと二人とも、課題終わってないですよね?」
「集中力切れちゃってるし、気分転換の小休憩ってことでいいんじゃない?」
「俺も……ちょっと気になってきた……」
「ナツキまで……」
結局五人で花嫁さんを見に行くことになった。
……花嫁さんを見に行くってどういう状況なんだよと思わなくもない。
ナツキが花嫁さんを目撃した部屋までゾロゾロと移動する。なんでもたまたまその部屋の前を通ったときにドアの隙間から三人の花嫁の姿が見えたらしい。
「ちょっと待ってください」
「ん? ジュン、どうかしたか?」
「僕たちがいた部屋からお手洗いとは反対側の部屋じゃないですか。春名さんは何してたんですか」
「……まぁいいじゃんかそういう細かい話は」
サボってたなコレは。
ジュンのジト目にハルナがわざとらしく口笛を吹いて誤魔化している内に、その花嫁さんがいたという部屋の前に辿り着いた。ハルナの話によると先ほどはドアが少し開いていたらしいが、今は閉じられている。
「よし、それじゃあコッソリ中を覗いてみるか……」
「いやそれやると本当に女性だった場合、普通に覗きにならない?」
「相手が男性だったとしても覗きは覗きですよ」
「ご尤も」
それじゃあどうするか。もういいんじゃないか。ここまで来て諦めるのか。そもそも課題を優先するべきでしょう。そんなことを話していると、ガチャリとドアが開いた。
「やあ。ようこそ、バーボンハウスへ」
「良太郎さん!?」
いつもと変わらぬ無表情なはずなのに何故か
「お前たち、覗きをするならもうちょっと静かに覗いた方がいいぞ」
「咎めるのであれば覗きの行為そのものを咎めてくれませんか?」
「いや高校生なら覗きの一つや二つ別におかしなことではないだろうし」
「え、良太郎さん、覗きしたことあるの?」
「俺じゃなくてクラスメイトが」
なんか「あのときはクルツとオノDと風間の三人が派手に暴れてなぁ……」としみじみと語りだした良太郎さんだが、覗きで派手に暴れるのは何か間違っているのでは?
とりあえず話が長くなりそうなので話の路線を戻す。
「良太郎さんがこの部屋から出てきたってことは、中にいる花嫁さんは良太郎さんが連れてきたってこと?」
「ん? なんで知ってるんだ?」
「さっきちょっとドアが開いててそこから見えた」
「あーさっきトイレ行ったときか」
良太郎さんは否定せず。どうやらハルナが言っていた『三人の花嫁』の存在は確定らしい。
「丁度いいや。他の人にも見てもらおう」
「え、ちょっ、良太郎さん!?」
中から聞こえてきた抗議の声を物ともせず、良太郎さんはドアを大きく開け放った。随分とハスキーな声の女性だなぁなんてことを考えつつ、全員で部屋の中を覗き込む。
そこにいたのは白いヴェールを被って化粧をした三人の女性。黒髪ショートの女性は恥ずかしそうに頬を染め、金髪ボブの女性は楽しそうにニコニコと笑い、茶髪ロングの女性はやれやれと苦笑していて、それはまるで『Beit』の三人がそのまま女性になったような姿で……。
「って『Beit』の三人じゃん!?」
「………………」
「ヤフー! どうどうー!? ボク、綺麗ー!?」
「あはは……こんにちは」
……ようなじゃなくてまさしく『Beit』だった。
「えっと……こ、これはどういう状況なんですか?」
俺たち全員が抱いている疑問をジュンが代わりに聞いてくれた。
「今度の合同ライブでまゆちゃんの『マイ・スイート・ハネムーン』を歌ってもらうことになったから、三人には花嫁の気持ちになってもらおうと思って」
「……言っていることが何も分かりません。ナツキ」
「分からない……ハルナ」
「これっぽっちも。ハヤト」
「全く。シキ」
「ヘイsiri! 『花嫁の気持ちになる』ってどういう意味っすか?」
『すみません、よく分かりません』
「六人満場一致で良太郎さんの言動が意味不明という結論になりました」
「全く、お前たちはまだまだステージが低いな」
「圧倒的不利な状況にも関わらずこの自信は何処から……!?」
ただ良太郎さんの言っている意味自体はよく分からないものの、出来上がった存在そのもの自体の完成度が高いことは認めざるを得なかった。
「いやマジで美人ですね、みのりさん」
「あはは……ありがとう、誉め言葉として受け取っておくよ」
「ピエールっちも凄いっす! ハイパーメガMAX美少女っすよ!」
「ありがとー!」
「恭二さんはその……ヅカ系ってやつですかね! 綺麗よりカッコいい感じが強いです!」
「無理に褒めなくてもいいよ……でも、一応ありがとう……」
服装自体はそのままなのだが、ヴェールを被るだけでここまで変わるとは。
「というか、メイクはどうしたんですか?」
「一流のアイドルっていうのはメイクも出来るもんなんだぜ」
「良太郎さんがやったの!?」
「つってもチークとリップぐらいだけどな」
いやそれでもかなり印象が変わるなぁ……。
「「「「「……って『Beit』が『マイ・スイート・ハネムーン』歌うの!?」」」」」
「いや時間差よ」
『一つずつ積み重ねてきた日記帳が証人』
『これは未来、運命、逃げられない結びつき』
『ですよね』
「……とまぁ、そんなやりとりが事務所内であったわけでして」
「なるほどな……いや良太郎の行動自体にはこれっぽっちも理解は示せねぇんだが」
なんだかバイトの三人から色気というかなんというかそういう艶みたいなものを感じる的なことを北斗と話していたら、ハイジョの冬美が315プロの事務所での出来事を教えてくれた。頼むから誰かアイツの辞書の『自由』という言葉に『何をしてもいいという意味ではありません』って注釈入れてくれ。
「良太郎君の行動を全肯定するわけじゃないが、少なくとも今ステージに立っている三人には良い経験になったってことなんじゃないかな?」
「……北斗、それ本心で言ってるか?」
「………………」
その無言の微笑みは肯定と捉えるぞ。
「ちなみにコレ、そのときの写真っす」
「あ゛あ゛あ゛美人花嫁Beitあざあああぁぁぁっす!」
「………………」
向こうから汚い声が聞こえてきたが、ピンク頭のユニットメンバー二人がコチラに向かって全力で頭を下げているので何も言わないでおいてやる。命拾いしたな。
さてここまで赤組と白組での楽曲シャッフルが続いたわけだが、その流れもここまで。
「………………」
「冬馬、どうかしたのか?」
「いや……」
先ほどから何か嫌な予感がする。良太郎と東豪寺が行方不明になったとスタッフが騒いでいたときぐらいから、俺の中の何かが『気を付けろ』『油断するな』と警鐘を鳴らしているのだ。
「ライブの進行に影響するような大きなトラブルは起きてないから、それが逆に不安ってことなのかい?」
「分かんねぇ。分かんねぇけど……」
……いや、他の奴らも聞いているこの状況であまり不安を煽るようなことは言わない方がいいか。俺には
「ほーら! ノリノリで撮らせてくれた花嫁ピエールがブーケ持ってる写真だぞー!」
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!」
「夢見ぃ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「すぐに黙らせますんで! ホントにスミマセン!」
『『『永遠の魔法をかけて』』』
『『『共に紡ぐ愛の続きを』』』
『『『Piece of Love Story』』』
・バーボンハウス
こんな古のインターネットネタをいつまで擦り続けるんだこの小説は。
・「クルツとオノDと風間の三人」
「大丈夫!? クルツさん!?」
「ヘマしちまった……」
「弱気にならないで! お尻を火傷しただけだよ!」
・Beit@花嫁姿
ちょっと皆さんBeitの集合絵をじっと見てもらいたいんですけど……段々女性に見えてきません???
このネタを涼と咲のユニットの前に使うという暴挙。明日の俺に任せよう。
さてライブ中ではありますが、次回は久しぶりに番外編になると思います。
はい、一年に一度のこのタイミングです。