「ジャギ? 聞いたことないな……まあ、いい。それより、ウチのやつらが何か粗相でも仕出かしたのか? でなけりゃ、日本の伐刀者が人を殺すなんざぁ、そうそう無いと思うんだがねえ」
「そうだな、まず、俺は毎週この日この時間、ここのショッピングモールでマルゲリータを食べることを生きがいとしている。ここのは本場イタリアと同じピザ生地にトマト、モッツァレラチーズ、バジルしか使わないスタンダードなものだ」
突如ピザについて妙に饒舌に語りだしたジャギ。だが、銃は未だこちらを狙っている。
故に、いきなり世間話をしたキチガイという訳ではない。その眼は、ギラギラと殺意に輝いていた。
「あいつは俺様の食事を邪魔しやがった!」
無造作に放たれた弾丸が、防弾チョッキすらも突き破り、肉をぶちまけた。
繊維と肉片が空中を舞い、後方の兵士が被っていたガスマスクのレンズに付着。血により、視界が封じられる。
「次に俺様のことを知らないと言った!」
続けて放たれる魔力の弾丸。兵士たちはビショウの指示を聞かずに咄嗟に横へと飛び出し躱そうとしたが、空中で二手に分かれた弾丸がそれを逃さない。
得物を取られた蛇のように肉を貫き、血管を食い破る。地上のミミズのように床をのたうちまわり、血をまき散らす。
「最後に、俺様を笑いやがった!!」
前方の仲間が肉壁となり助かっていた兵士は、のたうち回る兵士の肉をを突き破った魔力の弾丸に対応できない。
ガスマスクのレンズから頭部へと侵入し、脳みそを食い尽くしていく。
声にならない叫び。本物の地獄が生ぬるいと思える程の地獄絵図。それを引き起こした張本人であるジャギは、それを平然と受け入れている。
ビショウの背中に、冷たい汗が流れる。こいつは人質なぞ気にせず撃つ人間だ、それに加え魔力の弾丸を操作することも可能。
であればビショウの固有礼装『大法官の指輪』との相性は最悪である。これは攻撃を手で受けなければ、防ぐことはできない。
「だから殺してやったのさ。そしてお前たちも殺す」
「殺す? もうあなたを不快にさせた奴らは殺しただろう?」
「ここをどこだと思っている、ここは日本だぞ。集団責任って言葉を知らねぇのか?」
最も厄介な人間とは、力の強い人間ではない。
このように、話の通じない人間だ。
こうした類の人間は、交渉なんて通じない。話術でどうと動くような人間ではない。自分のルールこそを尊重し、自分のルールを絶対と妄信するタイプの人間。
しかし、運命は━━否、今までの知識の積み重ねは、まだビショウを見捨ててはいなかった。
(あの制服の形状、そしてあまり汚れていない上着の襟首、霊装……間違いない、こいつはまだ学生騎士だ。仮に上の指示が下っていたとしたら……残っている兵士の数は二人、金は諦めることになるが……いける!)
ビショウは背後の、咄嗟に柱を盾とした二人にハンドサインを送る。
この部隊オリジナルのハンドサイン、仮に特殊部隊だったとしても見抜けない。
そして、そのサインの意味は━━━━
「あんた学生騎士だろうジャギさんよぉ……だったら、一般市民に犠牲が出たら大変だよなぁ、国に奉仕する義務があるもんなぁ……!」
兵士たちによって、人質に銃を向けられている。
距離は離れている。だが銃とは本来中距離から遠距離を狙うためのもの。むしろこちらの方が命中率は高い。
更に先ほどのクロウやヤキンとは違い、しっかりと両手で持ち、腰で構えている。これでは素人が撃ったとしても、確実に何人かの急所には当たるだろう。
「テメェの
もちろん、これでもお構いなしに撃ってくる可能性はある。
だが、それはあくまで欲張った場合だ。ここで『金を全て寄越せ』だとか『土下座しろ』だとか命令すれば最後、その小さいが嫌なリスクを負ってでも殺しに来るだろう。
故に、次は妥協案を相手に突きつける。
「俺たちが望むのはたった一つだけさ、俺たちを見逃す。身代金も諦めるよ。このモールの売り上げの権利もあんたに譲る、むろん人質共もだ! そいつをあんたがどうしようがあんたの自由だ。ただ俺たちを見逃す、それだけで人質共も金も無事に戻ってくる。人質共が無事なら、面倒な始末書を書く必要もなくなる。悪い取引じゃあないだろう?」
もちろん、これはビショウにとっては大損も大損である。
本来の目的である資金調達が、兵士も銃も消費の大赤字で戻らなければならないことになる。
だが、命だけは助かる。組織に戻ればそれも無いかもしれないが、もしどこかへ……それこそ、ポンテタワーにでも逃げ込めば、助かる可能性はある。少なくとも、命を長引かせられる!
「ああ、そうだな。人質解放ってのは確かに良い条件だ。結局のところ、警察組織の連中の最終目的は人質を確保することだ。結果的に、この店の不利益は、死体共の処理にかかる費用くらいだろうな」
「だっ、だろう? なら、見逃して━━」
「駄目だ」
「……はっ?」
「それじゃあ俺の気持ちが収まらねぇ」
そう言ってジャギは、ショットガンをビショウへと向ける。
「……脅しだと思っているのか? 俺はやるぜ、こいつらが死んでもいいってのか!?」
「やれよ。別に俺ぁ正義の味方じゃねえ。奴らがどうなろうが、俺にゃあ関係ない」
この男がイカれているのか、それともただのハッタリだと踏んでいるのか。
どちらにせよ、やらなければならない。ここでやらねば、敵だけでなく部下にも示しがつかなくなる。
「殺せ!」
ビショウの号令と共に、M4が火を噴いた。
鉛玉が人質たちに向かい襲い掛かる。このままでは、一般市民である彼らの身体は鉛の暴力によって蹂躙されてしまうだろう。
だが、鉛玉は人質に傷一つ負わせることすらなかった。
「
人質に中に紛れ込んでいたステラの炎が、煤すら残さずに燃やし尽くしたからだ。
「まっ、また
(まっ、まさかこの男、この人質の中に
「なんだぁ、テメェは!?」
「ないのかよ!?」
感心した気持ちを返してほしくなるビショウであったが、そのおかげか帰って頭の方は冷静になってきた。
あの女、ステラ・ヴァーミリオン。ヴァーミリオン皇国の第二皇女だ。重要なのは、あれが『女』というのではなく、『皇女』という部分。
皇女とは、えてしてその国を代表するものだ。たとえそれが、本人の本位でなかったとしても。
であれば、ここで降伏さえすれば少なくとも、ジャギという男に拷問まがいなことをされるよりはマシな状況になれる。
一瞬の縛り首と永久に続く拷問、どちらの方がマシかなんてのは考えるまでもない。
「こっ、皇女様! 我々一同はあなた様に降伏致します。ですのでどうか、どうか命だけは!」
「ビッ、ビショウ様!?」
部下たちから漏れるどよめき。当然だろう、普段から「ステラ・ヴァーミリオンなんぞは所詮才能だけの小娘」などと大口叩いていた男が、こうもあっさりと手のひらを返したのだから。
だが、そんなことはビショウの知ったことではない。重要なのは、命。その次に尊厳。どちらにせよ命は無いだろうが、このジャギとかいう男と敵対するより、まだヴァーミリオン皇国へ下った方が『尊厳』は守られる。
「あら、案外素直なのね……? まあ、ゴーに入ってはゴーに従えっていうし日本の警察に処理は任せるつもりだけど……それでもいいってんな━━━━」
「俺が話している途中だろうがぁ!」
「危ない! 障波水蓮!!」
突如ステラの背後から珠雫が手を引き、三重に水の防壁を張る。
すると直後、その防壁がひときわ大きく弾け、ステラの顔に水しぶきがかかった。
「シズクありが━━って、鼻血出てるじゃない!?」
「気にしないでください、ついでで助けただけです」
「……ジャギ兄さん、以前より容赦が無くなってましたからね。念のために三重に張って正解でした」
珠雫の
いわゆる水撃作用と呼ばれるもので、凄まじい衝撃を与えることによって液体が一瞬固体化するという現象だ。
それを利用した水の壁は、ただの銃弾であればものともしない。だがジャギの魔力弾丸は、硬いものに当たればそれでおしまいというものではない。自由自在に動く弾丸なのだ。
それ故に防ぐ際には二枚、ついでに念には念を入れてもう一枚を急遽追加したのである。さすがのジャギも、三枚の強靭な壁を貫くことは不可能。
しかし、いくら珠雫といえど、普段であれば時間をかけて構築するような壁を、急ごしらえで作ったのだ。いくら魔力制御が優れているからと言って、このように大きな
「チッ、珠雫か……危ねえだろうが、うっかり殺しちまうところだったじゃあねえか!」
「しっかりナトリウム弾を撃ってきたジャギ兄さんが言わないでください!! 殺意バリバリじゃないですか!!」
ナトリウム、水に触れると化学反応を起こし水素を生み出す物質だ。
このナトリウムと水の間に生まれた水素と、酸素。そしてナトリウムと水の化学反応によっておこる熱によって爆発が起きるのだ。
障波水蓮はその性質上、水の中に大量の酸素が含まれてしまう。故に、その爆発も水一枚を簡単に貫いてしまう。
もし珠雫が三枚目を張っていなければ、伐刀者であっても重症(とはいえ精々腕がちぎれる程度だが)一般人は想像したくもないような状態になっていたに違いない。
だが、これはこれで不味いことになった。
今度は、
そして今度は、こちらから手出しは出来ない。即ち、テロリストたちが惨たらしく拷問される様を、一般の市民たちにも見せなければならなくなったということに他ならない。
「たっ、頼む! 助けてくれ!! どどどどっ、どうか命だけは……いやっ、尊厳だけは!!」
もはや、恥もへったくれもない。
ビショウは床に額をこすりつけ、渾身の命乞いを━━否、尊厳乞いをする。水壁越しに見ている人質たちも、そのあまりの姿にテロリストたちに同情してしまうくらいに情けない必死さだった。
そのざまを見て、ジャギは呟く。
「駄目だね。お袋でも誰だか分からねえくらいズタズタにしてやる」
「そっ、そんな! たっ、助けてくれ! 頼む!!」
「恨むんなら、馬鹿な部下と馬鹿に育てた親を恨むんだな」
ジャギがゆっくりと銃口をビショウへ向け、引き金に指をかける。
その瞬間、上から飛び降りてきた青年が、ビショウの小指だけを切り飛ばした。
「ぎっ、ぎにゃああああああっ!? おっ、俺の指がッ!?」
「兄さん、これでケジメはつけたってことにして、勘弁してあげたらどうかな」
黒い日本刀を携えた、柔和な感じの青年。血に濡れた日本刀には、ビショウの小指だけが天を指さして乗っている。
ジャギのもう一人の自分、双子の弟。自らのコンプレックスの原因でありながら、唯一その気持ちを分かり合え、そして憎み合った兄弟。
「……いつから俺に命令できるようになった、一輝」
「あはは……提案だよ兄さん。流石にやりすぎじゃないかって思ってね。駄目……かな……」
ジャギは無言で引き金を引く。
魔力弾は一輝の身体を避けて、ビショウたちの足を貫いた。
「クックククク……面白いものが見れたからな、こいつで勘弁してやろう」
「うん、ありがとう。それじゃあ━━━━」
一輝はビショウの指を床に落とし、そのまま刀をジャギに向けて構える。
ジャギも当然のように、戦闘態勢に入った。
「なぜ珠雫たちを狙ったのか、説明してもらおうか」
この世界のジャギ様は……原作のジャギ様より、賢い!!(『かしこい』と読むか『さかしい』と読むかは君次第だ)