の夜。
汗一つどころか一歩も動かず甲冑型固有霊装を持つ桃谷という男を制し、ステラは見事選抜戦を勝ち抜いた。
「おめでとう、ステラ」
少し遅い時刻、寮室に戻ってきたステラに一輝は祝辞を述べる。
「アタシにかかればこのくらい当然よ、オチャノコサイサイってヤツよ!」
「おちゃの……えっ、何?」
「……あれっ、ニッポンって簡単って意味をこう言うんじゃないの!?」
おっかしいなー、と首を傾げるステラ。ステラの中で暫定日本人代表として扱われている一輝にピンと来ていないということは、これはもしや日本語ではないのではとステラは訝しみ、一輝に背を向けて電子手帳で検索をする。
そして適当なサイトのページを開き、そこに記載されていた文章を見て……。
「ねえイッキ、死語ってなに?」
「古臭い言葉、って意味かな」
「……アタシの言葉、古臭かった?」
ステラの問いに、一輝は静かに目を逸らした。
時として視線の方向というものは、言葉以上に意味を語ってしまう。つまり一輝のこの反応は、聞いた瞬間に「意味はよく分からんがとにかく古臭い」と感じたと語っているようなものなのである。
「……シズクの方はどうだったの?」
「危なげなく勝ってたよ」
ごまかすように珠雫の話題を振ると、一輝もそれを察したのか、それに乗ってくれた。
とはいえ、ステラが珠雫の結果が気になっていたのは事実だ。
「アリスも勝ち抜いてたよ。兄さんとの一件で味わった僕としては、アリスよりも相手の方に感情移入しちゃってたかな」
「……実際のところ、どのくらい動けないの?」
「指一本動かせない感じはしたね。実際、僕はともかく魔力制御に秀でたジャギ兄さんが解除できなかったから、相当なものだとは思うよ」
危うくジャギと一輝の殺し合いが始まる寸前だった、
あの時に味わった拘束感をステラに説明すると、そういえば、とステラが一輝に問う。
「昨日のあれって、どういう意味なの?」
「あれって……?」
「ほらあの、『ジャギ兄さんは僕なんだ』って言ってたヤツ」
あの事件の後、警察たちからの事情聴取や学園への報告やらでヘトヘトに疲れ、一輝の言葉の意味が気になってはいたもののステラは尋ねることなくぐっすりと寝てしまったのだ。
だが、選抜戦試合中もずっと、その言葉の意味が気になっていた。そのせいか魔力の熱気が漏れて、桃谷さんには悪いことしたなーと心の中で謝っていたりもした。
「イッキとジャギさんって、似てるかしら?」
ステラの中では、ジャギと一輝の繋がりが苗字以外には見えてこなかったのだ。
だがそれも、仕方のないことだろう。黒鉄一輝とは違い、ストリートファイトでもしてそうな筋肉と凶悪なマスクをかぶった大男、というだけではなく、一輝も、その妹である珠雫も、固有霊装は日本刀を使っている。厳密にいえば珠雫のは小太刀なのだが、ステラの中では同じカテゴリである。
だが、ジャギの固有霊装はそもそも武器のジャンル自体が違った。
ショットガン。日本においても、銃器の霊装を持つ伐刀者は、珍しくはあるがいないという訳ではない。
だがやはり刀や剣が多い国において銃の霊装、それもショットガンという、あまりアニメや映画では見ないような銃の霊装を持った男。
どう考えても、一輝とは結び付かない。
「イッキと一致しているところなんて、性別くらいなもんだと思うんだけど」
「あはは……そうかな」
「そうよ! だってアイツったら人の命を何とも思ってないし、霊装銃だし、そもそもなんであいつだけ名前カタカナなの!?」
「ステラ、名前のことはツッコんじゃいけない」
「えっ、はい……」
なぜか子供を叱る親のように窘められて、つい敬語で返してしまったステラ。
余計な茶々をごまかすように、一輝は咳ばらいを一つした。
「……まずステラ、『努力』ってどこまでが努力だと思う?」
一輝から投げられた問い。
努力。一口に努力といっても、それは様々だ。体を鍛える、魔力制御の精度を高めるのはもちろんのこと。ステラ自身も火傷による自分の火への恐怖の克服も努力といえるだろう。
「どこまでって……そんなの、昨日の限界を超えるまでじゃないの?」
「うん……多分、殆どの人がそう言うだろうね。……でも、僕は違うと思うんだ」
「違う?」
ステラの思い浮かぶ『努力』の否定、ではない。黒鉄一輝は、そんな風に努力を切り捨てるような男ではない。
一輝自身、途轍もない努力をしている人間だ。ステラという才能に恵まれた人間でさえ初日は根を上げた鍛錬を毎日続けている、狂人に片足突っ込んでいるような努力家なのだから。
「うん。……その霊装でできる可能性を探る、これもまた努力だと思うんだ」
「霊装でできる可能性?」
一輝の言葉に、ステラは首を傾げる。
剣型の霊装であれば武道武術を組み込む等は分かるが、ジャギの持っている武器はショットガン、銃だ。
銃や弓といった霊装は、自らの魔力を弾丸として発射できる。そして、銃や矢といったもので消費する魔力はかなり少ない。魔力量Cだったとしても、段数無限と言っても過言ではないくらいだ。
強いて思い浮かぶとすれば命中精度を上げるくらい、だろうか。
「珠雫の障波水蓮に対して、ジャギ兄さんは特殊な弾を使ってたのを覚えてる?」
「ええ。なんか爆発するヤツよね」
「あれはナトリウムっていう鉱物を加工したものなんだけどね……まあそこは置いておくよ。重要なのは、ジャギ兄さんみたいな銃弾制作の素人でもああいうのを撃てるってことなんだ。それも、伐刀者にもダメージを与えるという効果をつけてね」
確かに、霊装を通して放たれた弾丸であれば、伐刀者を傷つけることも可能だ。
だが、まずそれをしようなどと思う伐刀者はいない。
通常、霊装から発射される弾丸は全てが魔力である。それは、そもそも実物の弾丸を持ち歩く手間が、魔力消費量の節約と釣り合っていないからだ。
重く、かさばり、ジャラジャラと音が鳴る。空の薬莢は散らばり、火薬の臭いがつく。
発射薬を魔力で代用するのならば、そもそも実物の弾丸なんて持ち歩かずすべてを魔力で代用した方が体力の節約になる。
普通であれば、メリットは無い。
だがあのテロ事件の時、ジャギは、通常じゃ撃てない弾を撃った。珠雫の障波水蓮を貫くのではなく、利用して爆殺する為にナトリウム弾丸を使用した。
状況に合わせての弾の撃ち分け。確かに、これはかなりのメリットとなるだろう。だが、ステラには、純粋な伐刀者として育ったステラにはどうも違和感があった。
「でもそれって、なんか卑怯な感じ、しないかしら? 自分の力で戦っていないような……」
そう、ステラの持った違和感はこれだ。
自らの魔力でもなく、技術でもなく。その他の力を借りる。悪い言い方をすれば、小細工を仕込む。
努力、と呼べるだろうか。少なくとも、ステラにはそうは思えない。
その答えに、一輝は苦々しく笑う。
「……僕はよく知らないんだけど、ジャギ兄さんも昔、同じことを言われたらしいんだ。実際、その時の僕も同じように思っていたよ。卑怯な手だ、って」
そう言う一輝の顔は、まるで、途轍もない失言をしてしまったことに悔いているようだった。
きっと一輝のことだから、実際には言っていないだろうに。まるで、そう思ったこと自体が罪だとでも言いたげに。
「でもそういうのって、尋常じゃないくらい勉強しなきゃ効果的に使えないんだ。ステラだって、ナトリウムが水と反応して爆発を起こすなんて昨日初めて知ったよね?」
一輝の言葉に、ステラは頷いた。
事実、ステラは知らなかった。小学生か中学生時代に授業で受けたかもしれない理科の実験、楽しかったのはなんとなく覚えている者も多いだろう。
だが、それを覚えていられる人間が果たしてどれくらいいるだろうか?
きっと、そんなにはいないだろう。テストが終わったら、もう使わない知識として記憶の引き出しの奥深くにしまい込んでしまう。
それが普通なのだ。
「簡単な化学も、それを戦闘に組み込むのは難しい。特に、武道を主とする家に生まれたらね。だけどジャギ兄さんは、それを組み込んだ。多分、かなり勉強したと思う。それは途轍もない努力だったと、今になって思う。
だけど、それを否定された。確かに僕の夢に比べれば、口に出して言う人は少なかったかもしれない。でも誰もジャギ兄さんを庇わなかった、ジャギ兄さんの努力を肯定しなかった。誰も、ジャギ兄さんの肩を持つこともしなかった。努力を否定される苦しみを知っている僕でさえもね」
そう語る一輝は、まるで罪を告白する罪人のような、暗い表情をしていた。
きっと一輝のことだから、ジャギの工夫を、努力を面と向かっては否定しなかったのだろう。
だが、心の中でジャギの努力を否定していた。そんな手を使うジャギを、侮蔑していた。一輝は、それがどうしても許せないのだ。
だれが許すでもなく、自分自身が自分自身を一番許せないのだ。
誰よりも他人に優しく、誰よりも自分に厳しい。黒鉄一輝とは、そういう人間なのだ。
「……イッキ。そういう風に思っちゃったこと、後悔しているの?」
「直球に聞いてくるんだね……うん、後悔している。多分、これからも」
「ならさ、謝っちゃいましょうよ!」
こういった手合いの人間は、罪悪感を感じている人間に許させるのが一番手っ取り早いのだ。
もし仮に嫌われており許されることはなかったとしても、「謝罪できなかった」という後悔からの罪悪感からは解放される。
自分勝手と言われたとしても、いつまでも過去の罪を背負って人生を歩むよりは、そっちの方が何倍もマシだ。
「試合の後に呼び出して、じっくりと話をした方が良いと思うわ。それで、ついてにそのことについて謝っちゃいなさい。多分ジャギさんはあまり気にしてないだろうし、イッキの気分も晴れると思うわ! 多分!」
「そうかな……そうかも、ね」
少し表情が明るくなった一輝に、ステラははにかんで同意する。
黒鉄一輝に、ああも暗い顔をされていては、次の疑問は少々ぶつけにくかったからだ。
「ところでさイッキ、あの同族嫌悪ってのはどういう意味だったの? イッキの話しぶりからするに、ジャギさんのことあまり嫌ってはいなかったようだけど」
「うん、ジャギ兄さんのことは好きだよ。……でも、だからこそ僕は、ジャギ兄さんに夢を諦めないでほしかったんだ。誰よりも努力しているって、知っているから」
「夢?」
「うん。僕も、ジャギ兄さんがどんな夢を持っているかは知らないけど、今の兄さんは夢を諦めている気がする。それでも諦めきれずにいて、苦しんでいるように思う。でも僕は、諦めないでほしい。ジャギ兄さんと肩を並べて、夢を追いかけてみたいんだ」
それは、妙に達観し、大人びた視線を持つ一輝にしては珍しい、少年らしい目標だった。
共に並んで、ともに道を歩みたい。兄に、自分の背中を守ってほしい。兄に、あの背中を預けてほしい。
だが、あの時のジャギは諦めているように見えた。
何もかもを諦め、なにかを押し殺しているように、一輝は見えた。
まるで、自分を否定しているように見えた。
勝手ではあるが、ジャギには自分を否定してほしくなかった。
あの黒鉄家で、唯一対等にいてくれた兄。
人間の限界だとか、いろいろなことを教えてくれた兄。
そんな自分を、否定するような素振りを。あんな、自傷行為のように暴れる兄を、見ていられなかった。
行為自体は昔のジャギよりマシだというのに、不思議と、怒りが湧いてきた。悲しみが湧いてきた。
だからあのように、らしくない行動をしてしまったのだ。
(まあ、流石にステラには言えないけど……)
昔の方がもっと狂暴な暴君だったけど昔の方がよかった、なんてステラに決して話せない。
そして、一輝とジャギによる対決は、刻一刻と迫っているのであった。
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トキ!トキ!トキ! どいつもこいつもトキ! なぜだ! なぜやつの作品が出てこのおれの作品が出ねえんだ!!
あと2話くらいで終わり。