Lesson455 アイドル春の時代
もしも自分に翼が生えていたら。
そんな妄想をしたことがない人は、きっといない。『空』や『自分にないもの』への憧れは万人共通だと思っている。
あの鳥のように、自分の翼で空を飛ぶことが出来たならば。
あの鳥のように、自由に空を飛ぶことが出来たならば。
『まず初めに。今回のコンテスト開催にあたりご協力いただいた関係者様方に感謝を述べさせてください。ありがとうございます』
マイクを持ち人前で喋ることには慣れっこである。
『自分も出演させていただいたオーディション番組「ゴールデンエイジ」は形を変え、今回から「Wonder.Idol.Nova.Grandprix」と名を改めることになりました。けれど、そこに込められた願いと思いを変えるつもりはありません』
ただ、緊張がないわけではない。
『略称を「
これは、きっと俺の野望への新たな一歩になる。
『遅くなりましたが、改めて自己紹介させていただきます』
眩いばかりのフラッシュが焚かれる中、俺は胸を張った。
『「Wonder.Idol.Nova.Grandprix」審査委員長を務めさせていただきます、123プロダクション所属「周藤良太郎」です』
新しい時代に、どうか羽ばたいてくれ。まだ見ぬ
――時は、一ヶ月ほど前に遡る。
『……もう、僕たちには見ていることしか出来ないのか……?』
『……いや、まだあるみたいですよ』
声に悔しさを滲ませる薫さんに向かって声をかける。
『っ! それは……!』
『これを手にしていると、分かるんですよ。俺たちでも
『……僕にも
俺が手にしたものと同じものを手に、薫さんは尋ねてくる。
『変わりましょう。彼女たちのために……俺たちが、変わるんです!』
『……そうだな。今度は、僕たちが彼女たちに報いる番だ』
俺と薫さんは、ともに叫ぶ。
『『プリファイ! ハッピー・エンゲージ!』』
急な路線変更&魔法少女化かと思った? 残念! アニメのアフレコでした!
「章の頭にコレをやるのも、まさか五年ぶりになるとは思わなかった……」
「何訳の分からないことを言っているんだ君は」
休憩となり、収録ブースを出て廊下のベンチでペットボトルのお茶を飲んでいると隣に薫さんが座って来た。
今回、俺と薫さんのお仕事は魔法少女アニメ『プリファイ!』の劇場作品へのゲスト声優としての参加である。
今収録していたシーンは、作中におけるラストバトル。ヒロイン二人のピンチに劇場版特有の不思議パワーが周囲に広がり、ただ守られるだけの傍観者だった一般人男性二人が彼女たちと同じ『魔法少女』のパワーで変身するというシーンだ。
昨今行き過ぎたジェンダーレスが色々と問題視されているが、個人的にはこういう形ならば大歓迎の胸熱シーン。男の子だって魔法少女になっていいのである。
これにより俺はニチアサ三大ヒーローの内『覆面ライダー』と『魔法少女』の二つに変身することが出来た。残りの一つである『戦隊ヒーロー』へのオファーを是非お待ちしております。
「まさか君ほど多忙なアイドルが女児アニメにゲスト参加するとは思わなかったよ」
メガネをクイッと上げつつ、薫さんは「女児アニメを誹謗するつもりはないが」と前置きをしてから意外そうにそんなことを言ってきた。
「逆です。色々なところから引っ張りだこになって多忙になるレベルのアイドルだからこそ、こうして自分の好きな仕事のオファーを選べるんですよ」
『周藤良太郎』が
勿論ドラマなどに一切出演していないわけではないが、俺は『主戦場をステージの上』と決めたアイドルなので最近はドラマやアニメでは出来る限り主演にならないようにしている。俺の個人的なこだわり。
「寧ろ俺よりも薫さんじゃないですか?」
「む……」
「薫さんの名前も色々なアニメで見かけるようになりましたね。男性アイドルが主演声優を務めた上で主題歌まで歌うなんて、俺以外では初めてなんじゃないですか?」
「歌やダンス以外のアイドルのお仕事、楽しんでいただけているようで何よりです」
「……楽しんでいるわけではない」
そういうことをブスッとした表情で言う人が楽しんでないわけないんだよなぁ。
ちなみに歌やダンス以外の仕事、という点で言えば彼のユニットメンバーもまた同様だった。
「輝さんはついにドラマの初主演でしたっけ」
346プロの
「一方の翼さんは……」
765プロの貴音ちゃんと未来ちゃんと共演するバラエティー番組と言えば詳細を語らずとも分かってもらえると思うが、念のため説明するとデカ盛りチャレンジ企画である。ツッコミ役が不在のように見られるが、何故か346プロから選出された白雪千夜ちゃんが進行役として共演しているため安心である。本当になんで?
薫さんたちだけじゃない。そして315プロだけじゃない。様々な事務所の様々なアイドルたちの姿を様々な現場で見かけることが出来る。
「あっ」
そう、こんな風に突然アイドルとエンカウントすることはザラなのである。
「覇王! そしてアスクレピオスよ! 闇に飲まれよ!」
薫さんと共に視線をそちらに向けると、先ほどチラッと回想した346プロのゴスロリ美少女こと神崎蘭子ちゃんがポーズを決めていた。
「……えっと、確か蘭子ちゃんは現在十七歳……」
「挨拶を返すよりも先に冷静に人の年齢を数えないでもらえますかぁ!?」
「じょーだん。やみのまー」
現役JKとなっても未だに闇の力に囚われたままの彼女ではあるが、年々そのキャラが剥がれやすくなっているような気がする。そして年々フリルで誤魔化せないぐらい胸も大きくなっているような気がする。いやこっちは気がするじゃなくて確定だな。デカい。
「……………」
「……闇に飲まれよ」
蘭子ちゃんがチラリと視線を向けると、薫さんはフイッと視線を逸らしつつもしっかりと挨拶を返していた。途端にパアッと破顔する蘭子ちゃん。年々キュート系のキャラになっていくなぁ……こっちは元からか。
「汝らは生を司る言霊の儀式をなさんがためにここに来たのだな?(訳:お二人は吹替のお仕事でここへ?)」
「うむ。若き魔女は銀幕にて踊り、我らは役を与えられし者(訳:劇場版『魔法少女プリファイ』のゲスト声優として出演するんだ)」
「二人して未知の言語で話すのをやめてくれないか?」
うーむ、どうやら薫さんはまだこのレベルに辿り着けていないらしい。
「えっとですね……」
標準語に戻ってまで律儀に解説をしようとする蘭子ちゃんと、眉根を寄せつつも彼女の言葉を理解しようとする姿勢を見せる薫さんを横目に、俺は廊下の窓へと視線を向ける。
窓の向こう、青空を背景に桃色の花が宙を舞う。
「……春だなぁ」
八事務所合同ライブから、三ヶ月が経った。
たった三ヶ月。学生的には冬休みから春休みまでの、ほんの僅かな期間。
その僅かな期間の内に、日本のアイドル業界は大きく変貌した。何か法律が変わったわけでも制度が出来たわけでもない。大きなイベントが開催されたわけでもないし、誰かが国会議員になったとかそういうわけでもない。
しかし確実にアイドルという存在そのものに対する意識と認識が変わったのだ。
かつて『日高舞』という不世出のアイドルがいた。彼女はアイドルという存在がもたらす無限大の可能性を人々に見せつけ、しかし僅か三年という短い期間で表舞台を去った。
後に残されたのは『誰も日高舞のようなアイドルにはなれない』という事実だった。自分自身に失望するようになり、周囲の人間も身勝手に期待しなくなった。アイドルの世界は長い『冬』に閉ざされた。
それは『周藤良太郎』という存在が現れても変わることはなかった。『周藤良太郎』というたった一つの篝火に手をかざすだけでは、何も解決することはない。
けれど。
――今ここで!
――全てを焼き払う!
あの日、彼ら彼女らの熱が全てを溶かしてくれた。
『日高舞』や『周藤良太郎』のようになれなくてもいいのだと。それだけがアイドルじゃないのだと。誰もがアイドルに夢を見ていいのだと。アイドルを目指した先にこんな輝かしいステージが待っているのだと。アイドルとはこんなにも心を満たすことが出来るのだと。
『アイドルになりたい』という願いを「現実的ではない」「夢を見るな」と否定される時代は過ぎた。冬は過ぎ去った。
――『アイドル春の時代』がやって来たのだ。
・『Wonder.Idol.Nova.Grandprix』
シャニマスにおける新人アイドルの登竜門。
アイ転世界ではゴールデンエイジという似たようなポジションがあったので、ゴソッと入れ替えることにしました。
・良太郎@審査委員長
今回のストーリーへの絡ませ方その1。
・プリファイ
ウマ娘世界におけるプリキュア的なアレでプリンセスファイターの略。
・『『プリファイ! ハッピー・エンゲージ!』』
イメージ的にはわんぷり劇場版で悟君と大福が変身したアレ。
・残念!
まさかのミリマス編冒頭以来の劇中劇ネタでした。
・柊志乃
シンデレラガールズの飲酒お姉さん(31)。
他事務所Pには飲酒キャラは楓さんと思われているでしょうが、真の酒飲みは彼女。
私服のオフショルダーがセクシーすぎる。
・『酒税課の女』
デレマスAfter20の劇中劇。志乃さんは主人公の姉として出演しているため、志乃さんが酒税課の女というわけではない。
・何故か346プロから選出された白雪千夜ちゃん
Xで某氏が書いていたシリーズが印象に残りすぎてしまった結果。
・JKらんらん
そりゃもう成長してますよ(意味深)
全ブランド横断作品を目指している本作で、ついに5ブランド目となるシャイニーカラーズにまで辿り着くことが出来ました! 長かった! マジで!
色々と設定の辻褄を合わせるのに苦労しましたが、いい感じにまとまったので本編の執筆を再開させていただいた次第です。
それでは皆様、また長らくお付き合いいただきます!