「うーん」
悩む。二次選考の合否に悩む。私情を一切挟まないように悩む。たまに『やっぱり基準は胸の大きさですか?』なんて聞かれることはあるが、そんなことは断じてない。
……断じてないのである!
「随分と考えておられますね」
「あ、どうも」
背後から暖かいお茶の入った湯飲みが手渡される。こうして風間さんがちゃんと気配を出して話しかけてくるところを見ると、どうやらそれだけ心配されているようである。
「そりゃそうですよ。審査委員長という肩書を持つ以上、最終的な審査結果は俺の責任になるわけですから」
「無理だけはなさらないでください。それと、あまり強く責任を感じることも皆様望まれません。特に奥方様からも強く仰せつかっております」
「奥方様て」
もしかしなくてもりんのことである。
ずずっとお茶を啜る。うん、とりあえず今は一息つくことにしよう。
「……………」
「ん? 留美さん、どうかしましたか?」
「よければ、留美殿もどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
なんだか微妙な顔をしていた留美さんも風間さんから湯飲みを受け取る。
「……なんというか、流石ですね」
「何がですか?」
「いえ……良太郎君が忘れるわけないとは思っていますが、念のため確認させてください」
ずずっとお茶を飲んでから留美さんが尋ねる。
「今ってライブ本番直前ですよね?」
「そうですよ?」
周りのスタッフが慌ただしく最終チェックに奔走しているが、俺は既にゲネも済ませているので後は時間になったらステージに立つだけ。故にこうして最後のリラックスタイムとしゃれこんでいるわけである。
ちなみにここで「みんな頑張ってね~」と手を振ると、「ありがとうございますそれだけで頑張れます!」と目を輝かせるスタッフが三割、「お前もうちょっと緊迫感持てやボケが」という視線を返してくるスタッフが七割である。長年俺と共に仕事をしてきてくれたスタッフが多い現場なので、とてもアットホームな雰囲気だ。
「安心してください留美さん。万が一にでも
「……失礼しました。そうですよね、良太郎君はいつだってそうでしたね」
留美さんは安心したような呆れたような、そんな表情でふぅと溜息を吐いた。
「結局、何処まで行っても俺の原動力はファンからの歓声なんです。悩もうが苦しもうが、ステージに立っているときに一番チカラを貰えるんです」
ちなみに今回のライブは昼の部と夜の部に分かれた二部構成。一日に二回もライブが出来る素晴らしい日である。なのはちゃんや美由希ちゃんも含め、何人かの知り合いも来てくれるらしい。
さて、そろそろスタンバイする時間だ。湯飲みを風間さんに返し、代わりにマイクを受け取る。
ここまでの俺は『審査委員長の周藤良太郎』だった。そしてここからは『アイドルの周藤良太郎』である。
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
「ご武運を」
『周藤良太郎』のファンミーティング当日。しかし翠屋は今日も営業中だ。しいて言うならば、休日は店の手伝いに入ってくれるなのはや美由希がファンミに参加するため不在であるぐらいだ。
今日は日曜日ということもあり当然客足は途切れない。朝から父さんや母さんや忍、その他アルバイトやパートの店員と共に忙しく動き回っている。
「これだけお客さんが多いと、しれっとアイドルが来店してても気付かないかもね」
「流石に気付くだろう」
「でも昨日の『アルストロメリア』の三人には気付かなかったわけじゃん?」
「俺は覚えたんだ……アイドルが発するオーラというものを」
「なんか急に周藤君みたいなこと言い出した」
昨日の晩になのはと美由希から「アイドルが多く出入りするお店の店員として、流石にもうちょっとアイドルというものに興味を持った方がいい」という苦言を呈されてしまった。特に美由希からは「アイドルの護衛の仕事もやってたくせになんだその体たらくは」的なことを言われてしまい、思わず手が出てしまったほどである。
「それ、出たのは本当に手だったのよね?」
「御神にとっての手足には変わりない」
「本当に手だったのよね!?」
アイドルの発するオーラ云々はさておき。今日は仕事をしつつ来店する客がアイドルかどうかを見極めてみる。
「見ているがいい。アイドルを見極める、御神の目を」
「うーん、やっぱり周藤君の影響をモロに受けているような気がする」
一時間後。
「ここまで来ると逆に凄いわよ」
「そんなバカな……」
呆れ顔で溜息を吐く忍に俺は愕然とする。
「全く……周藤君の特異体質のせいでちょっと感覚がおかしくなってるんじゃない? いくらここが『翠屋』だからってそんなに頻繁にアイドルが来るわけないじゃない」
「む……」
「三番テーブルの男子高校生三人組だって会話を聞く限り
「ならば九番テーブルは……」
「ざーんねん、私の知り合いの
割と自信があっただけに結構ショックを受けている。まさかここまで自分の感覚が狂っているとは思わなかった。
「また美由希を連れて父さんと共に山籠もりする必要がありそうだな……」
「そこでしれっと美由希ちゃんを巻き込むところが良くないと思うの」
「美由希なら喜んで参加するが?」
「うーん本当にこの兄妹は……」
「山籠もりするんですか!?」
「っ」
「いらっしゃいませ」
忍と共に振り返ると、そこには目を輝かせた赤毛の少女が立っていた。年の頃は大体なのはと同じぐらい……いや、多分見た目よりもずっと幼い。恐らくまだランドセルを背負っているくらいだろう。
「あっ! 急にごめんなさい! なんだかヒーローの特訓みたいでカッコいいなって思いまして!」
「いえ、そんな大層なものじゃないですよ」
「そうなんですか……?」
「はい。荷物が刃物と毛布のみというだけで殆どキャンプです」
「それをどう四捨五入してもキャンプにはならねぇんだよなぁ!?」
赤毛の少女の背後に立っていた金髪の少女のツッコミに、忍が「うんうん、それが世間一般の感想よね」と頷いていた。
「た、食べ物や寝る場所はどうするんですか……!?」
「現地調達です。山の中で行う全ての行動が修行になります」
「貴方はなんでこんなときに限ってそんなに饒舌になるのよ!?」
「やめてくれ! これ以上ウチの果穂に変な知識を吹き込まないでくれ!」
さて、忍との無駄口に巻き込んで時間を取らせてしまったが新規のお客さんである。意識を店員へと切り替える。
「
「「「えっ」」」
テーブル席が空いているのでそこに案内しようとすると、忍を含めた三人が呆気に取られたような表情になった。
「な、なんでアタシたちの人数が分かったんですか!?」
「入店前の声が聞こえていましたので。表でお電話をされている女性と、彼女と一緒にいる二人の女性がお連れ様でよろしかったですよね?」
「そ、そうですけど……」
「凄いです凄いです! それが山籠もりの成果なんですね!?」
「ダメだ……完全に
先ほど以上にキラキラと目を輝かせる赤毛の少女に、忍は頭痛がするといった様子で頭を抱えた。
「ごめんなさい、待たせたわね」
「夏葉さんのお電話、終わりました……」
「まだ案内されてないってことは、やっぱり混んでるんだね~」
そうこうしている内に残りの三人も入店した。なんというか、随分と共通点の見当たらない不思議な五人組である。
「皆さん! あたしたちも修行でパワーアップしましょう!」
「だぁぁぁ待て待て! ちょっと落ち着けって!」
「え、何があったの」
「大変なんだ! 果穂が山籠もりをしたがってる!」
「本当に何があったの!?」
「果穂、貴女にその気があるのならば私の知り合いの山を紹介出来るわ」
「するなするな!」
「お供します……!」
「凛世ちゃんも覚悟決めないで止めて!?」
普段が普段なのである程度の騒がしいのは許容出来るが、せめてテーブルにぐらい案内させてもらいたい。
「その原因は間違いなく貴方よ、恭也」
心外だ。
(それにしても……)
俺の勘はこの五人もアイドルではないかと告げているが、ここまで三戦全敗。このままではまた忍に「手当たり次第に言ってるんじゃない?」と言われてしまうため、この辺りで
「皆さん、大変お待たせしました」
「テーブルの方にご案内しますね」
「「あっ」」
忍と共に振り返る。
そこには笑顔の父さんと母さんがいた。それは普段から家族に向ける優しい笑顔で、それにも関わらず何故か二人の背後がグニャリと歪んでいるように見えて仕方がなかった。いや、多分本当に歪んでいるんだと思う。
この後、改めて五人の新規のお客様をテーブルに案内した。
そして忍と二人で滅茶苦茶怒られた。
・とてもアットホームな雰囲気
アットホーム(時と場合によっては背後から蹴りが入る)
・何処かの高校の生徒会長同士
・ただの幼馴染四人組
・倉本家のお嬢様
時間はかかりますが後にちゃんと登場させます宣言。
一応ナンバリングの本編ですがほぼ番外編のような感じになってきたな……。