「会わせたい子たちがいるんだ」
アンティーカさんたちのライブ終了後、そう言ったプロデューサーさんが私を連れてきたのはとある建物だった。
「ここは……?」
「ウチの事務所が契約しているレッスン場だ。ここでダンスレッスンやボーカルレッスンをしているんだ」
見上げると二階の窓から明かりが漏れている。誰かがいる、ということなのだろう。
そのまま建物の中に入って行くプロデューサーさんの後を追う。一階を通り過ぎ、近くの階段で二階に上がり、そしてとある部屋の前でプロデューサーさんは足を止めた。
恐らくレッスン室と思われる部屋のドアには小窓が付いていて、中の様子を見ることが出来るようだ。プロデューサーさんが振り返りながら身体をズラしたということは、きっと「中を見てみろ」ということなのだろう。
レッスン室の中では、二人の女の子が踊っていた。
「……わぁ……」
「彼女たちも君と同じ、入所したばかりでデビュー前のアイドル候補生だ」
一人は、ふわふわした黒髪を頭の上の方で纏めた女の子。切れ目でここからでも意志の強さが見て取れるようだった。
もう一人は、金髪碧眼でおさげ髪の女の子。パッチリとした目をしていて、スタイルはいいけれどお姫様というより王子様という第一印象だった。
「白鳥の例え、聞いたことないかな。優雅に泳ぐ白鳥も水面下では必死に足を動かしている。アイドルもそれと同じだ。いつもステージの上で輝いているアイドルも、こうしてスポットライトから降りたところで地道に努力をしている」
私の隣で一緒にレッスン室の中を覗き込みながら、プロデューサーは「だから大丈夫」と微笑んだ。
「心配しなくても、一歩ずつ頑張っていけばいいんだ。どんなトップアイドルだって、最初の一歩は同じなんだから」
「……はいっ」
先ほどプロデューサーさんは『今は言葉にしなくていい』と言ってくれたけど、しっかりと私が思っていたことを感じ取ってくれていたらしい。
本当に私も、彼女たちのようになれるのか。
私がアイドルになったとして、どんなアイドルになることが出来るのか。
まだ少しイメージは湧かない。それでも、少しだけ前向きになれたような気がする。
――もし少しでも興味があるのなら。
――その一歩を踏み出して欲しいな。
私の友だちも、そう言ってくれたのだから。
「もし良かったらレッスンを体験して……って言いたいところだったが、そろそろ時間も遅いな」
「だ、大丈夫です! 今日はお父さんが迎えに来てくれるので、まだ時間あります!」
「そ、そうか?」
むんっと気合を入れながらプロデューサーさんの提案に全力で受け入れる。折角一歩を踏み出す気になったのだから、ここで二の足を踏んでいても仕方がない。
「確か下に予備のジャージがあったはずだから、それに着替えてもらおうかな」
「はいっ」
プロデューサーさんと一緒に再び一階へ戻る。
するとちょうど誰かがレッスン場へと入ってくるところだった。
「ただいま」
「ただいまじゃないだろう……」
まるでここに住んでいるかのような発言をしながら入って来たその女性にプロデューサーさんは呆れたような声を漏らす。
「……えっ」
反応が遅れてしまったのは、きっと未だに『アイドルは芸能人』『芸能人には簡単に会えない』という認識があったから。先ほど『周藤良太郎』と偶然遭遇したばかりで『こんな偶然そうそうない』と考えていたのも大きいだろう。
だからすぐに気付けなかった。今レッスン場に入って来た女性が、水色のジャージを着てコンビニの袋を手にしている女性が、あの『緋田美琴』さんだということに。
「あれ、プロデューサー、こんばんは。珍しいね」
「こんばんは。新しく事務所に入った子を案内してたんだよ」
「へぇ、その子が」
「っ、さ、櫻木真乃ですっ、よろしくお願いしますっ」
「よろしくお願いします。緋田美琴です」
緋田さんの視線を受け、思わず背筋が伸びてしまった。まさか一日に二度も有名なアイドルに出会えるなんて思いもしなかった。やっぱり今日の私は運がいいのだろう。
「それで? ただいまって言うのはどういうことだい?」
「言葉の綾だよ」
「俺の目を見て」
「じー」
「なんの憂いも負い目もない澄んだ目をしている……」
プロデューサーさんと緋田さんのやり取りはよく分からないが、もしかして緋田さんはここで泊まり込みでレッスンをしているということなのだろうか。
困り果てた様子のプロデューサーさんだったが、そんな彼を見て緋田さんはクスクスと笑った。
「冗談だよ。もう少しだけ振り付けの見直しをしたらちゃんと帰るから」
「具体的な帰宅時間を示して欲しいな」
「……十時」
「九時にはここのカギを閉めて」
「大丈夫、九時前でも一人の時はちゃんと施錠してる」
「九時に帰れって言ってるんだよ」
(凄いなぁ……)
緋田さんは既に凄いアイドルだというのに、そんなに遅くまで熱心にレッスンをしているのだという。プロデューサーさんが言っていた白鳥の例えそのものだった。
(私も頑張ろう……!)
「高町さんちでご飯食べる予定なかったからガッツリやろうと思ってたんだけどなぁ」
「これ以上高町家に負担をかけるわけにはいかないっていうのに……」
一人気合を入れていた私は、二人の会話に出てきた名前に気付かなかった。
「それより美琴、櫻木さんに予備のジャージを出してあげて欲しいんだ。上の二人のレッスンに参加させたい」
「へぇ、分かった。櫻木さんだね、こっち来て」
「あ、はいっ!」
手招きする緋田さんに案内され、私は着替えのためにロッカー室へと向かうのだった。
今更ながら、283プロダクションの事務所は元々事務所として設計されたものではない。社長が『事務所として使用することが出来る物件』を探していたところ、元々住居スペースとして利用されていたビルの二階部分を賃借りして事務所として利用している。
なので事務所の入り口部分には玄関があるし、キッチンもあればお風呂もある。そして事務所のアイドルたちの交流の場として活用されるリビングも存在するのである。
そんなリビングのソファーに座り、私はスマホの画面を眺めていた。
『良いコメントと悪いコメント、どっちから聞く?』
昨日のライブに突如出没したトップアイドルに対して『めちゃくちゃビックリしたんだからね!?』というメッセージを送ったところ、上記のような返信が送られてきた。果たして私は一体何を言われるというのだろうか。
なんというか色々と怖いものを感じつつも、先に悪いコメントから消化しようと思い『悪いコメントから聞くけど、お手柔らかに……』と返信する。
果たしてどんなコメントが飛び出して来ることやら。ちなみに一番最悪のパターンは『恋鐘ちゃんと白瀬の揺れる胸に気を取られて結華ちゃんのことが完全に頭から抜け落ちた』である。いくらリョーさんといえど、流石にそれはないと信じたい。
ドキドキしながら返信を待っていると、ガチャリとリビングのドアが開いた。
「おはよーございまーす!」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
元気よく三人の少女がリビングに入ってくる。この事務所ではまだデビュー前の新人である八宮めぐることめぐるんと、風野灯織ことひおりん。そしてもう一人は昨日のライブにも来ていた……。
「おはよー。君は新人ちゃんかな?」
「はい! 櫻木真乃です! よろしくお願いします!」
声をかけると元気よくペコリと頭を下げる少女。ライブハウスだと暗いし遠いしでチラッとしか確認できなかったが、なんというかほんわかした美少女である。
「昨日ライブ来てくれてたよね、ありがとー」
「い、いえ! こちらこそ、とても良いライブをありがとうございました!」
そんな新人ちゃんだが、どうやら既にめぐるんとひおりんの二人とは知り合っているらしい。
「昨日、プロデューサーさんがレッスン場に連れてこられまして……」
「一緒にレッスンしたんだー! 楽しかったねー!」
「うん!」
え、初日からレッスン参加? Pたん結構凄いことさせるね。
「それで今日も一緒にレッスン受けるんですけど、その前に事務所で『しんこーを深めよー!』ってことになったの!」
つまり親睦会をするってことね。いいねぇ、キラキラしてるねぇ、青春してるねぇ。
「それじゃ、お邪魔にならないように三峰は退散しようかな?」
「そんな!? お気になさらず!」
「寧ろ結華ちゃんも参加する?」
「あはは、遠慮しとく」
幸いリビングは結構広い。会話は聞こえてきてしまうが、少し距離を取るので私はいないものとして三人だけで親睦会を楽しんでほしい。
というわけで少し離れたところに移動して、そんなタイミングでリョーさんからの返信が来た。さて、私の予想は当たってたかな?
『改善点1 一番最初に俺を見つけて一瞬リアクションしそうになったところ。表情に出ないように頑張れてはいたからもう少し』
『改善点2 もうちょっと視線を散らそう。隅から隅まで満遍なく。結華ちゃんのファンサを待ってるファンは沢山いるんだから』
『改善点3 モノクルっていういいアイテムがあるんだから、それを活かした仕草を取り入れてみたらどうかな』
『改善点4 ――――――』
『改善点5 ――――――』
「……………」
想像以上の返信で固まってしまった。しっかりアドバイスが添えてあるものの結構容赦ないコメントの数々で、おっぱいのこととか考えていた自分が少しだけ恥ずかしかった。
しかしそれだけリョーさんが私に期待してくれているということでもあるので、今はしっかりとこのコメントを受け入れよう。
「それじゃあ改めて自己紹介しよっか」
「はい!」
「う、うん」
向こうで新人ちゃん三人の会話が聞こえてくるが、今はこちらに集中して……。
「えっと、櫻木真乃です。○○高校一年の十六歳で、えっと、特技は……」
「え! 特技あるの!? なになに!?」
「鳩が出せますっ」
「「鳩が出せます!?」」
「むんっ」
「「鳩出たぁ!?」」
……集中できなぁい!
「え!? なにそれどーなってんの!?」
「さ、櫻木さん!? それはどういう……!?」
「この子はピーちゃんって言って」
「違うの! 知りたいのは名前じゃないの! 出所なの!」
「ピーちゃんと初めて会ったのは……」
「出自って意味でもないの!」
私のアイドルとしての成長のためのコメントを真面目に読もうとしてるところに、そんな凄く気になる愉快な会話を繰り広げないで欲しい。
『これが悪いコメントで、良いコメントは』
あ、リョーさんからの返信の続きが。
『結華ちゃん、めちゃくちゃ可愛かったよ』
本当に集中できない!
・風野灯織
アイドルマスターシャイニーカラーズ『イルミネーションスターズ』から青の系譜の15歳。
良くも悪くも歴代青の中でも一番癖がない良い子。あと餃子。
・八宮めぐる
アイドルマスターシャイニーカラーズ『イルミネーションスターズ』から黄の系譜の16
歳。
歴代黄色最胸90。対抗馬は現在不詳のレトラ。
・まるでここに住んでいるかのような発言
高町家ルートがなかったら多分本当に住んでた。
・改善点
久しぶりに真面目なところ。
・「鳩が出せますっ」
アイ転の真乃は天然ボケ枠で確定です。
シャニマスのアニメはなんというか、再構築しがいがありますよね(優しい言葉)
『どうでもいい小話』
AI君にお願いして『周藤良太郎@123プロ感謝祭ライブ』の衣装を考えてもらいました。なかなか厨二臭くいい感じになったと思います。
AI絵は苦手な方がいらっしゃると思うのでここには載せませんが、ツイッターにて公開しておりますので気になる方はどうぞ。
令和版『朝比奈りん』ちゃんのイラストも作ってもらってます!