――それは歓声ではなく、まるで鬨の声だった。
――それは『かつての伝説の再来』を歓喜する声であり。
――『新たなる伝説の誕生』を祝福する声でもあった。
――きっとこの先、アイドルという存在があり続ける限り。
――この日の出来事は永遠に語り継がれることだろう。
「……松田亜利沙遺作『アイドル~激動の歴史』より抜粋」
「意外と余裕ありそうですね」
「白目を剥いている姿を指して『余裕』と表現するのはどうかと思いますわ」
自分よりも混乱している人を見ると逆に落ち着けるというアレにより、周りの狂乱とは裏腹に私とニコの二人は意外と冷静だった。二人揃って(こうはなるまい……)と亜利沙の姿を反面教師にしていた。
……いや、冷静を装っているというのが正しい。今も心臓はバクバクしているし息も整っていない。ならば何故周りの人間よりも落ち着いているのかと問われれば、きっとそれは私が『アイドル』側の人間でもあるからだ。
観客たちはこれをサプライズの演出だと捉えているだろう。私も部外者のためそれを否定するための材料を持ち合わせていないが、これに関しては断言出来る。これは『日高舞』と『玲音』による乱入であると。
(あの二人は、一体何を考えていますの……!?)
きっと今頃、ステージ裏は大変なことになっているだろう。ハプニングによるセットリストの変更は私も経験があるが、それに加えていないはずのアイドル……いや、いてはいけないアイドルの出演となると、その混乱は想像したくもない。
(まさか『出演しなくてよかった』と、ほんの僅かでも思ってしまうようなことになるとは思いませんでしたわ……)
さて、この後はどうなるのだろうか……そもそも、どのようなライブ展開になる予定だったのか。
『ホント、乗り込んでくるなんていい度胸よ』
『度胸っていう点ならそれはそう』
『それじゃ、た~っぷりお返ししてあげないとね』
聞こえてきたのは『魔王』の声。現在の日本のアイドルの頂点に立つ『二人の王』が一人……いや三人。
絶対の『王』を疑う者はおらず、しかし彼女たちもまた『王』であると疑う者もいない。
『『『さぁ、狩りの時間よ』』』
その言葉に、私を含めて周りの観客全員が反応する。
『狩り』というキーワードの口上から入るこの曲は――。
『冷たい遠吠えは氷のように!』
『されど爪牙は焔のように!』
『存在をここに示せ!』
『『『氷焔の獣!』』』
アオオオォォォン!!!
――観客を含めた全員の遠吠えから始まる。
氷焔
『魔王エンジェル』
東豪寺 麗華/朝比奈 りん/三条 ともみ
『絶望の帳が心に落ちる』
『冷たく』
『暗く』
『寒い夜空』
『息を殺したケモノが一匹』
「……………」
『魔王エンジェル』のこの曲は、北沢志保にとっても特別な意味を持つ曲だった。
何故なら、これはあの『伝説の夜』を歌った曲だから。
『傷跡残るその顔貌』
『強く』
『鋭く』
『慈悲無き牙』
『深く刻まれた鮮烈な光景』
あの夜、『周藤良太郎』は私だけじゃなくて多くの人々の心と人生を焼き尽くした。
そしてこの曲は『伝説の夜』での出来事と、彼女たち『魔王エンジェル』の決意を歌った曲だと、そう明言されていた。
『冷たい遠吠えは氷のように!』
『されど爪牙は焔のように!』
一番では
何者にも屈することはない『周藤良太郎』という強き者の存在を目標に生きる者たちの物語。それは『魔王エンジェル』だけじゃなくて、私自身の歌でもあった。
『存在をここに示せ!』
『『『氷焔の獣!』』』
アオオオォォォン!!!
狼の遠吠えのようなコールが会場に響く。
『『『吼えろ! 吼えろ! ここが狩場だ!』』』
『『『喰らえ! 喰らえ! 邪魔をするな!』』』
『飢えてもいい!』
『満たされなくてもいい!』
『『『今はただ……アナタヲクラウ!』』』
「結局、タイムラインは大きく変わるわけじゃないんだね」
間奏のタイミングで、隣で一緒にモニターを見ていた恵美さんが壁に貼られた進行表に視線を向けながらポツリと呟いた。元々大まかなタイムラインを時系列順に確認することが出来るそれに、今は一部に張り紙で修正されていた。
元々は『魔王エンジェル』と『周藤良太郎』がそれぞれ歌った後に、
しかしその新曲を
「……お二人は、一体何が目的だったんでしょうね」
ちなみにその乱入者は曲が終わったと同時に再び雲隠れしてしまった。そもそも乱入前からこの会場の何処かに潜んでいたわけで、なんというか色々な意味で怖い。
「……はっ!? まさかケータリングがなんか多い気がしたのは、二人の分が含まれていたから……!?」
「多分違うと思いますよ」
先ほど本番中にも関わらずモリモリと凄い勢いでケータリングを食べているアイドルが二人ほどいたので、多分理由はそちらだと思う。
「……………」
「……それで、まゆさんはどうしてそんなにむくれてるんですか?」
「えーっと、多分リョータローさんの新曲披露の場が潰されちゃったから」
「なるほど」
真っ当な理由だった。観客たちは『あれが本来四人のための曲だ』ということを知らないので、この怒りを抱えている強火のりょーいん患者はきっとまゆさんぐらいだろう。
「……確かに気に食わないといえば気に食わないんですけどぉ」
ムスッとした表情のまま、まゆさんは「でも」と言葉を続けた。
「ちょっとだけ、ホッとしてるんです」
「え?」
「どうしてですか?」
意外な反応に驚く私と恵美さん。
「だってあの新曲の内容、まるで――」
「曲を寄こしなさいとは……」
またとんでもないことを言い出したよこの人は。
「まさか俺の曲と麗華たちの曲をそれぞれアンタたち二人で歌うってことじゃないですよね?」
「あ、それもいいね。私、『周藤良太郎』の曲なら全部完璧に歌えるよ?」
「私が『魔王エンジェル』の曲を練習してきてないから無理ね」
「セーフ! ありがとうございます!」
「どんだけ自分の曲を玲音に歌わせたくないのよ……」
「私が言ってるのは今回初披露する曲の方よ」
「それは……」
舞さんが言っているのは、
だがこの曲は『今回のライブにおいて最も重要な役割』があるため、おいそれと他人に渡すわけにはいかない。いや役割が無くても普通歌唱楽曲を渡すことはしないのだけど。そもそも楽曲を他人に渡すってなんだよ。
「舞さん、この曲は……」
「どういう思惑の曲なのかは知ってるわ。JANGO君から演出の話は聞いてるから」
「JANGOさんも内通者だったか……」
また一人、戦犯リストに名前入りである。最終的に何人になることやら。
「そう、この曲がどういう曲なのか、どういう演出で歌うのか、全部聞いてる」
舞さんは企画書をバサリと机の上に投げ出すと、それを拳でコンコンと叩いた。
「だからこそ、私はこのライブを『ありえない』って言ってるのよ」
「「……………」」
まるで叱るような舞さんの口調に、俺と麗華は口を噤む。
自分たちが今からしようとしていることを、自分たちが一番良く知っているから。
「『周藤良太郎』、『東豪寺麗華』、アンタたち――」
――このライブで『敵』として『倒されて』アイドルを『引退』するつもりでしょ。
――まるで、私たちに『首を斬れ』って言ってるみたいじゃないですかぁ。
・松田亜利沙遺作『アイドル~激動の歴史』
将来的に本当に本は出しそうな亜利沙。
・氷焔
『魔王エンジェル』のためのオリジナル楽曲。
元ネタというかモチーフは漫画『メダリスト』の没タイトル『氷焔の獣』から。
『氷の上でしか生きれない』という彼女たちが麗華たちと少しだけ被った。
・現状のセットリスト
before 『魔王エンジェル』→『周藤良太郎』→四人で新曲
after 乱入者による新曲→『魔王エンジェル』→『周藤良太郎』
・『敵』『倒されて』『引退』『首を斬れ』
今の時代を『作ってしまった』者たちのケジメ。
『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』が合同ライブを開催した真の目的。
エイプリルフールですが、一切嘘は含まれていません。