はじめて見つけた時のあの気持ちは何だろうか。
荒野みたいなこの星で、どんな惑星にも勝る宝石を見つけたようなあの感情は。
―――――とりあえずバーダックはしっかり殴った。
「ってぇな!! 何すんだセリパテメェ!!」
「祝ってんだよ! ありがたく受けとりな!!」
「そーかいそれじゃあコイツはその礼だっ!!」
バキッ!!
「っぐ、―――っアタシはねぇっ!!」
ドガっ!
「っつぅ、っなんだよ!!」
ガッ!
「げほっ、…! も、と、から! アンタとギネがくっついたら1発殴るって―――――決めてたのさ!!!!」
ドッ!
「っ、既に3発目じゃねーか!!!!!!」
バギ!!
―――――結局殴り合いになってトーマに止められたんだけどね。
あーっ腹立つ! 何が1番腹立つって、あの殴り合いでもバーダックに手加減されてたことだよ。アタシは全力だったってのにさぁ!
戦闘力の差は倍以上。仕方ないと言えばそこまで? 冗談じゃない。こんなに弱くっちゃ、ギネがあの野郎に泣かされた時ボコボコにできないじゃないか。
見てなよバーダック…! すぐに追いついてやるんだからね………!!
「バーダック、何も殴り返さなくても…」
「あ、あの野郎、なかなかいいパンチするようになったじゃねえか……! けっこう効いたぜ……!!」
「コ、コイツ、燃えてやがる……」
■
ある日の仕事終わり。今回はそこまで怪我もなく、自力で歩き回れる程度には元気だったアタシは、何か慌てて出て行ったサブリーダーのトーマの代わりにバーダックと仕事の報告を済ませた。
にしても、トーマのやつ何をそんなに慌ててたってんだい。バーダックに聞いても「知らねえ」って言うしさ。ギネもトテッポもどっかに行っちまうし……。
「とりあえず治療カプセル行くか…」
「これくらいなら唾でも付けときゃ治るんだけどね」
「………ギネが泣く」
「………へえ?」
「………何だよ」
「何もお?」
おかしくてたまらない。笑っちまうだろ? 自分勝手なサイヤ人が、他人のために行動を変えるだなんてさ。アンタだって、この程度の傷でカプセルに入るの嫌がってたくせに!
ニヤニヤしているアタシと、舌打ちをしてるバーダック。馬鹿だね、顔を背けたって赤くなってんのは見え見えだよ。
奇妙な雰囲気でメディカルルームに行けば、中から言い合う声が聞こえてきた。
「ちょっと、バーダック。この声……」
「ああ、トーマとギネだ」
あの二人が揃って声を荒げるなんて、穏やかじゃないね。警戒しながら部屋のドアを開ければ、こちら側を見て突っ立ってたトテッポがギョッとした顔をした。
「頼む、新型の治療カプセルのことはバーダックとセリパには黙っていてくれ!」
「い、いやしかし………」
「今までのやつをちょっと残しておいてさっ、カモフラージュしてくれればいいんだ! 頼むよ!!」
「きゅ、旧型は全て廃棄せよとフリーザ軍からのお達しなんだ…」
「「そこをなんとか…… 「「おい」」 ………あ、」」
「―――――誰に何を」
「―――――黙ってろって?」
■
「へえ、これが新型か。デザインもまるっと変えたんだ。更新に伴って名称もメディカルマシーンに変更になったみたいだね。使うのが楽しみだよ」
「で? なんでテメェらは揃いも揃って俺らから隠そうとしやがったんだ」
メディカルルーム内で正座する3人と、立ってるアタシたち。トーマは苦笑いしてて、トテッポは俯いてる。ギネは涙目で見つめてくるけど、今回はそんなかわいい顔したって誤魔化されてやんないよ。
聞いてみれば、今回の更新で随分とパワーアップしたらしい。今まで丸1日かかったような治療も、1時間もあれば治っちまうんだと。随分と高性能になったね。
フリーザ軍は気に入らないけど…こういう技術力の提供は為になる。これで今まで以上に仕事の数をこなせるようになるってわけだ。
思いもよらない朗報に、アタシもバーダックも少し機嫌がよくなる。でも、じゃあなんだって揃ってアタシらに隠そうとしたってんだい。
「だって………ふたりとも、もっと無茶して怪我するようになっちゃうと思ったんだよ……」
ギネのセリフに思わずバーダックと顔を見合わせちまった。こっち見るんじゃないよ。
まあでも、ギネがそう思うのも仕方ないかもね。今までのバーダックと最近のアタシを見てればさ。もうメディカルルームの常連だよ。毎回スタッフが『またこいつらか』って顔するのが腹立つんだよね。
特にバーダックはギネと、なんだっけ、コイビト?(サイヤ人にはそんな概念が無かったけど、異星人の大半はこういう表現があるらしい)になったわけだし。余計に心配にもなるか。
トーマとトテッポはギネの付き合い半分と、あんまりな怪我の頻度を危惧して、ってとこかい?
「馬鹿だね。これは強くなるためさ」
「分かってるけど……」
「…強くなりゃ、怪我だって減る」
なんだいバーダック。アンタそんなぶっきらぼうな物言いで慰めてるつもりだっての? 言葉の足りない男だね。その尻を物理的に蹴り飛ばせば、こっちを睨み付けてくる。あ、ギネに抱き着かれた。良かったじゃないかバーダック。ギネには通じたみたいだよ。
とりあえずトーマとトテッポは1発ずつ殴る。これで水に流してやるよ。
さ、さっさと退散しようかね。治療はもういいや。とりあえず、ふたりの世界に入り始めたバーダックとギネから離れたい。
しかし揃って甘ったるいね。あのバーダックまでもがだよ? 今度揶揄ってやろう。
■
―――――勝った。
勝った。目の前には、前のチームの女どもが転がってる。全員ズタボロで、新型のメディカルマシーンでも2、3日は出てこれないだろう。それに対してアタシは擦り傷がいくつかだけ。
勝った。こいつらに勝った。ギネたちが駆け寄ってくる。
勝った。こいつらに勝った。意識のある1人が怯えたように後ずさってく。
勝った。
「 ――――― ォアア゛アアア゛ア゛アッ ゛ !!! 」
―――――勝った!!!!!!
「なんだ今の雄叫び……最早ゴリラじゃねえか。アイツ猿じゃねえぞ」
「なんか言ったかいバーダック」
「なんも言ってねえよメスゴリラ」
「上等だ表出なァアア!!!」
■
―――――殺す
■
―――――意識が戻ったらメディカルマシーンの中にいた。
なんだ? アタシはいつ入った? 記憶が混乱してる。確か、仕事に行ってたはずだ。それで、それで?
気分がよかったんだ。うざったい目障りな連中をぶちのめせて、調子に乗っていた。それで、―――――ああ、敵の攻撃を避け損ねて。ギネが、………
………ギネが?
ガジャン!!
メディカルマシーンをぶち壊す。呑気に出られるのを待ってる余裕がなかった。スタッフが何かを言ってるが、耳に入らない。近場にいたやつの胸ぐらを掴み上げて、怒鳴りつけた。
「おいアンタ!! ギネはどうした!!」
「―――――無事だっつの」
―――――衝撃。脳天に激しい痛みが走る。思わず掴んでいた胸ぐらを離して頭を押さえた。振り返ればそこにいるのは呆れた顔のバーダック。この男、殴りやがった!
「って、違う、バーダック! ギネは無事なんだね!?」
「軽傷だ。テメェよりずっと早くに治療が終わってる」
ホ、と息をついた。そうだ、調子に乗ってた私が油断して、ギネに庇われた。……情けない。守ると言ってた相手に守られた。……その姿を見た途端、体から力が溢れるように湧き上がって。怒りで周りが見えなくなった。―――――そこまでなら、覚えてる。
「―――――言いたいことはあるか」
「ない」
バキッ!!!
頬に一撃。…それは、さっきの頭なんか比べ物にならないくらい重い一撃だった。何とか踏ん張って無様に倒れるのだけは回避できたけど、腫れるね。メディカルマシーンに逆戻りしなくちゃいけなくなる。
バーダックが鋭い目つきでアタシを睨み付ける。そこにあるのは強い怒りだ。そして失望だ。
調子に乗って油断して、庇われて暴れて。分かってるさ。情けなくて仕方ない。こんなの人生で1番の黒歴史だね。間違いなくアタシの有責。馬鹿なことをした。私が完全に悪かった。―――――だからそんな顔するんじゃないよバーダック。
「迷惑かけたね。二度といない」
「ったりめぇだ馬鹿野郎……! 死にたいなら言え、俺が殺してやる」
底冷えするような怒りの視線と声だった。スタッフ連中は真っ蒼になってとっくに逃げた。―――――ああ、アタシ頭が馬鹿になったのかもね。バーダックが殴ったせいかい? なあ、アンタが苦しんでるように見える。
ガッ!!
「…………おい、なんで殴った」
「いや、反省はしてるけどそれとは別に殴られたのは腹立ったからさ」
「それのどこが反省してるってんだ、ァア゛!?」
結局殴り合いになった。
「ねえセリパが目覚めたって……な、何やってんだいアンタたち!!?」
「おいセリパ服着ろ服!!!!」
「何故全裸で殴り合う……!!?」
そういや着るの忘れてたね。あ、ありがとうギネ。てか、トテッポの声久しぶりに聞いたよ。
■
―――――いつの間にか、戦闘力が大幅に上がっていた。
ひと通りバーダックと殴り合った後、トーマに告げられた事実。アタシの戦闘力が、7000に到達したと。
「7000!? スカウターの故障じゃないのか!? アタシの戦闘力は5200だったはずだよ」
思わず声を荒げれば、続きをバーダックがつなげる。なんでも、ギネが怪我をしてアタシがブチ切れた瞬間、爆発的に戦闘力が上昇したらしい。
怒りで強くなる? なんだいそれ。今までムカつくことがあっても、それで戦闘力が上昇したことなんてなかった。なのに今回はなぜ?
「セリパが特例なのか、サイヤ人の特性なのか。……なんとなくだが、後者な気がするな。案外、『感情』と『戦闘力』はサイヤ人にとって密接な関係があるのかもしれねえ」
バーダックの静かな声が響く。聞いたこともない話だ。けど―――――ギネが怪我をしてアタシがパワーアップしても、あんまり嬉しくないね。
■
―――――ギネが妊娠してた。
この前の怪我の時の検診で発覚したらしい。マジか。………マジか。
思わずバーダックを殴ったが、一緒に報告を聞いたバーダックも驚きすぎて反撃されなかった。
戦闘服の上からギネの腹を撫でる。変な感じだ。妊婦の女サイヤ人は何人か見たことがある。今までは認識しても興味はなかった。けど、ここにギネとバーダックのガキがいると言われれば、100倍大切なことのように聞こえた。
そういえば、ガキを産むならギネとバーダックは『フウフ』ってやつにならなきゃいけないんだっけか。コイビトと何が違うと言われれば、曰くコイビトは友人の上位互換だとか。フウフはさらにコイビトの上位互換。子を育て、育んでいく関係だとかなんとか……。
男連中が騒ぎ立てる。バーダックも落ち着きがない。ああそうか、ここにギネの子がいるのか。
「―――――ギネ、あんた戦闘員辞めなよ」
「え、」
―――――急に空気が凍ったように静まり返る。それでも気にせずギネに言いつのった。
「配給所が人手足りてないらしい。あんた、このガキ産んだらそっちに行きな」
「な、なんで……! た、確かにわたしは全然強くないけどさ……!!」
「お、おいセリパ」
トーマの声は無視する。譲らず口を開こうとしたところで、バーダックが割り込んできた。「いい、セリパ」……ああそうかい。
バーダックがギネを連れていく。なら、アタシはこれ以上言うことないよ。
■
―――――夜。例のバーで飲んでれば、隣にバーダックが座った。
「妊婦ほっといて何やってんのさ」
「今日はいいんだよ」
そう言って酒を注文するバーダック。気色の悪いことに、酒が来て口を付けるまで一言も喋らない。かといって、口を開いたと思えば「ギネは戦闘員を辞める」と、それだけ。
ふふん、どれだけの付き合いだと思ってんのさ。詳しく話さないってことはアタシに言えないような甘ったるい言葉を吐いて納得させたんだろ? 聞いときたかったね、バーダックが何を言ったのか! 今度ギネに聞いてみようかな。
お互い酒を煽る。バーダックは静かに言った。「もういい」だって。
もういい? 何の話? ―――――そんなこと、言わなくても分かってるさ。
「きっと俺が言うべきだった。もっと早くにな……それを、どう言えばいいかと躊躇っていた。情けねえ話だ。…………だからセリパ、もういい」
―――――変な感じだね。まるで、下の兄弟が独り立ちするかのような感覚を覚える。兄弟なんていやしないくせに。そもそもいたって、こんな気持ちになるとは思わない。
こんな、強い情を感じるなんてさ。
「―――――ギネはさ、戦闘が好きじゃないだろ」
「ああ」
「でもさ、サイヤ人らしくない自分について1番悩んでたのはあの子だった。周りみたいになろうと努力してたよ」
「ああ」
「アンタ、あの子の甘ったれたところを気に入ったんだろ。惚れたんだろ」
「ああ」
「もう2度と、あの子を戦場に立たせるな」
「お前は前に、『惚れた女ならお前が守れ』と言っただろ。あれを少し訂正する」
「俺の女だ。―――――俺が守る」
その言葉で、どこか張り詰めてたものが切れた気がした。
「アタシが守ってたんだよ」
「ああ」
「アンタがギネのこと知る前からさあ」
「ああ」
「うるさい奴とか、変な奴とか、ギネにチョッカイかけるやつとか」
「ああ」
なあバーダック。あんた、幸せもんだよ。分かってんの? なあ、アンタ、いつあの子に惚れたんだよ。いや、いい、当ててやるよ。メディカルルームに通い詰める姿を見てからだろう。どうだい? 当たりだろ?
毎回毎回、かすり傷でも心配そうにする。うっとおしそうだったアンタが、いつの間にか言うこと聞いてさ。笑っちまうよ!
ねえ、あの子ってすごいよね。存在が宝みたいだ。戦闘が嫌いなくせにさ、甘ったれなくせにさ、散々殺しまくってるアタシらのことを心から心配する。実力なんて関係ない。怪我の程度なんて関係ない。ただ心から想われる。きっとアタシたちが死んだら、自分も死ぬんじゃないかってくらい泣いて、一生忘れないよあの子。ねえ、それってすごいことだよね。
特別なことじゃないかもしれない。なのに、その1点だけでアタシたちの命にどんなものより尊い価値を付けられた気分になるんだ。バーダック、あんたほんとに幸せもんだよ。
「ああ」
何だいその顔。腑抜けの顔だよみっともない。『そんなこと知ってる』とでも言うっての? あーあー。のろけられてる。今アタシのろけられてるね。
「アタシだけが知ってることだったんだよ」
ちくしょう泥棒猫。殴ってやろうか。そう言えば、気色悪いこと言うんじゃねえよ馬鹿野郎。もう散々殴ってきただろ。なんて酒を煽られる。馬鹿野郎はアンタさ。全然殴り足りないんだよ。一生殴り続けてやりたいね。
「メディカルルームで出待ちされたのは初めてだった」
うわ、急に語り始めやがった。これ以上のろけるっての? バーダック、あんた酔っぱらってんだろ? そうだろ? いいじゃないか、上等だ。全部吐いちまいな。後でさんざん揶揄われる覚悟があるんならね。
「なんだコイツって思ったさ…。俺に向かって心配しただのと抜かしやがる。とんだ甘ったれだってのが最初の感想だ」
「俺の治療中に何回もメディカルルームに通い詰めてたらしくてよ。スタッフの連中に『お前の女か』とうるさく言われた」
「周りに何か言われんのはめんどくせえし、アイツにナメられてんのかと思った。『心配』ってのは俺からしてみれば屈辱だった。弱いって言われてる気分になったからな」
「なのに、毎回毎回、馬鹿みてぇに『心配した』だの『無事でよかった』だのと言いつのられて」
「ワケ分かんねえ女だってよ」
「きっかけなんて分かんねえさ。ただ、いつかの時に」
「俺の着替えを渡してきたあいつに触れた時に」
「―――――こいつは俺の女だと思った」
ああ。
「そう思い始めると、気味の悪ぃことに、『心配』が心地よくなってきやがった。優越感すら感じた」
「困惑したさ。自分の中に甘ったれた穏やかなものが生まれた感覚」
「気色悪ぃのに捨てられねぇ。自分がおかしくなったのかと思った」
「アイツの甘ったれは病気だぜ。それも感染するタイプだ」
なんだアンタ、
「アイツが俺のもとに来るのが日常になっていった。俺のためにそこにいるのが当たり前になっていった」
「だってのによ―――――お前が増えて」
もうずっと前から、あの子に惚れこんでたのかい。はん、なるほどなるほど、メディカルルームはあんたにとって特別な意味があったてわけ。
それにしても随分とあけすけに喋るね。アタシに義理立てでもしてるつもりだっての? 馬鹿なやつ。
「馬鹿だよ、アンタもアタシもね」
「ああ?」
「アタシもアンタに妬いてたってことだよ」
この世で1番尊い宝だと思ってたんだ。そんな子の1番になった男を、なぜ妬まないと思った? 守ってやらないと、なんて思ってた。お鉢を奪われっちまったね。これでもさ、けっこう誇らしく思ってたんだけどさ。
「セリパ」
「なんだい。のろけ話はもう結構だよ。アタシはもうお腹いっぱい」
「ギネを守ってくれてありがとう」
「アンタのためじゃない」
強くて硬い声が出た。だってのに、バーダックのやつは「知ってる」と笑いやがる。だいたいなんだ「ありがとう」って。そんなキャラじゃないだろアンタ。本当に気色悪くてかなわない。見方を変えればこれものろけかい? ああ、酔っぱらってんだよアタシもアンタもさ。酷い酔い方だ。
酒を煽る。アタシも男つくろうかな。
「へえ」
「強いやつが良いね。アタシより強いやつ…」
「ゴリラより強いやつっつったら、もう人間じゃねぇだろ。そういう趣味か?」
「ブーメランって知ってるかい戦闘力10000越え」
キレイだろ?
なんだ、知ってたのか。
アタシの宝物だったのにね。
―――――まあ、アンタならいいか。