『え、ちょっ、割と凹む……うおおお負けませんよ! これからも俺はこれでご飯を食べていかねばならないんです!』
スピーカーによって拡声されたパフォーマーの焦る声がここまで聞こえてくる。相手もプロなので本気の危機感を覚えているわけではないだろうに、随分とプロレスが上手である。……あれ、もしかしてガチで焦ってる? しっかりしろよプロ。
「とはいえ、確かにあれだけ見事にやられちゃ焦る気持ちも分からないでもない」
亜夜ちゃんに一言断りを入れてから隣に座らせてもらう。
「『見ただけですぐに出来る』か。実際に目の当たりにすると末恐ろしいね」
「……アイドルとして何でも出来る貴方がそれを言うんですか」
「否定はしないけど、あくまでもアイドルの範疇の話だよ。それに
よく誤解されるのだが、俺は人より物覚えが良いわけじゃない。高町ブートキャンプのおかげで手に入れた人並み以上の体力を利用して、無理やり人より多くの反復練習をしているだけなのだ。
「年々覚えなきゃいけないことが増えていくし、羨ましい限りだよ」
「……それは嫌味ですか?」
「申し訳ないけど、まだ今の君に対して嫌味を言う必要はないかなぁ」
どうやらこの言い方も気に障ったようで、可愛らしく睨まれてしまった。
「とはいえ納得はしたよ。心白ちゃんの
「っ!?」
鋭く睨みつける亜夜ちゃんの目が見開かれた。
「分かるんですか?」
「知名度だけで審査員長になったわけじゃないからね。流石に君のところの社長さんには負けるけど、アイドルを見る目にはそれなりの自信があるよ」
「……ごめんなさい、正直見くびってました」
素直でよろしい。
「でも一つだけ訂正させてください。心白のそれは才能じゃありません。心白のお母さんがそういう風に指導した結果です」
「おっと、それは申し訳ない。失礼なことを言ったみたいだね」
「私も貴方に失礼なことを言ったので、それでお相子ということにしておいてください」
開き直ったパフォーマーと共にコンビジャグリングを始めた心白ちゃん。ステージに立っているときの彼女は圧巻の一言に尽きるのだが……そこには『彼女自身』がいない。
良く言えば優等生のステージだ。しかし悪く言ってしまえば『奥空心白じゃなくても成立する』ステージなのだ。
「母親と同じように演技の道に進んでいたら、きっと心白は今頃『黒川あかね』と並び称されるような名優になっていたと思います」
「
しかし彼女は俳優としてではなく、アイドルとしてステージに立つ道を選んだ。
「心白なりの挑戦だって言ってました。そして『W.I.N.G』で勝てなければアイドルを辞める、とも」
「……それを俺に言うのか」
「不用意に声をかけるからですよ」
してやったりと言わんばかりにニヤリと笑う亜夜ちゃん。
「そういう契約なんだって聞きました。それが心白のお母さんと黒井社長と三人で決めた『アイドルを続ける』ための第一条件だって」
「とりあえず黒井社長に無理やり辞めさせられるとかそういう話じゃなくて良かったよ」
まさかこれを打ち明けるのは黒井社長の新たな絡め手の一種なのかと疑ったが、彼はこういう同情を引くタイプの工作はしてこないから多分違う。
「悪いけど、それを知っても俺の審査基準は変わらないよ」
「私たちだって同情票なんていりません。これは私たちなりの宣言ですから」
パフォーマーと共に観客から喝采を浴びてからこちらに駆け寄ってくる心白ちゃんの姿を見ながら、亜夜ちゃんははっきりと言い切った。
「心白は自分自身の表現が出来ない。私はそんな心白の足元にも及ばない。それでも『W.I.N.G』で
「……あ、ゴメン、走って揺れる心白ちゃんの胸に気ぃ取られてた。もう一回いい?」
「心白! さっさと行くわよ! 時間の無駄!」
「えぇ!? そんなに怒ってたの!? ゴメンね!? 思わず楽しんじゃって……!」
ズンズンと肩を怒らせて去っていく亜夜ちゃんと、よく分からないまま俺に対して一礼してから彼女の後を追う心白ちゃん。そんな二人の背中にヒラヒラと手を振って見送るのだった。
「……あぁ、本当に参ったな」
ベンチの背に大きくもたれかかりながら天を仰ぐ。
これで『最終選考進出アイドル全員に声をかける』という当初の目標は達成したわけなのだが、ほんの少しだけ止めておけばよかったとも思っている。それと同時に声をかけて良かったとも思っている。
この『W.I.N.G」にかける想いに、アイドルにかける想いに優劣をつけるつもりはない。優勝出来なければ辞めると言ったアイドルであろうと、出場条件が揃っているから出場したアイドルであろうと、
故に、本当ならば全員を選びたい。だが全員を選ぶということは誰も選ばないということと同じだ。
「なんて、今更うだうだ言ってても始まらないな」
少しだけ考えを落ち着けるように、俺はそのまま少しだけ目を閉じた。
「――君、周藤君」
「……ん?」
「何ちょっとカッコつけた感じで目ぇ閉じてるんですか」
「おう普通に起こせや」
マジで『W.I.N.G』のスタッフはいい意味でも悪い意味でも遠慮がない。確かにイチイチ敬われるよりはいいが、蔑ろにしていいとは言っていない。
「大体なんでアンタいるんすか」
「転職して何が悪いんですか。それと私ぐらい気軽に接するスタッフがいて、周藤君も嬉しいんでしょう?」
「乳がなぁ……」
「右目と左目、どっちに青痣作りたい?」
「斬新な選択肢」
何故か以前レコーディングスタジオで働いていたスタッフがいつの間にか『W.I.N.G』の運営スタッフの中に紛れ込んでいた。確かに気軽に接することが出来るスタッフはありがたいけれど、何かが違う気がする。
「私はまだネームドになる野望を捨てていませんからね」
「どこかの既存キャラに当てはめてもらった方が早いんじゃないですか?」
「唯一無二が欲しいんですよ!」
果たして彼女の野望が叶う日は来るのだろうか。
そんなどうでもいいやり取りをしつつ、俺はソファーから立ち上がって背伸びをする。本当に寝ていたわけではないが、小休憩にはなった。
「……いよいよだな」
ついに訪れた『W.I.N.G』最終選考、初日である。
「なのは~! 恭ちゃ~ん! 始まるよ~!」
「分かってる~」
「美由希、お前も手伝え」
「立ってるものは兄でも使えって言うでしょ?」
お兄ちゃんと共に紅茶を淹れたマグカップをリビングに運ぶ。
今日は一日オフ。そしてオフの日のお店のお手伝いもお休みさせてもらい、私は自宅のリビングで『W.I.N.G』の最終選考を見る予定なのだ。
リビングのテレビにタブレットを繋ぎ、配信を大きな画面で見る準備は整っており、お姉ちゃんがテレビの正面のソファーに座って自分の両脇をポスポスと叩いている。私はお姉ちゃんにマグカップを渡しながら隣に座り、その反対隣りにお兄ちゃんがお姉ちゃんの頭にチョップを落としてから座った。
……ゴスッという鈍い音がしてお姉ちゃんもとても痛がっているのに、何故かお姉ちゃんの手のマグカップの水面は一切揺れていない。これはお姉ちゃんが凄いのかお兄ちゃんが凄いのか……。
そんな兄と姉の戯れを余所に、配信画面は既に会場を映し出していた。運良く現地観覧の権利を得た幸運なアイドルファンたちが私たちと同じようにライブの開始を心待ちにしている様子だった。
「ってて……最終選考の組み合わせ、どういう組み合わせになるんだろーね?」
「これから抽選だね」
「八組中四組が283プロとなると、よほど運が良くないと身内で戦うことになるな」
とはいえ、どのみち勝者の椅子はただ一つ。戦わずに済む道は存在しないのだ。
そしてそれは『W.I.N.G』に限った話ではない。アイドルの世界で生きていく以上必ず直面する問題であり、乗り越えなければいけない壁なのだから。
「みんな! いよいよ最終選考だぞ!」
「声めっちゃ震えてて草」
見た目は普段通りにスーツを着こなす爽やかイケメンなPたんなのに、音声だけ別撮りなのかと錯覚するぐらい別人で全員に笑みが零れる。
「よし、みんな緊張はしてないみたいだな!」
「待ってPたん、その声のまま進行するのはちょっと腹筋に悪いから勘弁して」
緊張が解れるどころか別の問題が発生しそうなのでお互いにちょっと落ち着こう。
全員で深呼吸をしてから、改めて。
「……いよいよ『W.I.N.G』最終選考だ」
ついに迎えた本番当日。アイドルユニット八組によるトーナメント形式で行われる最終選考は、初日に準々決勝と準決勝を、二日目に決勝を行う。翌日の決勝には当然二組しか出場出来ないわけで……。
……ここにいる私たち四組の内、確実に半数以上が明日のステージに立つことは出来ないのだ。
いや、そもそも私たち全員が決勝に進めない可能性だって存在する。
「……俺は全員に勝ってほしい。例えそれが不可能なことだったとしても……俺はそのつもりで今日みんなのステージを見守るつもりだ」
そう言い切ってからPたんは「なんて、優柔不断なことしか言えなくてごめんな」と苦笑するが、私を含め誰一人そんなこと思うわけなかった。
「そんなこと言わないでおくれ、プロデューサー」
「そうばい! うちらだって気持ちは同じばい!」
「勿論三峰たちだって自分たちが勝ちたいけど……それと同じぐらい
例えこれからもトーナメントで対戦することになろうとも、私たちは『勝ちたい』と思うのと同じぐらい『勝ってほしい』と思ってしまうのだろう。
「そして例えそうなったとしても、私たちは一切手を抜くつもりはないわ!」
「あぁ、誰が相手であろうと全力だ!」
「……あぁ、分かった。それじゃあ俺も心置きなく『全員』を応援するよ」
それぞれの意志が一つになったところで、そろそろ開会式の時間だ。
『W.I.N.G』最終選考が始まる。
・心白が抱える問題
ゲームやれてないからコミュ動画ちょっとずつ見てます……。
・「私はまだネームドになる野望を捨てていませんからね」
第八章のハイジョ編やバイト編からの再登場。
作者もまさか三度目の登場になるとは思わなんだ。
ようやくここまで辿り着きました。シャニマス編『前編』の最終局面です。
……ちなみになんですけど、皆さんアニメのシャニマスは見ましたか?
……W.I.N.G、どんな感じでしたっけね?(牽制)