「すみません」
「……はぁーい」
彼女が結華ちゃんの言っていた女性だと確信したので声をかけてみたのだが、返って来た反応に若干のうんざり感が見え隠れしていた。声色はにこやかなのだがこちらを見る目が一切笑っていない。
恐らくだが、彼女の容姿と一人でいるところに目を付けられて既に何人かの男性から声をかけられているのではないかと予想する。結華ちゃんも初めて会ったときはライブ会場でナンパされていたって話らしいが、まぁ声をかけたくなる気持ちは分かる。
とはいえこのまま無惨にあしらわれるわけにはいかないので、俺が待ち人だと伝えるために『結華ちゃんが指定した合言葉』を口にする。
「ユイカ マイ フレンド」
「ぷふっ」
女性がマスクの下で小さく噴き出す。一本取った。
「……結華ちゃんから『何か変なことを言ってくる人がいたらその人』って言われてましたけど、もしかしなくても貴方ですね?」
「奇遇だね。俺も『何か変なことを言いながら声をかけてね』って言われたよ」
今更ながらとんでもない無茶ぶりである。何故初対面の人との待ち合わせで自主的に不審者にならなければいけなかったのか。
「改めて、結華ちゃんのお友だちだね? 俺のことは『リョーさん』って呼んでくれ」
「お話は聞いてますよ。私は『ふゆ』って呼んでください」
マスクを外して控えめに笑う女性、改めふゆちゃん。やはり素顔も可愛い。
「……いや俺の話聞いてたの?」
「え? そりゃあ、初対面の人と待ち合わせをするわけですから……」
「俺割とノーヒントだったんだけど?」
何故俺に対してはこうも具体的なヒントがなかったのかを結華ちゃんに問いたい。一歩間違えたら割と大惨事だったわけだが。
「か、確信がなかったのに、あの声のかけ方は勇気がありますね……?」
気を遣ってオブラートに包んでくれているものの、直訳すると『お前見知らぬ人にあの声のかけ方ってマ?』である。おかしい、確かに言葉のチョイス自体は俺だが結華ちゃんの指示に従っただけなのにも関わらず、出会って数分の女性からの警戒レベルが徐々に上がっている気がする。
「待ち合わせ場所にいる一番の美人さんに声をかけろって言われてたからね。確信はなかったけど自信はあったよ。これでも人を見る目にはちょっと自信があるんだ」
「うふふっ、ありがとうございます」
お、コレは言われ慣れてる人の対応。意外と自分の容姿に自信があるタイプかな?
さて、無事に合流出来たところでそろそろ会場の方に移動を……。
「……あれ、アンタまさか……」
そんな言葉が背後から聞こえてきた。俺の名前を呼ばれたわけではなく、俺に対して向けられた言葉というわけでもない。眼鏡も帽子もしている状況で一般人に対して身バレする危険性は殆どない。
ただ俺を『周藤良太郎』だと理解している人物である可能性もあるわけで、一応念のため背後にいる
「……って、君は確か……」
「い、いよいよ始まるのね……」
「うわー! なんだかすっごくワクワクしてきた!」
「こ、こんなに大勢の人の前で歌うの初めて……」
「ね! 楽しみだね!」
めぐるちゃんと灯織ちゃんの間の温度差が凄い。
「今二人の間でアッパーしたら飛龍昇天破打てそう」
「結華、なに言っとーと?」
「そういうのは良太郎先輩がいるところじゃないと拾ってくれる人がいないよ」
背後でそんな会話をしているアンティーカの面々はさておき。確かに灯織ちゃんの言う通り、今回のステージは私たちが経験したことが無いレベルの大きなものだった。
少しだけ、ワクワクしてしまうめぐるちゃんの気持ちも分かる。
今までのステージが小さかったとは言わない。それでも私が小さい頃から思い描いた『アイドルのステージ』というのは、紛れもなく今から私たちが挑むステージだった。
しかし、怖気づいてしまう灯織ちゃんの気持ちは分かる。
これが私たち『イルミネーションスターズ』にとって、デビュー以来最大のステージ。そして目の前の仕事をしっかりとこなせば結果が付いてくると信じていた一次選考とは違い、ここからは明確に
震える腕を反対の手でぎゅっと握りしめながら、私は小さく息を吐いた。
「大丈夫です!」
そんな私の不安を吹き飛ばしたのは、果穂ちゃんだった。
「トップバッター、アタシたちがバッチリ決めてきてやるよ!」
「任せておきなさい!」
「先方として、きっちりと役目を果たして参ります……」
「め、めちゃくちゃ緊張するけど、みんなと一緒なら大丈夫!」
抽選で決まったセットリストにおいて、三十余組が出場するこのライブのトップバッターに選ばれたのはなんと私たち283プロの『放課後クライマックスガールズ』だった。
「……………」
自信満々に大丈夫だと言い切った果穂ちゃん。しかしそんな彼女の手が震えているのに、私は気付いてしまった。果穂ちゃんだけじゃない。樹里ちゃんも夏葉さんも智代子ちゃんも凛世ちゃんも、不安と緊張を押し殺しているだけ。
それでも果穂ちゃんたちは笑っていた。後に続く私たちのために、自分たちは大丈夫なんだと笑ってくれているのだ。
「……頑張ってきてください!」
「お願いします……!」
「頑張れー!」
283プロ全員からの応援を背に『放課後クライマックスガールズ』の五人はトップバッターとしてステージへと上がる準備に向かった。
その背中は、間違いなく『283プロのヒーロー』だった。
「そろそろだな」
ステージ上ではMCがステージ前に集まった観客たちを軽く煽っている。新人アイドルのイベントだけあって、集まったのはそれなりに濃いアイドルオタクばかり。彼らは新たに芽吹こうとしている未来のトップアイドルの誕生をいち早く見たいがために、この二次選考の会場に集まったのである。
「アクア君たちは前に行って来たら?」
「ふゆたちのことならお気になさらなくてもいいですよ?」
「いや、俺たちもここでいい」
「オシャレしてる二人をあの人ごみに紛れ込ませるのは忍びないからね」
そんなファンたちの喧騒から少し逃れ、ステージから少し距離のある後方の少しだけ開けたスペースに
「それにしても、まさかアクアマリンが彼女連れで妹たちの応援に来るとはね」
「いちいちフルネームで呼ばないでください」
以前事務所に挨拶へ行った際に、アイさんから自慢の息子だと紹介されていた。何故かその際、お互いに何かしらのシンパシーを感じ取ったのだが、多分気のせいだと思う。
そんなアクアと一緒にライブに参加していたのが、ティーダと同じ劇団ララライに所属している若き天才女優として名高い
「ふゆ、まさかアイドルのライブで芸能人のお忍びデートに遭遇するなんて思いもしませんでした……」
「あはは、どうかご内密にお願いしますね?」
二人ともしっかりと変装はしていたものの、アクアが俺に話しかけたことでふゆちゃんも二人の正体をしっかりと看破してしまった。どうやらアクアも俺と一緒にいたことで彼女も芸能関係者だと勘違いしてしまい油断したらしい。
キラキラと目を輝かせるふゆちゃんに、あかねちゃんはパチリとウインクをしながら「しーっ」と人差し指を立てていた。
そんな二人の会話を見つつアクアが視線だけで(アンタ自身のことは言ってないんですね?)と聞いてきたので、俺も視線だけで(だから黙っててな)と返事をする。
「しかし、デートでアイドルのライブに来るとは思わなかったな。いやアクアの目的が妹の応援だから恋人的にもセーフ判定が出たのかもしれんが」
「いや、今回のライブは寧ろ俺の方がおまけなんで」
「私がかなちゃんの応援に来たかったので!」
「なんでやねん」
満面の笑みでバッと『B小町』有馬かなのメンバーカラーである白のペンライトを掲げるあかねちゃん。よく見ると彼女の手提げ鞄にもさりげなくかなちゃんの缶バッジが付けられていて、彼女が新人アイドルという点を加味すると結構な強火のファンであるということが伺えた。
そんな会話をしている内に、いよいよオープニングアクトも佳境。観客のボルテージも高まりつつあった。
「トップバッターは誰なんでしょう……!」
「かなちゃんかなちゃんかなちゃん……いやここはいっそオオトリの方が……」
若干テンションがおかしい一人を余所に、ついにライブが始まろうとしていた。
勿論俺はトップバッターが誰か知っている。
『『『『『Ladies,ready? Go!』』』』』
『みなさーん! 初めましてー!』
『私たちはー!』
『『『『『放課後クライマックスガールズです!』』』』』
『W.I.N.Gフェス、盛り上げてくぜー!』
『一足早い夏を届けるわよ!』
『みんな、付いてきてねー!』
『参ります……!』
ビーチブレイバー
『放課後クライマックスガールズ』
小宮 果穂/西城 樹里/有栖川 夏葉/園田 智代子/杜野 凛世
283プロが誇る切り込み隊長が、一足早い夏の祭典の幕を切って落とした。
さぁ、君たちの輝きを見せてくれて。
・「ユイカ マイ フレンド」
二度と帰ってこない俺たちの年末……。
・『ふゆ』
本名名乗ってないけどようやく本編登場だあああぁぁぁ!!!
・意外と自分の容姿に自信があるタイプ
ちなみにアイ転版性格魔改造が入る予定です。
・飛龍昇天破
熱気と冷気を用いた上昇気流で相手を吹き飛ばす早乙女乱馬の技。
構図は似ているが「うろたえるな小僧ども!」ではない。
・星野愛久愛海
『推しの子』に登場するメインキャラ。
妹と同じくLesson436にひっそりと登場していたりする。
この世界では俳優として活動しつつ、医学部を目指して勉強中。
・何らかのシンパシー
何か共通点があるんですかねぇ(すっとぼけ)
・黒川あかね
『推しの子』に登場する主要人物。
色々な意味で作中で一二を争うやべー奴。でも可愛い。おっぱいも大きい。
この世界でも有馬かな反転アンチで厄介オタク。
・ビーチブレイバー
夏! 放クラ! トップバッター! この曲しかないよなぁ!?
三話使ってようやくライブ始まるってマ?
もしかしたら一話伸びるかもしれませんが、今回のお話の主目的は『最後のライバル』という名の『ラスボス』お披露目回なのでぇ……。