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周藤良太郎と番組を共演する上で、出演者や番組スタッフは全員とある都市伝説を耳にすることになる。
曰く、周藤良太郎が出演した番組の視聴率は5%上昇する。
単純な数字として5%を見れば小さく見える。しかし、東京都の世帯数をざっくり六百万世帯として計算するとその数は三十万。簡潔に言い換えると『周藤良太郎が出演することでその番組を視聴する世帯が三十万戸増える』という認識で間違いないだろう。
はっきり言ってこれはかなり異常な話である。高々一人のアイドルが番組に出演するというだけでそれだけの人数が普段見ている番組を変え、もしくは普段は点けていないテレビを点けるのだ。普通なら冗談と笑い飛ばして終わってしまう。
この都市伝説には『とある人物が実際に検証を行った』という補足の話が付いてくる。検証の方法は、周藤良太郎が出演したことがあるいくつかの番組の周藤良太郎が出演しなかった回の年間平均視聴率を算出し、それを周藤良太郎が出演した回の平均視聴率と比較したのだ。
その検証の結果は誰も知らないし、語られることもない。しかし、未だにその都市伝説は流れ、周藤良太郎はあらゆるテレビ局から引っ張りダコになっている。
つまりは、そういうことだった。
それを都市伝説とするには余りにも惜しく、事実とするには余りにも『恐ろしかった』のだ。
私がそれを初めて聞いたのは、いつだったのか、誰からだったのか。少なくとも周藤良太郎本人と出会う前、竜宮小町を結成するよりも前だった気がする。当時はまだ「共演することが出来た日には精々利用させてもらおう」という何とも尊大なことを考えていたような気がする。もちろん流石に今はそのようなことを考えていないが。
では、今はどうなのか。今こうしてやよいの冠番組にゲストとして出演させてもらい、スペシャルゲストの周藤良太郎と共演することになった。
そんな今の私の心境は――。
「次に、フライパンに切った豚肉と塩・ごま油・お酒・こしょうを入れてよく揉みこみます!」
「ここに入れるのはごま油でもいいんですけど……でも俺は、オリーブ――」
「それ以上はやめなさい!」
――もう視聴率とかどうでもいいから、早く帰りたかった。
「揉みこみ終わったら火を点けて、中火で炒めます!」
やよいが慣れた手つきで菜箸を使って豚肉を炒める。良太郎君とのやり取りで早くも辟易とし始めた伊織を余所に、やよいはいつも以上に楽しそうな様子だった。恐らくなのだが、本人は
「さらにここに白ネギ・にんにく・しょうがを加えて炒めまーす!」
フライパンを手にするやよいの両脇から良太郎君と伊織がそれらを加える。しばらくすると、スタジオ内にごま油のいい匂いが漂い始めた。
「いい匂いがしてきたところで、水切りしてあったお豆腐を加えます! 伊織ちゃん、お願い」
「え? このまま入れるの?」
豆腐一丁を両手に持って戸惑う伊織。
「違うよ伊織ちゃん、ちゃんと切って入れるよ」
「そ、そうよね。それじゃあまな板の上で……」
「あ、伊織ちゃん。お豆腐は手のひらの上で切った方がいいよ。まな板だと下が固くて崩れちゃうし、フライパンに運ぶとき大変だし」
「えっ!? て、手のひらの上で!?」
やよいの言葉にぎょっとする伊織。なるほど、豆腐を手のひらの上で切るのにはそういう意味があったのか。
「そ、それ大丈夫なの? 手を切っちゃったり……」
「大丈夫だよ伊織ちゃん! 包丁は押したり引いたりしないと切れないから、ゆっくり上から優しく切れば怪我しないから」
「で、でも……」
「伊織ちゃん、怖いなら俺が代わりにやろうか?」
やよいに笑顔で大丈夫と念を押されても踏ん切りがつかない伊織に、良太郎君がそう申し出た。
「え? い、いいの……?」
「もちろん。怖いのに無理することないよ」
そう言いつつ包丁を手に取る良太郎君に、小声で「ありがとう」と言いながらわずかに頬を赤くする伊織。これは怖がっていたことに対するテレなのか、良太郎君の優しさに対する揺れ動く心なのか。
「それじゃあ切るから、そのまま手を動かさないでねー」
「どうせそんなこったろうと思ったわよ! 自分で持て!」
……多分、怒りによる血圧上昇だろう。
ちなみに豆腐は二人のやり取りを苦笑いしながら聞いていたやよいが自分で切って入れていた。
「お豆腐を加えてひと混ぜしたら火を止めます!」
良太郎君と伊織が一通りのやり取りを終えたところでやよいが料理を進める。なんというか、この僅かな時間でやよいが大分成長したような気がするな……スルースキルというか、状況対応力というか。
「具材をフライパンの端に寄せて、空いたところに水で溶いた片栗粉・砂糖・醤油・お味噌を入れます!」
「あれ? 混ぜないの?」
「はい、まだ混ぜません! ここでもう一度火を点けて、お水がふつふつと沸いてきてから混ぜます!」
しばらくすると調味料が混ざった水が沸いてきたので、再び菜箸を使って最初からフライパンに入っていた具材と混ぜ合わせる。
「この状態で三分ほど煮ます! この間にニラを一口大に切っちゃいます!」
先ほどは良太郎君が具材を切ったということで、今度は伊織が包丁を持つことになった。良太郎君ほど手際はよくないが、それでも包丁を持つ手の基本はしっかりとしていた。
「うん! 伊織ちゃんも包丁使うの上手だよ!」
「あ、ありがとう」
やよいに褒められて素直に照れる伊織。良太郎君は茶々を入れず一歩引いて二人の絵に入らないような立ち位置にいた。冗談が多い彼だが、流石にテレビ慣れしているだけあって引際(?)は弁えているといったところか。
「三分経ちました! ニラとお酢を加えてひと混ぜして、火を消したら完成です!」
「「「完成! 豆板醤が苦手な人でも大丈夫! 辛くない麻婆豆腐!」」」
『お好みでラー油を入れても美味しいですよ!』
『――って辛ぁあぁぁぁ!?』
『あ、ごめん、それ俺が自分用にラー油多めに入れた奴だった』
「いいなー、いおりんにやよいっち。りょーにぃの手料理が食べれてさー」
「真美、アンタはあれを見て尚それを言うつもり……!?」
お昼の事務所のテレビの前。周藤良太郎が出演した回の放送ということで、事務所にいた全員で『高槻やよいのお料理さしすせそ』を鑑賞していたのだが、必死に水を飲む画面の中の私を見た真美の感想に、思わずその無防備な後頭部を引っ叩きたくなった。
「え、えっと、やよいは楽しかった?」
「はい! 伊織ちゃんや良太郎さんと一緒にお料理が出来てとっても楽しかったです!」
一方でやよいは春香からの質問に対して笑顔で頷いていた。本当に楽しそうな表情に「やよいが楽しかったなら、良しとしよう」と心の中で折り合いを付ける。
「それで? 同じゲストとして良太郎さんと共演した感想は?」
「……そうね」
腕にしたうさちゃんの腕を動かしながら考える。
撮影の最中は本当に振り回されてばかりで必死だったが改めて考えると、周藤良太郎はあれだけ色々とやっていたのにも関わらずしっかりと『番組』のことを考えていたのだと思う。最初の野球関連のトークも含めしっかりと時間内に収まっていたし、自分だけじゃなくて私達も含めたカメラの位置に対する立ち位置をしっかりと意識しているように見えた。
自分だけでなく他の共演者のことも考えて動くことが出来る、という点で考えると流石という一言に尽きる。
「……歌やダンスだけじゃなくて、バラエティーでも周藤良太郎はトップアイドルだった、とだけ言っておくわ」
「おぉ! 伊織にしては高評価じゃないか!」
「個人的には二度とバラエティーで共演したくないけどね」
「は、ははは……」
(何となく)周藤良太郎で苦労している(だろうと思われる)響は私の気持ちが分かったようで、私の顔を見て苦笑いをしていた。
確かに得るものも多かったが、それ以上に疲れた撮影だった、というのが今回のまとめである。
……ただ一つ。
(……あれは、何だったのかしら)
思い出すのは、番組収録終了後。事務所に帰る私たちに向かって周藤良太郎が告げた言葉。『それ』は、別に何か他の意味があるのではないかとか、どういう意味の言葉なのかと疑問に思う余地もない、ただただ普通の激励の言葉……だと思う。
しかし、何故か気になったのだ。
「あれ、良太郎さん?」
「え?」
春香の言葉に思考を止めて顔を上げる。
春香の視線の先、先ほどまで『高槻やよいのお料理さしすせそ』を見ていたテレビ画面には周藤良太郎の姿があった。どうやらお昼の情報番組が始まったようなのだが……。
「ど、どうしてりょーにぃが、ジュピターと一緒に映ってるの?」
真美の困惑の声。そこに映っているのは、ジュピターの三人と一緒に報道陣の前に並び立つ周藤良太郎の姿だった。しかもただ横に立っているのではなく、天ヶ瀬冬馬の横、つまりジュピターのセンターの真横に立っているのだ。それは、まるで周藤良太郎がジュピターの一員になったかのようで――。
『周藤良太郎は、961プロダクション所属のアイドルグループ『Jupiter』と期間限定のコラボユニットを結成することをここに宣言します』
――その周藤良太郎の言葉に、その場にいた全員が沈黙した。
春香も、響も、真美も、やよいも。……そして、私も。
反応することが出来ず、身動きすることが出来ず。
ただただ、矢継ぎ早に質問を受ける周藤良太郎とジュピターの姿が映し出されるテレビ画面から視線を外すことが出来なかった。
「……伊織、ちゃん……?」
やよいの呆然とした様子の声と共に私の服の裾が引っ張られる。多分、無意識的に一番近くにいた私の名前が口に出たのだろう。
しかし、私はそれに反応することが出来なかった。
その時私の頭の中を占めていたのは。
どうしてこんなことを、という困惑ではなく。
どういうことだ、という怒りでもなく。
――俺は、いつだってアイドルの味方で、君たちの味方だ。
――どうかそのことを、覚えておいてほしい。
あの時、周藤良太郎から言われたその言葉が、何度も何度も
・視聴率5%
本当に凄いのかどうかは知らない。教えてエロい人!
・「でも僕は、オリーブ――」
タンタンタンタンタンタンタンタンタン ツクテーン!
・「まな板だと下が固くて崩れちゃうし」
「いいの、高槻さんに言われるんだったら我慢できるから」床ドン
・『――って辛ぁあぁぁぁ!?』
だんだんと芸人気質に近づきつつあるいおりん。
大丈夫! 『どんな仕事が来ても伊織ならやり抜く』から!
イヤッフー! 次回からまたシリアスだ!(白目)