その日、その会議室のドアには一枚の張り紙が貼られていた。
『如何なる理由であれ何人も入るべからず』
一切の入室を拒絶したその会議室で行われているのは、現在のアイドル界隈で一番注目されていると言っても過言ではない案件。
そう、『W.I.N.G』の最終選考に駒を進めるアイドルユニットを選出するための運営会議である。
『W.I.N.Gフェス』で開催したアンケートの結果を踏まえ、そこから俺を含めた審査員十三人による客観的判断に基づいた厳正なる審査により、僅か八組のアイドルを選出する。これは今回の企画において最重要案件となっているため、その運営会議には部外者は一切立ち入ることが許されず、また
そのために専用のお手洗いが存在する特別な会議室が選ばれ、さらに飲食物も予め大量に買い込み、さながら現代のコンクラーベである。脳内の冬馬と志保ちゃんから「いやコンクラーベも現代だよ」「去年ニュースになってたじゃないですか」とツッコミが入ったが、要するにそれだけ厳正な審査が行われたということなのである。
それはとても、とても白熱した審査となった。
「このアイドルの素晴らしさが分からないなんて、貴方の目は節穴ですの!?」
「節穴は貴方の目ではなくて!? それ以前にもっと大事なものをお母上のお腹の中にお忘れになられてあそばれるのでは!?」
「黙って聞いていれば好き勝手仰いますわね! その議論はワタクシも参戦させていただきますわよ!」
「ちょっとワタクシとの議論は終わっていませんことよ!? スカート丈の長さで貴方が負けを認めるまで逃がしませんわ!」
「上等ですわ! 貴方たち徹底的に分からせてさしあげます!」
「貴方たち全員お排泄物ですの!」
審査が白熱しすぎてギスギスしたものにならないように、あらかじめ全員がお嬢様言葉を徹底するように取り決めていてもこの荒れ模様である。守秘義務とは別の意味で外部の人間を入れなくて良かったと全員が心の底から思ったことであろう。
ちなみに上記のセリフには俺のものも含まれていたりするのだが、別にどれが俺でも大した問題ではないので気にしないでほしい。
お昼過ぎから始まった会議は、次の日の日の出とともに決着した。
今ここに、初代『W.I.N.G』王者の称号を冠する最後の戦いに挑む八組のアイドルが決定した。
咲き誇れ、未来への憧れ!
283プロダクション所属『アルストロメリア』
私たちに言葉はいらない。
961プロダクション所属『アルバノクト』
焔を『ウタ』に。泪を『ネガイ』に。
283プロダクション所属『L’Antica』
夜空を彩る小さな極光。
283プロダクション所属『イルミネーションスターズ』
巻き起こせ、新たな時代の波を!
346プロダクション所属『ニューウェーブ』
伝説を再び。
15プロダクション所属『B小町』
女の子はいつだって放課後がクライマックス!
283プロダクション所属『放課後クライマックスガールズ』
雷と星。その輝き。
310プロダクション所属『ライトニングスターズ』
「良太郎、お前やったな?」
「いきなり何の言いがかりだ」
『W.I.N.G』最終選考進出決定の報が関係各所に公開され、SNSがその話題で盛り上がり見せる。その一方で何故か俺は事務所のラウンジで冬馬からジト目で睨まれていた。
「今回の審査において胸の大きさを判断基準にはしてないぞ」
「胸の話はしてねぇよ」
「その件で問い詰められること自体は想定してたんだ」
俺の弁明の言葉に冬馬だけじゃなくて翔太までもが疑いの目を向けてくる。
「なんなら証拠見せようか。今回の審査は残念だったけど、俺の心の奥の
「そっちの話を広げようとすんじゃねぇよ」
「寧ろりょーたろーくんの方が話したそうだね」
ならば一体何に対して言いがかりをつけてきたというのだろうか。
「最終選考に進出した八組中六組が
「しかもこれ、半数が283プロじゃん。大丈夫? 色々言われない?」
「なんだそんなことか」
冬馬の言う通り、八組の内『アルバノクト』と『ニューウェーブ』を除いた六組がプライベートで知り合っている。そして翔太の言う通り、今回出場した283プロのアイドル全てが最終選考に進出する結果となった。
「安心しろ。これは純然たる『審査』の結果だ。俺を含めた審査員十三人全員が納得して出した結論だ。……誰にも、文句は言わせない」
「っ」
「……っひゃ~、りょーたろーくんがガチだ~」
ガチにだってなるさ。こう見えて、結構本気でこの企画に挑んでるんだから。
「ねえねえまゆまゆ、このキャッチコピー結構いい感じだよね?」
「そうですねぇ、各々の特色が出ていると思いますぅ」
俺たち同様にラウンジで最終選考進出アイドルの紹介記事を読んでいた恵美ちゃんとまゆちゃんの楽しげな会話が聞こえてきた。ちなみにアイドルの掲載順は単純に五十音順である。
そんな二人に挟まれるように座っていた志保ちゃんは「ふむ」と何かを考えていた。
「良太郎さん、この各アイドルの紹介の煽りは当然良太郎さんが考えたわけじゃないんですよね?」
「その聞き方で否定から入ることある?」
いや確かに俺じゃないけどさ。ネーミングセンス同様にキャッチコピーのセンスも終わってるとでも言いたいのだろうか。そういうことに対する苦情は
「じゃあ他のスタッフさんですか?」
「いや、アイドルが決まった段階で各事務所に連絡を取って、各々で考えてもらったよ」
流石に各事務所への合格通知を各種メディアを通して、というわけにもいかないので、スタッフたちに電話で連絡させてもらった。
「特に283プロは凄かったらしいよ。なんでもアイドルやスタッフが全員揃って事務所で連絡を待ってたらしくてね」
電話したスタッフ曰く「電話口に出たのは事務員のお姉さんだったけど全員が聞き耳を立てていたらしく、合格したユニット名を口にするたびに爆発するような歓声が聞こえた。電話の最後の方は事務員のお姉さんが口調的に穏やかにブチギレていた」とのこと。多分「いくら何でも喜びすぎだ」とはづきちゃんの雷が落ちたことだろう。くわばらくわばら。
「そうですか……そうなると、やはり」
「志保、どーかしたの?」
「いえ、純粋な疑問がありまして」
俺の話を聞いてなお首を傾げる志保ちゃんに恵美ちゃんが問いかけると、彼女は「やっぱり分からない」といった視線をこちらに向けた。
「『アルバノクト』の紹介文、本当に961プロ側から提出されたものなんですか?」
「相変わらず志保ちゃんは鋭いなぁ」
どうやら『アルバノクト』は現在の黒井社長の肝入りアイドルらしく、担当プロデューサーが社長本人らしい。となると当然紹介文の提出は彼に頼むことになるのだが……。
「どんな反応が返って来たか聞きたい?」
「聞かなくても大体想像出来ます」
「黒井のおっさん、言いそうだなぁ」
「黒ちゃんなら絶対に言うね」
「俺まだ何も言ってないんだけど」
想像で済ませた志保ちゃんはともかく、元『黒井社長の肝入りアイドル』だった冬馬と翔太にとっては聞くまでもなかった模様。まぁ俺も聞く前から大体想像出来たけどさ。
「というわけでいっそのこと空欄にでもしてやろうかと思ったんだけど、アイドルに罪は無いからね」
一応『W.I.N.Gフェス』参加アイドル全員と面接的なことはしているから『アルバノクト』の亜夜ちゃんと心白ちゃんがどんなアイドルかは把握している。亜夜ちゃんからは若干
「そこで黒井社長のお言葉をパイ生地に包んで卵黄を塗ってから200度に予熱したオーブンでしっかりと焼いたものがこちらになります」
「パイでも作ってんのかお前は」
「とりあえずオブラートだけじゃ薄すぎて包みきれなかったってことは分かりました」
「砂糖とバニラエッセンスで甘い味付けにして誤魔化したんですねぇ」
「逆に原文が気になってきた」
ともあれ、これに関して961側から文句等は来ていないようなので黒井社長も納得してくれたのだろう。寧ろ納得してくれなくちゃ困る。
「あー! そんな話聞いてたらアップルパイが食べたくなった!」
「急だね?」
「恵美ちゃんの気持ち、分かりますぅ」
「……実は私も」
恵美ちゃんが「そんなことより!」と両腕を振り上げながら声を張り上げ、それにまゆちゃんと志保ちゃんまでもが同意した。まさか最終選考進出アイドルの話題から三時のおやつの話題にシフトチェンジすることになるとは思わなかった。
「皆さん、お揃いですか……?」
「三時ですし、おやつ食べませんか?」
そんなとき、まるでラウンジの中を窺っていたのではないかと思うぐらい素晴らしいタイミングで美優さんと留美さんがやって来た。
「美優さん、留美さん、ナイスタイミングです」
「アップルパイとかありませんかー!?」
「え、恵美ちゃんいきなりどうしたんですか……?」
「ちょっとだけパイの話題になって、どうやらパイの口になってしまったようで」
「ははぁ、なるほど」
突然アップルパイを要求する恵美ちゃんに困惑する美優さん。志保ちゃんの説明に留美さんは納得したように頷いた。
「良太郎君が346プロの十時愛梨さんの話題でも出したんですね?」
「酷い言いがかりだ!」
・お嬢様言葉
最近お嬢様バズの原作と漫画にハマっててぇ……。
・各アイドルの煽り文
283組は公式サイトのものを引用改変。他は作者が考えました。
・くわばらくわばら
本来は雷が落ちないように祈る言葉なので、正しい使い方。
ついに最終選考に進出した八組の紹介です! 多分ニューウェーブだけ予想外だったのではないでしょうか。多くはないでしょうが……ちゃんと出します! あの三人を!
『どうでもいい小話』
ようやく11月のデレのライブの情報が来ましたね。
当たれ!! 両日!!!