アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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 結果が最初から分かっているシリアスほど書き易くかつ読み易いものはないですね。

 ドキドキが足りない? そいつぁ選んだ小説が間違っています()


Episode02 失われた笑顔、そして始まりの決意

 

 

 

 『雪月花』。二、三年前にデビューした三人組のアイドルグループ……だったと思う。

 

「お呼びじゃなかったというのは……どういう意味ですか?」

 

「は? 何、その顔。何か私達に文句でもあんの?」

 

「あ、いえ、これは素です」

 

 変わらない表情が癪に障ったのか、三人の内の一人(顔と名前が一致しないので雪ちゃんなのか月ちゃんなのか花ちゃんなのか分からない)に睨まれてしまった。本当にただ疑問を述べただけだったのだが、やはりこの無表情は初対面の人とのコミュニケーションに支障をきたすなぁ。

 

「お気に触ったようでしたら申し訳ないです」

 

 ただまぁ、こちとら実年齢は兎も角、精神年齢は既に彼女たちのダブルスコアは軽く超えている。彼女たちの気が済むならば、ここは一つ大人の余裕で素直に謝っておこう。

 

 ん? その割には才能云々の時に情緒不安定だったって? 色々あったのよ(適当)

 

「……ふん、まぁいいわ。実は私たち新しくCDを出すんだけど、その告知が出来る番組を探してたのよ」

 

「それで仲がいいディレクターさんにちょーっとだけ『お願い』してみたの」

 

「そしたらわざわざ出演の枠を空けてくれたのよ。ホント、あのディレクターさんってば優しいんだからぁ」

 

 ……正直はぐらかされると思っていたのだが、まさかこんな刑事に崖の上まで追い込まれた犯人ばりに詳しい説明をしてくれるとは思わなかった。

 

 つまり、あのディレクターはこの雪月花を番組に出演させるために、俺たちの出演をキャンセルした……ということか。そういう裏事情が実際に存在するとは何となく分かっていたのだが、まさかこうして自分の身に降りかかることになるとは……人生何があるか分からんなぁ。

 

「……わ、私……」

 

 まるで他人事のように考えていると、彼女たちの登場でフリーズしていた東豪寺さんが口を開いた。

 

「えっと、私たち、幸福エンジェルって言って……ゆ、雪ちゃんたちに憧れて、アイドルに……」

 

 声が震え、肩も震え、それでも信じられないといった様子で、縋り付くように東豪寺さんは雪月花の三人に近づく。

 

 多分、彼女は信じたかったのだろう。自分が憧れたアイドルが、自分たちのテレビ出演のチャンスを奪っていくような真似をしないと。他でもない彼女たちの口から否定してもらいたかったのだろう。例えそれが叶わなくても「また次の機会に頑張ってね」と、ただそれだけの言葉が貰えればよかったのだろう。

 

 しかし、彼女たちの口から放たれた言葉は――。

 

 

 

「へー? 私らのファンなの?」

 

「それじゃあ私たちに出番譲れてラッキーだったね」

 

「あ、幸福エンジェルってそういう意味? いい名前じゃーん!」

 

 

 

 ――東豪寺さんが抱いた一縷の望みを踏み躙るようなものだった。

 

 

 

「っ……!? あ、あ……!?」

 

「れ、麗華!?」

 

「麗華、しっかりして!」

 

 その場に膝から崩れ落ちる東豪寺さんを朝比奈さんと三条さんが両脇から支えるが、体勢が悪く支えきれずに三人でその場にへたり込んでしまった。

 

「それじゃあ、私たちは打ち合わせがあるから」

 

「じゃあねー!」

 

「これからもCD買ってねー!」

 

 そんな彼女たちを意に介する様子も無く、雪月花の三人は部屋から出て行った。

 

 残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と床にへたり込む幸福エンジェルの三人だけ。

 

(……まさか、こんなことになるとはなぁ……)

 

 思わずため息を吐いてしまう。

 

 いくら歌とダンスの実力が評価されたとしても、実績が無ければ知名度も無いのだ。テレビ的には当然知名度が高い方を使うのが当然だ。

 

 大人の世界はやっぱり難しいなぁとか、楽しみにしててくれたなのはちゃんになんて言おうかなぁとか色々と考えてしまう。

 

「……ぐす……ひっく……」

 

 そんな中、全員が黙り込んだ室内に、すすり泣く声が静かに響いた。

 

「……憧れてたのに……大好きだったのに……わ、私、何も悪いことしてないのに……!」

 

 それは、両手で顔を覆う東豪寺さんだった。東豪寺さんに寄り添う朝比奈さんの目にも涙が浮かんでおり、三条さんは涙こそ浮かんでいないものの悲痛な面持ちだった。

 

「………………」

 

 直前になのはちゃんのことを考えていたからなのかもしれない。

 

 床に座りこんで涙を流す東豪寺さんの姿が、なのはちゃんの姿と重なった。

 

 こうして涙を流している少女が目の前にいるという事実に、気が付けば――。

 

 

 

「泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ」

 

 

 

 ――拳を握りしめながら、そんなことを言っていた。

 

「はぁ!? 何よアンタまでいきなり! アンタだってテレビ出れないのよ!? 分かってんの!?」

 

「っ……!」

 

 朝比奈さんがそんな怒鳴り声を上げ、三条さんもこちらを睨んでくる。まぁ、その反応は当然だよなぁ。俺だって彼女たちと同じ境遇なのだから。

 

 でも、同じ境遇だからこそ、俺でなければ彼女たちの手を取ることが出来ない、そう感じたのだ。

 

 今の俺に出来ること……いや、そんなことは分かり切っている。俺は『転生する世界で最も武器となる能力』として『アイドルとしての才能』を貰ったのだ。

 

 

 

 ならば、俺に出来ることは『歌うこと』と『踊ること』以外の他に無いのだから。

 

 

 

 やるべきこと、今の俺にすべきことは、すぐに思いついた。

 

「……三日後の夜六時、○○公園」

 

「……え?」

 

 それだけを言い残し、俺も部屋を後にした。

 

 とりあえず、今は兄貴を探して家に帰ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

「……すまん、良太郎」

 

 帰りの車の中。ずっと黙ったままだった兄貴の口から発せられた第一声は、そんな謝罪の言葉だった。

 

「別に兄貴が謝るようなことじゃないさ」

 

「いや、俺のせいだ。もう少ししっかりと話をつけておくべきだった。……勉強して、話を聞いただけで、一流のプロデューサー気取りになってた俺の責任だ」

 

 チラリと横目で見た兄貴は、悔しそうな表情をしていた。

 

(………………)

 

 今回の一件で、既に四人の人間の笑顔が失われてしまった。

 

 その代わりに雪月花の三人が笑顔になっているが……それで良しと思えないのは、それが自分に関わっている事柄で……結局のところ、実年齢よりも長く生きていた記憶があるだけで、まだまだ俺の精神年齢もガキだった、ということなのだろう。

 

 結局俺も我儘なガキだったのだ。

 

 自分と目の前の少女が理不尽な目にあったことに対して憤る、堪え性のないガキだったのだ。

 

「兄貴、あのさ――」

 

 俺は兄貴に、自分がしようとしていること全てを正直に話した。

 

「……お前、本気で言ってるのか?」

 

 兄貴は信じられない、といった表情になった。

 

「分かってるのか、良太郎。そんなことをしたら、二度とテレビ出演出来なくなるかもしれないんだぞ?」

 

 兄貴のこのリアクションは当然のものだ。何せ、テレビ局という一企業に対して喧嘩を売ろうとしているのだから。

 

 下手したら……いや、下手しなくても、テレビへの出演は愚か、CDの発売すら出来なくなるかもしれない。一切のメディアから距離を置かれることになるかもしれない。

 

 それでも。たとえそうなったとしても。

 

 

 

「兄貴、俺はテレビに出たいんじゃない。……笑顔にしたいんだよ」

 

 

 

 世間に認められることが無くなろうとも、それが自称になってしまったとしても、笑顔に出来るのであればそれでいい。この才能は、人を笑顔にすることが出来る才能なのだから。

 

「最悪、動画サイトに投稿するだけのネットアイドルにでもなるよ」

 

 逆にそっちの方が知名度は高くなる可能性だってあるし、俺は別にそれでも構わないと本気で考えていた。

 

「兄貴の勉強を無駄にしちゃうことになるけど……」

 

「……俺のことなんか気にしなくていいんだよ」

 

 俺の言葉で呆気に取られていた兄貴が、フッと微笑み首を振った。

 

「俺は嬉しいんだ。俺のせいでずっと肩身の狭い思いをさせちまったお前が、こんなに胸を張ってやりたいと言ってくれるっていうことが」

 

「……別に、肩身の狭い思いなんかしてないっつーの」

 

「はいはい」

 

 記憶の中では三十年以上生きていても、やっぱり俺はこの兄貴の弟なのだと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『そうか……ダメになってしまったか』

 

「あぁ……悪い、なのはちゃんの期待を裏切るようなことになっちまって」

 

『いや……お前は、大丈夫なのか?』

 

「俺? 全然大丈夫……っていうのは嘘だな。結構ショック」

 

『……その、なんだ、気を落とすな。お前ならいくらでもチャンスはやって来る。俺はそう信じてる』

 

「……ありがとな」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ついに迎えてしまった『それ』の実行日。時刻は五時。俺は一人、○○公園内のステージの上で振付の最終チェックをしていた。人様に見せるのが初、というわけではないのだが、今から行う『それ』では今まで以上のパフォーマンスをしなければならないのだ。

 

 そう、俺が行おうとしているのは『本来出演する予定だった番組の収録日、収録の時間に合わせてテレビ局の近くの公園で敢行するゲリラライブ』である。

 

 収録は確か七時から始まる予定だった。だから六時ぐらいにはこの公園の前を番組観覧に参加する人たちが通るはずだ。その人たちを俺の歌とダンスで惹きつける。

 

 早い話が『そっちの番組と俺のパフォーマンス、どちらがより多くの人を集めることが出来るのか』という喧嘩を勝手にふっかけたのである。当然向こうは知らないだろうが。

 

 それが果たしてどのような意味を持つのかは、実のところ発案した俺自身もよく理解していない。どうなるか分からない。

 

 だからこれは、俺自身と幸福エンジェルの三人の溜飲を下げるための独りよがりなのだ。

 

 

 

 一曲分のダンスが終わり、最後のポーズのまま夕闇に染まり始めた空を見上げる。

 

「………………」

 

 果たして、何人の人が足を止めてくれるのだろうか。

 

 果たして、全くの見ず知らずの通行人がどれだけ俺のパフォーマンスに興味を示してくれるのだろうか。

 

 分からない。でも、自信はあった。

 

 俺の歌とダンスは人を笑顔にすることが出来るという、漠然として何の根拠もない自信が。

 

 さてもう一回――。

 

 

 

 パチパチパチ

 

 

 

「ん?」

 

 それは、拍手の音だった。誰かが俺のダンスを見ていてくれたのだろうか。

 

 

 

「素敵なダンスね。思わず見惚れちゃったわ」

 

 

 

 ふと気が付けば、そこに『一人の少女』がいた。

 

 

 




・『お願い』
これは健全な小説なのでえっちぃ意味ではありません(真顔)

・刑事に崖の上まで追い込まれた犯人
一般的に追い詰めた探偵役が犯人を助けようとしますが、金田一だったらそのまま落ちます。

・『一人の少女』
彼女は一体誰なんだー(棒)
まぁ今まで名前すら登場していない新キャラですが、分かる人には分かると思う。
次回には正体明かしますのでここでは触れません。



 これだけ分かりやすい悪役キャラを書いたのは凄い久しぶりな気がする。ゲスイ、これはゲスイ。

 次回スカッと終わらせて、気持ちよく第三章に入ろうと思います。

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