アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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この話を書くために何度も見返した23話冒頭のわた春香さんが凄く可愛い。(本編からの現実逃避)


Lesson75 夢を見るということ 2

 

 

 

 ――いいか? 俺はお前たちのどちらかに、この作品の主役をやらせるつもりだ。

 

 ――とにかく全てを出しきれ。全てを見せろ!

 

 ――この役に自分をぶつけるんだ!

 

 

 

 それは、私と美希が現在稽古しているミュージカル『春の嵐』の演出家の先生から言われた言葉だった。

 

 765プロダクションからミュージカルの主役候補として私と美希がプロデューサーさんから推薦され、稽古の中でどちらが主役をやるのかを演出家の先生が選ぶとのこと。

 

 しかし、今のところ私も美希もダメ出ししかされていないような状況だった。

 

 

 

「休憩時間は十分でーす!」

 

「ふう……」

 

 休憩に入り、疲れがどっと押し寄せてきた。舞台はライブとはまた違った緊張感があり、まだ慣れない。

 

「………………」

 

 舞台上のセットに腰をかけながらチラリと腕時計を見て、時間を確認してしまう。どうやら今日も遅くなりそうだ。

 

 来月の頭に、私たち765プロダクションの二度目の単独ライブとなる新年(ニューイヤー)ライブが行われることが決定した。しかし、みんなの時間が合わず全員での合同練習がまだ一回も出来ていないのだ。しかも千早ちゃんは現在海外レコーディング中で日本におらず、彼女が帰ってくるまで全員揃うことはない。

 

 みんなが忙しくなったことは嬉しいことなのだが、こうして時間が取れず練習が出来ないことに少し不安を感じてしまう。

 

「ふぅ」

 

「あ……」

 

 いつの間にか、同じセットに美希も腰をかけて休憩していた。

 

 少し美希と話そうと、そのまま横に移動して近づく。

 

「噂通り、厳しい演出家さんだね」

 

「春香……うん、でも、これくらいならへっちゃらなの!」

 

 むんっと気合十分な美希は、その言葉の通りへっちゃらそうだった。

 

「……美希が一緒で良かった。私一人だったら、挫けちゃってたかも」

 

 もしそうなったとして、本当に仕事を投げ出すつもりはない。それでも、きっと今よりもっと辛く感じてしまっていただろう。

 

「どっちが主役になるか分からないけど……一緒に頑張ろうね」

 

 だから、美希と一緒にこうして仕事が出来て、凄く心強かった。

 

 

 

「それは嫌なの」

 

 

 

「……え?」

 

「あ、その、春香と一緒に仕事をするのが嫌って、そういう意味じゃないよ?」

 

 パタパタと腕を振る美希。

 

「でもね、ミキは今回のミュージカルの主役、すっごくやりたいの。どうしても主役になりたい。こうやって歌やダンス以外でもミキは頑張ってるんだよって、キラキラ光るために頑張ってるんだよって、りょーたろーさんに見てもらいたい。だから一緒に頑張ろうっていうのは……ちょっと違うんじゃないかなって、ミキは思うの」

 

 そう語る美希の表情は真剣そのものだった。その表情だけで、美希が本当に主役をやりたいという熱意が伝わって来た。それは、良太郎さんに認めてもらいたいと語っているにも関わらず、それ以上の想いを感じさせる真っ直ぐな美希の言葉。

 

 

 

 そんな美希に、私は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 センター試験が終わった。いや、ダメだったとかそういう意味合いではなく、普通に試験終了という意味合いである。いやぁ、現代文は強敵でしたね……。

 

 まぁ自己採点の結果は上々。この調子なら志望校にも合格できるだろうという担任のお言葉を信じることにしよう。

 

「……ん?」

 

 そんなとある日の昼休み。教室でいつものように食後のコーヒーを飲んでいたところ、一通のメールがやって来た。

 

「えっと……美希ちゃんか」

 

 休業に入っても変わらずメールをしてくる美希ちゃん。同じぐらいの頻度でりんや真美とも連絡を取り合っている。

 

 ちなみに三人とも、メールでのやり取りを何回も繰り返すのではなく、近況報告を一つのメールにまとめて送ってきてくれる。どうやら基本的に多忙な俺が頻繁に返信を出来なかったため、このような形式にしてくれたらしい。本当にありがたい気遣いだった。

 

「ふむ」

 

 メールの内容を要約すると『『生っすかサンデー』の放送終了が決まってしまって残念』『新年ライブの合同練習にみんな揃わなくて寂しい』『今は春香ちゃんと一緒に『春の嵐』というミュージカルの稽古をしていて、どちらか片方が主役に選ばれるので頑張っている』『今日も放課後から稽古がある』といった感じだった。……何個か部外者が聞いちゃ不味いような情報が紛れ込んでいるが、気にしないことにする。

 

 しかしコンサートや広告だけでなくミュージカルにも出演するところを見るに、やはりアイドルの仕事は順調のようだ。

 

「『春の嵐』っと」

 

 知らない名前のミュージカルだったのでネットで検索してみると、見覚えのあるスタッフや演者の方々の名前がちらほらとあった。

 

 ……ふむ、そうだな。センター試験も終わったし、ほんのちょっと息抜きとして美希ちゃんや春香ちゃんの陣中見舞いに顔を出すのも悪くないか。なんだかんだ言って美希ちゃんは大変慕ってくれているし、自分を慕ってくれている子を可愛がってもおかしな話ではないだろう。

 

「というわけで恭也、放課後に翠屋のシュークリームを二十個ほど用意しておいてもらいたいんだが」

 

「何が『というわけで』なのかは分からんが、飲食店の息子として『毎度ご贔屓にどうも』と言っておこう」

 

 

 

 

 

 

 というわけで、放課後である。

 

 昼休みに電話してから放課後までの僅かな時間に二十個のシュークリームを用意しておいてくれた桃子さんに感謝しつつ、美希ちゃんと春香ちゃんが舞台稽古をしている都内の劇場へと向かう。ちなみに劇場の名前は美希ちゃんのメールの中に書いてあった。

 

 スタッフに挨拶をしながら裏口から劇場に入り(部外者のはずなのだが顔パス。ありがたや)舞台袖へ向かうと、舞台上ではスポットライトを浴びた春香ちゃんが模擬刀を片手に演技の真っ最中だった。

 

『私は歌う! 誇り高き夢のため!』

 

 ……ふむ、ちょっと迫力不足かなぁ。

 

 どうやら演出家の先生も春香ちゃんの演技がお気に召さなかったようで、パンパンと手を叩いて演技を中断させると交代を指示する。

 

「や、春香ちゃん。お疲れ様」

 

「え!? りょ、良太郎さん!?」

 

 少々顔を俯かせながらこちらの舞台袖に捌けていく春香ちゃんに出来るだけ明るく声をかけると、春香ちゃんは大変驚いていた。まぁ、完全な部外者がいたら普通に驚くよね。

 

「美希ちゃんから二人が頑張ってるって話を聞いてね。陣中見舞いだよ」

 

 ほら翠屋のシュークリーム、と箱を掲げると先ほどまで暗かった春香ちゃんの表情がパァッと明るくなった。流石は泣く子も笑う桃子さん謹製シュークリーム。泣いてなかったけど。

 

 調子はどう? などと当たり障りのない話題を振ろうとしたら、今度は舞台の奈落から美希ちゃんを乗せた(せり)がせり上がってきた。……いや、自分でもくだらないと思うよ? でもほら、奈落って三、四メートルあって結構深いから、下から上がって来るのに地味に時間がかかるんだよ。だからどうしてもくだらないこと考えちゃうんだって。

 

『私は、歌う! 誇り高き、夢のためっ!』

 

 先ほどの春香ちゃんと違い、力が籠り迫力のある演技だと感じた。別に春香ちゃんが悪いとかそういうつもりはないのだが、これはまぁ、性格とかキャラクター的な問題だろうなぁ。

 

「………………」

 

 そんな美希ちゃんの演技に、春香ちゃんの表情が再び若干暗くなる。ううむ、こういう時どういう言葉をかけるべきか……。

 

「……良太郎さんは」

 

「ん?」

 

「……いえ、何でもないです。すみません」

 

「いや、別にいいんだけど」

 

 ……何か聞きたかったのかな?

 

 とりあえず休憩に入るまで大人しくしておくことにしよう。

 

 

 

「休憩時間は十五分でーす!」

 

 というわけで休憩に入ったのでスタッフの皆さんに陣中見舞いを配る。

 

「どうもー。可愛い女の子の後輩のついでに皆さんへ差し入れでーす」

 

「はっはっはー、ついでは余計だぞクソガキー」

 

「良太郎くーん、例の新曲本当に発表しないのー?」

 

「何のことだか分かりませーん」

 

 初めこそ「あれ? 何でお前いるの?」みたいなリアクションもあったが、知り合いが多かったので和気藹々と挨拶して回る。

 

 えっと美希ちゃんは……演出家の先生とお話し中かな。勉強熱心だなぁ。美希ちゃんには悪いが後回しにさせてもらおう。

 

 さて、やはり先ほどのことが気になったので春香ちゃんのところに……。

 

 って、あれ?

 

「赤羽根さんも陣中見舞いですか」

 

 舞台上のセットに腰をかける春香ちゃんと一緒に赤羽根さんがいた。

 

「え? 良太郎君?」

 

 どうしてここに? という表情をしていたので美希ちゃんに(以下省略)。

 

「物は違いますけど、被っちゃいましたね」

 

 どうやら赤羽根さんは春香ちゃんと美希ちゃんのために差し入れとしてどら焼きを持ってきたようである。まさかこんな絶妙なタイミングで差し入れが被ることになるとは。うーん……シュークリームとどら焼きで甘味がダブってしまった。まぁ和洋折衷と考えれば問題ないね。

 

「そうだ春香ちゃん、さっき――」

 

「あ! りょーたろーさんなの!」

 

 何を聞こうとしたの? と尋ねようとしようとしたら、演出家の先生とのお話が終わったらしい美希ちゃんが駆け寄って来た。パアッと明るい笑顔でこちらに駆け寄って来る姿がまるで懐いてくれている仔犬のようで、陣中見舞いに来てよかったなぁとホッコリした。これは俺の精神の保養にもなりますわ。

 

「やあ、美希ちゃん。メールで頑張ってるって聞いたから、応援に来たよ」

 

「ありがとうなの! ミキ、今回のミュージカルの主役に選ばれるように頑張ってるよ! ね? 春香!」

 

「え……う、うん」

 

「おや、春香ちゃんのこの反応……もしや美希ちゃん」

 

「えー!? 嘘じゃないの! ミキ、ちゃんと頑張ってるの!」

 

「冗談だよ、冗談。そうだ、差し入れに翠屋のシュークリーム持ってきたけど、もう貰った?」

 

「え!? ホント!? 何処何処!?」

 

「あっちにあるよ」

 

 からかったことでむくれてしまったが、シュークリームがあることを説明すると、再び笑顔に戻った美希ちゃん。そのまま俺の腕を取ってシュークリームがあると言った方向に引っ張っていこうとする。

 

(あ、春香ちゃんの話を聞こうと思ったんだけど……)

 

 ……まぁ、プロデューサーの赤羽根さんいるし、問題ないか。上手いことケアしてくれるだろ。

 

 美希ちゃんと二人、舞台を降りて持ってきたシュークリームの箱を置いた観客席側の机に向かう。

 

「良太郎さんが持ってきてくれたシュークリーム! 翠屋のシュークリーム! 絶対美味しさは二倍なの!」

 

 初めて事務所に行った際に持って行ったのはケーキだったが、その後のお土産として渡したシュークリームを大層お気に召してくれたらしい。

 

「赤羽根さんはどら焼きを持ってきてくれたみたいだよ」

 

「むむ、どら焼きも捨てがたいの……でも、生クリーム使ってるシュークリームを先に食べた方がいいよね?」

 

「まぁ、そうだね」

 

 いくらドライアイスを入れてきたとはいえ、早めに食べた方がいいだろう。

 

「それじゃあ、いっただっきまーす!」

 

 あーんと口を開き、美希ちゃんがシュークリームを――。

 

 

 

 

 

 

「春香っ!!」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 それは、春香ちゃんの名前を呼ぶ赤羽根さんの声と、ダンッという何か重い物を床に叩きつけたような鈍い音だった。

 

 

 

「誰か奈落に落ちたぞ!!」

 

 

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「は、早く救急車!」

 

「何で迫が開いてるんだよ!?」

 

 慌ただしくなるスタッフたち。

 

 舞台の上を振り返ると、そこには床に座り込んだ春香ちゃんの姿しかなく。

 

 

 

 春香ちゃんの名前を呼んだはずの赤羽根さんの姿が、何処にもなかった。

 

 

 




・ミュージカル『春の嵐』
ウェーリス・テンペスタース・フローレンスなんてルビは付かない。
というかこんなマイナー呪文、ネギまファンでも何処で使われたのか覚えていないのでは。ネギが使ったわけじゃないし。

・新年ライブ
これまた日時の詳細が明かされていないので、考察サイトを参考に二月頭ということに。二月頭のニューイヤーライブでもおかしくないそうです。

・いやぁ、現代文は強敵でしたね……。
間違いなく現代文出題者は受験者(の腹筋)をヤりにきている。

・うーん……シュークリームとどら焼きで甘味がダブってしまった。
最近『孤独のグルメ』より『野武士のグルメ』の方がお気に入り。ものすごくビールや日本酒が飲みたくなる。



 アニメを見た方は冒頭の春香一人称の場面に違和感を感じられたかもしれませんが、24話で美希に指摘されるまで春香さんは自分自身の気持ちに気付いていなかったと思われるのでこのようになりました。

 そしてこれまでもそうでしたが良太郎の存在により美希の言動が若干変化しておりますが、ストーリーに大きな変化は無いはずです。

 というわけで、当時多くの視聴者がプロデューサーと共に奈落に叩き落され、作者も正直春香さん再起不能かと思った場面で次回に続きます。



『デレマス十三話を視聴して思った三つのこと』

・あぁ^~楓さんがやっぱり可愛いんじゃぁ^~

・ちゃんみおの「ありがとう」に感涙不可避。

・夏が待ち遠しいぜ……デレマス二期という熱い夏が、な……。

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