アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。


番外編08 もし○○と恋仲だったら 賀正

 

 

 

それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「――きてください、良太郎君。ねぇ、起きて」

 

「……ん?」

 

 ゆさゆさと肩を揺さぶられる感覚にゆっくりと意識が浮上してくる。

 

「……あれ?」

 

 目を開けるとそこは自宅のリビングだった。フローリングの上にカーペットを敷き、さらにそこに設置した炬燵の中。どうやら俺はそこで寝てしまっていたらしい。

 

 しかし俺と俺を起こしたその人物以外誰もいなかった。

 

 今日は大晦日で、一年の最後の日。家族や家族候補などが我が家に揃って年越しをしていたはずなのだが、俺と同じように炬燵に入っていた両親や、兄貴や小鳥さん、二人の娘のヒナちゃんがいなくなっていた。

 

「あれ……みんなは?」

 

「神社に初詣へ行きましたよ」

 

 そうなのか。確か紅白歌合戦が始まった辺りまでの意識はあったのだが。

 

 とりあえず。

 

 

 

「ありがとう、茄子」

 

「はい、どういたしまして」

 

 

 

 起こしてくれた最愛の恋人である鷹富士茄子は、ニッコリと微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 茄子との馴れ初めを語るとすると、出会いは高校初日の教室だった。偶然にもクラスメイトになった幼馴染みの恭也と共に入った教室で、真っ先に目に入ってきた美少女が茄子だった。真新しい制服を下から押し上げる見事な大乳も勿論大変素晴らしかったのだが、それ以上の何かに惹かれて俺は彼女から目が離せなくなってしまった。

 

 要するに一目惚れをしてしまったのだ。思わず恭也の少々強めの拳骨で再起動するまでの三十秒ほど静止(フリーズ)してしまったほどだ。

 

 その後、たまたま席が隣同士となったことで交流が始まり、紆余曲折を経て恋人同士になったというわけである。

 

 え? その経緯が一番知りたいからちゃんと掘り下げろ? 知らん、そんな事は俺の管轄外だ。

 

 

 

 大事なのは、神様転生という大層な経験をしたにも関わらず『特典も何も貰わなかった』俺が普通に青春を謳歌しているということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――初めまして、周藤良太郎です。

 

 

 

 彼に対する第一印象を正直に話すと、無表情で怖い人、でした。喋る時の口と瞬きをする時の目以外で顔を動かすことが一切なく、その端正な顔立ちと相俟ってまるで精巧に作られた人形のようで少し不気味でした。

 

 そんな彼と席が隣同士になり内心ちょっとだけ怖がってしまいましたが、少しずつ話す内にそんな印象は消えていきました。

 

 家族のこと、最近見たドラマのこと、授業のこと。そんな些細な話題の中で、私は段々と彼のことを知りました。生まれた時から表情が動くことなく苦労していること、優秀な兄に劣等感を抱いていたこと、しかし友人によってその劣等感を克服したこと。

 

 それと同じように、いつの間にか私も自分のことを彼に話していました。名前にコンプレックスを抱えていること、人よりも運がいいこと、しかしそのことで他人から妬まれることもあること。出会って一ヶ月の人に対して到底打ち明けるようなことではないことを、私は彼に話していました。

 

 私が彼を、そして彼が私を意識し始めたのはきっとその頃から。

 

 ふと気が付けば彼の姿を視線で追っていました。授業中、友人との談笑中。例えどんなことがあろうとも表情が変わることがない彼の姿を、しかしよくよく見ていると人一倍喜怒哀楽がハッキリとしている彼の姿を。時折、彼からの視線と噛みあってしまい、恥ずかしくなって視線を逸らしてしまうことも何度もありました。

 

 

 

 告白は、クリスマスに、彼からでした。

 

 

 

 それから三年生の今に至るまで、私と彼はずっと恋人同士でした。時たま口喧嘩をする時もあったけど、それでも今まで別れずにこうしてやってこれたのは、きっと本当に両想いだったからなのだろうと私は思っています。そのことを彼に話すと彼はそっぽを向いてしまいますが、ただ恥ずかしがっているだけなのだとちゃんと理解しています。

 

 え? 告白の言葉を知りたい? 残念ですけど、それは秘密。絶対に秘密。

 

 

 

 良太郎君が私だけにくれた、大切な言葉だから。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 何だろうか、俺の管轄外だと言ったら俺ではない誰かによって壮大に暴露されたような気がする。

 

「どうしたんですか? 良太郎君」

 

 お茶が入った急須を持ってキッチンから戻って来た茄子が俺の横に入ってきながら顔を覗き込んでくる。極々自然に腕と腕が触れ合うような距離に入って来るが、今更動揺したり照れたりするような間柄ではない。寧ろわざと腕を動かして肘で胸に触れるぐらいのことをしても怒られることもないだろうが『とある事情』で若干緊張していた今の俺にその考えは頭に無かった。

 

「いや、何でもない。それより、俺たちも初詣に行くか?」

 

「良太郎君が行きたいなら付いていきますけど……」

 

「んじゃ、家の中でゆっくりしてようぜ。どうせ行くなら茄子の振り袖姿見たいし」

 

 外は寒いしー、と炬燵の中に深く入り込む。

 

「ふふ、じゃあ良子さんに着付けを手伝ってもらわないといけませんね」

 

 コポコポと俺の湯呑にお茶を淹れながら微笑む茄子。

 

『それじゃあみんなー! 盛り上がっていくよー!』

 

 茄子に淹れてもらったお茶を啜っていると、テレビには十二人のアイドルの姿が映っていた。今年の夏頃から人気が急上昇し始め、今年初の紅白出場を果たした765プロオールスターズである。センターの天海春香を筆頭に、個性豊かな面々で構成された彼女たち。

 

 うむ、確かにこれだけ可愛い子が多かったら売れても可笑しくないな。寧ろ何故今まで売れなかったのかが分からないレベルである。

 

「えっと、765プロって小鳥さんが勤めている事務所でしたよね?」

 

「あぁ、昔はアイドルとして所属してたらしいけど、今は事務員として働いてるんだってさ」

 

 三年前に兄貴と結婚してその翌年に子供も生まれた女性の姿を思い浮かべる。果たしてどういう経緯で知り合い結婚まで漕ぎ付けたのかは知らないが、大変美人なお姉さんである。いや、俺も茄子がいるから羨ましくはないけどね。

 

 脳内で誰に向けてか分からない惚気話をしつつ、舞台の上で観客を魅了し続ける少女たちの姿を眺める。

 

「……凄いですよね、アイドルって。私達と歳はそんなに変わらない女の子なのに……」

 

 しみじみといった感じで呟く茄子。

 

「まぁ、男のアイドルってのもいるみたいだけどな」

 

 年末に突然事務所を辞めたことで話題になった『Jupiter』とか。

 

「……良太郎君もアイドルになっていたら、もしかして人気者になっていたかもしれませんね」

 

「まさか。こんな無表情男がアイドルになったところで人気が出る訳ないだろ?」

 

「分かりませんよ? 良太郎君のその誰にも自分を偽らない姿なら、きっとみんなから人気ですよ」

 

「そうかなぁ」

 

 流石に普段から大乳スキーを公言している奴がアイドルとして受け入れられるわけがないと思うのだが。

 

「そうですよ」

 

「そうか」

 

 茄子に言われてしまったのならばしょうがあるめぇ。

 

「俺よりも茄子の方がアイドルに向いてると思うんだけどな」

 

 歌と踊りはそこそこだけど見た目もスタイルも抜群だし、そして何よりも運がいい。運頼みと言うと聞こえは悪いが、チャンスを掴むためには運だって必要なのだ。その要素を人一倍持っている茄子ならば一気にスターの座を駆け上がりそうである。

 

「……良太郎君は、私にアイドルになって欲しいんですか?」

 

「まさか」

 

 茄子は俺だけのアイドルだ。他の男のやらしい視線の矢面になんて立たせられるはずがない。

 

 もしアイドルになったら、なんて下らない話題でそこそこ盛り上がっていると、いつの間にか紅白歌合戦も終わり、気が付けば年越しまで後十分となっていた。

 

「……今年ももう終わるなぁ」

 

「センター試験まで後少しですね」

 

 思い出したくない現実を突き付けられて思わず脱力する。

 

「頑張りましょう?」

 

「そりゃ頑張るけどさ」

 

 恭也と月村ではないが、同じ大学に行くと約束したのだから何としても頑張らねば。恋人との『イ』チャイチャ『と浮』かれるキャンパスライフ(略して伊○(いとう)ライフ)がかかっているのだから。頑張る頑張る。

 

 年越しまで後五分。

 

「……えっと、茄子?」

 

「はい、何ですか?」

 

 先ほど茄子がお茶を淹れるために席を立った時にこっそりと持ってきてポケットに入れておいたそれを取り出す。

 

 

 

「ちょっと早いけど、誕生日プレゼント。どうぞお納めください」

 

 

 

 そう。何を隠そう、一月一日は元旦であると同時に茄子の誕生日でもあるのだ。

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

 パァッと笑顔になった茄子にプレゼントを渡す。

 

「……え?」

 

 しかし茄子の笑顔は、手のひらの上に乗ったプレゼントを目にした途端、戸惑いの表情に変わった。

 

「りょ、良太郎君?」

 

「……まぁ、三ヶ月分ぐらいは注ぎ込ませてもらった」

 

 まだ学生の身であるため、当然月給なんてものは存在しない。故に収入源は基本的に小遣いかアルバイトぐらいである。

 

 

 

 だから、アルバイトの給料の三ヶ月分ぐらいをその『指環』に費やした。

 

 

 

「……まだ学生の身で、将来なんて全然見えてないただのガキだけと……それでも――」

 

 

 

 ――これから先、死が二人を別つまで一緒に居たい。

 

 

 

「………………」

 

「――重いとかキモいとか思ったら、受け取ってくれなくていい。俺はそれぐらいお前のことが好きだってことを伝えたかったんだ」

 

 我ながらちょっとアレだったかもしれないけど、俺にはこんなことしか思いつかなかった。これから先もずっと茄子と共に居たいという感情を、こんな形でしか表現することが出来なかった。

 

 年越しまで後一分。

 

「……やっぱり、引いたかな?」

 

「……そんなことないです」

 

 見ると、茄子は目の淵の光るものを指で拭っていた。

 

「すごく嬉しいです……」

 

「……そうか」

 

 喜んでもらえたのであれば、俺はそれでいいさ。

 

 年明けまで後五秒。

 

 三。

 

「良太郎君」

 

 二。

 

「ん?」

 

 一。

 

 

 

 

 

 

『あけましておめでとうございまーす!』

 

 テレビの向こうで、女子アナウンサーが新たな年の始まりを告げた。

 

「「………………」」

 

 ゆっくりと顔を離す俺と茄子。茄子の顔と、茄子の瞳の中に映る俺の顔は真っ赤になっていた。別にこれが初めてという訳ではない。しかし、何故か赤面せずにはいられない恥ずかしさがあった。

 

「……茄子」

 

「……良太郎君」

 

 

 

 ――今年も、そしてこれからも、末永くよろしくお願いします。

 

 

 




・周藤良太郎(18)
この世界に『何の特典も貰わずに』神様転生を果たした転生者。
トップアイドルではなく普通の高校生として生活している。優秀な兄と無表情をコンプレックスとしていたが、この高校入学前までに克服した模様。

・鷹富士茄子(18)
良太郎の同級生にして恋人。
本編と同じくアイドルではなくただの高校生。将来どうなるかは分からない。
良太郎と同じように名前に対するコンプレックスを抱えており、そのことで良太郎に親近感が湧いたとか湧かなかったとか。
え? 初登場じゃないかって? Lesson18参照ですよー。

・娘のヒナちゃん
今回の世界線での勝者は小鳥さんでしたとさ。
ヒナは他の二次創作では良く使われていると名前ですね。

・知らん、そんな事は俺の管轄外だ。
「答えルガー!」※前作からの出張

・略して伊○(いとう)ライフ
新刊の高雄さんには大変(ry



 「正月」の「アイマス」キャラと言ったらこの子でしょう!

 というわけで恋仲○○シリーズ、茄子ちゃん編でした。たまにはアイドルにならなかった場合の良太郎とか書いてみたくなったので、現段階でアイドルじゃない子をヒロインに据えさせていただきました。



 そして次回なのですが、リアルの事情により本編のシナリオを考える時間が取りづらいため、もしかしたら番外編が続くかもしれません。ご了承ください。

 新年一回目の更新にも関わらず遅れてしまい申し訳ありません。

 どうか今年もよろしくお願いします。

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