「……なぁ、輝さん」
「ん? どうした冬馬」
それはとある日のレッスン終わり、一緒に飯でも食いに行くかという話になって冬馬がおススメするというカレー屋へと向かう道中のことだった。夕方のこの時間帯は人通りも多いため、トップアイドルである冬馬は勿論、最近メディアへの露出が増えてきた俺もしっかりと変装して街を歩く。
「輝さんは、俺たち『Jupiter』を目標にしてくれてるんでしたよね」
「応とも! 『Jupiter』と『周藤良太郎』は目指すべき一番星なんだからな!」
男性アイドルにとって、その二つの名前は避けて通れない最大の壁だ。
「む、聞き捨てならない」
「ん?」
不意に背後からそんな声が。どうやらたった今すれ違った少女が俺たちの会話を聞いていたらしく、振り返ってみるとそこには不満そうに頬を膨らませる金髪の美少女がいた。高校生ぐらいの背格好で、その隣には少女とよく似た金髪の美少年もいた。
「その『一番星』っていう言葉を使っていいアイドルは一人だけなんだから!」
「おい馬鹿、変なこと言って人に絡むな」
「だってお兄ちゃん!」
「いきなりスミマセン、気にしないでください」
見た目と会話の内容から兄妹と思われ、しかし腕をしっかりと絡めて仲睦まじく歩く姿はまるで恋人のようにも見えた、そんな二人。未だ納得がいかない様子の少女を宥めつつ、少年は申し訳なさそうにペコリとこちらに一礼してから去っていった。
「えっと……」
正直なことを言うと「一体なんだったんだろう」という一言に尽きる一瞬の出来事。しかし冬馬には気になる言葉が含まれていたらしい。
「……一番星、か」
「ん? もしかして、冬馬は知ってるのか? 今の子が言ってた『一番星っていう言葉を使っていいアイドル』を」
「一応知ってます。トップアイドルになってからその辺りのことは一通り教わりました」
「え、トップアイドルになるためにはアイドル史的なものが履修必須になるのか?」
「いやそういうわけではないですけど」
それはそれで興味がある。今度リョーさん辺りに時間があったら聞いてみよう」
「『
十年前となると、俺は十八か。
「その頃は法学部目指して勉強漬けだったから、アイドルなんて全然興味なかったなぁ」
「俺もそのときはまだアイドルに興味はなかったですよ。でも、ニュースになっていたことだけは覚えています」
「ニュース?」
「ドームライブ当日にアイドルがストーカーに突き落とされたって事件、聞いたことありませんか?」
「……あー! あったあった!」
アイドル事情に疎かった俺には分からないことだったが、当時それなりに売れ始めていたアイドルだったらしいので何日かニュースになっていたことは覚えている。
「全然興味がなかったからその後の顛末を知らないんだけど、そのアイドルはどうなったんだ?」
「一命は取り留めたものの、障害が残ってしまい歩けなくなってしまったそうです」
命が助かったことは喜ばしいが、アイドルとしての命はそこで絶たれてしまった……ということか。
「当時は日高舞引退直後のアイドル冬の時代、そんな中で彼女は『日高舞の後を継ぐアイドル』として期待されていた。彼女はファンたちにとっても、そして
アイドルにも俺の知らない歴史っていうのがあるんだなぁ。
「さっきの子にとっては、未だにそのアイドルこそが『一番星』だったってことか」
「そう、十年経っても慕われ愛されるほどの輝きを持った一番星。そんな一番星でも……あっけなく
「っ」
先ほど冬馬が言いかけた言葉を思い出す。
「冬馬、お前……」
まさか、は思った。現在の日本のアイドル業界の最前線を『周藤良太郎』と共に走り続けているトップアイドルがそんなことを、と思った。
「……
「………………」
夕暮れに照らされた冬馬の瞳は、少なくとも俺の問いかけを否定する色ではなかった。
「……たまに考えるんすよ。突然『日高舞』が引退したように、突然『アイ』のアイドルとしての命が絶たれたように……突然『周藤良太郎』がいなくなる日が来るんじゃないかって」
きっとリョーさんのことだから、なんの宣言も無しに突然引退することはないだろう。しかし、不慮の事故、もしくは事件に巻き込まれる可能性っていうのは誰にも否定できない。今こうして歩いている俺たちが事件は事故に巻き込まれる可能性がゼロじゃないように……未来のことは誰にも分からない。
「俺は『周藤良太郎』を超えるアイドルになる。絶対になる。でもそれは、アイツが現役でアイドルをやっているときじゃないと意味がない。良太郎から玉座を奪うことに意味があって、良太郎が席を立ったただの椅子になんか興味ないんだ。だから――」
――俺はもっと。
――もっとチカラが欲しいんです。
「………………」
言葉だけを受け取ると、それは焦っているようにも聞こえる。
けれど、冬馬の目はそんな単純なものではない。
それは『渇望』。トップアイドルという安泰の地位にいるにも関わらず、今なお牙を研ぎ澄ませ続ける戦士としての『渇望』という表現が一番適しているのだろう。
「だから……きっと俺は、輝さんが目指してくれると言ってくれた俺は、貴方に何も返すことは出来ない。ただ応援するだけになってしまった他のアイドルと違うことを言ってくれた貴方に、何も出来ない」
「冬馬……」
苦しそうに、しかし冬馬はそれを悔いる様子はない。
そんな冬馬を見て、俺は一つ思ったことがあった。
「それじゃ、冬馬は俺の目標であると同時に
「……え」
「言っただろ? 『周藤良太郎』と『Jupiter』が目標だって。目指すべき一番星だって」
こんなことを言うにはまだ力不足かもしれない。
けれど、アイドルになると決めた日に、俺は腹も括ったし覚悟も決めたんだ。
「俺だってもっともっとチカラが欲しい! アイドルとしての成長したい! トップアイドルになって『周藤良太郎』と真っ向からぶつかるんだ! だから冬馬!」
グッと拳を冬馬に向かって突き出す。
「俺はお前にだって負けないぜ!」
『『一番星まで! 駆け上がってゆこう!』』
(あぁ、そうか)
あの日、輝さんに言われて俺の心にストンと落ちてくるものがあった。
(きっとこれが、良太郎の気持ちなんだろうな)
『胸の中に生まれたヒカリ』
自分を目標にして、後を追いかけて来てくれるアイドルがいるということが、こんなにも嬉しいことだなんて。
(未だに焦りはある)
『周藤良太郎』がいなくなるその日までに俺は追いつけるのか。追い越せるのか。手が届かないのか。
(それでも)
『「もう迷わない」と決めさせてくれた』
俺たちが『勝ち逃げなんて許さない』と考えると同じように、良太郎も『勝ち逃げなんてさせるんじゃない』と考えているのだろう。
なら絶対に追いついてやるよ。
『進もう真っすぐに……明日も良い日だ!』
『『つづけ未来へ……!』』
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「もしかしてあのとき、私が『一番星』っていう言葉を使っていいアイドルは一人だけって言って絡んだ人たちってさ……」
「気のせいだろ」
「何も言ってないのに即答するってことはそういうことじゃないの!? あああ私『Jupiter』に変なこと言っちゃったの!?」
「未だに地下アイドル未満のお前のことなんて覚えてるわけないから心配するなって」
「でもおおおぉぉぉ!?」
「なになにー? 二人揃ってなんの話ー?」
「ママ……」
「なんでもないよ、母さん。今でも『一番星』っていう言葉が似あうアイドルは母さんだけだよってだけ」
・一番星の生まれ変わり
・『アイ』
ようやく本編で明言されましたが、勿論『推しの子』です。
この世界では刺されず突き落とされたことで一命を取り留めましたが、アイドルは引退せざるをえない状況に……。
・金髪の兄妹
多分書類とかに名前を漢字で書くとき大変なんだろうなって。
・焦る冬馬
薄々気付き始めている。
真面目な話になると、考えている内容と出力される内容に差異が生じてしまう……もうちょっと長くなる予定なのに何故かこんなに短く……。
大人しく緩い展開に戻ります……戻れるかな……。