アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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最初に一言だけ。



ひゃっはーしすぎました。(^q^)
(過去最長一万文字弱 & R-15タグ追加)


番外編10 もし○○と恋仲だったら 4

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

「……ふぃー……」

 

 お湯に浸かりながら、ゆったりと四肢を伸ばす。

 

 そこは露天風呂だった。何というかそれ以外に説明のしようがないぐらい露天風呂だった。自分の語彙の貧困さが悔やまれるぐらい、趣に満ちた露天風呂だった。

 

 別に自然の中にポツリと作られた天然温泉ではなく、そこは所謂温泉宿と呼ばれる場所だった。後ろを振り返ると自身が潜ってきた戸と洗い場という人工的なものが目に入り、視線を前に戻せばそこはしっかりと手入れがなされた人工的な庭園が広がっていた。

 

 人の手が加わった空間。人の手が加えられた空間。しかし、いや、だからこそ、こうした落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだろう。多分これが侘寂(わびさび)と言うやつなのだろう。知らんけど。

 

 陽はすっかりと落ち、庭園に設置された燈籠がぼんやりと辺りを照らしていた。

 

 そこから視線を少し持ち上げると、そこには満天の星が広がっていた。真冬の澄んだ空気でもないというのにここまでの星空が見えるという事実が、ここが都心から遠く離れた場所だという事実を実感させる。

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

 この音って何処から聞こえてくるんだろうなぁ、と思いつつやや濁ったお湯をすっと手のひらで掬ってみると、そこには湯の花が浮かんでいた。

 

 とりあえず源泉掛け流しらしいのだが、説明をほとんど読まずに入ってきたため効能は一切分からない。が、効能云々を置いておいて疲労回復はしっかりとしてくれそうな気がした。

 

 春先は何かとイベントが多く、先日のIUから続くゴタゴタのせいで全くノンビリ出来なかった。故にこうしてまったりと温泉に浸かれることが出来て大変幸せである。まさにヘブン状態。

 

「……ふぃー……」

 

 体内に溜まった疲れを吐き出すように一息ついてから、改めて考える。

 

 

 

「……何で俺、ここにいるんだろ……」

 

 

 

 別にポルポった訳でもキングクリムゾった訳でもない。ここまでやって来た経緯はしっかりと覚えている。

 

 夕方にその日の仕事が終わり、さぁ明日はオフだとほんの少し足取り軽く帰宅。

 

 しかし何故か帰宅した途端に母さんから着替え一式が詰められたボストンバッグを押し付けられてそのまま家を追い出され、訳の分からぬまま『彼女』に手を引かれてあれよあれよと言う間に気が付けばこの温泉宿。

 

 つまりほんの四、五時間前まで普通に仕事をしていたのだ。

 

 な、何を言ってるのか以下省略。ごめん、やっぱりポルポってた。

 

「……まぁいいか」

 

 結局、母さんもグルだったとはいえ俺をここに連れてきた張本人に聞かねば分からぬことだ。

 

 疲れていたことには間違いないし、今はノンビリと温泉を堪能することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 カラカラ……。

 

 ぼんやりと夜空を眺めていると、背後の戸が開かれる音がした。つまり誰かが入ってきたというわけで。

 

 

 

 まぁ、ここは『貸し切り』で『混浴』なのだから入ってくる人は一人しかいないのだが。

 

 

 

「待たせちゃったかしら?」

 

「いえいえ。眺めのいい露天風呂なんでノンビリしてたらあっという間でしたよ」

 

 ……さて、良太郎、気をしっかり持てよ? いくら鉄面皮の無表情とはいえ(最近麗華から「鉄面皮というよりは面の皮が厚いが正しい」と言われた。解せぬ)態度にはしっかりと出るんだから、変なところを見せるんじゃないぞ?

 

 グリンと上を向くように振り向く独特な角度(シャフド)で振り返る。

 

 

 

 そこには、バスタオル一枚に身を包んだ高垣楓さんの姿が――。

 

 

 

天然(てんねん)の露(てん)ねん……ふふふ」

 

「源泉掛け流しでも人の手は加わってるんですがそれは」

 

 ――何というかもう色々台無しだった。

 

 

 

 折角人が扇情的な格好の美人の姿を見ても取り乱さないように覚悟を決めて振り返ったというのに。バスタオルから僅かに覗く胸元や御御足(おみあし)が素晴らしいとか鎖骨がセクシーとか、色々描写しようとしたのに。

 

「身体を先に洗うから、もう少しだけ待っててちょうだい」

 

「はーい」

 

 出鼻を挫かれて肩透かしを喰らった俺を他所に楓さんは洗い場に向かってしまったので、俺も体を前に向き直す。 

 

 漫画や小説のようにシュルッとかファサッとかそういう擬音は聞こえてこなかったが、カランからお湯が流れる音が聞こえるということは既にバスタオルは外されているのだろう。

 

 つまり今振り返ると楓さんは『そういう』状態で、お約束の「覗いちゃダメよ?」が無かったのはつまり『そういう』意味なのだろうが、必死に「どうしてカポーンは聞こえてファサッは聞こえなかったんだろうなー」などとどうでもいいことを考えながら余計なことを考えないようにするのだった。

 

 ヘ、ヘタレちゃうわ! 恋人でもそこら辺は弁えてるだけだわ!

 

 

 

 というわけで、もうお察しだろうが俺をこの温泉に連れてきたのは346プロダクションに所属するアイドルにして我が最愛の恋人、楓さんである。

 

 楓さんはイベントや雑誌の取材などで度々温泉好きを公言しているので、彼女が温泉に来たがった理由はまぁ分かる。

 

 しかし何故このタイミングでいきなり連れてこられたのかどうかが分からない。普段から掴み所が無いような女性ではあるのだが、今回は輪にかけてよく分からなかった。

 

 ちなみにスレンダーな体型だが掴めるほどの大きさはある。何処がとか実際に掴んだことがあるかどうかとかは黙秘する。

 

 

 

 暫くしてお湯が流れる音が止まり、ヒタヒタとこちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

「お待たせ。結構待たせちゃったけど、大丈夫? 逆上せてない?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 しかし正直余計なことを考えそうになって逆上せそうではある。

 

「ふふ、それじゃあお隣失礼するわね」

 

 すっと視界の端に肌色が映る。それは楓さんの足だった。

 

 それが見えてしまった途端、必死に我慢していた心に僅かな魔が差した。

 

 温泉にはタオルを浸けないことがマナーであり、温泉好きの楓さんがそんなことをするはずがない。つまり楓さんは今、タオルを外している訳で。

 

 

 

 チラリと視線がそちらに向いてしまった。

 

 

 

 見えたのは、楓さんの薄桃色の――。

 

 

 

 

 

 

 ――湯浴み着を身に付けた姿だった。

 

 

 

 ……うん、知ってた。というか濁ったお湯に隠れて見えてないけど俺も着てるし。大体、今は貸し切りとはいえここは紛れもなく混浴なのだから湯浴み着ぐらい貸し出していて当然である。

 

「ふぅ……いいお湯ねぇ。……あら? どうしたの?」

 

「いえ何でも」

 

 少しの羞恥とかなりの自己嫌悪に顔を覆う俺に、楓さんは不思議そうに首を傾げながらもクスクスと楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 

 一分ほどの自主反省タイムを終え、ようやく本題を楓さんに切り出す。

 

「あら、何のこと?」

 

「いきなりここに連れてこられた理由ですよ」

 

 しかしはぐらかされる。そんな のワの されても。それは春香ちゃんの持ちネタ……ちくしょう! 楓さんがやっても結構可愛いじゃないかこの二十五歳児!

 

「ふふ、冗談よ。そろそろ持ってきてくれると思うわ」

 

「持ってきて……?」

 

 俺の疑問と楓さんの解答に若干の食い違いがあるような気がした。

 

 ……ん? 何かを忘れているような……。

 

 

 

「失礼いたします」

 

 カラカラ……。

 

 一体何を忘れているのだろうかと首を捻っていると、背後から再び戸が開く音がした。

 

「ご注文の品をお持ちいたしました」

 

 振り返ると、そこには着物をたすき掛けにしたこの温泉宿の女中さんの姿があった。

 

 ご注文の品?

 

「こっちまで持ってきて頂けますか?」

 

「かしこまりました」

 

 どうやら楓さんが何かを予め注文したいたようだ。

 

 女中さんは近くまでやってくると、手にした『それ』を俺達の側に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 楓さんの労いの言葉に、女中さん(多分俺達よりも一回り以上年上)はウフフと微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ――。

 

 

 

「それでは『ご夫婦』でどうぞ、ごゆっくり」

 

 

 

 ――そんなことを言い残して去って行ってしまった。

 

 再びカラカラという音と共に戸が閉まり、三度(みたび)カポーンという擬音が響いた。

 

「ふふ、あの女中さんには私と良太郎君が夫婦に見えたみたいね」

 

 いやいや、夫婦に見えたもなにも。

 

 

 

「そもそも最初から『夫婦名義』で宿泊予約してたんならそりゃそうでしょうよ」

 

 

 

 宿に着いた途端「ご予約のお名前は?」の問いに楓さんが自然に「周藤です」と答えたことに「!?」ってなって「周藤様ですね、承っております。本日はご夫婦でのご宿泊でよろしかったですね?」との返しに「はい」と答えたことでさらに「!!?」ってなった。無表情じゃなかったら多分怪しまれてたと思う。

 

「だって若い男女が一緒に泊まるのよ? それなりの関係を示しておかないと」

 

「いやまぁそうですけど」

 

「それとも、兄妹っていう設定の方がよかったかしら、お兄様?」

 

「いやいや流石に無理が……ないんだろうなぁ……」

 

 楓さんは女性にしてはそこそこ高めの身長をしているものの、到底二十五には見えない童顔のせいで俺より年下でも十分に通用しそうなのが怖い。

 

 あと『お兄様』は止めてください。分解も再成も出来ません。

 

「それで? これが俺をここに連れてきた理由ですか?」

 

 女中さんが持ってきたそれに視線を移す。

 

「えぇ。約束、忘れちゃったかしら?」

 

「……お恥ずかしながら、たった今思い出しましたよ」

 

 

 

「『良太郎君が二十歳になったら、一緒に温泉に浸かりながらお酒を飲む』……ようやく実現出来るわね?」

 

 

 

 桶の中に入れて持ってこられた徳利とお猪口を持ち上げながら、楓さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 俺が『周藤良太郎』としての生をこの世に受けて二十年という月日が流れ、その誕生日が僅か三日前の出来事だった。

 

 ここ最近は俺の誕生日記念イベントなどでゴタゴタしていて、つまり俺が二十歳になって最速のタイミングのオフが今日だったわけだ。

 

「だからって、こんな急じゃなくてもよかったんじゃないですか?」

 

「だって一年以上待ったのよ? これ以上待たせようとするなんて、良太郎君は意地悪ね」

 

 どうぞ御一献、と楓さんが徳利を差し出してくるのでお猪口を手にすると、無色透明な日本酒がゆっくりと注がれた。

 

 ……冷静に考えてみると、温泉に浸かりながら湯浴み着一枚の美女(人気モデル兼アイドル)にお酌をされてるというとんでもない状況だということに気が付いた。

 

 しかも楓さんはお酌をするためにさっきよりも近付いてきており、肩と肩が触れそう……というか触れていた。湯浴み着は肩が出ているタイプのもので、肩とはいえ楓さんの絹のように滑らかな素肌が触れているという事実だけで、既に逆上せそうである。

 

「っと、ありがとうございます。それじゃあ、御返杯」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 徳利を受け取り、お返しにと楓さんのお猪口にお酒を注ぐ。

 

「それじゃあ乾杯といきましょうか。……何に乾杯します?」

 

「良太郎君が決めて?」

 

 むむむ、自分の誕生日……はこの場にそぐわないだろうし、初飲酒? ……これも違うなぁ。

 

「……『君の瞳に乾杯』……でどうでしょう」

 

「……ダメよ、良太郎君。そういうことお姉さん以外に言っちゃ」

 

 滑った。ダメだったか……。

 

 そんなに長く浸かっていないが早くも体が温まったらしい少し顔の赤い楓さんとお猪口を軽くぶつける。

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

 

 お酒を飲まない人から見れば、小さいお猪口というのは飲む効率が悪いのではないかと思うだろう。しかし日本酒というものはなかなかアルコール度数が高く、ほんの少し口にしただけでも結構『くる』ものなので、これぐらい小さい器で丁度良いのだ。

 

 チロリと舐めるように少しだけ口に含み、いけそうだと思った俺はそのままクイッと一気に飲み干した。

 

 直後、クワンと僅かに頭が揺れるような感覚がした。む、問題は無いけど結構キツめの奴だな、これ。

 

「あら、初めてのお酒なのにいける口ね。もしかして、隠れて飲んでたのかしら?」

 

 結構強めの奴を頼んだのに、と楓さんは意外そうに呟く。どうやら確信犯だったようだ。

 

「まさか、まがりなりにもアイドルですよ? そこら辺はしっかりと徹底してましたよ」

 

 初めてではないが、隠れて飲んでいた訳でもない。ただ『二十年ぶり』に飲酒をしただけの話である。

 

「それじゃあ私も……」

 

 俺が飲んだことを見届けた楓さんも、小さなお猪口に両手を添えて上品に、しかしキュッと一気に飲み干してしまった。

 

「ふぅ……ふふ、美味し」

 

 ほぅとお猪口から口を離す楓さん。

 

 ううむ、美人は行動の一つ一つがいちいち絵になるなぁ。僅かに上気した頬に、うっとりとした表情。……エロい……ってのは何か違うな。セクシーも何かが違う。多分こういうのを『色っぽい』と言うのだろう。

 

「それにしても、楓さんは日本酒派なんですよね」

 

「あら、意外?」

 

「そりゃあもう」

 

 イメージ的にはワインとかの方が合っていると思う。

 

 ちなみに兄貴の嫁候補ズの面々は、留美さんが同じくワイン、小鳥さんがビール、早苗ねーちゃんが日本酒のイメージである。

 

 特に早苗ねーちゃんはこういう風にお猪口で優雅に、というよりはコップ酒、もっと言うなら一升瓶をらっぱ飲みというイメージ。……ということを以前本人の前で口を滑らしてしまい、絞められたことがあった。揶揄的な意味でのシメではなく、こう物理的にキュッて絞められた。

 

「いてっ」

 

 何故かお湯の中で楓さんに太股を抓られた。

 

「ダメよ、良太郎君。こうして二人きりでお酒を飲んでるのに別の女性のことを考えちゃ」

 

 何故バレたし。

 

「ほら、器が空いてるわよ、良太郎君」

 

「あ、どうも。……それじゃあまた御返杯っと」

 

「ふふ、良太郎君と一緒に温泉に入りながら飲むお酒、本当に美味しいわ……」

 

「そりゃ重畳。……でも飲むペース早くないですか?」

 

 俺が二杯目に口をつける前に既に楓さんは二杯目を飲み干していた。

 

「だって、大好きな温泉に浸かりながら大好きな良太郎君と一緒に飲む、大好きなお酒なのよ?」

 

 む、ストレート……。

 

 

 

「お(さけ)が進むのは、()けられないの」

 

 

 

「………………」

 

「あら? どうしたの?」

 

「いえ、何でも」

 

 楓さんマジ系統外魔法(コキュートス)。春先とはいえまだまだサムイナー。

 

「でも、やっぱりおつまみぐらいは欲しいですね」

 

 多少ペースを落とすっていう目的もあるが、やっぱり何か食べながらじゃないと悪酔いしてしまう。

 

「おつまみ? ……そうねぇ」

 

「?」

 

 不意に楓さんが身を寄せてきた。肩と肩が触れる程度だった距離がさらに縮まり、自身の右手を俺の左肩に置いてしなだれかかるような形になり、胸が腕に触れたことで心臓がドキリと跳ね上がり――。

 

 

 

「ぺろっ」

 

 

 

 ――そのまま自然な動作で、首筋を舐められた。

 

「ほわあっ!?」

 

 思わず変な声が出た俺を誰が責められようか。

 

「ふふふ、しょっぱい」

 

「いやいやいや」

 

 『つまみが無いなら塩でも舐めてろ』とは言うけども! いくらなんでも汗はないんじゃないですかねぇ!?

 

「良太郎君もいかが?」

 

「マジ勘弁してください」

 

 そう言いながら自身の首筋を差し出してくる楓さんに、辟易としながら首を横に振った。

 

 ……ん? お前にしては大人しい? お前はそんな純な青少年キャラじゃない?

 

 いやいや、いくら俺でも時と場合と相手ぐらい弁えるよ。そもそも俺は普段から理性的(失笑)な紳士(爆笑)ですよ?

 

 そもそも神様(さくしゃ)が自重してないのに俺まで自重を止めたら収集つかなくなるでしょうが(メメタァ)。

 

「ふふふふ、たーのしぃ」

 

 いつものクールな笑みとは違った、ほにゃほにゃとした蕩けるような笑顔の楓さんが、肩に頭を乗せてきた。気のせいかいつもより「ふ」の数が多かったような。

 

「というか楓さん、もしかしなくても酔ってますよね?」

 

「酔ってませんよー」

 

 酔ってました(断言)。

 

 既に三杯目も飲み終えており、手酌で四杯目を器に満たし始めている。

 

「楓さん、一度上がりません? 飲むのは止めませんけど、せめて部屋でおつまみと一緒に――」

 

 そもそもお風呂に入りながらの飲酒は健康的にあまり宜しくないと続けようとした言葉は、不意に視線に入ってきた『それ』によって中断させられることとなる。

 

「……あ、あの、楓さん?」

 

「んー? なぁに? おねぇさんに何かご用?」

 

「いやあの、用というか酔うというか」

 

 じゃなくて。

 

「……そこに置いてある『それ』は何ですかね?」

 

 楓さんの後ろ。もたれ掛かる縁の側に置かれた、見覚えのある布――。

 

 

 

「ふふふふ、わたしの湯浴み着」

 

 

 

 ――紛れもなく、先程まで楓さんが身につけていた湯浴み着だった。

 

 

 

「湯浴み着仕事しろおおおぉぉぉ!!?」

 

 自身のキャラを忘れるような渾身の叫びだった。

 

 というかマジでいつ脱いだし。

 

「仕事があるなら全うしようよ! 就職したくても出来ない奴なんざいくらでもいるんだぞ!?」

 

 就活生を舐めるんじゃないと、もはや誰の何に対してなのか分からないツッコミである。

 

 ほらな! 神様(さくしゃ)が自重しないからこういうことになるんだよ!

 

「もぅ、どうしたの良太郎君、そんなに大声出しちゃって。私の大きくない胸じゃ物足りなかった?」

 

「大満足です!」

 

 それだけは全力で肯定しておく。

 

「酔って絡んでくることはまぁ百歩譲って良しとします。俺も役得ですし。ですけど、もう少し――」

 

「ふふふふ、良太郎君ってば、おねーさんを酔わせてどうするつもり?」

 

「俺が酔わせたみたいになってません!?」

 

 寧ろ俺にどうさせたいんですか!?

 

「全く……っ!」

 

 バッと視線を楓さんから反らす。

 

 湯浴み着を脱いでしまった楓さんは現在正真正銘生まれたままの姿で、俺達の浸かっているお湯がいくら濁っているからと言って全く見えなくなるというわけではなく。

 

 つまり『そういう』ことなのだ。

 

「どうしたの良太郎君、急に空を見上げちゃって」

 

「いえいえ、星が綺麗だなーって思いまして」

 

「ふふふふ、星もきれーだけど、すぐ真横にいるきれーなおねーさんのことも忘れないでね?」

 

「自分で言っちゃいますか」

 

 いやまぁ否定しないけど。

 

 それにしても一体どうしたというのだろうか。楓さんの酒癖が悪くて絡み酒になるのは知っているが、今日はやけに酔うのが早い。いくら何でも徳利一本でここまで酔っ払うだろうか?

 

「……何かあったんですか?」

 

「……ふふふふ」

 

 再びこちらにしなだれかかり、肩に頭を乗せてくる楓さん。

 

 しかし、何故か先程と違って楓さんの表情には影があった。

 

「……楓さん?」

 

「……大切なものをね、無くしちゃったの」

 

「大切なもの……?」

 

 

 

「本当だったら、大好きな良太郎君にあげるはずだったもの……大事にとっておいた私の大切なもの……」

 

 

 

「……っ!?」

 

 まさかと『それ』が脳裏に過った瞬間、自身の頭にカッと血が昇り目の前が赤く染まったような気がした。

 

 視線を楓さんに戻し、真正面からその両肩を掴む。

 

「だ、誰に……の前に、だ、大丈夫だったんですかっ!?」

 

「……ごめんなさい、良太郎君……」

 

 泣いていた。

 

 いつもと変わらぬ笑みを浮かべたまま。

 

 楓さんは、涙を流していた。

 

「っ……!?」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める。

 

 一体俺は何をしていたんだ。

 

 楓さんとの交際が始まって、美人な女性と一緒にいることに浮かれ、トップアイドルである自分なら釣り合っているだろうと勝手に余裕ぶって。

 

 

 

 肝心の大切な女性(ひと)を守れていないではないか。

 

 

 

(どんだけ度し難い愚か者なんだ、俺はっ……!)

 

「……本当に、ごめんなさい……」

 

「っ! 謝らないでください!」

 

 大切な女性が傷付いていたということに気付くことが出来なかった俺が謝らなければいけないはずなのだ。

 

「楓さん! 俺は――!」

 

 

 

 

 

 

「本当に、ごめんなさい……純米大吟醸『皆水之巫女(みなみのみこ)』……」

 

 

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

「――……はい?」

 

「私、一人暮らしでしょ? だから、大切なお酒は実家に置いておいてもらってたの。それなのに……遠い親戚が来たからって言って、勝手に私の『皆水之巫女』を飲まれちゃったの……!」

 

 折角今日のために取り寄せておいたのに、と両手で顔を覆い肩を震わせる楓さん。

 

「………………」

 

「すっごくまろやかなお酒でね、だからって弱いってわけじゃなくて、こう、森林を流れる湧水のような清廉さで……」

 

 ……などと容疑者は語っており。

 

 

 

 ……ふ、ふふ、フフフ、不負不負、そうですかそうですか。

 

 自重しない神様(さくしゃ)のせいで慣れない真似(ツッコミ)させられて、挙げ句の果てにコレですかそうですか。

 

 

 

 ……海より広い俺の心も、ここらが我慢の限界デスヨ?

 

 

 

 

 

 

「『皆水』は他の姉妹酒の『日死(にし)』や『ひが日死(にし)』や『気多(きた)』よりも人気が無いって言われがちだけど、でもやっぱり最後に行き着くのは『皆水』というか、メインヒロイン大勝利というか――」

 

「楓さん」

 

「きゃっ」

 

 本当だったら今日この場で飲んでもらう予定だったお酒のことを話していると、不意に良太郎君が肩に腕を回してきた。

 

 いつもあまり自分からこうした肉体的接触をしてこない年下の彼からのちょっと意外な行動に、思わずそんな声を発してしまった。

 

「ふふふ、どうしたの良太郎君? 良太郎君も酔っちゃった?」

 

「そうですね、酔ってますね」

 

 しかしその声は酔っているようには聞こえなかった。

 

「だからこれは酔った勢いでの行動です。でもノリや冗談なんかじゃなくて、俺の本心からの行動です」

 

「? それは……」

 

 一体どういう意味なのかと尋ねようとしたその瞬間――。

 

 

 

 ――私の体は、彼によって抱き上げられた。

 

 

 

「……え?」

 

 左腕を肩に回され、右腕で膝の裏を支えられる横抱き。所謂お姫様抱っこの状態で、良太郎君は立ち上がった。

 

 ザバッとお湯の中から私の体が抱き上げられる。

 

 ……私は先程、自分が身にしていた湯浴み着を脱いでしまっている。

 

 

 

 つまり、今現在私は『自らの全て』を良太郎君の目の前にさらけ出している状態なのだ。

 

 

 

「……っ!!?」

 

 カッと顔が熱くなり、慌てて両手で『隠さなければならないところ』を隠す。

 

 彼のことは好きだし、別に見られても構わないとも考えている。

 

 しかしそれとこれとは全く話が別。

 

 抱き上げられ、ゼロ距離と言って差し支えない超至近距離。伝わってくる体の熱と鼓動。これで平静を保っていろという方が無理な話なのだ。

 

「りょりょりょ、りょうたろうくん?」

 

 言葉がどもる。

 

「そ、その、強引なのは別に構わないのだけど、えっと、もう少しゆっくりというかその――」

 

「楓さん」

 

「ひゃいっ!?」

 

 

 

 

 

 

「結婚してください」

 

「……ふえ!?」

 

 

 

 

 

 

「間違えました。楓さんと結婚します」

 

「確定事項!?」

 

 

 

 

 

 

 良太郎君からの突然のプロポーズに頭が真っ白になる。

 

「え、えっとその、え、え……?」

 

 思考が鈍っており言葉が出てこない。生まれて初めてお酒を飲んだことに後悔した。

 

「勢いで、とは言いましたが決して思い付きなんかじゃないです。……ずっと考えていたことです」

 

 

 

 ――俺が楓さんと一緒にいられるのは、果たしていつまでなのだろうか。

 

 

 

「楓さんは綺麗です。可愛いです。素敵です。そんな貴女と恋仲になれたことが幸せで……それと同時に不安でもありました」

 

「………………」

 

 それは、私もまた同じだった。

 

 彼は既に日本のアイドル史に名を残す正真正銘、真のトップアイドル。私もまたトップアイドルと称されているが、それは決して並び立っているということではない。

 

 歳も同じ。五つの歳の差は、小さいようで大きい。彼が一つ私に近付いても、私は一つ彼から遠退いてしまう。

 

 それは決して並び立つことはなく。

 

 ……まるで、これからの私達の関係を示唆しているようで怖かった。

 

「でも、たった今確信しました」

 

 

 

 ――俺は、絶対に貴方を手放したくない。

 

 

 

「もう躊躇いません。俺は、そこら辺の人より多くの収入と名声があると自負しています。トップアイドルと持て囃されていることから、容姿も悪くないと思っています。歳も世間一般で言う大人になりました。性格は……結構いい加減なところもあると思っています。人をからかうのが好きですが、それは楓さんと同じです」

 

 

 

 ――そして何より。

 

 

 

 「世界で一番貴女を愛し、そして世界で唯一貴女を幸せに出来るのは自分だけだという自信があります」

 

 

 

 ――だからどうか。

 

 

 

「俺に、貴女を幸せにさせてください」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……楓さん?」

 

 ……もう、年下のくせに、生意気なんだから。

 

「……貴方が、私を幸せにしてくれるというのなら……」

 

 

 

 ――私は、貴方を世界で一番の『幸福者(しあわせもの)』にしてあげるわ。

 

 

 

 それが、年上のおねーさんとしての最後のプライド。

 

 

 

 

 

 

「そ、それで良太郎君、そろそろ下ろして欲しいんだけど……」

 

「あ、すみま……いえ、このまま部屋に戻りましょう」

 

「っ!?」

 

「もう自重しません。神様(さくしゃ)の都合なんか知ったこっちゃありません」

 

 つ、つまり『そういう意味』ということで……。

 

 

 

「……その……優しく……」

 

「保証しかねます」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 ※続きが読みたい人は『ワッフルワッフル』と(ry

 

 

 




・周藤良太郎(20)
先日行われたIUにて、自身に挑んでくる数多のアイドルをものの見事に返り討ちにして再び頂点に立ったラスボス系主人公。
作中でも触れたように作者が自重を忘れたのでその尻拭いをするために普段の性格が鳴りを潜めて普通の主人公のようになってしまったが、基本的な性格は変わらない。

・高垣楓(25)
最近人気の25歳児。346プロダクションを代表するトップアイドルになった模様。
なお本編で主人公との絡みが未だに無いのに今回のヒロインとして選ばれた理由は三つ。
1、最近人気急上昇中らしいから
2、数回しか出番が無いけどアニメの楓さんが可愛かったから
3、作者が普段から誤字報告などでお世話になっている人が楓さん推しだったから

・別にポルポった訳でもキングクリムゾった訳でもない。
結局見てないエジプト編。ペットショップ辺りから見ようかと考えているが結局見ないことになりそう。

角度(シャフド)
真似して筋を違えたのは絶対に作者だけじゃない(断言)

・「天然の露天ねん」
・「お酒が進むのは、避けられないの」
楓さんと言えばコレ。ぶっちゃけ今回のお話で一番頭使ったところ。

・湯浴み着
冷静に考えれば混浴ならあるに決まっている。

・「お兄様?」
・楓さんマジ系統外魔法(コキュートス)
中の人ネタその1。誰か魔法科高校の制服を着た楓さんのイラストオネシャス!

・『つまみが無いなら塩でも舐めてろ』
ある意味究極的な酒の飲み方(上級者向け)

・「ふふふふ、たーのしぃ」
この辺りから作者のテンションがピーク。以降頭打ち状態。

・就活生を舐めるんじゃない
投稿日時的にタイムリーですね!(白目)

・純米大吟醸『皆水之巫女』
中の人ネタその2。綺羅星っ!

・海より広い俺の心も、ここらが我慢の限界デスヨ?
「マーメイド」はあんなに華麗な水中戦をしたというのに「マリン」ときたら……。

・『ワッフルワッフル』と(ry
書きませんよ?(迫真)
書きませんからね?(念押し)



 というわけで今回の恋仲○○シリーズのヒロインは楓さんでした。楓さんマジ25歳児。選ばれた理由は上記。

 アニメ第5話で軍曹と一緒に出てきた楓さんに心打ち抜かれて今回ヒロインとして起用したら、書いている内にドンドン楓さんが可愛くなって、さらに筆が進んでと好感度がインフレスパイラルを起こした結果こんなことになってしまった。後悔していない。もっとやればよかったと反省している。

 しかし若干の燃えつき症候群。これ本編大丈夫だろか……。

 次回! 『黒井、死す!』 ライブスタンバイ!(嘘)



『デレマス七話を視聴して思った三つのこと』

・しまむーの髪型あっちの方が案外可愛いんじゃないかな?(提案)

・やはり真のヒロインはPだった件

・ フライ ド チキン !

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