「いっそのことアイドルじゃないメンバーを増やすという方向性ってのはどうだろうか。俺の知り合いのアシスタントプロデューサーになかなかいい人材がいてだな……」
「いくら人数を増やしたところでリョーさんの濃さは薄まらないと思うよ」
(えっと……あれは確か……)
櫻木さんと別れた後、たまたま目の前を歩いているもう一人の兄こと良太郎さんの姿を発見した。仲良さそうに隣を女性が歩いていて、見覚えのあるその姿に少し記憶を探る。
(そうだ、良太郎さんがいつも話している『集会』のメンバーで、三峰結華さん)
この春から美琴さんと同じ283プロからデビューしたアイドル。相変わらず良太郎さんの周りの人はアイドルや将来アイドルになる人ばかりである。かくいう私も、そんな『将来アイドルになった』人の一人なのだけれど。
声をかけようと一歩踏み出しかけたが、ポケットの中のスマホが振動したことに気が付いて足を止める。取り出してみるとはやてちゃんからのメッセージ。
『教科書、教室になかった?』
「……あ」
そもそも教室までわざわざ教科書を取りに行ったのは、事務所でみんなと勉強会をするためだったことを思い出した。
(さっきの櫻木さんの話、『もしかして良太郎さんだったりしないよね?』みたいなことを聞いてみたかったけど……)
わざわざみんなとの約束に遅れてまで尋ねるようなことでもないと判断し、私は踵を返して駆け足で事務所へと向かうのだった。
「そういえば283の事務所のことで聞きたいことがあったんだった」
「聞きたいこと、ですか?」
一先ずりあむちゃんと新人ちゃんへの俺の正体バレの件は置いておいて、以前から結華ちゃんに聞いておきたいことがあったことを思い出した。
「美琴のことなんだけどさ」
「美琴さんがどうかしたんですか?」
「……事務所のみんなと、ちゃんと馴染めてる?」
「そんな親のような心配を!?」
うん、「何を聞いているんだお前は」と言われてもおかしくないような質問だということは自覚しているが、割と本気で心配していることだった。
最近は割とマシになってきたので忘れがちではあるものの、美琴は基本的に自分の技術向上のこと以外への興味が希薄である。それこそ自分の私生活にすら興味がないレベル。
「事務所に後輩のアイドルが出来て、それでちゃんと会話とか出来てるのかなって」
「それは確かに本人に直接聞けないレベルで失礼な質問ですね……」
いや、俺がそれを本人に直接聞けない理由はそれではない。
「美琴の口から『同じ事務所に所属してるだけだし』みたいなことを言われるのが怖くて聞けなくて」
「リョーさんからの美琴さんの評価ちょっと悪くない!?」
「それで実際どう? 俺だけじゃなくてりんや麗華たちも気にしてるんだ」
「心配しているメンバーが豪華すぎる……!」
結華ちゃんは口元を引き攣らせながらも「えーっと……」と視線を宙に泳がせる。
「……あ、あんまり他の子たちと会話をしているところを見たことないなぁ」
「……………」
「み、三峰が見てないだけかもしれないから! 三峰が見てないところで仲良く会話してるかもしれないから!」
「アイツが楽しく会話なんて出来るわけないだろ!」
「それ暴言じゃない!?」
不安を払拭させるために結華ちゃんから様子を聞いたのに、余計に不安になるような答えしか返ってこなかった。
「これはもう直接様子を見に行く必要がありそうだな」
「え?」
そんな会話をしている内に駅へと到着した。結華ちゃんはここから電車に乗り、俺は少し先のスタジオでこの後も仕事である。
「結華ちゃんもこの後は事務所だったよね? まだ明るいけど気を付けてね」
「え、ちょっとリョーさん今なんて? 来るの? ウチの事務所来るの?」
「それじゃあまたねー」
「リョーさん!?」
何故か名残惜しそうな結華ちゃんに若干の後ろ髪を引かれる思いがあったが、俺も結華ちゃんもアイドルのお仕事だ。お互いにアイドルとして真面目に活動していくために、俺は結華ちゃんと別れてスタジオへと向かうのだった。
(……っと、その前に)
少しだけ、寄り道しようかな。
高町さんと別れた私は、そのまま真っ直ぐ家には帰らなかった。何か用事があったわけではない。それでも、私の足は昨日と同じ公園へと向かっていた。
ここの公園は少し高台にあるためとても見晴らしが良い。何かあるとき、何もなかったとき、私はいつもこの公園に来ていた。
ベンチに座り、夕暮れに染まり始めた街を見下ろす。
「……………」
男性に声をかけられて昨日の今日だというのに、どうして私はこんなところに来たのだろうか。そんな自問自答をしてしまうぐらい、私は自分自身の行動が不思議だった。
――今は『誰でもアイドルになっていい』んだよ。
先ほどの高町さんの言葉を思い返す。少しでもアイドルに興味があるのであれば一歩を踏み出して欲しいと、彼女は小さく微笑んでいた。
私は高町さんからの「アイドルに興味あるの?」という問いに対して「よく分からない」と返答した。これは嘘ではない。そのときは間違いなくよく分かっていなかった。
しかしふと我に返ってみると、
自分でも気が付かないうちに、私は……。
「あの」
――再び、声をかけられた。
結華ちゃんたちとの集会の翌々日。
「来ちゃった」
「やると思ったぁ!」
283プロの事務所を訪れると結華ちゃんが大声で出迎えてくれた。
「はづきちさんから『今日は特別なお客様が来ますよ~』って言うからなんとなーくそんな気はしてたけどさぁ……」
「逆に来ないわけないと思わない?」
「寧ろアポ無し突撃してくるかなぁと」
「流石にその辺りの良識は持ち合わせてるんだよなぁ」
『一番偉い人には話を通す』ことがサプライズの基本である。
珍しく入り口で靴を脱ぐタイプの事務所だったので結華ちゃんが用意してくれたスリッパへと履き替える。そのまま彼女の案内で応接室へ。
「ようこそお越しくださいました~」
その途中、黒いカーディガンを羽織り緑の事務服を着た美人さんと遭遇する。
「お邪魔します、はづきちゃん。これお土産」
「あら、翠屋さんのシュークリームですね~。お茶と一緒にお出ししますね~」
「一応事務所の人数分プラスアルファ買ったつもりだけど、数間違ってたら俺に出さなくていいからね」
「いえ、流石にお客様にお出ししないわけには~」
そんなやり取りをする俺たちを見て、結華ちゃんは「えっ」と意外そうな反応をした。
「リョーさんとはづきちさん、知り合いだったの?」
「はい、以前の職場で~」
「ウチの近所の商店街でアルバイトしてた時期があるんだよ」
「急遽辞めることになってしまったので、先方にはご迷惑をおかけしてしまったことが心苦しかったですが~」
「大丈夫、代わりのアルバイトの子を紹介しておいたから」
「あら、そうなんですか。良かったです~」
283プロ事務員である
「ぶえっくしょい!」
「矢澤さん、授業中以前に女性としてもう少し慎ましやかにお願いします」
「それでは少々お待ちください~」
しっかりと一礼をしてからはづきちゃんは応接室を後にした。
「……なんか自然に三峰も着席しちゃったんだけど、いていいの?」
「いいのいいの。そんなに重要な話をしに来たわけじゃないんだからさ」
結華ちゃんが対面のソファーに座りつつも「いいのかなぁ?」と首を傾げていると、応接室のドアが開いた。
「あれ? 良太郎?」
「よ、美琴」
入室してきたのは美琴だった。俺の姿を認識すると目をパチクリと瞬かせていた。
「はづきさんから『応接室にお客様がいらしてますよ~ご挨拶してきてくださいね~』って言われたから何事かと思った」
「そりゃあもうすっごいお客様だよ。何せ翠屋のシュークリームを持参したんだから」
「ようこそおこしくださいました」
「美琴さん!?」
スンッといきなり礼儀正しくなった美琴に結華ちゃんが驚いていた。
「結華ちゃん、君も翠屋のシュークリームの味を知ってしまえばこうなるんだよ」
「抗えないよ、翠屋のシュークリームには」
「逆に怖くなってきたんだけど……」
そう、怖いほど美味しいシュークリームだよ。
ちょいちょいと手招きすると、美琴は素直に一人掛け用ソファーに着席した。
「それで、本当に何しに来たの?」
「お前の事務所での様子を確認するついでに、天井社長と世間話しに来た」
「それ逆じゃない?」
「言うほど逆ですかね……?」
両方ともサブクエストみたいなものだからなぁ。
「美琴、ここまで来たから単刀直入に聞くぞ」
「何?」
怖くて聞けなかったが、事務所まで直接顔を見に来たのだから俺も覚悟を決めて美琴に問いかける。
「事務所の子と仲良くしてるか?」
「あんまり」
言い切るなよぉ!
「せめて取り繕えよ! 嘘を付けとまでは言わないけど『努力してる』ぐらいの言い訳をしろよぉ!」
「そんなことより聞いて、この間練習してたところなんだけど……」
「そんなことより!?」
「リョーさん落ち着いて! 美琴さんには悪気がないの! 努力して克服したことを聞いてもらいたいだけなの!」
「こいつが純粋なことぐらい重々承知してるよぉ!」
「……楽しそうで何よりだな」
「社長。現実逃避をしても、多分良太郎さんから叱られる未来は変わりませんよ~?」
「……とりなしてはもらえないか?」
「努力だけはしてみますね~」
・アシスタントプロデューサー
これ以上あの人の仕事を増やすのはNG。
・七草はづき
アイドルマスターシャイニーカラーズにおける緑の事務員さん。現在22歳。
マンガ事務的光空記録では実質主人公の一人。
やはり序盤に一度はやっておかないとね、事務所訪問イベント。
次回、世界が変わる。
『どうでもいい小話』
デレステ10thお疲れ様でした! やっぱり自分の実家はデレだなぁって実感しました!
次は11月のXRだぁ!