放課後の大型ショッピングモール、フードコート。
雑多な学生や買い物帰りの主婦たちがワイワイと騒いでいる。
その中に一席、異彩を放つ者がいた。
破軍学園の学生服を着た、一人の男子生徒だ。
その制服自体は、このショッピングモールではよく目の当たりにする。破軍学園に隣接するショッピングモールなのだから、そこの学生が立ち寄っていたとしても何らおかしくはない。
ただ異彩を放っていたのは、男は、顔の上半分を隠していることだろう。唯一露出している口元も、まるで牙のような赤い格子状のもので目立ちにくくされている。外見は異彩なほど目立っているが。
男は本格的なマルゲリータを冒涜するかのように、タバスコをドパドパとかけて食べていた。皿には、ピザ生地からあふれ出たタバスコが水たまりのように溜まっている。
「……チッ、くだらねぇ」
電子手帳のネットニュースのトップ、『ヴァーミリオン皇国皇女、日本へ来日!!』との見出し記事。
顔も性格も良く、あまり苦労を知らずに育っていそうな写真が載った記事に目を通しながら、男はちょうど半分目のピザ生地を口へと放り込んだ。
「どいつもこいつも、たかが顔が良いだけでチヤホヤされやがって……」
割とボリュームのあった記事(その大半は、その皇女を持ち上げる歯の浮くような駄文であった)を読み終え、ふと男は気が付いた。
平日の昼間とはいえ、少し違和感をするくらい静かになっていた。
そして、ガスマスクをつけ、M4らしき銃を素人丸出しの構えで持っている黒い服を着た男たちが、雑多な服の一般客たちをどこかへと連れて行っていた。
(なんかのイベントかぁ? 武器人間ショーでも開催するってか。俺様が入賞したりしてな)
くだらない自傷気味の冗談を考えながらピザを食べていると、ガスマスクをつけた全身真っ黒な変人が、男の頭に銃口を突きつけてきた。
「生憎だが、こいつは仮装じゃねぇんだ。パリピなら他所でやんな」
「……状況が分かってないのか? 立て、黙って指示に従ってもらうぞ」
「状況だぁ?」
「我らは
「知らねぇな」
ガスマスクの放った言葉に、小ばかにしたように笑う。
それが癪に障ったのか、ガスマスクはM4で男の頭を思い切り叩いた。ヘルメット越しとはいえその衝撃は相当だったのだろう、男は顔をテーブルに叩きつけられる。
「我らを侮辱するか、ガキが……まあいい、我々の指示には従え。死にたくなければな」
「お前、俺の名を知っているか?」
「……何だと?」
「俺の名を知っているか、と聞いているんだ」
意味不明な問いの言葉、ガスマスクはそれに鼻で笑い、「知る訳ねぇ」と答えた。
その瞬間、目にもとまらぬ速さで男に顔を掴まれ、テーブルを真っ二つに割り、床へと叩きつけられた。
◆
人質たちが一か所にまとめられた、ショッピングモールを支える太い柱の見えるフードコートの一画。
子供が
「ひっ!?」
「嫌だ……もうやだ! 帰りたい……」
「うるせぇ静かにしてろ! おいヤキン、そのガキ殺すのは後だ。……あの音のした方向、クロコの入った場所だ。少し様子見てくるぞ」
「チッ、分かったよ……よかったなぁクソガキ、命が長引いて。おとなしく殺されるの待ってろ」
ヤキンといった男が子供に目線を合わせ、ドスを利かせた声で言い放った瞬間━━
フードコートのテーブルを水しぶきのようにまき散らしながら、赤く変色した服を着た男が転がってきた。
突如転がってきた男の姿に悲鳴が上がり、母親らしき者が子供の視界を隠すように強く抱きしめる。
床に広がるそれは、血だ。全身から破裂したように噴き出る血が、もともとは黒かった戦闘服を赤く染め、そして床を侵食していく。
ガスマスクらしき枠から覗く顔の皮膚は削げており、肉を突き破って黄色い骨が露出している。
黒い戦闘服にガスマスク、そしてそれが飛んできた方向……解放軍《リベリオン》の仲間であるクロコだと、理解させられた。
「おいおいおいおい……何だよこれ、何だよこれ!?」
「ビショウさんでもここまでやらねぇぞ……いってぇ何が」
クロコが飛んできた方向から、一人の青年が肩を揺らしながら、姿を現した。
赤い牙のような口元の黒いヘルメットをかぶり、もともとは白かっただろう制服を返り血で真っ赤に染め上げた、異様な男。
その男は、ごみのように転がるクロコの姿を見つけると、胸ぐらをつかみ無理矢理立たせる。
「おいお前、お前笑ったよな。俺を見て笑ったよな? 俺様を見て笑いやがったよな!? ああ!?」
「……ご、ごべんなざい。許じ……がっ、あっああああああ!!」
「笑ったかどうか聞いてんだよこっちは! テメェ脳みそねぇのかボゲが!! おい、どうなんだよ!? 聞いてんのかクソカスが!!」
叫び、またしてもクロコの頭が床へと叩きつけられる。
くしゃり、という音と共に骨の破片らしきものが、血液と共に辺りへと飛び散る。男は、骨の砕け穴の開いたクロコの頭骨を掴むと、瓶のふたを開けるように引っぺがした。
「んだよ脳みそ入ってんじゃねぇか、俺を嘗めてんのかクソが!! おい笑えよ、お前の言ったジョークだぞ? テメェが笑わねぇジョークで俺が笑わうわきゃねぇよな!? ああ!? 笑えよ、笑えって!」
「あ……は、はは……」
「笑ってんじゃねえ!!」
支離滅裂、あまりに横暴な暴力がクロコを襲う。
脳みそが露出した状態で投げ飛ばされたクロコは柱に当たると、腐ったトマトのように破裂した。
たかがテロリストの横暴なぞ児戯だとでも言わんばかりの暴虐。
「ったくよぉ、人を笑うなって教育されなかったのかぁ。……んだテメェ等、なーに見てやがる」
多数の解放軍《リベリオン》に銃を向けられながら、それに一切ひるむことなく、逆にガンつけ返す男。
そして、男が腰に手を当てただけで解放軍《リベリオン》は人質たちに銃を向け、鬼気迫る声色で口を開く。
「動くなぁ! テメェ状況が分かってねぇのか!? 少しでも動いてみろ、こいつらを穴だらけにしてやるぜ!」
「ただ腰に手ぇ当てただけだろうが、肝っ玉の小せぇ野郎だ」
あきれたようにやれやれ、と男は首を振る。
無辜の市民に銃を突きつけられているというのに、バッタの足をもぎ取る子供を見る他人の大人のように、なんら不快感も露にしていない。
「おっ、おっおっお前! いったいなんなんだ!?」
「そうか、俺様を知らねぇか。なら━━」
言葉を切って男が虚空に手を伸ばし、霊装を顕現させた。
男の手元に現れたのは、水平に二つの、錆びの浮いた銃身が特徴的な散弾銃だ。
水平に並んだ銃口の、短く切り詰められた散弾銃。古いウェスタン映画にでも出て来そうな印象を持つだろう。
「こいつを見ても誰だか分からねぇか」
「伐刀者……! テメェは確か、七星剣武祭に出ていた━━」
「そうだ、思い出したか?」
「……クソッ、どうしても名前が出てこねぇ! 浅木椛に負け━━」
「死ねぃッ!!」
言葉を遮るように放たれた魔力の散弾が、防弾チョッキ越しとはいえ兵士の一人を吹き飛ばした。
衝撃により折れた骨が肺にでも刺さったのか、口から血を吹き出し、人質たちの中へと吹き飛ばされる。
「きっ、きゃああああああああああ!?」
手から零れ落ちたM4が、カラカラと音を立てて床を滑る。
「てっ、テメェ!」
「俺ァ負けてねぇ。あの場に客さえいなけりゃあ俺が勝っていたのよ……」
仲間がうっかり失言を出してしまったせいで、人質が撃たれるかもしれないという状況だというのに、微塵の躊躇いもなく撃った。
故に、兵士たちは━━特に、先ほど撃たれた兵士の隣にいたヤキンは悟った。
この男は、間違いなく、この場で一番イカれていると。
慎重に返答しなければならない。でなければ、撃ち殺されるのは自分だ。この男にとっては、人質も兵士も関係ないのだ。
「チッ、とんでもないヤツが紛れ込んでいたもんだ。おいヤキン、なんで知らせなかった!?」
金の刺繍が施された黒い外套を着た金髪の男が、数十人の兵士を引き連れ、速足で歩いてくる。
顔に入った青い入れ墨を歪ませ、焦りの表情を露にしていた。
「びっ、ビショウさん!!」
「こうなる前に駆け付ける為に無線機持たせてやっているというのに……まあいい、留守番中に顔を隠した暴漢が襲ってきたら誰だってビビるからな、正しい判断を取れないってのはよぉく分かる。多分俺も同じ状況なら同じミスをするだろうからよ」
「テメェがこいつらの親玉か」
「ああ、その通りだ。ウチの部下を随分と可愛がってくれたようじゃあねえか、変質者さんよ」
「先に喧嘩売ってきたんはぁそっちだ、そいつを買って何が悪い」
「……おいヤキーン、説明」
「おっ、俺にも分からねぇんですよ! いきなり瀕死のクロコが飛んできたかと思ったら蹴り殺されちまったし!」
「……なるほど、よくわからんが、ようは原因クロコの野郎か。今どこにいやがる?」
「多分あの世です」
ヤキンの言葉にビショウ、と呼ばれた男は、あまりの事態に顔を覆う。
予測不能かつ、理解不能。なぜこのような状況になったのかが、まるでつかめない。
ただ一つ確実なのは、目の前にいるこの男が、本物のイカレであるということだけだ。
「……まあ、いい。よくはないが、置いておこう。てめぇ、いったい何者なんだ?」
「何だ、こいつを見てもまだ分からねぇのか!? ならそのちっぽけな脳みそにしっかりと刻み付けろ!」
男は無知が罪であるとでも言わんばかりに銃を発砲し、ビショウの隣に控えていた兵士の一人を撃ち殺した。
ガスマスクから血が溢れ、糸が切れた人形のように床へと崩れ落ちる。
「俺は黒鉄家次期当主、ジャギ様だぁ!!」
読者リティィィィィィィィィィ 負けるッ! ジャギは負けるッ!
負けるんだよォ─────────ッ!!
オレに「敗北展開を書くな」と命令しないでくれ──────ッ!