「へぇ」
ライブ本番直前、楽屋のパイプ椅子に座って自身のスマホを触っていた白瀬咲耶ことさくやんが何かを見つけたようでクスリと笑った。
「みんな、今日のライブはプロデューサーが新人ちゃんを連れてくるらしいよ」
「え!? ホントね!?」
それを聞いた
「新人さんって……この間プロデューサーさんが……」
「公園でナンパしたーって言ってた人ですねー」
「ま、摩美々ちゃん、言い方……」
スカウトのあんまりな言い換えをする
そんな私が所属するアイドルユニット『L'Antica』のユニットメンバー。私たちはリハーサルも終え、デビューしてからすっかりお馴染みとなったゴシックな衣装に身を包んで、あとは開演を待つばかりだった。
現在、私たちの活動は主に『W.I.N.G』へ出場するための地盤作りである。新人アイドルの登竜門と呼ばれて名高かかった『ゴールデンエイジ』の後釜となるオーディションというだけあってその道のりは険しい。
何故ならば参加条件を満たしていれば誰でもエントリーすることが出来るが、ファン投票で上位に入れなければ本選に『出場』出来ないのである。
私たちは
だから……というわけではないが、今はとにかくライブやイベントに数多く参加して知名度を上げることが最優先なのである。例え実力があっても見向きもされなければ本末転倒だということは、失礼ながら我が事務所の先輩がその身をもって教えてくれた。
「どんな子やろ~? うち、ばり気になっとるんよ!」
「彼のお眼鏡にかかったんだ。きっといい子だよ」
「そりゃあープロデューサーのナンパに引っかかっちゃうぐらいんだからー、いい子なんでしょうねー」
「摩美々ちゃん、そういう言い方は……」
私がそんな決心を一人固めている一方で、みんなはPたんの言う新人アイドルがどんな子か気になっている様子である。私もPたんが『新人アイドルのスカウトに成功した』という話はいの一番に聞いているが、流石に容姿までは知らない。
とはいえあのPたんがアイドルとして一目惚れした子なのだから、相当見た目のポテンシャルも高いことは間違いないだろう。そういう意味でも見る目はある人だ。
さて、そんなことをしている内にそろそろ開演の時間である。
ライブの瞬間、ステージに立つ時間だけは……ウイングのこととかそういうことは一切考えない。
今の私はもうアイドルだから。
今まで私がいた客席に向かって、今度は私がステージの上から。
ファンに歌を届けるんだ。
あ、最後方の壁際にPたん発見。その隣の女の子が新人ちゃんかな。
……さらにその隣になんかいるんですけどぉ!?
最近また少し視力が落ちてきたので見えづらいものの、一瞬結華ちゃんがこちらに気付いて目を見開いたのが見えた。それでも表情を崩すことは耐えたようなので感心感心。
ついでに白瀬も俺のことに気付いたようだが、こちらは結華ちゃんよりも取り繕うのが上手だった。普段から演劇のような立ち振る舞いをするだけある。
そんな結華ちゃんと白瀬がアイドルとしてステージに立っている。彼女たちが現在の283プロで一番勢いのある新人アイドルユニット『L'Antica』で、俺は彼女たちのステージを生で見るのはこれが初である。
『ソラは遠くて 居るのはただ 虚ろな太陽』
彼女がアンティーカのリーダーの恋鐘ちゃんか。うーんやはりデカい。
『言葉が、ココロが、隔てられて 霞んで見えない』
我らが結華ちゃん。モノクルカッコいいなぁ。
『でも一つだけ』
『残されてる』
あの紫髪の子が田中摩美々ちゃんで、灰色の髪の子が幽谷霧子ちゃんだな。事前予習はバッチリである。
『蒸気を見せる 時を待ってる』
そして高校の後輩でもある白瀬。在学中の話はあまり聞いていないが、あの魔境校で三年間生き延びたのだからきっと相当な猛者に違いない。
「……………」
「わぁ……」
チラリと隣の少女の様子を窺う。先ほどまで隣の『周藤良太郎』が気になって仕方がないといった様子だったが、ライブが始まると次第にこちらへの視線が減り、今ではキラキラとした目でステージに釘付けになっていた。
彼女が夏目さんが公園で見つけたという『アイドルの原石』ちゃんか。比べるわけではないが、俺が公園で出会った少女とは随分と
『『『『『Ignite Our Song!』』』』』
視線と意識をステージへと戻す。現在の283プロで一番の人気というのも頷けるだけのパフォーマンスであることは間違いない。未だに美琴のメディアへの露出数が横ばいなので、このまま順当に行けば彼女たちが283プロを代表するアイドルになる可能性も十分にあり得るだろう。
(……頑張れ)
『W.I.N.G』の審査委員長になる以上、俺はいずれ彼女たちを大っぴらに応援することが出来なくなる。場合によっては彼女たちに残酷な結果を突きつけなければならない。
だから今だけは、純粋に『友人』と『後輩』のステージを応援しよう。
「ほわぁ……」
「どうだったかな」
ライブが終わり、思わずその場で呆けているとプロデューサーさんからそんなことを尋ねられた。
「え、ええと……凄かったです……」
残念ながら私にはそれ以外の表現方法が思い浮かばなかった。初めて生で見るアイドルのステージは、想像していたよりもずっと迫力があって、まるで距離を感じさせないほどの力強さを感じた。
「でも……」
やはり、どう言葉にすればいいのか分からなかった。
「いや、いいんだ」
この思いをどう伝えればいいのかと悩んでいると、プロデューサーさんは小さく笑いながら「大丈夫だ」と言ってくれた。
「今君が言葉にしようとしている『それ』は、これからアイドルを
「……はい!」
他のお客さんの退場も進み、入口への人が少なくなってきたところで私たちも移動することになった。プロデューサーさんからあらかじめ「ライブ終了後に付いてきて欲しいところがある」と聞かされていたので、そちらに向かうことになるのだろう。
しかしその前に、たまたま一緒にライブを見ることとなったトップアイドルへプロデューサーさんが声をかけた。
「周藤さんはどうされますか? もしアンティーカの楽屋に顔を出すというのであれば、連絡を入れておきますが」
「いえ、遠慮しておきます。この後用事があるのですぐに移動しなくちゃいけないので」
そう言って周藤さんは黒い中折れ帽を被った。すると何故か周藤さんの雰囲気がガラッと変わったような気がした。まるで彼が『周藤良太郎』から別の誰かに変わってしまったかのような、そんな雰囲気。芸能人の変装として眼鏡と帽子なんて心許ないんじゃないかと思っていたけど、こんなにも効果があるものなのかと感心してしまった。
「そもそも俺はたまたまライブを見に来た部外者ですからね」
「御冗談を。今更『王様』を部外者なんて言う人はいませんよ」
(王様……?)
「それじゃあ真乃ちゃん」
「は、はいっ!」
「これから頑張ってね。応援してる」
「あ、ありがとうございます……あ、あの、お、お願いがあります……!」
「ん?」
突然声をかけられて思わず声が裏返りそうになってしまったが、先ほどは驚きのあまり出来なかったお願いを口にする。
「さ、サイン、いただけますか……!」
「いいよ」
「へ」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
必死のお願いがあまりにもあっさりと受諾されてしまい、私が呆気に取られている内に周藤さんはプロデューサーさんから受け取ったマジックペンのキャップを外しながら「何処にサインする?」と尋ねてきた。
「え、あ、じゃあ、ここに……!」
「オッケー」
ポーチから手帳を取り出して表紙を指し示すと、周藤さんは手慣れた様子でサラサラとペンを走らせた。
「はい、どうぞ」
あっという間に私の何の変哲もない市販の手帳が、世界でたった一つだけの宝物になってしまった。
「あ、あ、あ、あり、ありがとう、ございます……!」
「それじゃ。改めてアイドル頑張ってね」
「ありがとうございました」
プロデューサーさんにマジックペンを返した周藤さんは、何事もなかったかのようにヒラヒラと手を振って去って行ってしまった。
「……ほわぁ……」
周藤さんの後ろ姿が見えなくなってから、改めて視線を手元に落とす。
サインだ。あの『周藤良太郎』の直筆サインがそこにあった。
「う、嬉しいです……! もう二度とこんな機会ないでしょうし……!」
「え、あー……うん、そうだな、
何故か言葉を濁すプロデューサーさんの態度が気にならないぐらい、私は突然降って湧いた幸運を噛みしめるのだった。
「……なんか、凄い久しぶりに普通のファンサをしたような気がする……」
・月岡恋鐘
アイドルマスターシャイニーカラーズ『L'Antica』からダイナミックバストな19歳。
方言大丈夫かと思ったが、どうやら完璧な長崎弁じゃないらしいので一安心。
・田中摩美々
アイドルマスターシャイニーカラーズ『L'Antica』から「悪い子」ガールな18歳。
多分このユニットで唯一良太郎への態度が変わらなさそうな子。
・幽谷霧子
アイドルマスターシャイニーカラーズ『L'Antica』から儚げ包帯ガールな17歳。
多分アイ転ではボケ側。
・期待の新人アイドル
実は283以外からも数組登場予定。
・「そもそも俺はたまたまライブを見に来た部外者ですからね」
残念ながらツッコミ役がいなかった。
・「もう二度とこんな機会ないでしょうし……!」
お、そうだな。
アンティーカライブシーン&一般アイドル目線から見た周藤良太郎でした。いずれ君もアイ転に染まる……。