アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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今回の外伝のラストエピソードです。


Episode03 新人の邂逅、そして始まりの夜

 

 

 

(……誰だ?)

 

 ステージの上にはライトがあるので俺の姿は向こうから見えているのだろうが、こちらからは向こうの姿が薄暗くて良く見えない。かろうじて女の子ということは分かるのだが……。

 

 背格好からして多分俺と同年代、軽くウェーブがかかった明るい茶髪……やや薄めの乳。いや、中学生ぐらいならこれが普通か。この前の朝比奈さんがデカすぎた。

 

「……お褒めに預かり光栄だよ、淑女(レディ)

 

 とりあえずそう返事をしておくことにする。

 

「そういう評価の仕方をするってことは、お嬢さんもダンスか何かやってるってこと?」

 

「えぇ。これでもアイドルなのよ? ……と言っても、まだまだ駆け出しの新人だけどね」

 

「そいつは奇遇だね、俺も駆け出しの新人アイドルだよ」

 

 まさかこんなところで同業者に出くわすとは。しかも新人。アイドルとアイドルは惹かれ合うってことかな。いやまぁ、テレビ局近いから他の場所よりもエンカウント率は高そうだけど。

 

「それで? その新人アイドルちゃんはこんな時間にどうしたのかな?」

 

 もうだいぶ日が落ちている。大通りがすぐ側にあるとはいえ、もうそろそろ女の子の一人歩きは危ない時間になってきた。

 

「たまたま近所を散歩してたら、ステージの上で踊っている人を見かけて近寄っただけよ。そっちこそ、新人アイドルくんはこんな時間にどうして踊ってたのかしら?」

 

「実はこの後ここでちょっとしたショーをする予定だから、その最終チェック。……もし時間があるようなら、見てってくれないかな。それが終わった後なら、帰り道をエスコートするよ?」

 

「あら素敵。……でもざーんねん。とても魅力的なお誘いだけど、もう帰るわ」

 

「あらら。……ちなみに、その魅力的なお誘いってのはどっちのことを言ってるの?」

 

「勿論『ちょっとしたショー』の方よ」

 

「おうふ」

 

 表情は見えないが、少女はクスクスと笑っているようである。

 

「……実はアタシ、明日日本を発つの」

 

「……へー」

 

「今の日本でアイドルをしていくことに不満があるわけじゃないけど、私はもっと大きな世界で羽ばたきたい」

 

 そいつはデカい夢である。少なくとも、テレビ出演がキャンセルになって八つ当たり的な行動をしようとしている俺なんかよりも、ずっと大きな決意。

 

「それじゃあ、こうして出会えた記念に名前を教えてくれないかな。将来君がトップアイドルになった時に『昔会ったことがあるんだよー』って自慢したいから」

 

「えぇ、アタシは――」

 

 と、そこまで言いかけた少女は「いや」と首を振った。

 

「やっぱり止めておくわ」

 

「あらら、やっぱり初対面の男に名乗るのは嫌だった?」

 

「違うわ。……これは、アタシの勘なんだけどね」

 

 

 

 ――たとえ、ここでお互いに名乗らなかったとしても。

 

 ――いつか必ず、お互いの名前を耳にすることになる。

 

 

 

「――そんな気がするのよ」

 

「随分とまぁ自信満々だな。それだけ大きく評価してくれるのは嬉しいけど」

 

 しかし、俺も彼女と全くの同意見だった。

 

 オーラ、とでも言えばいいのだろうか。彼女が発するその雰囲気は、無意識に握り拳を作ってしまうほど強く、濃く、そして研ぎ澄まされていた。

 

 バトル漫画的に言えば「こいつ、出来る」みたいな感じである。

 

「それじゃあ、今は握手ぐらいにしておこうか」

 

 握手はオッケー? と聞くと二つ返事で了承してくれたので、ステージを降りて彼女に近づく。

 

 近づいたことでようやく把握することが出来た彼女の顔をしっかりと見据えながら、俺たちは握手を交わした。

 

 

 

「また会おう、新人アイドルちゃん」

 

「また会いましょう、新人アイドルくん」

 

 

 

 

 

 

「……何、これ……」

 

「……凄い……」

 

「………………」

 

 あの悪夢のような出来事から三日後、私たちはテレビ局近くの○○公園に来ていた。

 

 本来ならばこの日のこの時間にはテレビ局にいて、目前に迫ったテレビ出演に少し緊張しつつも期待に胸を膨らませていたことだろう。しかし、今となってはそれも叶わぬこと。故にそれを思い出させるこのテレビ局周辺にはあまり来たくなかったのだが、あの時私たちと同じくテレビ出演を奪われた新人アイドルの言葉が気になって来てしまった。

 

 そこで私たちが目の当たりにしたのは――。

 

 

 

「お!? 何だアイツ!」

 

「うお、ダンスキレッキレじゃねぇか!」

 

「歌もウマッ! ここまで声響くとかどんな声量してんだよアイツ!」

 

 

 

 ――公園のステージの上で歌いながらダンスを披露する周藤と、それに足を止めた大勢の観客の姿だった。百……二百? いや、それどころの話じゃない、優に千人はいるだろう。この場所、そして時間帯、恐らくは本来私たちが出演する予定だった番組を観覧する予定だった人たちも足を止めていることだろう。

 

 それだけの人数を、ただ歌って踊るだけで引き止めたというのか? あり得ない。いくら持ち歌を持っているからといえ、テレビ出演もしたことが無い新人アイドルにそんなことが出来るはずがない。

 

 しかし、現に目の前には大勢の人々が集まっている。

 

 そして耳に入る歌に、目に入るダンスに……そんなあり得ないという考えを吹き飛ばすほど、気付けば私自身も魅入ってしまっていた。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 いつの間にか私たちは観客たちの一番前まで来ていた。果たして何曲歌い、踊ったのだろうか。無表情は変わらないものの、その荒くなった息遣いがここまで聞こえてきた。

 

「……お、来てくれたんだな」

 

 周藤は私たちに気付き、そう声をかけてきた。

 

「……どうだ? 立ち上がったら、有益なことがあったろ?」

 

 

 

 ――泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ。

 

 

 

 先日、こいつから言われた言葉が脳内を反芻する。

 

(……私は、一体何をしていたの)

 

 憧れていたアイドルに自分達のテレビ出演の機会を奪われ、ただ泣いているだけだった。自分から行動を起こそうと考えていなかった。

 

 しかし、周藤は立ち止まることなく、俯くことすらせず、こうして行動した。果たしてこの行動がどのような結果に結びつくのかは、私には分からない。多分、こいつ自身分かっていないのだろう。

 

 それでも、決して屈することのないその姿が、ただ泣いていただけの私にはとても眩しかった。

 

 

 

「こ、これは一体どういうことだ!?」

 

 周藤が自らの持ち歌を歌い終え、観客からのアンコールとして別のアイドルの曲を歌っていると、そんな声が聞こえてきた。見ると、そこにいたのは私たちが本来出演する予定だった番組のディレクターだった。

 

 周藤は彼に気付き、曲を中断する。

 

「おや、ディレクターさん」

 

「お前、どういうつもりだ!? お前のせいで収録のスケジュールが滅茶苦茶だ!?」

 

 私の予想通り、番組観覧の予定だった人たちもこの大勢の観客の中にいたのだろう。観客がおらずガランとしたスタジオ内で立ち尽くす雪月花の三人の姿を思い浮かべてしまい、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「どういうつもりだ、と言われましても。俺はただ『番組出演を土壇場でキャンセル』されて、たまたま時間が空いてしまったからここで本来歌う予定だった曲を歌っていただけですよ」

 

 大げさに肩をすくめながら、周藤はわざとらしくそう言った。

 

 

 

 ――は? マジ? 本当だったらこいつが出演予定だったの?

 

 ――土壇場キャンセル? わー、可哀想。

 

 ――いくら新人だからって、それはないわー。

 

 

 

 良太郎の声が聞こえていた前方の観客を中心に、その騒めきは徐々に大きくなっていく。既にここに集まっている人たちは周藤の歌とダンスに魅入られており、言わば周藤側の人間だ。故に、番組プロデューサーを批判するような言葉が徐々に増えていく。

 

 場の空気が自身に不利なことに気付いたディレクターは、一歩後退る。

 

「こ、こんなことをして、分かってるんだろうな!?」

 

「……さて、何のことか分かりませんね。自分、新人なもんで」

 

「……思い知らせてやるぞ……!」

 

 忌々しげに睨むディレクターに対し、表情が変わらない周藤の心情は全く分からなかった。

 

 

 

「とはいえ、そろそろ潮時か……」

 

 ディレクターが逃げ帰るように立ち去り観客が再びアンコールを始めたその時、周藤はポツリと呟いた。

 

 確かに番組収録時間は既に過ぎており、これ以上人が集まると警察がやって来る可能性も出てくる。いくらただ歌っているだけとはいえ、少し騒ぎを大きくしすぎた。

 

 周藤は観客に向き直り、アンコールを繰り返す観客に向かって誰よりも通る大声を上げた。

 

「今日は俺の『ただの練習風景』のご見学に、大勢集まっていただいてありがとうございました! 今後テレビ出演が出来るかどうかは分かりませんが、これからも『周藤良太郎』をよろしくお願いします!」

 

 それは、この宴の終幕を告げる言葉だった。

 

 

 

 ――……凄かったぞー!

 

 ――CD買うよー!

 

 ――これからも頑張れよー!

 

 

 

 一瞬の静寂の後、公園は大きな歓声と拍手に包まれた。中には惜しむ声やもっと続けるように催促する声もあったが、皆が皆、周藤に対して温かい応援の言葉を向けていた。

 

 手を振りながら舞台を降りる周藤。

 

 ふと気が付けば、私も周りの観客と同じように拍手をしていた。両隣のりんやともみも同じだった。

 

 

 

「……りん、ともみ」

 

「……何? 麗華」

 

「……私、諦めない」

 

「……うん、アタシも」

 

「わたしも、だよ」

 

 

 

 

 

 

「『日高舞の再来! 驚愕の新人アイドル現る!』……か。まさしくその通りだな」

 

「……は、はい」

 

「さて、何故君がここに呼び出されたのか分かるかね?」

 

「……い、いえ……」

 

「本当に分からないのかね? ……今回の一件で、突然の出演キャンセルのことが我が局での出演アイドルに対する非道な扱いという名目で様々なニュースになってしまった。我が局に対する抗議の電話も増えた。しかし今問題なのはそんなことではない。……件のアイドルである周藤良太郎が他局の番組に出演し、そのどれもが高視聴率を叩きだしているということだ」

 

「……は、はい……」

 

「我が局でも恥を忍んで出演交渉を続けているが、先方は一切首を縦に振らない。今後、周藤良太郎は大きくテレビに出続け、更に成長を遂げると世間の誰しもが考えている優秀なアイドルだ。……そんな彼が今後一切我が局の番組に出演しないとなると……その損害がどれほどのものになるのか、君には想像がつくか?」

 

「………………」

 

「聞けば、元々の理由は君が個人的に他のアイドルを出演させるためだったらしいではないか」

 

「……そ、その、私は……」

 

「君の処遇は追って伝える。……デスクの整理でもしておくのだね」

 

「……あ、あぁ……あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の一件の顛末を語ることにしよう。

 

 結論から言うと、俺が行ったゲリラパフォーマンスは想像していた以上の成果をもたらした。

 

 『日高舞の再来!』『驚異の新人現る!』などという名目で新聞やニュースで取り上げられ、様々な番組出演の依頼やインタビューの申し込みなどが殺到したのだ。正直ここまで大事になるとは思ってもいなかったのだが、どうやら俺が行ったのは以前『日高舞』というアイドルが行った抗議活動と同じものだったらしい。何と偶然な。

 

「言っただろ? お前はもう天才の一員なんだって」

 

 引っ切り無しに鳴る出演依頼の電話に対応しながら、兄貴は疲れた様子も見せずにそう笑っていた。

 

 ……正直、ホッとしている。これだけテレビ局に対して反骨的なことをしておいて、それでもなお様々なメディアに取り上げてもらい、さらに自身の歌とダンスを評価してもらうことが出来たのだ。干されても仕方がないと考えていた分、その安堵感も一入(ひとしお)である。

 

 余談ではあるが、あの時俺と同じようにテレビ出演の機会を奪われた少女たち『幸運エンジェル』が『魔王エンジェル』と名前を変えてテレビ出演するようになった。果たして彼女たちにどのような心境の変化があって名前を変えたのかは分からないが……それでも、しっかりと自分たちの力で立ち上がれたようでホッとした。いずれ一緒に仕事をする機会もあるだろう。その時、改めて話をしてみよう。

 

 さらに余談ではあるが、あの一件以来雪月花の三人を見なくなった。ディレクターと浮気だの、色々と噂が流れていたが真偽のほどは定かではない。テレビ局で見ないだけで、地方営業をしているのかもしれないが……まぁ、業界にいるのであれば顔を合わせることもあるだろう。……正直、会いたいとは思わないが。

 

 さて、今日もテレビでのお仕事だ。アイドルとして、これからが本番みたいなものである。

 

 多くの人を笑顔にするという目標のためにも、新人アイドルちゃんとの約束を果たすためにも、これから頑張っていこう。

 

 

 

 あの日出会った『二色の眼』を持った少女を思い出しながら、そう決意した。

 

 

 

 

 

 

「『日高舞の再来!』……か。早速名前を知ることになったわね、『周藤良太郎』君」

 

「危なかったわね……あのまま日本にいたら、そんな化け物みたいなアイドルと同期になるところだったのね」

 

「あら、別に変わらないわよ。……いずれは相見えることになるのだから。私は海外で、彼は日本で、それぞれトップアイドルになってから、ね」

 

「……そう。なら一足出遅れた分、取り返さないといけないわね。……頑張ってきなさい――」

 

 

 

 ――玲音(レオン)

 

 

 

「……えぇ。行ってくるわ」

 

 

 

 ……私がステージに立つのは、観客を楽しませたいから。だから、アイドルとしての優劣は拘らない。

 

 それでも……彼には負けたくない。

 

 アタシの心は、熱く燃えていた。

 

 

 

「いずれ同じステージの上に立つその時まで……負けないわよ、新人アイドルくん」

 

 

 

 

 

 

 これは『覇王』と『女帝』の初めての邂逅。

 

 そして遠くない未来に訪れるであろう両雄の激突……そのプロローグ、なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 外伝『Begin's night』 了

 

 

 




・この前の朝比奈さんがデカすぎた。
相変らず乳を見比べる主人公、こいつもこいつでゲスである。

・ディレクターのオチ
多分左遷か何か。やったね! 地方でのんびりお仕事出来るよ!
なお彼は家庭を持っていた模様。つまりはそういうこと。

・雪月花のオチ
数年後、彼女たちによく似た女性が登場するビデオが発売されたとか。
どんなビデオかとかは読者さんのご想像次第と言うことで(すっとぼけ)

・玲音
『アイドルマスター ワンフォーオール』の登場キャラ。
ゲーム内においてSランクを超えるオーバーランクと称される裏ボス的な立ち位置の、正真正銘『トップアイドル』。CVはみのりん。
ドラマCD内では961プロに所属していたようだが、この作品では当然そんなことは無く、不詳だった年齢も良太郎と同い年と設定。



 ついに『オーバーランク』さんの登場です。この小説の発案段階ではまだワンフォーオールが発売していなかったので登場予定がなかったのですが、『海外にいっていた』ということで辻褄を合わせて今回登場と相成りました。

 この小説では『良太郎と同レベルのトップアイドル』として、いずれ良太郎と競ってもらうことになります。(しかし再登場予定はだいぶ先)

 というわけで、やや駆け足気味でしたが今回で外伝は終了です。ディレクターや雪月花の扱いが適当? (最初から丁寧に描写するつもりは)ないです。

 次回からいよいよ第三章スタートになります。本編とリンクするまではもう少し話を置きますが、ついに劇場版編が始まります。お楽しみに!

 それでは。

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