「クウラさま、ご報告します! どうやら連絡の途絶えた部隊と飛ばし子と思われる生体は獣のエサになったと思われます。衣類と肉片が獣の巣に残されていました!」
「続いて、宇宙船についてですが、強酸の海に宇宙船の破片が確認されました。どうやら襲われた際に、獣によって海に落とされたと思われます。」
「―――――」
「あの、クウラ様…?」
「……構わん。捜索は打ち切っていい。下がれ」
「「はっ! 失礼いたします!!」」
「―――――ふん、まあ、フリーザにはいい薬になるだろう」
せいぜい今を堪能しておけ、野猿。
―――――わけが分からなかった。
カカロットがアタシを覚えていないのはまだいい。仕方がない、惑星ベジータで育児用カプセルに入ってたカカロットとアタシじゃ、会話したこともないんだからさ。けど―――――『ゴクウ』ってなんだい。なんだそれ。誰だよ。お前の名前はカカロットだろ。バーダックとギネのガキだ。いや、まさか何かをインプットされたのか? カカロットは正式な飛ばし子じゃないけど、使ったのは飛ばし子用のポッドだ。導入されてた『教育』システムがカカロットに何かしらの影響を与えたとは考えられるんじゃないか?
―――――いや、いや、いや。でも、飛ばし子が自分の名前を忘れる必要があるとは思えない。そんなシステムは導入されてるなんざ聞いて無い。むしろ名前は『命令』と一緒にインプットされるはずだ。現にターレスだって覚えてた。独特な響きのこの名前は、尻尾と並んでサイヤ人としての証に等しい。じゃあなんだ。なぜ、何でお前は、―――――忘れている?
「な、にを馬鹿なこと言ってんだい、お前の名前は、カカロットじゃないか」
「な、なんだよ。オラは悟空だ」
「カカロットだ」
「悟空だってば、」
「カカロットだッ!!!」
■
「嬢ちゃん」
■
―――――全力だった。
「ハアッ、ハァッ……!!!」
殺しきれななった勢いが土煙をあげて視界を遮る―――――邪魔だ!
筋肉が悲鳴を上げるのを押し切って、カカロットから、反射的に動ける上限のスピードで、後ろに下がり間合いを取った。
―――――いや、カカロットからじゃない。
カカロットとアタシの間に―――――
―――――いつだ。
いつこのじじいは、アタシとカカロットの間に割り込んだ?
( クソ、クソ、クソ!! )
息が荒くなる。ああ、カカロット相手に冷静を欠いていた。けど、これはその興奮だけじゃない。
クソ、戦闘服の中が汗が流れて気持ちが悪い。集中しようにも、小さい音が聞こえないくらい心臓の音が耳奥から響いて意識が乱れてしかたがない。
冷静を欠いていた。けど、それだけで、その程度で、このアタシが、たかだか戦闘力100程度のじじいの接近に気づかなかった? ―――――ありえない。
―――――カカロットの肩をつかんでいた手を、外された。けど、ちからは込められてなかった。添えるように手首に手を置かれただけだ。なのに、アタシの手はカカロットの肩を離した。
なんだこれは。―――――なんだコイツは!!
さっきまで、脅威にも感じていなかったはずの老いた枯れ木が―――――なぜこんなにも
( ―――――いや、違う、―――――違う!! 恐ろしいもんかよ! ふざけんな! アタシは、アタシたちは、サイヤ人だ……! 腐った上級戦士どもとは違うっ! こんな生ぬるい星の老いぼれひとりに、恐怖を抱くはずがない!! )
「子供の肩を、そうちからを込めて握るもんじゃあない。ほうら、悟空だって怯えちまっとるじゃろ」
ああ―――――クソ、平然とした声しやがって…! 舌打ちのひとつも出るってもんだ。カカロットが何だって? 変な名前で呼ぶな、そいつは、そいつは―――――あ、
あ?
■
―――――セリパ!
―――――テメェら、ギネに何してんだ! 離れな!!
■
―――――仕方のない子だね。まあいいさ、アタシが守ってやるからさ。
―――――ありがとう、セリパ…
■
―――――これでギネを守るお鉢をバーダックに取られちまったってわけか。
―――――もう、セリパってば、何を言うのさ。
―――――フ、ああでも、あの馬鹿はメディカルマシンに入り浸りだからね。そう考えりゃ、アンタを守るのはまだアタシか……。
―――――あの、いつもごめんね、迷惑かけて。わたしが足手まといのせいでさ……。
―――――構いやしないよ。……やりたくてやってるんだ。
―――――……うん、うん。ありがとう、セリパ。
■
―――――わたし、セリパのことも大好きだよ!
■
なんで
■
なんで、お前が
■
―――――こいつか。
■
―――――このじじいが、お前から奪ったのか。
■
こいつの、
せいで ―――――
■
「 やめろーっ!! じいちゃんをいじめるなっ!! 」
■
―――――よく晴れた夜空だ。
とっくに真っ暗になった空にはギラギラするくらいの星が浮かんでいる。ああ、うっとおしい。
普段はたいして気になんないくせに、なんだって今日はこんなに腹が立つ。―――――ああ、獣の遠吠えだ。いっそ、襲い掛かってくりゃ気晴らしにでもなるってのに、あたしの周りは静かなもんだ。
持て余した暇が纏わりつくように首を絞めてくる気分になってきた。まあ、だからと言って……どうにも、何かをするって気にはなんないんだけどさ。
「なんか用かい」
「そう邪険にしなさんな、嬢ちゃん。話をしに来ただけじゃ」
―――――ムカつくじじいだ。まるでアタシのことを微塵も脅威のないガキとでも思ってやがんのか。
「運がいいね。アタシは今、かったるくて仕方がないんだ。アンタのナメたくちも聞かなかったことにしてやるよ」
「おお、年寄りに優しくしてくれるか。有難いの」
……いったい何が原因だってんだ。このじじいとアタシにはちょっとの背伸びじゃ埋められないくらいの差があるってのに、なんであの時、アタシはこのじじいに気が付かなかった? この星特有の特殊能力でもあるってのか。それに、この落ち着き様。歴然とした力の差を前にした反応とは思えない。―――――初対面の時のリアクションからして、いや、あんまりこのじじいのことは見てなかったけど、多分相手の力量くらい測れてるだろ。実は全く気付いてないただのハッタリか? いや、それならやっぱり、アタシが気づかなかったことに説明がつかない……。
「嬢ちゃん、おめぇさん、悟空の母親か?」
「アタシが? 馬鹿言ってんじゃないよ。アイツの親は……フン、そこまで話す義理はないね」
「そうか。何、尻尾の生えた人間なんざ、悟空以外に見たことなかったからのぅ。それで悟空を迎えに来たとくりゃ、親かと思ったのじゃが…」
尻尾なんざ―――――誰でも生えてたさ。アタシたちの、種族はさ。
「―――――悟空の記憶について話をしたい」
■
―――――ふうん。崖からねえ。
なんとなく、大きく息を吐いてみる。とんだドジじゃないかあのガキ…そういうところは、ギネに似たのかい。クソ、余計な頭使ったよ。
なんだい、お前、忘れたのか、自分で。
「嬢ちゃんには悪すまないことをした…」
「やめなようっとおしい。話を聞きゃあ、カカロットの自業自得じゃないか。―――――アンタの話が嘘じゃなければって前提ならね」
…殺気を向けてもビビりやしない。つまらないじじいだ。
まあ、……とっくに、疑っちゃあいなかったさ。
―――――あの時のギネとおんなじ目だった。
アタシに肩をつかまれて…じじいに庇われて、そのじじいの背に隠れたカカロットの目。昔、クソ野郎どもに狙われてアタシに助けを求めた、怯えた目。
は、……あれを、アタシに向けるってのか。……ギネと同じ目で、アタシに。
「悟空を連れてくか」
「連れて行って何になる。アンタも聞いただろ。―――――『じいちゃんをいじめるな』だとさ」
噛みつくようにアタシに怒鳴りつけてきた顔は、バーダック譲りのサイヤ人の顔だった。―――――ああ、そうだ。こういう顔だった。
連れて行ってどうするってんだ。惑星ベジータはもうない。カカロットは記憶を落っことした。アイツにとってアタシは、訳のわかんないことを言う、自分の家族に危害を加えようとした敵だろう。アタシだったらそんな奴、ぶっ殺しちまうね。
ちょうど良かったのかもしれない。
カカロットが戦闘好きかは知らないけど、たぶん、頭を打ったアイツはギネの甘ったれが表に出てきたんだろう。それならこの生温い星がお似合いだ。どうせ、行く当てなんかない。帰る場所が滅びた根無し草が、こうやって庇護者を得たならおつりがくるくらいの幸運だろうさ。
「そうじゃあない」
「はあ?」
「『本人の意思に関係なく連れて行くのか』という意味じゃ―――――その心配はないようじゃの」
「………」
「悟空が頭を打つ前は、とんだヤンチャ坊主だったと言ったじゃろう。おめぇさんの性格も、そっから大体察しが付くわ。記憶を飛ばしちまったのはすまねぇと思っとる。―――――が、嬢ちゃん。悟空は、わしの孫だ」
この、じじいは。
「本人が望むならまだしも…無理やりってえなら、わしも黙っちゃいねえよ」
―――――ふん、連れて行くかよ。例え、アタシの指一本でアンタを殺せるくらいちからの差があっても、馬鹿みたいに諦めないんだろう。
―――――ああ、ムカつく。
こんな、生温い星の、老いぼれ風情に。
………バーダックを、重ねちまった。
仲間を庇った時の、あの野郎と似たような顔してやがる。くそったれ。最悪の星だ。
「おいじじい。聞いときな。カカロットの生まれについての話だ」
■
「まず、そもそも―――――アタシもカカロットも、この星の生まれじゃない」
■
―――――そうして、今目の前にカカロットがいる。
「ほ、ほ、ほ……悟空、この嬢ちゃんはお前さんとおんなじところで生まれた、お前さんの知り合いなんじゃ」
「へ~、そうなんか! でもおらカカオ? とかゆー名前じゃないぞ」
「カカロットだよ。……『ゴクウ』は『じ』、……
「カカロット……ふうん」
じじいの雑すぎる説明で納得したように頷くとか、この馬鹿かなりの馬鹿か? いや、そういえばバーダックの奴も時たまこういうところがあった気がするね。…むしろモノによっちゃあギネの方が詳しく噛みついてきてたか。
まあ、アタシもこれくらい淡白な対応するか。種族にそこまで興味がないのか……サイヤ人らしいっちゃあサイヤ人らしいか。
「な、な、じゃあおめぇも尻尾ギュってされたらちから抜けちまうんか?」
「ちからが抜けるだ……?」
この、ガキ―――――
ゴッ!!
「い゛っ!! いーちちち!! な、なにすんだよお!」
「そりゃアンタが尻尾を鍛えてないからだろうが! 怠けてんじゃないよ!!」
「んぎゃっ」
ふん、ゲンコツひとつで頭抱えてうずくまるたあ、情けない奴だね! 呆れかえるどころか情けないったらないよ。尻尾も鍛えてないなんてさ! 尻尾をつかんでやりゃあ、地べたにひっくり返りやがった。もう一発殴ってやろうか…!
「ほ、ほ、ほ、よかったのう悟空。構ってくれる姉ちゃんができて」
「あ゛?」
何寝ぼけたこと言ってんだいこのじじい。
■
―――――這いつくばったカカロットの尻尾を踏みつけてりゃ、じじいが腹立つ声で聞いてきた。
「お嬢ちゃん、おめぇさんはこれからどうするつもりじゃ? 家もなかろう。行く当てでもあるのか」
「―――――さあね。まあ、しばらくは
まあ、ギネとバーダックとの約束があるから、カカロットから離れるつもりは無いけどさ。そこまで言う必要はない。
―――――それに、このままカカロットが強くなればまた大猿になった時、このじじいが殺されかねない。
カカロットはまだ伸びしろがある。でもじじいはとっくに打ち止めだろう。この能天気な
ガキが、まかり間違って
「……たまには顔を見に来るよ。…アタシはもう行く。ポッドも置いてきたままだし…
そうだ。ポッドを置きっぱなしだった。科学レベルの低いこの星で宇宙船を放置しておくのは良くないかもしれない。さっさと回収しなきゃ、騒ぎになるね。
さて、とりあえずしばらくは近郊の森にでも根城を作るか。紛れるならこの星の文明レベルや習慣もざっと把握しておきたいね。金は適当に奪えばいいし……服でも
「―――――姉ちゃんここに住まねえの?」
―――――は?
何言ってんだこのガキ。おい、尻尾フーフーしながら不思議そうな顔してんじゃないよ。なんだそのギネみたいな顔は。住まないに決まってるだろ。カカロットは百歩譲るとしても、何が楽しくて見ず知らずのムカつくじじいと住まなきゃいけないのさ。
アタシは静かにひとりで寝るほうが好きなんだ。ターレスだってうるさくって何回かボコボコにしたってのに、アンタも殴られたいのかい。
というか、自分の尻尾を握りつぶそうとした相手に対して言うセリフか?
おい待ちなじじい、何が『いい案だ』だ、おい、話を進めてんじゃないよ!
アタシは住まないよ!!
■
―――――結局、こうなるのか。
「おい、おい! カカ!! それはアタシのだよ返しな!!」
「なははは!!」
「このっ……クソガキがっ!!」
ガンっ!
「いぎっ!?」
「ほうほう、朝から仲がいいのう」
「寝ぼけてんのかじじい!!」
「なあ姉ちゃん、修行しようぜ」
「これが終わってからだって言っただろうが! しつこいね、表出な!! しばらく静かになるようにしてやる」
「これこれ、セリパ。やりすぎてはいかんぞ」
「―――――ああ、クソっ!! だから一緒になんか住みたくなかったんだよ!!」
ゆわん、独特な髪形の頭が揺れる。
褐色と呼ぶには紫がかった肌に、わずかに赤みが差す。
「―――――まだ、―――――まだだ」
「もっと―――――」