桜が舞う公園で、少女が一人、空を見上げていた。
学校の制服を着たごく普通の少女が、空を見上げ、歌っていた。
誰かに聞かせるためではない歌声。きっとその声は風に流されて何処にも届かない。誰の耳にも届かない。
そんな消えゆくだけの歌声を、俺だけが聞いていた。
彼女は誰のために歌っているのだろうか。何のために歌っているのだろうか。
それはほんの気紛れだった。
「あの」
俺は、彼女に声をかけた。
「で?」
「ビックリするぐらい普通に逃げられました」
「うーん残念ながら当然の反応」
今日はいつもの集会の日。集合時間よりも少しだけ早く集まった一部のメンバーに昨日の出来事を話したらみのりさんに苦笑された。
「でもありさ的にはちょっとだけ意外ですね」
やはりこの無表情は要警戒対象かぁと溜息を吐いていると、亜利沙ちゃんは「むう」と唸りながら首を捻っていた。
「というと?」
「これまでリョーさんが起こしてきたイベント的に、そういうタイミングで逃げられるっていうことあまりなかったんじゃないですか?」
「あー言われてみれば確かに。リョー君が起こすイベントってそういうイメージあるよね」
「イベントってゆーな」
どうやら亜利沙ちゃんは俺に対して妙なイメージを持っているらしい。指パチンってして「それだ」じゃないのよ、みのりさん。
「それにしても、リョーさんがわざわざ声をかけるってことは……」
「もしかして、またアイドルの才能を見出したりしたのかな?」
とても興味津々な様子で尋ねてくる亜利沙ちゃんとみのりさん。
俺を含め集会のメンバーはアイドルが増えることに対して大変好意的だった。アイドルの飽和なんて問題も『そんなもの自分たちが沢山買え支えればいいんだよ!』と言い切るアイドル狂いにとっては、新たなアイドルの登場に祝福する以外の選択肢を持ち合わせていないのである。
だから今回俺が公園で出会った少女のことが大変気になっているようで、あわよくばデビュー前から一足早く知っていたいというアイドルオタクの欲望が見え隠れしているが……残念ながらその期待には応えることが出来そうにない。
「いや、率直な感想を言わせてもらうなら」
「「言わせてもらうなら?」」
「……『歌ってるなぁ』と」
「「それは感想じゃなくて状況説明!」」
いや本当にそれぐらいしか思わなかったのである。
「なんとなく不思議な感覚というか、目を引くような何かは確かにあったはずなんだ」
そうじゃなければわざわざ声なんてかけない。
「でもそれが『アイドル』としてどうだったかというと……」
正直首を傾げざるをえない。
「それじゃあどうしてリョー君はその子に声をかけようと思ったんだろうね」
「もしかして、どなたか知り合いのアイドルちゃんの妹さんだとか……?」
「二人とも、俺の最近の出来事に対して無理やり意味を持たせなくていいんだよ」
「逆にそれでいいんですか主人公」
「君が動かないと話が進まないんだよ主人公」
「やかましいわ」
そんな対して意味のない会話をしていると、追加の集会メンバーが駅の入り口に姿を現した。キョロキョロと軽く周りを見渡すと、俺たちに気が付いた様子でパタパタと小走りでやって来る。
「お待たせしましたー!」
「待ってないよ」
「まだ集合時間前です!」
「久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです!」
彼女は最近様々な事情で顔を合わせることが出来なかった。ゆえにこの言葉を直接かけるのは初めてであり、俺たちは万感の思いを込めて、それでいて周囲の人たちには聞こえないように小声で、彼女に向かってその言葉を口にする。
「「「アイドルデビューおめでとう、結華ちゃん」」」
「えへへ……ありがとうございます!」
先月アイドルデビューを果たした結華ちゃんが、照れくさそうに笑った。
「いや本当に結華ちゃんまでもがデビューするなんてね……」
「ありさは信じていましたよ! えぇ! 結華ちゃんならば絶対になれるって!」
「寧ろなれなきゃおかしい」
「あはは、ありがとうございます」
メンバーが揃ったところでいつものカラオケへ移動。ちなみに今回りあむちゃんはお仕事のため不参加である。残念ながら全員アイドルになってしまった以上、一番人数が揃うタイミングで集まるしかないのである。
サンキューフォーエバーりあむちゃん、君のことは忘れない。
「一応高校を卒業したらちょっと考えてみようかな……って思ってた矢先だったんだよね、プロデューサーに声をかけられたのが」
「283プロのプロデューサーさんだっけ」
我らが集会メンバー最後の一人をスカウトしたのは、合同ライブの美琴のステージの影響で現在注目度が上がり続けている283プロダクション。美琴から『プロデューサーがスカウトもオーディションも頑張ってる』という話は聞いていたが、そのプロデューサーが見事我らが結華ちゃんを釣り上げたらしい。
「見る目あるな、俺たちの結華ちゃんを見つけるなんて」
「あぁ、俺たちの結華ちゃんだもんね」
「ありさたちの結華ちゃんなら当然ですよ」
「誰のものでもないんだけどー!?」
三人揃って後方腕組み古参面である。結華ちゃんは俺たちが育てた……。
「でも本当は、折角なら765プロのオーディションを受けて欲しかったです」
「ごめんね、ありりん。ほらよく言うじゃん、幸運の女神さまは……」
「胸が大きいから正面からじっくり見ましょうってやつだね。うん確かにその通りだ」
「それ言ってるの多分リョーさんぐらいだよ」
「あ、いや実はシアターのアイドルちゃんにも一人……」
「いるの!?」
ちなみに346プロにも一人いる。315プロは現在進行形で勧誘中。
「しかもスカウトして早々にユニット結成してデビューまでトントン拍子に進むんだから、本当に信じられない気分だよ」
「大丈夫。稀によくある」
「よくあるの!?
二月にスカウトされて三月にデビューして、四月現在既に『今注目の新人アイドルユニット!』とメディアで紹介されているので確かに早いと言えば早いのだが、これぐらいの成長スピードは既に346プロのシンデレラプロジェクトという前例があった。
「でもそれだけ人気が出る理由は分からないでもないよ」
「ビジュアルも曲もかっこいいですよねぇ~!」
みのりさんと亜利沙ちゃんが当然のように取り出したそれは、結華ちゃんが所属するアイドルユニットのデビュー曲のCDだった。昨今は配信サービスにより現物が手元に残らない場合が多いが、アイドルオタクとして現物の所持は基本である。
「でも他の子たちのビジュアルが強すぎて、三峰はちょっと影薄いかな~って」
「そんなことないよ、結華ちゃん」
「リョーさん……」
「確かに若干二名凄い大乳の子がいるから相対的に結華ちゃんは小さく見えるけど」
「胸の話はしてないんよ」
というかよく見たらコレ後輩の白瀬じゃん。ウチの高校のアイドル排出数がまた上がってしまったんだが、本当にどうなってるんだ。
「それじゃあ、結華ちゃんには早速お願いしようかな」
「え」
デンモクを操作する。……お、相変わらず優秀な機種だ、ちゃんとあった。
バベルシティ・グレイス
『
「……って、コレじゃん!?」
結華ちゃんが亜利沙ちゃんが手にしたCDを指差す。そう、彼女のデビュー曲を早速入れさせてもらった。カラオケなんだから歌ってなんぼである。
「うっひょー!? いいんですか!? 早速ご披露していただいちゃって!?」
「勿論結華ちゃんのイメージカラーは把握済みだよ!」
湧き上がるアイドルオタク二人。みのりさんに至っては気合が入りすぎて手にしたサイリウムだけじゃなくて
「も、もー! しょーがないなー!」
照れつつもノリノリでマイクを手にして立ち上がる結華ちゃん。そんなことを言いつつ、きっと歌うことは想定していたのだろう。
俺もペンライトを用意すると、熱唱する結華ちゃんに全力のコールをするのだった。
「ふぃ~! どうだったー!?」
「「「サイコーだったあああぁぁぁ!」」」
全力で歌い終わり汗を拭いながらノリノリでこちらにマイクを向けてくる結華ちゃんに、俺たちも全力で返す。
「えー? ほんとにー? 歓声が足りないなー?」
「「「本当にサイコーだったあああぁぁぁ!」」」
本当のライブさながらのマイクパフォーマンスに、俺たちのボルテージがさらに上がっていく。
「でもでもー? 周藤良太郎的にはやっぱり物足りなかったんじゃなーい?」
「いやそんな野暮なこと言わないって!」
こういうときはアイドルとしての『周藤良太郎』を一旦封印して、アイドルオタクの『リョーさん』として楽しむようにしている。折角気心知れた集会なのだから、細かな技術的なところに言及するつもりはない。
「……あれ?」
結華ちゃん、今俺のこと
「あ、やっぱりそうだったんだ」
それまでノリノリの笑顔だった結華ちゃんの表情が、へにゃりとした苦笑に変わる。
「あれ? って思ったのは去年みのりさんがアイドルデビューした直後の集会だったかなー。『周藤良太郎』の曲を口ずさむリョーさんの横顔がすっごい周藤良太郎本人に見えてさ。それで過去の言動とか振り替えてみたら色々と腑に落ちることが多かったんだよね。そして今! それは確信に変わった!」
まるで自らの推理を語る名探偵のように指先をクルクル回していた結華ちゃんは、その指先をビシッとこちらに突き付けた。
「リョーさん! 貴方は! トップアイドルの『周藤良太郎』だ!」
「「「……………」」」
「……あれ?」
「「「……今日のメインイベントがもう終わったあああぁぁぁ!」」」
折角だからいい感じのサプライズでバラすつもりだったのに! 亜利沙ちゃんとみのりさんと三人で色々と話し合ってたのに!
「えっと……なんかゴメン」
全然いいよ!
・少女が一人、空を見上げていた。
『主人公』
・「逆にそれでいいんですか主人公」
・「君が動かないと話が進まないんだよ主人公」
一方の主人公はこんな扱いである。
・「「「アイドルデビューおめでとう、結華ちゃん」」」
アイドルオタク集会から新たなアイドルがデビュー!
これからは狂言回しのお仕事もよろしくね!
・315プロは現在進行形で勧誘中。
「いい迷惑なんでやめてもらえませんかねぇ!?」
・「胸の話はしてないんよ」
事務所トップ1と2がいるユニット。
・バベルシティ・グレイス
アンティーカのデビュー曲。アンティーカ!!!
三峰本格参戦! からのあっさりと正体バレ!
アイドルオタク組は狂言回しとして大変優秀なので、結華にはこれから大変頑張ってもらいたいと思います。おらお前もツッコミレギュラーになるんだよ!
『どうでもいい小話』
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