「俺がアイドルを始めたのは、兄貴が勝手にオーディションに応募したのがきっかけだった」
千早ちゃんの部屋の扉に背中を預けた良太郎さんは、色んなメディアで話してるからもしかして知ってるかもしれないけど、と前置きしてから話し始めた。
「恭也の実家の道場に通ってたから体力にはそれなりの自信はあったけど、それ以外のことはてんで門外漢。歌もダンスもまともにしたことなくて、課題の歌とダンスを練習し始めたのはまさかの三日前から」
いやぁ今にして思えばマジでやる気なかったんだなぁと、良太郎さんはハッハッハッと軽く笑う。
――しかし、周藤良太郎はそのオーディションを他の参加者の追随を許さぬ圧倒的大差で勝利した。
「オーディション終了直後から色んなお偉いさんが寄ってきて『是非うちの事務所に』だの『我が社と独占契約を』だの鬱陶しくてねぇ。まぁそういう関係の話はその頃から全部兄貴に丸投げしてたんだけど」
良太郎さんはその誘い全てを断り、お兄さんと二人三脚のフリーアイドルとなった。
ここまではドキュメンタリー番組や雑誌などで誰もが一度は耳にしたことがある話だ。
「そこまで持ち上げられれば、流石に自分でも何となく察したんだよ」
――あぁ、俺には『アイドルとしての才能』があったんだ、って。
「さてここでクエスチョン」
「え?」
唐突だった。
良太郎さんは目を瞑っているため、果たしてその質問が私と千早ちゃん、どちらに対するものなのかは分からなかった。
「自分に『アイドルとしての才能』があると分かった俺が、一番最初に抱いた感情とはなんでしょーか?」
フリップにお書きください、という良太郎さんの冗談に「フリップなんて無いんですけど」と突っ込みたかった。
けれど、出来なかった。
「春香ちゃん、分かった?」
「えっ? えっと……よ、『喜び』ですか?」
「ぶっぶー! ざんねーん!」
マイナス1りょーたろーポイントー、と再び冗談めかす良太郎さんに、私は反応出来なかった。
良太郎さんが一体何を言いたかったのか分からなかった。
「それじゃあ正解。自分に『アイドルとしての才能』があると分かった周藤良太郎が、一番最初に抱いた感情とは――」
事も無げに。
極々自然に。
本当にただのクイズの答えを発表するように。
良太郎さんは『それ』を発した。
――『落胆』と『失望』でした。
それは、遠い昔のお話。
……ごめん、誇張した。まだ四年前のお話です。
当時中学生の俺はまだ『神様からの特典』というものに執着していた。
兄貴の才能に嫉妬し、しかし兄貴本人や幼馴染の言葉によって少し前を向き始めた。
……でも、まだ俺はきっと何処かで『浮いて』いた。
心の何処かで俺は『転生者』であることと『特典』が捨て切れていなかった。
心の奥底で、ずっと期待していたのだ。
「中学二年の頃だったかなぁ。文字通り、中二心満載だった俺は『自分は特別な才能を持っている』って信じて疑っていなかった」
いやはや、転生したことを知らない人からしたらマジ黒歴史。
「マジもんの天才の兄貴に、剣術の才能に溢れた幼馴染とその妹。周りを才能豊かな人たちに囲まれて、俺自身も何かの才能を持っているんだと信じていた」
――俺が神様から貰った特典は、きっとみんなに負けない素晴らしいものだって。
「そして蓋を開けてみれば、それは『アイドルとしての才能』だった」
歌って踊る、アイドルになるための才能。
「兄貴のように頭が良いわけでもなく、恭也のように剣が強いわけでもない」
それはきっと『
対して俺に出来ることは、歌うことと踊ること。
それだけなのだ。
「あぁ、自分の才能はこんなものなのか、って」
だから『落胆』し、『失望』した。
「………………」
何も言えなかった。
今現在アイドル界の頂点に立つアイドルの口から、『アイドルとしての才能』に落胆して失望したなどと言う言葉が出てくるなんて思わなかった。
そして本音を言えば、そんなこと聞きたくなかった。
良太郎さんは、いつもの無表情で淡々と語る。いつもは無表情でも感情の起伏がしっかりと見て取れる良太郎さんだったが、今の良太郎さんからは何の感情も感じられなかった。
「……じゃあ、どうして良太郎さんは……」
尋ねようと思って紡いだ言葉は、最後まで言い切れずに途切れてしまった。正確に言えば、尋ねる言葉に迷ってしまった。
どうしてアイドルになったのか。
どうしてアイドルになろうと思ったのか。
どうしてアイドルをやっているのか。
何をどう尋ねるべきなのか、俯き、言葉に迷う。
「……そんな俺の目の前に、一人の女の子がいた」
その言葉に頭を上げると。
いつも間にか瞼を開いていた良太郎さんは、とても真っ直ぐな眼をしていた。
「その女の子は、泣いていた。とある事故で父親が危篤になり、家族は父親に付きっきり。彼女の家が営んでいるお店も忙しくて、誰も彼女に構うことが出来なかった」
思い出すのは、とある夕暮れの幼稚園。どうか面倒を見ていてくれないかと幼馴染に頼まれた俺が彼女を迎えに行くと、彼女は運動場の片隅で涙を流していた。
彼女は辛かったのだ。大好きな父親も、母親も、兄も姉も。誰も自分の相手をしてくれないことが悲しくて、でもそんな大好きな家族たちに迷惑を懸けまいと『いい子』でいることが、辛かったのだ。
「俺は、どんな言葉をかけるべきなのかが分からなかった。どうしたら彼女を慰めることが出来るのか分からなかった」
だからその時は、もう俺も自棄になっていた。
「自分の才能に落胆して失望して、目の前の泣いている女の子を慰めることが出来ない自分自身にイラついて。……気付いた時には、オーディションでの課題曲を歌っていた」
――なぁ神様、俺には『才能』があるんだろ? 『世界で一番武器になる能力』があるんだろ?
――だったら、今のこの状況が何とかなるのかよ!
――こんな才能が、何かの役に立つのかよ!
「今思えば、その時の歌と振付は人生史上最低だったんだろうな」
別に音程が滅茶苦茶だったとか、振付が雑だったというわけではない。
俺の『心』が、目を覆いたくなるような醜悪なものだった。
……でも――。
「――そんな俺の歌とダンスで、彼女は笑ってくれたんだよ」
歌い終わった時、彼女は顔を上げていた。
目は真っ赤で、頬には涙の跡があり鼻水もちょっと出ていた。
でも、真っ赤な目をキラキラと輝かせて、一生懸命拍手をしてくれたのだ。
――す、すごい! かっこいい!
――えへへ、ありがとう、おにいちゃん!
――なのはは、もうなかないよ!
「彼女の父親の怪我を癒すことが出来たわけじゃない。彼女の家族を連れて来たわけでもない」
それでも。
「俺の『才能』は、目の前で泣いている女の子を笑顔にすることが出来たんだ」
傷を癒すことも、過去を変えることも出来ない。誰かを護ることも出来ない。
それでも、俺の才能は『泣いている人を笑顔にすることができる才能』だった。
後はまぁ、言わなくてもいいだろう。
それが、俺がアイドルになろうと決意したっていう話。
『アイドル』周藤良太郎の始まり。
「……その女の子は、今でも会いに行こうと思えばいつでも会いに行ける。でも、それでも。俺は千早ちゃんの気持ちがよく分かる」
自らの歌で笑顔になってくれる。その喜びを俺と千早ちゃんは知っている。
今の千早ちゃんは『あり得たかもしれないもう一人の俺の姿』なのだ。
「千早ちゃんは、本当に弟君のためだけに歌ってたのかい?」
『……私は……』
そんなはずがない。
だって、あの感謝祭ライブの時も、翠屋に来て憧れのフィアッセさんと握手をしていた時も、千早ちゃんはとても良い表情をしていた。
あれは『千早ちゃん自身』の笑顔なのだと、俺は自信を持って言える。
「きっかけは弟君でも、『今』千早ちゃんが歌を歌う理由はそれだけじゃないはずだ」
俺もそうだから、というのは少し強引なのかもしれない。
「笑顔が嬉しかったからとか、昔そうだったからとか、そうじゃなくてさ」
でも、俺にとって『決意』と『理由』は別物で。
「千早ちゃんも……アイドル、楽しいんだろ?」
『………………』
「俺はスゲー楽しい。春香ちゃんは?」
「っ! た、楽しいです! すごく! 千早ちゃんと! 765プロのみんなと一緒にお仕事して、ライブやコンサートでお客さんの前に立って! ワーッて歓声が聞こえてきて、みんな笑顔になってくれて……!」
それでそれでと更に言葉を紡ごうとする春香ちゃんの頭を二、三度ポンポンと軽く撫でて落ち着かせる。
「アイドルをやる『理由』は、それでいいんだよ」
『きっかけ』、『決意』、『理由』。
一見してそれらは全部同じ意味で、それでも人によっては意味が違っているのだ。
「歌えなくなっちゃったのは、昔のことを思い出してちょっと俯いちゃっただけなんだよ。俯いた状態で声なんか出るはずないだろ?」
歌い手の千早ちゃんが、そんな基本的なことを知らないはずがない。
下を向いて声なんか出ない。
上を向いているからこそ、会場の一番後ろの席まで声を届けることが出来るのだ。
「『過去』を忘れろなんて口が裂けても言えないし、言うつもりもない。でも今は、『今』の千早ちゃんを心配して泣いてる友達のために、ここの扉を開けるところから始めてみようか?」
結局何が言いたかったのかと言うと。
君のことを心配している人のために、少しだけ心を開いてくれ。
ただ、それだけ。
それだけで、十分なのだ。
(……さて)
後は、千早ちゃんがアイドルである『理由』たる彼女の出番だ。
今回のことに関して言えば完全に部外者だったはずの俺はそろそろ退散――。
ガチャ、ガンッ!
目から火花が出たかと思った。
「ぐおぉおおぉ……!? 脳みそが真っ二つに割れるぅ……!」
「も、元々二つに割れてると思います……じゃ、じゃなくて!」
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……」
いや、格好つけて扉に背中を預けてた俺が悪いんだ。そろそろ颯爽と去ろうと扉から体を離したところで千早ちゃんが勢いよく扉を開けるなんてことを想定していなかった俺が悪いんだ。
「と、とりあえず、久しぶりだね、千早ちゃん。……ちょっと寝癖ついてるよ?」
「へ? ……きゃ、きゃあああぁぁぁ!?」
千早ちゃんにしては珍しくちょっとだらしなかった部分を指摘したら、顔を真っ赤にして部屋の中に戻っていってしまった。
しかし、扉に鍵はかかっておらず、閉じられてすらいなかった。
「……さてと、それじゃあ今度こそ、後は春香ちゃんにお願いしようかな?」
「あ……は、はい!」
ありがとうございました、と頭を下げてから、春香ちゃんは千早ちゃんの部屋へ入っていった。
今度こそ、部外者の出番は終わりである。
後は、彼女たちの役目。
「……周藤良太郎はクールに去るぜ……ってね」
・――『落胆』と『失望』でした。
神様から「特典あげるよ」って言われてそこそこwktkしながら転生して、いざ蓋を開けてみた『歌って踊る才能』だったら「我々と同じ人種」ならば普通にショックだと思う。
それに加えて周りが天才だらけだったことがとどめになった。
・「……そんな俺の目の前に、一人の女の子がいた」
Lesson20からの伏線をようやく回収。
実は草案の段階ではこのポジションに如月姉弟がいたが、主人公の年齢や世代的問題から白紙になったという裏話。
・なのはは、もうなかないよ!
TOPより。今見ても「ぶわっ」ってなる。
・「脳みそが真っ二つに割れるぅ……!」
颯爽と去ろうとしたのにギャグ補正に完全敗北する良太郎君UC。
・「……周藤良太郎はクールに去るぜ……ってね」
実は良太郎がSWのセリフ引用するのは二度目。一度目はどこだったか探してみよう(丸投げ)
というわけで色々と『アレ』なお話でした。
「お? アイドルの才能? じゃあ無双するぜ!」的な感じではなく、ちゃんとそれの意味を理解した上でアイドルをやっている、ということが伝われば幸いです。
そして千早が引き籠った理由は良太郎が説得した内容に関しましては、アニメ内で言葉にされていなかったところを文章にしたらこうなるのでは、と考えております。
しかし気が付けば千早回というよりは良太郎回のようになってしまっていました。ドウシテコウナッタ。
……これで終わったと思うでしょ? これ、次回に続くんだぜ……?
次回、蛇足的な感じではありますが千早回ラストです。
『デレマス5話を視聴して思った三つのこと』
・( ゚∀゚)o彡゜雫のおっぱい!おっぱい!
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