二位は健闘した前川ぁ!
そして三位は我らが楓さん!
……新規SR来るのかなぁ、ついに続き書く時が来たのかなぁ。
「そういえば『春の嵐』の主役に決まったんだったね、おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
俺と春香ちゃんは並んで……と称するには俺が半歩前に出ている状態で近くの公園の池の周りを歩きながらポツポツと話をしていた。ミュージカルの主役に決まったことのお祝いを皮切りに、最近の様子はどうかとか、こっちの受験は順調に進んでいるだとか、最近美希ちゃんに聞いた765プロのみんなの話だとか、そんなようなことを話した。
話しながら時折チラリと斜め後ろの春香ちゃんを振り返ると、春香ちゃんの視線は少々俯き気味で、たまにこちらを見てもビクッとなってすぐに視線を逸らされてしまった。その様子はまるで怒られる心当りがあるのにも関わらず一向に怒る気配のない親の様子を窺う子供のようである。
いや怒るつもりなんてサラサラないのだが。そもそも何に対して怒るというのか。
……まぁ怒るわけではないが、そろそろ本題を切り出すことにしよう。
しかしこんな寒空の下でお話するには少し寒いし喉も乾くかな。ということで近くにあった自販機で飲み物を購入する。
「春香ちゃん、何がいい?」
「え? そんな、私は……」
「先輩が奢るって言ったら後輩は『ご馳走様です!』って言って受け取るのが義務なんだよー」
紅茶でいいかなぁ、ということで紅茶を二本購入して片方を春香ちゃんに渡す。
「えっと……ありがとうございます」
「どういたしまして」
お、いいところにいい感じのベンチ発見。
丁度池に向かって座るように設置されたベンチを発見したので先に腰を下ろし、まぁ座りなよとポンポンと隣を叩くと、春香ちゃんはオズオズと俺から一人分離れた位置に腰を下ろした。まぁ知り合いの男女だったらこれぐらいの距離感が丁度いいだろう。
さて、本題に入ろう。
「春香ちゃん、何だか元気無いね」
「え? そ、そんなこと……」
「無理しなくていいよ」
年齢は十八で芸歴も四年のまだまだ若造だが、それぐらいの機微ぐらいは感じ取れる。
もっとも、春香ちゃんのそれは例の事件の日からより一層濃くなっているような気がした。
「何か悩んでる?」
「………………」
春香ちゃんは蓋を開けずに握りしめたままの缶紅茶に視線を落としたまま口を噤む。
「……本当なら、こういうお悩み相談ってのは同じ事務所の人にするものなんだろうけど」
自分の分の缶紅茶のプルタブを起こし、中身を一口飲む。別に紅茶が嫌いっていう訳じゃないけど、やっぱりコーヒーにすればよかったかなぁ。
「同じ事務所の人にだからこそ、言えない悩みってのもあると思うんだよね」
仲の良い友達だからこそ、大切な仲間だからこそ、信頼している上司だからこそ。
近すぎるからこそ言葉にして伝えることが出来ない悩みだって、きっとある。
「俺は春香ちゃんのアイドルとしての先輩だけど、事務所の先輩じゃない。765プロの人間じゃない。もし事務所の人にも言いづらい悩みがあるなら……俺に話してみるってのもいいんじゃないかな?」
「………………」
春香ちゃんは黙ったままだった。ギュッと缶紅茶を握りしめたまま俯いている。
「……私は……」
五分ほど経っただろうか。春香ちゃんは俯いたまま、ポツリポツリと話してくれた。
「……私は、みんなでステージに立つのが、みんなと一緒に歌って踊るのが凄い楽しいんです。初めて事務所のみんなが全員でステージに立った感謝祭ライブが、本当に楽しくて……だから、あの時みたいな時間がずっと続けばいいなって……そんなことを考えちゃったんです」
……ステージが楽しくて、今の時間がもっと続けばいいなと考えることは俺にもある。けれど、今春香ちゃんが語っているそれとは多分意味が違うのだろう。
「だから次の新年ライブも、前の感謝祭ライブみたいに成功させて……楽しいライブに、したかったんです。……でも、最近私も含めてみんな仕事が忙しくなっちゃいました。そのおかげで全員の時間が合わせることが出来なくて……ずっとみんなで練習出来なくて……怖くなったんです」
――練習不足でライブが失敗するかも、ではなく。
――このまま二度と、みんなが集まることが無くなってしまうのではないかと。
「私、みんなの予定を聞いて回って、空いてる時間見付けて、自分もスタッフさんにお願いして時間を調整してもらって、合同練習が出来るように頑張ったんです。……でも全然合わなくて……」
見ると、缶紅茶を包む春香ちゃんの手が震えていた。
「……雪歩と真と三人でステージに立つ前に真に言われた言葉で……私、気付いちゃったんです」
――春香、まずは今日の生放送を重点的にやろうよ。
――雪歩も、センターの重圧に負けないように頑張ってるんだから。
「――私が、みんなの夢の妨げになってるんじゃないかって……!」
「それは――」
「みんなは、それぞれの夢に向かって頑張ってるんです! それなのに、私はみんなが集まって練習することしか考えてなかった!」
だんだん春香ちゃんの声が荒くなっていく。
「千早ちゃんの歌も、雪歩の舞台も! 私はみんなの夢を応援したい! でも私は、みんなで一緒に集まりたいだけだった! 全部私のわがままだった!!」
――じゃあ、私はどうすればよかったんですか……!?
ポタポタと、春香ちゃんの手に滴が零れ落ちる。
映画とかのワンシーンだったら、ここは隣に座る男性が女性を優しく抱きしめる場面なのだろうが、生憎俺は『彼女の隣』に座っているわけじゃない。ここで彼女を抱きしめるのは、俺の役目じゃない。
だから精々俺に出来ることがあるとすれば、少し手を伸ばして彼女の頭に手を乗せるぐらいだろう。
「………………」
しかしこれでようやく彼女の想いが、例の事件の時……いや、センター試験の日の朝に会った時から感じていた違和感と言う名のしこりの正体が分かった。
春香ちゃんは、みんなと一緒にステージに立ちたかった。それが夢だった。
つまり、彼女だけあの感謝祭ライブの時点で既に『夢が叶ってしまっていた』のだ。
しかし、765プロのみんなは今なお夢や目標に向かって頑張っていた。
全員が全員でのライブを蔑ろにしていたわけではないのだろう。けれど、それ自体を夢の形としていた春香ちゃん以上に強い感情を抱いている子はおらず、合同練習にも特別な意味を持っていなかった。
春香ちゃんと、765プロのみんな。
夢を叶えてしまった少女と、夢を叶えようとしている少女たち。
そこに生じてしまった軋轢。
『夢は呪いと同じ』と、何処かで聞いたことがある。夢を挫折した人間はずっとその夢に呪われ続ける。呪いを解くには夢を叶えなければならない。しかし、夢を叶えてしまった人間もまた、過去の叶えてしまった夢に囚われ動けなくなってしまうとは、皮肉なものである。
仕事をさせてもらって、多くの仕事を貰って、それで忙しくなり全員で会う時間が無くなる。それを嘆く春香ちゃんは、アイドルとしては決して同意されないだろう。
でも。
――お父さん……お母さん……お兄ちゃん……お姉ちゃん……!
今の春香ちゃんがあの日運動場の片隅で涙していた少女と重なった。
春香ちゃんは、わがままだったわけじゃない。
……寂しかった、だけなのだ。
「落ち着いた?」
「はい……すみません、みっともないところをお見せしてしまって……」
「男だったらともかく、女の子の涙がみっともないなんてとんでもない」
いいもの見せてもらっちゃったよ、と冗談めいたことを言う良太郎さんに、思わずクスリと笑ってしまった。
良太郎さんは、泣いている間何も言わずに私の頭にその手のひらを乗せてくれていた。撫でるでもなく、ただ乗せるだけ。しかしそれだけでも、少しだけ気が楽になったような気がした。まるでお父さん……というには若すぎるから、兄がいたらきっとこんな感じなんだろうかと思った。
「……みんなと一緒のステージに立つのが楽しくて、それが『春香ちゃんの夢』だったってことでいいんだよね?」
「……はい」
少し冷めてしまった缶紅茶を一口飲んでから、良太郎さんの言葉に頷く。
既に叶えてしまった私の夢。あの日から停滞してしまった私の夢。
みんなの夢の妨げになるかもしれない、私の夢……。
「それは違うよ、春香ちゃん」
「え?」
「春香ちゃんの夢は、別に他のみんなの妨げになるようなものじゃない」
良太郎さんは既に飲み終わっている自身の紅茶の缶を手で弄びながら、事もなげにそう言った。
「で、でも……」
「考えてみてよ、春香ちゃん。春香ちゃんがみんなと一緒のステージが楽しいって思ってるんだよ?」
――他のみんなだって、同じこと考えてるに決まってるじゃないか。
「……え」
「765プロの子達はいつも仲がいいって、よくスタッフからも話を聞くよ。あの冬馬でさえ、君たち765プロのみんなの絆の強さを認めてたぐらいだ。それだけ周りの人間からも仲が良いって見られてて、それでいて本当に仲が良い君たちだ。……他のみんなだって、春香ちゃんと一緒でステージを楽しみにしてるに決まってるし、みんなで集まれないことを寂しがってるに決まってる」
「……みんなも……?」
「それは俺よりも春香ちゃん自身が一番よく分かってると思ったんだけどな」
違う? と良太郎さんは私の顔を覗き込んできた。
「だから春香ちゃんはちゃんと言えばよかったんだよ。みんなと一緒に仕事が出来ないのが寂しいって。みんなと一緒のステージをもっといいものにしたいって」
まぁそれを素直に口にできないのが寂しがり屋さんたちの悪いところなんだけど、と。
……そうか。
私は、仲間を信じればよかった。
それだけでよかったんだ。
「『前のステージみたいにみんなと一緒に楽しみたい』じゃなくて『次のステージをみんなと一緒に楽しみたい』って、こう考えるだけでいいんだ。過去じゃなくて未来。こうするだけでほら、新しい春香ちゃんの『夢』の誕生だ」
これから先のステージを、みんなと一緒に歌って踊って楽しむ。
私の、新しい夢。
「……はいっ」
「送ろうか?」
「大丈夫です! 人通りの多い場所を選んで行きますから!」
夕暮れが近くなり、今から事務所に向かうという春香ちゃんと公園の入口で別れることになった。
「そっか。それじゃあ、気を付けて。事務所のみんなによろしくね」
「はい!」
ずっと俯き暗かった春香ちゃんがようやく見せてくれた笑顔は、ステージの上の春香ちゃんに決して劣らない素晴らしいものだった。
さて、それじゃあ俺もジュピターのライブ会場に戻るかな。いや、少し小腹が空いたから先に
「……あ、その前に良太郎さん……その、一つだけいいですか?」
「ん? 何?」
春香ちゃんに呼び止められ、振り返る。
「良太郎さんの夢って、なんですか?」
……俺の夢、かぁ……。
「泣いてる子を笑顔にしたいからアイドルになったって話は前にしたよね?」
「はい、覚えてます」
「それは今でも変わってない。まだまだ沢山いる泣いてる人全員を笑顔にしたい。それが……」
……うん、そうだな。
「俺の夢は『世界平和』ってことで一つ」
「……素敵な、夢ですね」
「うん、ありがと」
『転生者』が『転生した世界』で願う夢にしちゃ、妥当なところだろう。
きっと。
・生じてしまった軋轢
ここら辺の伏線はアニメ五話内の春香と真と伊織の会話で示唆されていましたね。
・『夢は呪いと同じ』
海堂さんが4号にて再登場するとは果たして誰が予想しただろうか。
・二階堂さんのお店でコロッケでも
高笑いの後に咽るという一芸を持ったエセレブさんがいるんじゃないかと思われる精肉店。地味にミリマス勢で(名前だけだが)一番乗りの登場。
・『世界平和』
正義の味方でもいいんじゃないかなと思ったけど「こんなに欲望に忠実なしろーくんいねーよ」って思った。
春香回はまさかの「本人の口から語らせる」という禁じ手を使用して終了です! やめて! 石は投げないで! ぶっちゃけアニメでも春香さん自己解決してるから絡ませづらかったの!
そしてようやく、ついに、次回第二章最終話です!(メイビー)
外伝を挟んだ後、皆さんお待ちかねの劇場版編が始まりますよ! 始めますよ!
新事務所の名前および所属アイドルの紹介も次回(の予告内)でする予定です。
それでは。