『いつまでも なんどでも 笑おう』
『未来まで 照らすくらい』
「……はぁ」
事務所のラウンジの窓から寒空を見上げつつため息が零れてしまった。
なんというかやり切った感じ。雲を眺めながら「あ、なんかあの雲、コスモッグに似てる」なんてことを考えてしまうぐらい気が抜けまくっていた。不思議な飴使ってソルガレオに進化させなきゃ。
「あの……大丈夫ですか……?」
そんな腑抜けきっている俺を心配した美優さんが声をかけてくれた。
「大丈夫です、おそらく相手のデッキにオドリドリはいません」
「なんの話ですか……?」
ダメだ、脳を介さずに言葉が口から出てくる。今日は寒かったので美優さんが体のラインが分かりづらい厚着をしてきてくれて助かった。これでリブニットセーターなんて着てた日にはどんな言葉が俺の口から出ていたことか。
「きっとお疲れなんですね……今日はゆっくりしてください……」
「
「今なんと……?」
美優さんからコーヒーのマグカップを受け取る。……これカフェラテだ。焦燥しきったこの体に
「……なんだか、あっという間でしたね……」
「……ですね」
自身のマグカップを手に俺の対面に腰掛けた美優さんと共に、目を閉じて今日までの日々を振り返る。
「年末年始は死闘だった……」
「私、本気で『仕事に殺される』って思いました……」
本日の日付は一月十日。絶賛
「アイドルになって九回目の年末年始ですけど、過去一の忙しさでしたよホント」
「師走の一般企業とは比べ物にならないぐらいの激務でした……」
「美優さんも年末年始ぐらいは事務員との兼任じゃなくて、アイドル業に専念してもよかったんじゃないですか?」
「その場合、
まさか美優さんの口からそんなハリウッド映画みたいな言い回しが出てくるとは思わなかった。きっと彼女も疲れが抜けきっていないのだろう。
「今頃何処のアイドル事務所もこんな感じになってるんだろうなぁ」
どこもかしこも揃いも揃ってアイドル特集ばかり企画し
「良太郎君ほど燃え尽きてる人はそうそういないでしょうけど……多分、魔王エンジェルや765プロの皆さんも同じようなことになっていそうですね……」
「少なくともりんとはここ数日直接顔を合わせてません」
全てのアイドルが多忙になると、よほどのことがない限り『周藤良太郎』と『魔王エンジェル』の予定を同時に押さえることが出来るところなんて存在しないのである。
そしてほぼ帰宅出来ないレベルの忙しさのため、半同棲中のりんや居候の志希どころか家族である兄貴の顔すらまともに見ることが出来ていない。「せめて家にいるときぐらいちゃんとご飯を食べなきゃダメ!」と帰宅するたびにしっかりとした食事を用意してくれる母上の優しさが有難すぎた。
「年明けて五日目ぐらいに、肉じゃが食べて涙が止まらなくなったのもいい思い出です」
「流石にそれは……って言おうと思ったのに、凄くよく分かってしまいました……」
美優さんは「私は……一人暮らしなので……」とキラリと光る目元を指で拭う。ぜひ隣の部屋に住んでいる仁奈ちゃんに癒されてほしい。
しかし世間でのお正月ムードが薄れてきたことにより、ようやく俺たちアイドルも激務から解放されてこうやって少しだけ落ち着く時間が出来たわけである
「……まぁ、また明日からクソ忙しいことには変わりないんですけどね」
「せめて……せめて今日だけでも心穏やかに過ごしてください……!」
目を伏せて悲痛な面持ちの美優さんが口を手で覆う。果たして今の俺は一体どんな目をしているのだろうか。
「ふぅ……」
カフェラテを一口飲んでまた一息。お空が青いなぁ……。
「……こんなに忙しくなったのは、間違いなくアレが原因なんですよね」
「ですねぇ」
美優さんと共にラウンジの一角に視線を向ける。
事務所アイドル全員の憩いの場として設けられたラウンジには、去年の暮れから一枚の写真が掲げられていた。大きく引き延ばされて額縁に飾られたその写真は、総勢三十四人のアイドルの集合写真。
あの八事務所合同ライブから、まだ一ヶ月も経っていないという事実に驚きである。
「体感的にはもう数ヶ月ぐらい経ったような気がしますよ」
「『きっと数ヶ月はこのライブのことを想い続けるんだろうな』って思ってましたけど……まさかその一週間後からそんな感傷に浸る暇も無くなるなんて思いませんでした……」
おかしい……普通はさ、こうやってコーヒー飲みながら「あの合同ライブからもう一ヶ月が経ったんですね……」みたいになるはずなんだよ……あの日の感動を忘れることは出来ないが、しかしその感動が薄まるぐらいには色々ありすぎたんだ……。
クリスマスイベント、紅白歌合戦、カウントダウンライブ、新春イベント、その他エトセトラエトセトラ。
「合同ライブに出演したアイドルは例外なく、色々なところに声がかかったみたいですね」
「そういう点では目論見通りだったんですけどねぇ」
特に一ヶ月前までは『まぁそれなりに活動してるみたいだけど一線級のアイドルとは言いづらいよね』ぐらいの評価だった315プロや310プロの上がり幅が凄まじく、そのおかげで『なのはが全然家にいない』と恭也や美由希ちゃんから文句を言われてしまうほど。なお『今テレビ点けたらなのはちゃん映ってるぞ』ってメッセージを返したら無言で抜き身の刃物の画像が送り付けられる始末。普通に俺の責任ではないのでシンプルな脅迫やめてもらっていいですか……?
そんな中でも283プロダクション唯一のアイドルにして唯一の出演となった美琴の躍進が凄い。あの志保ちゃんと肩を並べて引けを取らないパフォーマンスを披露した結果、各メディアは『無名の新人アイドル爆誕!』だの『周藤良太郎世代最後の刺客!』だのなんだのこぞって取り上げた。
まぁ別に? 俺たちは分かってたけどね? 人気が出ないわけないけどね? と俺と麗華とりんとともみとりっちゃんの同期五人組が揃って「見なよ……オレの美琴を……」と後方理解者面してしまったのもやむなしである。
一方、メディアが取り上げようと思っても一切取り上げることが出来ないアイドルも存在した。
「日高舞さんにも多くのメディア出演依頼が殺到したと聞きましたけど……」
「あの人『今度こそ本当に引退したからもう知りませーん^^』とか言って完全に引きこもりやがって……」
元旦、これ見よがしに愛ちゃんと一緒にお節を食べる画像を送ってきやがって。愛ちゃんはちゃんとお正月休み取れてよかったですねぇ! 二度と業界で顔を合わさないことが確定してしまったからやり返す機会が一生訪れないの地味に腹立つぅ!
……それでも、これで今度こそ本当に、文句なしに『冬』が終わったのだ。
現在進行形でアイドル業界が活発になっているのがその証だ。今やどのテレビ番組を観てもアイドルが映るし、大小問わず様々なステージでイベントが行われ、アイドル事務所やアイドル養成校がその数を増やしている。
アイドルや事務所の急激な増加に伴う諸問題を無視することは出来ないが……それでも、ようやくここまで辿り着くことが出来た。
断言できる。
今は『アイドル春の時代』だ。
「……やっぱり、少しやり切った感が出ちゃってるのかもしれません」
まだ二十二歳だというのに、何故こんなにも人生のロスタイム感が出てしまうのだろうか。いや転生してるから現在の人生全てが余生みたいなところあるけどさ。
「ふふっ……本当にお疲れ様です」
やがてカフェラテも飲み終わり、再びまったりとした時間を過ごす。今日は夜まで仕事がないため、ここでボーっと過ごさせてもらうことにしよう。
「あ、そうでした。今日は良太郎君の予定が夜まで空いているとのことなので、各事務所の皆さんが直接新年の挨拶がしたいそうで……何人かがこちらの事務所に見えられるそうです」
「分かりました」
俺のマグカップを一緒に片付けてくれる美優さんにお礼を言って見送る。
様々な現場で色々なアイドルたちに顔を合わせたとはいえ、ゆっくり落ち着いて話をする機会はついぞなかった。なんというか年末は「良いお年を!」「はい良いお年を!」みたいな会話しかしてなかったし、年始も「あけおめです!」「はいあけおめ!」みたいな会話しかしてなかった。
折角だし、渡しそびれ続けたお年玉も用意しておいてあげよう。
「……これアレだな」
色々な人たちが
「完全にバカ殿様スタイルだな」
確か撮影で使った丁髷があったはず……。
・なんどでも笑おう
聞くたびに泣くアイマス十五周年記念曲。
・不思議な飴使ってソルガレオに進化
・オドリドリ
新パック出るたびに新しいデッキ組むけど、結局最後はカイリューに戻ってくるのが自分のポケポケ事情。
・甘味
あまあじ派なので私は賢い。
・「年末年始は死闘だった……」
お忘れの方やそもそも気付いていなかった方が大半でしょうが、実は合同ライブってクリスマス前の出来事なんすよ。
・「見なよ……オレの美琴を……」
まさかアニメで心の声の方が音声化するとは思わなかった。
・バカ殿様スタイル
「爺よ~暇だな~」から始まるアレ。
約十六ヶ月続いた合同ライブ編のエピローグになります。……意外と感慨深いものがあるなぁ……。