「これでラストだな」
「おい良太郎、そっち傾いてんぞ。もっとちゃんと持て」
「はいよ」
冬馬と二人がかりでタンスを持ち上げる。最初こそぶつくさ言っていた冬馬だが、作業が進むにつれてだんだんと乗り気になっていった。流石カレーはスパイスから作るレベルで凝り性の男である。
どれぐらい凝り性かというと、最近は『Jupiter』の単独ライブが行われるたびに地元のパン屋と提携してカレーパンのキッチンカーを出店するほどである。さらにこれがまた普通に美味いのだから、お前は一体何処へ向かっているのだと聞きたくなった。
「結局最後まで『周藤良太郎』と『天ヶ瀬冬馬』が引っ越し作業をしているという状況に慣れなかったなぁ……」
「なにかしらのバラエティー番組を見てる気分……」
「本当に申し訳ない……」
「大丈夫ですよ。冬馬君はこういう身体を動かす作業が好きですし、良太郎君は素直に甘えられることに弱いですから」
「「おい」」
遠慮がちなアルストロメリアの三人に対してしれっとした態度の留美さんに、思わず冬馬と声が揃ってしまう。いや確かにそうだけど、もうちょっとオブラートは厚めにお願いしたい。
「おーらいおーらい……っし」
「よしっ」
冬馬と最後の家具の移動を終え、これにて千雪さんのお引っ越し作業完了である。
「本当にありがとうございました
「いえいえ」
「まぁ、別にこれぐらいならどーってことないっすよ」
ペコペコと頭を下げる千雪さんを手で制しながら棚の置時計に視線を向ける。現在時刻は十二時前。朝から作業を始めたおかげでなんとか午前中に終わらせることが出来た。
「お二人はこれから現場ですね」
「っす」
「留美さんは?」
「私も事務所に戻りますよ」
「あのっ、お三方」
さて仕事前に何処かで食事でも済ませて……なんてことを考えていると、千雪さんに声をかけられた。
「もしまだお時間があるようでしたら、ご一緒にお昼にしませんか? 引っ越し蕎麦を買ってあるんです」
「そう……ですね、ご馳走になります」
「……お願いします」
お昼を場所を探したり移動したりすることも考えると、ここで食べていく方が手っ取り早いだろう。冬馬も俺と同じ考えに至ったらしい。折角のご厚意に甘えることにする。
「留美さんは?」
「ごめんなさい、私は時間的にもう出ないといけないの……残念だけど、食事はまた別の機会に」
そう言い残して留美さんは先に一人で帰ってしまい、連れてきた本人がいなくなって男二人が取り残される形になってしまった。一度は飲み込んだはずの『本当に俺たちはここにいていいのか』という不安が再燃し始めるが……流石に今更だろうか。
「お出汁は用意してあるので、お蕎麦を茹でるだけなんです。すぐ準備しますね」
「あっ、千雪さん、甘奈もお手伝いするね!」
「えっ、あっ」
そう言って千雪さんと甘奈ちゃんも部屋を出ていった。そして取り残された甜花ちゃんが所在なさげにオロオロと戸惑っていた。どうやら今日会ったばかりの人と部屋に残されてしまったことで気まずくなっているのだろう。正直俺たちも若干気まずい。
だがしかし、俺は283プロのアイドルのプロフィールは一通り把握している。そして甜花ちゃんの趣味の欄に『ゲーム』と書かれていたことを、俺は覚えているのだ。
「冬馬、スイッチ2は持ってきてるな?」
「ん? あぁ、一応」
「甜花ちゃん」
「は、はひ」
「エアライダーは嗜む?」
「へ?」
「みんなー! お蕎麦の準備出来たよー! 下の食堂に降りてきて……」
「ロードローラーだッ!」
「いやそれバトルチャリオットだろ! 馬っ鹿、テメェこっち来んな!」
「そういう冬馬さんも……こっち来ないで……巻き込まれる……!」
「一人で逃げようったってそうは行かねぇんだよ! オメェも巻き添えだ大崎妹!」
「ほぉら後少しだぞ~」
「あっ」
「「げっ」」
「にへへ……ハイドラ……揃った……!」
「と~うまく~ん! 僕たちズッ友だよね~!」
「あぁそうだよズッ友だよ友なら俺のための犠牲になれ!」
「逃がさない……!」
「「あああぁぁぁぁ!?」」
「GGだ、甜花ちゃん。完敗だよ」
「この借りはいつかぜってー返してやるからな」
「にへへ……望むところ……」
「どうしよう千雪さん、甜花ちゃんが甘奈の知らないところで男の人と友情を交わしてるんだけど……!?」
「えっと……仲良しなのはいいことじゃない?」
甘奈ちゃんに呼ばれたので先ほどの激闘をお互いに讃えあいながら食堂に降りていくと、何故か甘奈ちゃんが戦慄していた。一体彼女に何があったのだろうか。
それはそれとして、俺たちがゲームで盛り上がっている間に千雪さんと甘奈ちゃんが用意してくれた引っ越し蕎麦をご馳走になる。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「お蕎麦、多めに用意してあるから、お代わりが欲しかったら言ってくださいね」
既に二十歳を超えて数年経つので育ち盛りとは言わないが、それでも俺も冬馬もよく身体を動かすのでどちらかというと健啖家。加えてつい先ほどまで重い家具を運んでいたので腹は十分減っていた。なのでお言葉に甘えさせてもらおう。
「へぇ、二人はオーディション組なんだ」
食事をしつつ、行儀が悪くならない程度にお話。話題は三人がアイドルになったきっかけについて。
「はい。甜花ちゃんと一緒に受けたんです」
「なーちゃんに……連れていかれました……」
正直「だろうね」というのが率直な感想である。
「なんとなく、なーちゃんだけ、受かるんだろうなって……思ってたけど……」
「甜花ちゃんだって可愛いんだから受かるに決まってるじゃーん!」
こんなに可愛くて性格が正反対で、姉っぽい妹と妹っぽい姉の双子の姉妹なんて多分俺が面接した日には、その場で合格通知出すと思う。
「千雪さんもオーディションを?」
「いえ、私はたまたま見かけた男性の袖ボタンが取れかかっているのを教えてあげたところ、その方がプロデューサーさんで、あれよあれよと……」
俺たちの界隈でいうところの『ティンときた』と呼ばれる出来事だった。
「それまでは雑貨屋さんでお仕事をさせていただいて、プロデューサーさんは最初『兼任でもいい』って言ってくださったんです」
「兼任アイドルかぁ……」
「そういう方って、いらっしゃるんですか?」
「んー、俳優とかスタントとか作曲家とか、そういう兼任をするアイドルは何人か知ってますけど……」
精肉店のカウンターに立つ幼馴染とか、花屋の店番をする妹分とか、喫茶店でウエイトレスをしている妹分とかもいるが、それはあくまでも実家のお手伝いであって仕事としての兼任ではない。
「……あぁいや一人『アイドル』と『プロデューサー』と『校長』と『統括部長』と『芸能科講師』を全部兼任してる奴がいますね」
「「「えぇ!?」」」
「……東豪寺は例外中の例外だろ」
驚愕する三人。一人黙って蕎麦を啜っていた冬馬からポツリとツッコミが入った。
「それを言うんなら、今のお前だって『アイドル』兼『副社長』だろ」
「いや俺の副社長はただの肩書だから」
あくまでも『周藤良太郎という存在に社会的な地位を持たせる』っていう意味合いでの副社長就任である。
「そういう会社経営とかは、兄貴や留美さんみたいにしっかりと未来を見据えることが出来る人に任せとけばいいんだよ。俺はアイドルやるのに精一杯」
「サブクエばっかりやってるような人生のくせに」
「サブクエ楽しいだろうがよぉ!」
「未来を見据える……」
「ん? どうかしましたか?」
何やら気になるワードがあったらしい千雪さん。俺が尋ねると「いえ、大したことじゃないんですけど」と千雪さんは前置きした。
「プロデューサーさんから、ちょっとした宿題を出されてるんです。ね、甘奈ちゃん、甜花ちゃん」
「うん」
「むつかしい宿題……」
「『動く点Pによって変化する面積を求めよ』とかそういう?」
「中学生レベルの課題じゃねぇかよ」
「高卒の天ヶ瀬君は当然解けるよな?」
「……………」
「かく言う俺も数学苦手だから大分怪しいんだけど」
「じゃあ何で煽ってきたんだよ」
「そ、そういう宿題じゃなくてですね」
大分脱線した話を苦笑する千雪さんが戻してくれた。
「私たちのユニット名の『アルストロメリア』は花の名前なんですけど、花言葉が『未来への憧れ』っていうんです」
「それでプロデューサーさんに『三人はどんなアイドルになりたいのか』をしっかり考えてみて欲しいって言われたんです」
「ずっと考えてるけど……上手く言語化出来ない……」
「どんなアイドルに、ねぇ」
「……いや、そーゆーのって普通ユニット名を決める前に考えておくべきもんじゃ」
冬馬の正論に千雪さんは苦笑しつつも首を横に振った。
「プロデューサーさんにはプロデューサーさんなりの考えがあるみたいだけど、あくまでも『私たち三人』の答えをしっかりと出して欲しいらしいんです」
「ふーん」
「ねぇねぇ、良太郎さんたちはどんなアイドルになりたいって思って、今のトップアイドルになったんですか?」
甘奈ちゃんにそう問いかけられるが、隣に座る甜花ちゃんが甘奈ちゃんの肩を揺らしてそれを止めた。
「だ、ダメだよなーちゃん、プロデューサーさんに『カンニング禁止』って、言われたよ……」
「カンニングって」
「ひ、人の考えを聞いちゃうと、それに引っ張られちゃうからって……」
「便乗禁止ってことか。それじゃあ教えられないなぁ」
「そんなー!」
とはいえ『周藤良太郎』がアイドルを目指した理由なんてものは少しネットを漁れば出てくるものだし……あ、そうだ。
「よし、その代わりに俺からも課題を出そう」
「えー!? 課題増えるのー!?」
露骨に嫌がる甘奈ちゃん。甜花ちゃんも無言のまま視線で抗議していて、千雪さんだけが不思議そうに首を傾げていた。
「大丈夫大丈夫、何かを考えるとかそーゆーのじゃないから。どちらかというとミッションとかサイドクエスト的な意味での課題だよ」
「サイドクエスト……!」
甜花ちゃんの目がキラリと光った。ゲーム好き的にはやっぱりこういう言い回しの方が琴線に触れたようだ。
「俺が君たち三人に課す課題は――」
おまけ『123プロの名物風景』
「あれー? 留美さんどーしたのー?」
「良太郎さんみたいにバケツなんて持って」
「志希さん、志保さん……いえ、ちょっと社長に怒られまして」
「へー、それってりょーたろー以外にも適用されるんだー」
「というか何したんですか……?」
・カレーパン
マジで最近カレーパンがアイマス名物になりつつある気がする。
・「ロードローラーだッ!」
逆にロードローラーっていう単語でディオ以外の何を連想しろと?というレベル。
・バトルチャリオット
・ハイドラ
まだロードトリップクリアしてませーん!
・「サブクエばっかりやってるような人生のくせに」
基本的に良太郎の人生はメインクエが終わった後の追加シナリオみたいなお話なので……。
・おまけ
まぁ当然怒られるよね。
アニメ見て『じゃあアルストロメリアというユニット名はどこから……?』って思ったのは多分自分だけじゃない。
『どうでもいい小話』
今週末はいよいよMOIW2025ですよ! 大阪でお会いしましょう!