「うーん、やっぱりコレだよなぁ」
一人の悩める少女の突発相談室inコーヒーショップを終えた翌日、俺は珍しく朝から翠屋でいつものコーヒーを飲んでいた。
「昨日飲んだコーヒー、不味くなかったんですけど俺の舌には合わなくて」
「嬉しいことだけど、ちょっとだけ申し訳なさもあるかなぁ」
いつものカウンター席で士郎さんといつも通りの他愛のない会話。
今日は日曜日なのでモーニングを食べに来ている他のお客さんもいつもより多い。とはいえ殆どが常連さんなので伊達眼鏡で変装しても俺の正体を知っている人が多く、身バレとかそういう危険性は少なかった。
「そういえばニュース見たよ。頑張ってね、審査委員長」
「勿論俺も頑張りますけど、一番頑張らないといけないのは出場するアイドルたちなので、もし良かったら士郎さんも応援してあげてくださいね」
「勿論だよ。良太郎君には悪いけど、今後ウチは310プロ推しでやらせてもらうからね。新人ちゃんたちの応援はしっかりさせてもらうよ」
もう一つの
「良太郎君の目から見てどうだい? 今の『彼女たち』は」
「今俺がその評価をするとインサイダー取引的なものに引っかかったりしませんかね?」
「そっちの業界のことは詳しく知らないけど、多分ならないんじゃないかな」
当然俺は『彼女たち』のことを知っているし会ってもいる。なんだったら今回の『W.I.N.G』には出場しない『彼』との交流も生まれていたりする。
「悪くないと思いますよ。ただ今年は色々な事務所が『W.I.N.G』に力を入れているみたいなので激戦は必至、ってところですかね」
310プロだけではない。283プロだけでもない。様々な事務所が新人アイドルの排出に例年以上の力を入れていた。
「前身の番組があるとはいえ、一応今回のオーディションに優勝すれば『W.I.N.G』初代王者っていう称号が手に入るわけですからね」
「そう考えると、その初代王者争奪戦に123プロは参戦しないんだね」
「そもそもウチは今年オーディションやりませんでしたからね」
実際は今年どころか志保ちゃんのときからオーディションをやっていない。元事務員からアイドルデビューした美優さんを一番の新人としても、約二年うちの事務所に入って来たアイドルはいないことになる。
「よく『123プロはこのまま新人アイドルを入れるつもりはない』っていう噂を聞くけど、本当にそうなの?」
「別に『絶対に入れない』って決めてるわけじゃないですよ」
正確に言うと、ここ最近はずっと『八事務所合同ライブ』という超特大企画を進めるためにそれどころじゃなかった、というのが正解である。
「ただ、もし次に新人のアイドルを迎えることになったら、そのときは……」
「そのときは?」
「『周藤良太郎』が培ってきた全てを、そのアイドルに託してみたいですね」
「……それはまた、凄いことになりそうだね」
「そのときは士郎さんにもご協力お願いするかもしれません。今の俺が存在するのは、間違いなく高町家の道場での特訓のおかげなんですから」
「そのときが来たら事務所関係なく協力させてもらうよ」
未来のアイドルの王は、果たしてどんなアイドルになるのだろうか。
「そういえば、なのはちゃんは今日は朝からお仕事ですか?」
今日は日曜日の朝なのになのはちゃんの姿が店内に見えなかった。昔は良くお店のお手伝いをしていたが、アイドルになってからはその頻度はぐんと減ってしまった。お店の看板娘の一人がアイドルになったことに、俺を含めて常連客は嬉しくもあり寂しくもありといったところである。
ちなみに
「なのはちゃんもすっかりトップアイドルですね……」
「あぁいや、今日のなのはは朝から学校で補習だよ」
「あれ?」
優等生のなのはちゃんには似つかわしくない不在理由に一瞬首を傾げたが、自分にも思い当たる理由があったためすぐに気が付いた。
「もしかしてお仕事の分ですか?」
「あぁ、なのはの学校は学外活動で授業を欠席した場合の補習を土日を使ってやってくれるんだ」
これは学生アイドルにはありがたい措置である。自分も高校の頃に何度も補習のお世話になった。
「身近なところに『アイドルと学業を両立させて大学まで卒業したトップアイドル』がいるおかげで、なのはもやる気になってるみたいでね。アイドルを子に持つ親としては本当にありがたいことだよ」
「こんなのをモデルケースにしてもらえるとは、ありがたいと同時に少しだけ申し訳ないような気もしますね」
俺の場合、大学は結構色々なところで下駄を履かせてもらったおかげで卒業できたような気がしないでもない。いくら教授のお眼鏡にかかったからとはいえアイドルに関する事柄で卒業論文を書くことになるとは思わなかった。
「でも今は『アイドル春の時代』なんだろ? きっとその教授さんも、今の世相を先読みしてそういう論文も今後は必要になってくるって考えたんじゃないかな」
「……そうだといいんですけどね」
そんな話をしている内に、もうそろそろ時間である。
「士郎さん、コーヒーのお代わり、持ち帰りに出来ますか?」
「勿論、すぐに用意するね」
二杯目のコーヒーを店内で味わう時間はないため、紙コップに淹れてもらってプラスチックの蓋をする。これで現場への道中でも士郎さんのコーヒーを楽しむことが出来る。
「ご馳走様でした。今日も一日頑張れそうです」
「行ってらっしゃい。今日もお仕事頑張ってね」
もう一人の父親に見送られ、俺は今日の仕事現場へと向かうのだった。
「そういえば良太郎さん……あれ!? 良太郎さんは!?」
「我が娘ながら不憫な……」
さて美味いコーヒーと共に清々しい気分で仕事現場に向かった俺なのだが。
「……灯織ちゃん?」
「あ……お、おはようございます……!」
その道中で、目の下に盛大な隈を生成して瞳をギラギラと怪しく輝かせた少女と再会することになった。
「えっと、昨日振りだけど……大丈夫?」
「えぇ……大丈夫ですよ……絶好調と言っても過言ではありません」
どう考えても徹夜した人のテンションである。あからさまに昨日出会った灯織ちゃんとは別人なのである。
「もしかしてなんだけど……寝ないで手紙書いたの?」
「ご安心を、ちゃんと寝ましたよ……気が付いたらベッドの中にいましたので」
「ちゃんとベッドの上で寝れて偉い」
この際寝落ちしていることには目を瞑ろう。ただ今の状況を鑑みると長くても二時間ぐらいしか寝てないんじゃないだろうか。そしてそんなに時間をかけて書いたということは、昨日俺たちが危惧したようにとんでもない文量の手紙になってしまったのではないだろうか。
「私、気付いたんです……思いの丈を際限なく書いてしまうと、それだけ手紙の枚数が増えて嵩張ってしまうことに……」
「そこに気付けたことも本当に偉い」
どうやら俺たちが心配しすぎたというか、灯織ちゃんのことを少しバカにしていたようである。そうだよね、いくら自分の思いを伝えるためとはいえ、ユニットメンバーに送る手紙を十枚も二十枚も書いたりするわけないもんね。
「だから、電子化しました……!」
「おうふ……」
やっちまったよこの子。
自信満々にタブレットの画面を見せる灯織ちゃんに、俺は思わず目元を手で覆って天を仰いでしまった。
以前346プロでプロジェクトクローネの面々のレッスンを見ていたとき、文香ちゃんに電子書籍を進めたところ「物理的な制限が無くなってしまうと……きっと自分を抑えられなくなりそうで……」と言っていたことを思い出した。なるほど、少し意味合いは違うけれどこういうことを言っていたんだなぁ。
「今までの私の態度を謝るためにも、これからみんなと一緒にアイドルをやっていくためにも、きっとこれぐらいの文章が必要なんです……! 私は、それだけの態度を取ってしまったんです……!」
「灯織ちゃん……」
寝不足であろうことを加味したとしても、そう口にする灯織ちゃんは悲壮な表情を浮かべていた。彼女は本当に心優しい子なのだろう。そうでなければ、自分自身の言葉にこれだけ思い悩むこともないはずだ。
「……そうだ」
ふと手元のコーヒーの存在を思い出す。
「灯織ちゃん、コーヒー好き?」
「? ……はい、それなりに……」
「それじゃあ、はい、あげる」
「えっ……」
「まだ口付けてないやつだから安心して」
灯織ちゃんは目をパチクリさせながら、俺の顔と手元の紙コップを何度も視線を行き来させる。
「今の灯織ちゃん、ちょっとだけ表情が硬いよ。そんなんじゃまた誤解されちゃうよ?」
「うっ……」
「だから、眠気覚ましに美味しいコーヒーでも飲んで。俺のイチ押しのお店のコーヒーなんだ」
「……………」
数瞬悩んだ灯織ちゃんは、やがて恐る恐る手を伸ばすとか細い声で「ありがとうございます」と言って紙コップを受け取ってくれた。
「頑張ってね、灯織ちゃん」
「はい、頑張ります……!」
昨日と同じようにペコリと礼儀正しく一礼してから、灯織ちゃんは行ってしまった。若干足取りがふらついているような気がしないでもないが……士郎さんのコーヒーでしっかりと目を覚ましてくれることを祈ろう。
「……………」
灯織ちゃんがユニットメンバー上手くいくかどうかは……きっとこの先の『W.I.N.G』で自然と分かることになるだろう。
どうか彼女たちの名前をの出場アイドルの中で見つけることが出来ますように。
「……ずずっ……あっ、美味しい……どこのお店のだろう……聞けばよかった……」
・『彼』
彼は310プロ唯一のスタント俳優を目指して活動中です。
・「だから、電子化しました……!」
お目目ぐるぐるひおりんが紙なんてものに縛られるはずがなかった。
流れで書いていたら、いつの間にかひおりん翠屋常連ルートに入っていた。何故。
全然お話が進みませんでしたが、一応次回でちゃんと終わる予定です!
『どうでもいい小話』
876フェス観ました。どうして俺はもっと早く愛ちゃんたちを再登場させなかったんだと後悔しています。やっぱり……彼女たちも……アイマスなんやなって……。