「はぁ……」
放課後の教室の窓から空を見上げつつ、思わずそんな溜息が漏れてしまった。
悩んでいるわけではない。困っているわけでもない。辛いわけでもなければ悲しいわけでもない。
それでも昨日の出来事を思い返すと、何故かそんな溜息が漏れてしまうのだった。
「えっと、
「っ!」
既に教室には自分しか残っていないと思っていたので、声をかけられて思わず身体が跳ね上がってしまった。
「にゃ!? ゴメンね!? 驚かすつもりはなかったの!」
「う、ううん、大丈夫、私が勝手に一人だと思ってただけだから……」
逆に驚かせてしまったことを謝罪しつつ、声をかけてくれた人に視線を向け……。
「っ」
再び驚き、しかし声を上げることだけは寸前で我慢することが出来た。
いくら
――あの『高町なのは』さんに声をかけられるなんて、思ってもみなかった。
「実は教科書を机に忘れちゃって、慌てて戻ってきたんだ」
「ほわぁ……アイドルのお仕事もあるのに、大変だね」
「ううん! そっちは全然へっちゃら!」
折角だから一緒に帰ろうと誘うと、櫻木さんは少し戸惑いつつも了承してくれた。
いつも放課後になった途端に教室からいなくなり、日によっては早退すらする必要があるため、私はイマイチ同級生たちとの交流が少なかった。いくら入学して日が浅いとはいえこのままではよくないと考えた私は、たまたま教室に一人で残っていた櫻木さんに声をかけたのである。
「凄いね、高町さん。アイドルのお仕事をしながら予習復習もしっかりするなんて……」
「寧ろ予習復習しっかりしないと授業に追い付けないし、テストとかも大変な目に逢っちゃうから」
思い返すの去年の夏休みの終盤、合同ライブに出演する学生アイドル全員が集まって一斉に課題を終わらせる勉強会。意外と良太郎さんはこういうことに厳しい人なので、昔からしっかりと勉強する癖は身に付いていた。
「みんなも言ってるよ、高町さんは凄いって」
「にゃはは、そんなそんな……」
「人気アイドルで、可愛くて、勉強も出来て、運動も……えっと」
「そこは言い淀む前に踏み止まって欲しかったの……!」
分かってる。他者からの自分への評価はしっかりと理解している。
『へぶっ!?』
『なのはあああぁぁぁ!?』
『きゃー!? 高町さんの顔面にバレーボールが!?』
『当てたの誰!?』
『いや、あれはトスし損ねた本人の責任ちゃうかなぁ……』
『なのはちゃん、眼は良いから絶対に見えてるはずなのに……』
『いっそのこと普段から模擬刀でも持たせてみる?』
――はやてちゃんたち曰く『身体能力の高い運動音痴』。それが私である。
おかしい。本当におかしい。昔から兄や姉たちほどではないにせよ道場で一緒に身体を動かして、見様見真似ではあるけれどそれなりに剣術も使えて、アイドルとしてのダンスだって得意なのに……何故かそれ以外の運動に成長の兆しが一切見えない。多分何かしらの呪いだと思う。
そのうち『運動の出来ないアイドルたち』みたいな括りで何かしらの企画に参加させられてしまうかもしれない。そんな惨めな思いをする前になんとかしなければ……!
「そ、そんなことより、櫻木さんはどうして教室に?」
下駄箱でスリッパから靴に履き替えつつ話題の路線を変更する。
「私、のんびりするのが好きで……よく放課後に一人でぽやーっとしちゃうんだ」
櫻木さんはそう言って恥ずかしそうに笑った。
確かに櫻木さんは授業中もぽやっとしていることが多く、しかしそれでいてしっかりと授業は聞いているようなのでとても不思議だった。寧ろ仕事が忙しかった次の日の私の方が授業に集中出来ていない可能性があるぐらいである。
ぽやぽやしているように見えてしっかりと周りが見えている、櫻木さんはそんな子だった。だからこそ、先ほど声をかけたときに驚かれたことに対してこちらも驚いてしまったのだ。
「でも今日は、ちょっとだけ考え事してて……」
「考え事? 何かお悩み中?」
「悩み……っていうわけじゃないんだけど」
櫻木さんは少し言葉を選んでいる様子だった。
「……うん、高町さんに相談するのが一番いいのかもしれないなぁ」
「私に?」
「あのね……」
「……はぁ、いきなりアイドルに興味ないか聞かれたと……」
「うん」
放課後の公園で一人ベンチに座り、空を見上げながら歌を口ずさんでいると男性から声をかけられたらしい。
「どんな感じの人だったの?」
「それが、ビックリしちゃって逃げるみたい公園を飛び出しちゃったから……」
「うーん……」
話だけを聞けば、多分どこかの事務所のプロデューサーさんがスカウトのために声をかけたんじゃないかと思う。
今は色々な芸能事務所が新たなアイドルの原石の発掘に精を出していて、『変装をしていたせいでアイドルと気付かれずにスカウトされてしまった』なんて話を耳にするぐらいである。
(もしくは……)
ふと思い出したのは
(この大きさなら、あるいは……)
「高町さん?」
「あ、ごめんね、なんでもないの」
思考が変な方にズレた。ついでに櫻木さんの胸元に落ちてしまった視線も元に戻す。
「実際どうなの? 櫻木さん、アイドルに興味あるの?」
「……よく分からないなぁ」
満更でもなさそうではある。しかしそれほどのノリ気にも見えない。それこそが、櫻木さんが教室で一人悩んでいた理由なのだろう。
「少しでも興味があるっていうのであれば一歩踏み出してもいいんじゃないかなって、私は思うの」
「えっ……」
「今の業界は『アイドル春の時代』って言って、みんな凄く活発的に活動をしてるんだ」
「う、うん……少しだけ聞いたことあるよ」
この言葉は私たちの世界に人たちにしか通用しない言葉だったが、メディアなどで取り上げられるようになってからは一般の人たちにも浸透し始めた。
「今は『誰でもアイドルになっていい』んだよ。どんな形でもいいの。もし少しでも興味があるのなら……その一歩を踏み出して欲しいな」
それがきっと、あの人が長年願い続けてきたことだから。
「……………」
櫻木さんは私の言葉を深く考えている様子だった。
「……あ、私、こっちだから」
「う、うん。ごめんなさい、悩みを聞いてあげるつもりが、逆に考え事を増やしちゃったみたいで……」
「ううん。話を聞いてもらえて嬉しかった。ありがとう、高町さん」
また明日学校で。そう言って別れ、私と櫻木さんの下校は終わってしまった。
「……うーん、アイドルの勧誘って難しいなぁ……」
いや、正式には勧誘でもなんでもないのだけれど。それでも普段から街中に眠る原石たちに声をかけ続ける世のプロデューサーさんたちは凄いのだと、改めて実感した。
さて、私もそろそろ……。
「……あれ? あそこにいるのは……」
「え!? それじゃ、やっぱりまだりあむんに話してないの!?」
「実はそうなんだよねぇ……」
集会メンバーでのカラオケ後、帰り道が同じだった俺と結華ちゃんは並んで街を歩く。話題は今回の集会に唯一参加しなかった我らが愛するバカピンクについて。
「なんで?」
「いや、なんというか……そっちの方がりあむちゃんは
「
結華ちゃんは目元をハンカチで拭うが勿論涙なんて流れていない。
「真面目な話をすると、なんかいつもタイミングを逃しちゃうんだよね」
「というと?」
『あのね、りあむちゃん、実は――』
『ねーねーリョーさんきーてきーて! やっぱりぼく周藤良太郎君のことがすっごい好きだって再認識したことがあってねー!』
『――へ、へぇー』
『りあむちゃん、昨日――』
『そう! 昨日! 周藤良太郎君の握手会に行ってきました! 間近で見たキングオブトップアイドルのレポ聞きたくない!?』
『――き、聞きたいなぁ』
「みたいなことばっかりで、流石にそのまま打ち明けるのは本気で可哀そうかなって」
「可哀そうなりあむん……」
再び結華ちゃんは目元をハンカチで拭うが今度はしっかりと泣いていた。
「でも、それならそれで都合がいいって言えば都合がいいかなぁ」
「ん? 何かあるの?」
「ほら、前にちょっとだけ話したじゃん。もう一人集会に連れてきたい子がいるって」
「……あー」
結華ちゃんに言われて思い出した。
確か合同ライブの当日に、結華ちゃんが会場の外でナンパされている女の子を助けたという話を聞いた。そしてそのときの子を集会に連れてきたいという話も。
「年末年始はリョーさんたちアイドル組が引くほど忙しかったみたいで声かけれなくて、それが過ぎたら今度は三峯がアイドルになって色々とゴタゴタしちゃってさぁ」
メッセージなどのやり取りで仲良くはしているらしいが、それでもここまで直接顔を合わせることが出来ていなかった。
「だからそろそろ全員の時間が取れそうだから、どうかなって」
「いいんじゃない。結華ちゃんがそう言うぐらいなら、俺たちの熱にも付いて来れるような子なんだよね?」
「流石にみのりさんとかありりんレベルは期待しない方がいいと思うけど……それでも会話の端々に
俺は勿論、集会メンバーの中にその提案を無下にするような人間はいないだろう。
「それで三峰はアイドルになったことは話してあるんだけど、他の人たちはともかくリョーさんの正体は黙っておいた方がいいような気がするし」
「それならいっそのこと、りあむちゃんも一緒に正体バレした方がいいんじゃない?」
集会メンバーが集まった当初こそ、一般人の中にアイドルが一人という状況だったために正体を隠していた。しかし今はアイドルの中に一般人が一人という状況に変化しているため、逆に全員アイドルであることをカミングアウトした方がいいと思うんだけど。
「リョーさん、そんなの理由は一つだよ」
「なに?」
「いきなり
……せやね。
・櫻木真乃
アイドルマスターシャイニーカラーズの伝統の赤な16歳。
多分あの特徴的な笑い方は今作ではちょっと書けないかな……。
・なのは@同級生
Q 聖祥大附属じゃないの?
Q 制服違くない?
A ここまでアイ転を読んできたのであればそんな些細なことは気にしない!
・身体能力の高い運動音痴
なのはさん、なんとなくストライカーズ時代でも泳げないと思う(個人の感想です)
・(この大きさなら、あるいは……)
B86
・もう一人集会に連れてきたい子
作者担当加入秒読み。
というわけでアイ転世界では真乃となのはが同級生というとんでもない設定になりました。前話の時点ではこんな予定じゃなかったのに……。
前々話で美由希レギュラーフラグが立ちましたが、それよりも早く妹がレギュラー枠を搔っ攫っていきました。おいたわしや姉上……。
それでは皆さん、次回はデレステ10th後にお会いしましょう!