『W.I.N.G』最終選考進出アイドル八組が発表された翌日。私たちは改めて283プロの事務所の会議室に再集合した。
「はい。皆さんが静かになるまで一晩かかりました」
「一番騒がしかった人が何か言ってる」
「誰よりもプロデューサーが煩かったじゃん」
「一晩寝たら忘れた?」
全員の前に立ってプロデューサーさんに対してみんなから厳しい意見が飛び交う。プロデューサーさんが言うように私たちが大騒ぎしてしまっていたことは事実だが、それでもやっぱり一番騒いでいたのはプロデューサーさん本人だったこともまた事実だった。
「でも一晩経っても嬉しい気持ちには変わりないよね!」
「うん……!」
「嬉しい……! 嬉しい……!」
「灯織ちゃん、昨日しっかり寝れた?」
めぐるちゃんも灯織ちゃんも目が爛々としているのだが……こう言ってはなんだけど、なんというか陽と陰って感じがした。とりあえずこの話し合いが終わったらめぐるちゃんと協力して灯織ちゃんを仮眠室に押し込もうと思う。
「それでは改めて……みんな、『W.I.N.G』最終選考進出おめでとう。誰一人欠けることなくこの大舞台に挑めることが出来て、俺も自分のことのように嬉しいよ」
全員が落ち着いたところで、再びプロデューサーさんが話し始める。
「でもこれはまだ最終目標じゃない。手放しに全てを喜ぶのはまだ早い」
「一番手放しに喜んでた人が何か言ってる」
「誰よりもプロデューサーが全てが終わったかのようだったじゃん」
「一晩寝たら忘れた?」
先ほどと全く同じやり取りに、発言した智代子ちゃんと樹里ちゃんと結華ちゃん以外の全員が笑ってしまった。
顔を赤らめたプロデューサーさんが「コホン」と咳払いをする。
「今日は改めて『W.I.N.G』最終選考について確認をしよう」
国内最大級のアリーナで行われる最終選考は
「二日間で最大三回のステージを披露することになる。今から三回分のパフォーマンスを練習するとなると、本来ならば二週間では少し厳しいところだ。それでも俺たちは『W.I.N.G』に出場すると決めてから
『W.I.N.G』は一次選考がファン投票のみで行われたため、二次選考と合わせて最大四つのステージに立つことが決まっていた。だから私たちは最初から最終選考まで勝ち抜くことを前提にスケジュールを組んできたのだ。
それが全て無駄になる可能性なんて一切考えなかった。きっとそれぐらいの想いが無ければ、まだまだ経験が足りていない私たちはこんなところにまで辿り着けなかった。
「そういえば私たちは大丈夫だったけど、まだ四曲も持っていない子たちが最終選考まで進出した場合はどうなっていたんだい?」
「言われてみれば、普通デビューして一年未満のアイドルなら持ち歌四曲未満とかでも全然おかしくないとね」
「っていうか、イルミネの三人が実際にそうだよね!?」
咲耶さんの疑問に恋鐘さんが同調し、ハッと気づいた様子で結華さんが目を剥いた。
私たちも当初、最大四回ステージに立つことになると知ったときに焦ってしまったのだが……。
「そのことなんだが、別に四つのステージ全て別々の曲を披露しなければならないという規定はないんだ」
「そうなの!?」
「そもそも出場既定の中に『歌唱曲数』なんてものすら存在しなかったからね」
「じゃあ一曲も持ち歌が無いアイドルはどうすれば……?」
「流石にそのレベルのアイドルが一次選考を勝ち抜くことがそもそも難しいっていう話もあるけれど……一応『カバー曲』もオッケーなんだよ」
「かばーきょく……ってなんですか?」
「他の人の曲を歌わせてもらう、ということよ」
首を傾げる果穂ちゃんに対する夏葉さんが説明したように、自分たちの曲以外でも出場していいということなのである。
「『同一曲歌唱可』『カバー曲可』、これら二つは歌唱曲数が少ない新人アイドルに対する運営からの配慮だな」
「じゃあイルミネの三人も何処かで同じ歌を歌うってこと?」
「そ、それかカバー曲……?」
甘奈ちゃんと甜花ちゃんが尋ねてくるが、私たちの選択はそのどちらでもない。
「良かったら私の歌、歌う?」
「美琴さん!?」
「い、いやそれはちょっと……!?」
「お、恐れ多いというか……!?」
突然会議室にひょこっと顔を出した283プロが誇るトップアイドルからの提案に、私たちは三人揃って辞退の意を示す。
「遠慮しなくていいのに……」
「は~い美琴さ~ん、後輩ちゃんたちのことが気になるのは分かりますが、貴女は今からお仕事ですよ~」
少しだけ食い下がろうとした美琴さんの背中をはづきさんが押していってそのままフェードアウトしていった。
「ちょ、ちょっとビックリしちゃったね」
「うん……」
「でも……私たちのこと、気にかけてくれてたんだね」
美琴さんは私たちがアイドルになるもっと前から活動しているトップアイドルだ。未だにアイドルとしての経歴が浅くデビューしてからの日程の関係上、私たちはまだそんな彼女と一緒の仕事というものをしたことが無い。
そんな人が私たちのことを想って自分の歌を提供しようとしてくれたことが……純粋な応援の言葉よりも嬉しかった。
「よしっ、それじゃあ最終選考に向けての作戦会議を続けるぞ!」
「――っていう感じで、断られちゃった」
「んー……まぁ順当かな」
収録現場で一緒になった美琴から、珍しく事務所での後輩たちとのやり取りを聞かされた。殆ど関わりが無いみたいな感じだったから、意外とちゃんと交流出来ていたみたいでお兄さんちょっとだけホッコリ。
ただイルミネーションスターズの三人が美琴の曲をやり始めたら意外性は強かったと思うが、残念ながら審査材料にはならないどころかユニットと曲のイメージが合わないとマイナス要素になるのでやめておいた方がいい選択肢である。
「でも実際どうなの? やっぱり新人アイドルに四つのステージはハードル高いんじゃないかな」
「うーむ。無理して四曲披露することはないし、全部同じ曲だったとしても審査員としては評価を変えるつもりはないんだけどなぁ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ」
特に最終選考は要するに対バン形式なので、例え前回と同じ曲だったとしても評価するのものは『どちらが良かったか』というシンプルな要素。ファン投票と審査員投票によるシンプルなもので勝者を決める。
「『だから持ち歌が少ないアイドルでも気軽に参加してね』っていう意味合いで『同一曲歌唱可』『カバー曲可』っていうルールにしたんだけど……」
「イマイチ伝わってないみたいだね」
これは次回開催時の改善点である。
「ちなみに良太郎が同じ立場だったらどうする?」
「というと?」
「一曲だけで四ステージこなしてくださいって言われたら」
「いや……そりゃ
四ステージだろうが十ステージだろうが、例え同じ楽曲だとしても全く同じステージになんてしない。寧ろそれが出来なくて何がトップアイドルか。
「私は……どうかな、出来るかな」
美琴は手元のペットボトルに視線を落とす。
「毎回全力でステージには立ってるけど……逆に言えば私は、それしか出来ない」
「美琴……」
正直、俺やアイツに憧れて脳を焼かれてしまった美琴からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
……きっと今の美琴に必要なのは『一緒にステージに立ってくれるユニットメンバー』なのかもしれない。いつだって独りでステージに立っている俺が言えたことではないのだろうけれど、きっとそんな気がする。
(これを直接美琴に言うと、今の美琴を否定することになるから口にはしないけど)
その辺りのことは美琴のプロデューサーさんに任せることにしよう。美琴は俺の友人ではあるが……今は283プロのアイドルなのだから。
「こんな本番前にそんなタラレバの話してても仕方ないさ」
「……うん」
そろそろ収録だ。スタッフたちの準備も出来てきて、他の共演者も集まってきて――。
「良太郎君、今ニラレバの話した!?」
「してないですねぇ」
――なんか食い物の話をすると集まってくるタイプの妖怪まで来てしまった。
「まさか良太郎君から『ニラレバが食べたい』なんて要望が出てくるなんて!」
「言ってないんだよなぁ」
ニコニコ笑顔の美奈子ちゃんの圧が強い。大乳の美女に迫られているというのに全く心躍らないどころかなんだか胃の調子が悪くなってきた気がする。
「奈緒ちゃん、ちゃんと手綱握っててって何回も言ってるでしょ」
「奇遇やなぁ、私も無理に決まってるやんけって何回も言っとりますわ」
美奈子ちゃんのユニットメンバーである奈緒ちゃんに文句を言ってもしょうがないと分かりつつも、明らかに彼女の目が「お前も逃がさない」と語っていたのでこれは正当な苦情だと思う。なんだったら最初から俺を巻き込ませるために美奈子ちゃんに提案した可能性すらある。
せめて一人でも多くこの妖怪『飯食わせ』の大盛攻撃の道連れにすべく、手当たり次第スタッフに「今日この後みんなで食事行かない?」と誘うのであった。
しかしスタッフにも美奈子ちゃんのコレが知れ渡っていたため普通に断られた。オイお前たちトップアイドルの誘いを躊躇なく断るんじゃねぇせめて申し訳なさそうにしろ何だその薄ら笑いはテメェら全員面覚えたからな。
「……ちなみに美琴、この後の予定は?」
「高町家で食事」
結局道連れは増やせなかった。というか俺もそっちに行きたかった。
この後、撮影でめちゃくちゃ最高のパフォーマンスを披露して、佐竹飯店でめちゃくちゃ美味しい料理をめちゃくちゃ食った。
・トーナメント形式
漫画版を参考にしています。
・『同一曲歌唱可』『カバー曲可』
イルミネどころか他の四ユニットもデビューして半年経ってないのに、普通に四曲持ってる方が逆におかしいというか……。
・食い物の話をすると集まってくるタイプの妖怪
他には眼鏡や幽霊やパンや……346ばっかじゃねぇか。
矛盾とか疑問とか起こりそうなところを予め潰しておくための雑談回でした。
次話は多分、346プロ辺りのお話。
『どうでもいい小話』
二週間ずっとIWSFのアーカイブ観てるんだけど、初日のオーバーランク大暴れの様子を見てるとやっぱり良太郎もこれぐらい暴れて当然だよなって思った。